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不死鳥の剣  作者: TE☆TSU☆JI
194/206

実の両親

 不死鳥の剣紛失事件が解決して、ひと月ほど経ったある日、レンは、アンジュとケリーの事が気になりホーリッシュ大司教を呼び出し話しを聞いていた。サイモン元帥やテランジンからも話しは聞いていたが、孤児院を運営するホーリッシュ大司教から直接話しを聞きたかった。

 「サイモン元帥や奥方、メタール中将らに気に掛けていただきアンジュもケリーも健やかに成長しております、ケリーに至っては、四歳ながらに大きくなったら海軍に入るなどと言いまして」

 と、ホーリッシュ大司教は、嬉しそうに話した。レンは、ホーリッシュ大司教の様子を見てホッとした。親に捨てられたアンジュ、ケリーには、どうか幸せになって欲しいと願っていた。

 「サイモンご夫妻と一緒にいる時など一見すると家族の様です、あはははは」

 「あはは、確かにあの時サイモン元帥がケリーを肩車した時は親子の様に見えました、ねぇイーサン」

 「はい、陛下、私にもそう見えました…ところでホーリッシュ卿、あの子達の親の情報は入って来ないのですかな?」

 「ははぁ、私どもでも手は尽くしておるのですが一向に…どこで何をしているのやら」

 と、ホーリッシュ大司教は、困り果てた顔をして答えた。

 「イーサン、二人の親の捜索の手配を」

 と、レンは、直ぐにディープ伯爵に命じた。それから一週間が経ったが、一向に見つかる気配がなかったが、アンジュとケリーは、すっかりサイモン夫妻やルーク達に懐いていた。

 「なるほど、こうして見てると仲の良い家族だなルーク」

 「はい、兄貴、二人ともすっかり懐いちまって」

 と、ルークがテランジンに嬉しそうに答えていた。孤児院内の廊下から窓越しに部屋でアンジュとケリーと遊んでいるサイモン元帥、ルーシーを見ていた。

 「アンジュ、ケリーお父さんやお母さんに会いたくないの?」

 と、ルーシーがアンジュの髪を櫛でかしながら聞いていた。アンジュは、急に悲しい表情を見せ何も答えなかったが、ケリーは、素直に答えた。

 「僕は、会いたい、ねぇおばさん、父ちゃんと母ちゃんは、どこに居るの?」

 「さぁ…どこに居るのかしら…ねぇダンテ」

 「うむ、今、捜索中だ、近いうちに見つかるかも知れないな」

 と、サイモン元帥が言った時、アンジュの顔色が一瞬変わったのを窓越しで見ていたテランジンが見逃さなかった。しかし、直ぐにいつもの明るい笑顔に戻ったので特に気にする事はなかった。

 この日の夜、ルーシーは、寝室で夫であるサイモン元帥にある決意を明かした。

 「ねぇダンテ、あの子達を養子に迎えようと思うの…どうかしら?」

 「えっ?」

 「出来る事ならダンテの子を産みたいけど…私には…うう、ぐすん、産めないから」

 と、ルーシーは、泣きながら言った。実は、ルーシーには、子を産む事が出来なかった。サイモン元帥とは、当然夫婦の営みはあるが、一向に懐妊しなかった。気になったルーシーは、テランジンの妻リリー・ロイヤーの出産に関わった産婆の診察を受けた。その時、残念だが子を産む事は出来ない、仮に懐妊して出産に臨んでも母子共に死ぬ事になるかも知れないと告げらた。

 「それは言わない約束だよルーシー」

 と、サイモン元帥は、ルーシー優しく抱きしめた。

 「私は、君が無事ならそれで良い、君が居ない世の中など考えられない、君があの二人を養子にと思うのならそうしなさい、私も賛成だよ」

 「ダンテ…ありがとう」

 「しかし、もし両親が見つかったら?」

 「…その時は残念だけど諦めるわ…どんな親でもあの子達の親なら本当の親の下で暮らせる方が良いと思うし」

 と、ルーシーは、悲しげに答えた。

 翌日、二人は、孤児院を訪ねホーリッシュ大司教に面会しアンジュとケリーをサイモン家の養子に迎えたいと話した。

 「そ、それは誠ですか?」

 「はい、実は…私には子を産む事が出来ません…それであの子達を私共の養子にと…陛下の不死鳥の剣に宿ると言われる不死鳥ラムールの声を夫が聞き、そしてアンジュもラムールの声を聞いたと聞き及んでおります、そこで思ったのです、これは陛下の不死鳥の剣が二人を巡り合わせたのではないかと」

 と、ルーシーが熱っぽく話した。

 「あの時、城内には百人以上居たでしょう、ですがラムールは私にだけ話した、持ち主の陛下ではなく、私に…これはただならぬ縁を感じました、ホーリッシュ卿、お願いです、どうか私共にあの子達を」

 と、サイモン元帥も熱っぽく話した。ホーリッシュ大司教は、うんうんと頷き聞いている。実は、ホーリッシュ大司教もサイモン夫妻にアンジュとケリーの養父母になってもらいたいと常々思っていたのだ。

 「それは私と致しましては願ってもない事です、是非お二人にあの子達の親になっていただきたい…ですが…今現在、あの子達の両親を探しております、もしもですが、あの子達の両親が見つかり両親が引き取ると相成れば、実の両親の下に行く事になります、親権がありますので」

 と、ホーリッシュ大司教は、申し訳なさそうに言った。

 「はい、それは心得ております」

 「そうなった時は、残念ですが諦めましょう」

 「しかし、まぁ幼子おさなごを四年もほったらかしているような親ですから案外あっさりと親権を放棄するのではないでしょうかな」

 と、ホーリッシュ大司教は、むしろそうなって欲しいという意味を込めて言った。

 「それでお願いがあるのですが…そのホーリッシュ卿から二人に私共をどう思っているか聞いてみてはもらえませんか?」

 「お願いします、嫌がる子を無理やり養子には出来ません、あの子達の考えを優先したいので」

 と、サイモン夫妻が言うとホーリッシュ大司教は、笑顔で答えた。

 「ご懸念無用、あの子達もさぞ喜ぶはずです」

 それを聞き安心したサイモン夫妻は、この日は、アンジュとケリーに会わず屋敷に帰った。ホーリッシュ大司教は、早速アンジュとケリーを呼び、サイモン元帥、ルーシーの事をどう思っているのか聞いてみた。

 「おじさんもおばさんも大好きです、あとルークのおじさん、ジャンのおじさん海軍のおじさん達みんな大好きです」

 「僕も大好き」

 「うんうん、そうかそうか、それでなぁアンジュ、ケリー、よくお聞き、サイモンのおじさんとおばさんがお前達を養子に迎えたいと申されてな」

 「養子?」

 「養子って何?」

 アンジュとケリーは、訳が分からないといった顔をしている。

 「つまりはお前達をおじさんとおばさんの子にしたいと言う事じゃ、分かるかな?」

 と、ホーリッシュ大司教は、満面の笑みで言った。

 「えっ?私たちがサイモンのおじさんとおばさんの子供になれるって事?」

 「そうじゃ」

 と、ホーリッシュ大司教が言うとアンジュは、大喜びしてケリーを抱きしめた。

 「ケリー、サイモンのおじさんとおばさんが私たちのお父さんとお母さんになるのよ」

 「えっ?ほんとに?何で?」

 「あっはっはっは、ケリーにはまだ難しいようじゃの」

 と、ホーリッシュ大司教は、笑ったが一抹の不安もあった。もし本当の両親が現れ引き取るとなるとサイモン夫妻の落胆は、もちろんの事、今大喜びしているアンジュの落胆も激しいものになるだろうと思った。

 翌日、サイモン元帥は、レンに謁見しアンジュとケリーをサイモン家の養子に迎え入れる事を報告した。

 「おめでとう、サイモン元帥、ねぇイーサン何かお祝いしなきゃね」

 「左様ですなぁ、誠にめでたい事です」

 「ありがとうございます、陛下、ついては屋敷の改装の許可をお願いしたいのですが」

 「改装?」

 「はい、子供達を迎えるにあたって子供部屋を作ろうと思いまして」

 貴族の屋敷は、王室から拝領されているもので、勝手に屋敷を改築増築など出来ない。王室の許可が必要なのである。もちろんレンに依存は無い。直ぐに許可した。

 「もちろんだよ、子供達が気に入ってくれる部屋が出来ると良いね」

 「はい、きっとあの子達が気に入る部屋にしてみせます」

 と、サイモン元帥は、満面の笑みで答えた。しばらくアンジュとケリーの事を話してサイモン元帥は、大臣室に帰って行った。

 「やっぱり、ラムールがあの二人をサイモン元帥に引き合わせたんだね」

 「そのようですなぁ、いやぁ良かった良かった」

 と、レンとディープ伯爵は、心から喜び合った。親に捨てられたアンジュとケリーには、どうか幸せになって欲しいと願った。

 そして、この日の夕方頃、メタルニアの客船からある夫婦がトランサーの港に降り立った。そう、アンジュとケリーの両親であった。歳は、二人とも三十手前といったところだ。父の名は、バッド・グリッド。母の名は、ハリア・グリッドと言う。

 「四年ぶりだな…ここは随分変わったな」

 「そうね、四年前とは勝手が違ってて迷いそうだよ」

 「ああ、とにかく先に予約してある宿に行こう、アンジュとケリーを探すのは明日だ」

 と、二人は、港町にある高級宿屋に入って行った。

 翌日、二人は、四年前住んでいた港町の外れにある長屋を訪ねた。ザマロが支配していた頃に比べると随分奇麗になっている事に二人は、驚いた。

 「本当にここだったかい?」

 ハリアが辺りを見回しながら言った。

 「ああ、間違いない、ほらあそこの看板は昔のままだ」

 二人は、適当に人を見つけてアンジュとケリーの事を聞き出そうとしたが、人気が少なく思うように人が見つからない。

 「おかしいなぁ、子供の姿はあるが大人の姿が…あっ!ちょっとすみません」

 と、やっと人を見つけたバッドが声を掛けた。声を掛けられた男は、立ち止まり振り向いた。

 「何か…ん?ああぁ!お前らグリッドか?」

 「ああ、そうだバッド・グリッドだ、この辺りも随分変わったね」

 「今頃何しに帰って来た!どこに行ってたんだ?」

 と、声を掛けられた男が怒ったように言った。バッドは、まぁまぁといったしぐさをしてなだめた。

 「久しぶりだね、おやっさん、俺達はメタルニアに移住したんだ」

 「子供達を置き去りにしてか?」

 「そう、その子供達を引き取りに来たんだよ、私らもあの時は色々あったから…どうしようもなかったんだよ、ねぇ、おやじさん、アンジュとケリーどこに居るか知ってるかい?まさかもう死んじまったのかい?」

 と、ハリアがいやらしい目付きをして言った。明らかに女の色香を出している。声を掛けられた男は、ハリアから目を逸らし押し黙った。言いたくないといった雰囲気である。

 「おやっさん…あの時は俺達も必死だったんだ、スワードの殿が突然改易になり俺は奉公先を失いどうしようもなかった…ヨーゼフ・ロイヤーらに紹介された奉公先は厳しく直ぐに暇を出された…」

 「こうを付けろ無礼な、暇を出されたのはお前の素行の悪さからだろ、ここいらの連中は皆知ってるんだぞ」

 「確かにあの時の俺は荒れていた…でも今は違う、メタルニアではちゃんとした職に就いて真面目に働いてるんだ」

 「子供達を置き去りにしてしまった事は本当に後悔してるの、おやじさん、だって私がお腹を痛めて産んだ子達なんだから…お願いアンジュとケリーが生きていてどこに居るのか、知ってたら教えて、お願い」

 と、バッドとハリアは、目に涙を浮かべて言った。声を掛けられた男は、抜け目なく二人を見た。なるほど、着ている服も態度も以前に比べれば随分と良くなっている。

 「…今、メタルニアでは何の仕事に就いてるんだ?」

 と、声を掛けられた男は、用心深く聞いた。

 「まともな仕事だよ、デ・ムーロ商会って知ってるかい?俺はそこで営業の仕事に就いてるんだ」

 「私は専業主婦よ」

 「ほら、ここに名刺が」

 と、バッドは、名刺を差し出した。名刺には、デ・ムーロ商会営業主任バッド・グリッドと書かれてある。無論、嘘である。バッドとハリアは、メタルニアで詐欺師になったのだ。

 「その若さで営業主任?ほぉぉぉ…」

 と、声を掛けられた男は、信じられないといった顔をした。しかし、名刺は、どうやら本物の様だった。もし、テランジンが相手なら直ぐにデ・ムーロ兄弟に問い合わせていた事だろう。

 「こうやってまともな職に就いてるんだ、お願いだおやっさん子供達の居場所を知ってるのなら是非教えて欲しい」

 と、バッドは言い頭を深々と下げた。ハリアも深々と頭を下げた。この姿を見て声を掛けられた男は、二人が本当に改心し真面目になったのだと感じ、アンジュとケリーの居場所を教える事にした。

 「二人は、大聖堂裏の孤児院に居る」

 「ありがとう、おやっさん、恩に着るよ、ありがとう」

 と、バッドとハリアは、また深々と頭を下げ礼を言い長屋から孤児院を目指した。

 「やっと子供達に会えるぞ、ククク…アンジュはお前に似てきっと美人になってるぞ」

 「ウフフフ、何言ってるんだよ、ケリーだってあんたに似てたら男前さ」

 と、夫婦で褒め合い孤児院を目指した。城下の大通りを歩いていると大聖堂が見え始めた。四年前は、ところどころ剝がれていた壁の一部も今は、修復され奇麗になっていた。二人は、直ぐに裏手に回り孤児院に向かったが、孤児院の門から厳つい男達が五人ほど出てくるのを見て慌てて物陰に隠れた。

 「いやぁ兄貴、おめでとうございます、これで兄貴はいきなり姪っ子と甥っ子が出来ましたね」

 と、ジャンが嬉しそうに言った。ルークは、嬉しそうに返事をした。

 「ああ、これで家族が増えた、母さんには孫が出来たってわけだ、アンジュとケリーは大喜びしてたってホーリッシュ卿は言ってたなぁ、サイモンの兄貴は、早速屋敷の改築願いを出したってな、子供部屋を作るんだってよ」

 「そりゃあ良いですね、俺がケリーに買ってやった魔導車のおもちゃも気に入ってくれたし、兄貴、親子盃やるんでしょう?」

 「もちろんだぜ、シンが居ねえからお前とリッキーで頼んだぜ」

 「分かってますよぉ」

 と、話しながら目の前を通り過ぎていくルーク達を物陰から見ているバッドとハリアは、顔を見合わせた。

 「今、あいつらアンジュとケリーって言ってたよね?」

 「ああ、甥っ子とか姪っ子とか…何の事だろう、とにかく孤児院に行こう」

 バッドとハリアは、孤児院の門の前に立ち呼び鈴を鳴らした。少し間が空いてから孤児院の奉仕者が現れた。

 「何か御用で?」

 「あのぅ、ここにアンジュ・グリッド、ケリー・グリッドと言う子供が居ると聞き参りました」

 と、バッドが神妙な面持ちで言った。ハリアも神妙にしている。

 「ははぁ、居るには居ますが、あなた方は?」

 「はい、私は二人の父バッドとこちらは母ハリアです」

 「えっ?今何と?」

 「アンジュとケリーの父と母です」

 「そそそそ、そんな…ちょっと待って下さい、大司教様に」

 と、奉仕者は、驚きバッドとハリアを門の前で待たせホーリッシュ大司教の下へ駆けつけた。ちょうど弟子たちに教義を説いていた。

 「大司教!大変です!」

 「何事かな?」

 と、奉仕者を見たホーリッシュ大司教は、ただならぬものを感じた。

 「たた、大変です、たった今、アア、アンジュとケリーの両親と言う者が門の前に」

 「何ですと?教義はこれまで」

 と、ホーリッシュ大司教は、弟子達に言い講堂を出た。そして、アンジュとケリーに絶対に部屋から出てはならないと伝えるよう奉仕者に言い、一人で門の前に向かった。

 (今頃になってのこのこと…せっかくサイモン夫妻との縁組が叶うというに…)

 ホーリッシュ大司教は、孤児院の玄関に立ちバッドとハリアを見た。噂で聞く様な姿ではなかった。バッドとハリアは、ホーリッシュ大司教に深々と頭を下げている。

 「お二人がアンジュとケリーの両親か?」

 「はい、父のバッドです」

 「母のハリアです」

 「ふむ、二人の親と言う証拠はお持ちか?」

 と、門を挟んでホーリッシュ大司教は言った。少しでも疑わしいものあらば、直ぐに通報してやろうと思っていた。ハリアは、鞄から古びた写真を取り出しホーリッシュ大司教に手渡した。

 「アンジュが一歳の頃の写真です」

 「一歳?…ふ~む…他にはありませんか?」

 分かる訳が無い。ホーリッシュ大司教は、写真をハリアに返した。バッドとハリアは、困った。証拠と言える証拠が無いのだ。実は、写真は、メタルニアで用意した偽物だった。

 「とにかく、会わせて下さい、ケリーは赤ん坊だったから分からないだろうがアンジュなら覚えているはずです、私達の姿を!お願いします、大司教」

 「どうか、どうか子供達に会わせて下さい」

 バッドとハリアは、必死になって頼んだ。ホーリッシュ大司教は、他に証拠が無い限り会わせる事は出来ないときっぱりと言った。

 「とにかく、はっきりとした証拠が無い以上、私としては会わせる事は出来ない、今日のところはお帰り願います」

 そう言ってホーリッシュ大司教は、孤児院へと消えた。門前に居るバッドとハリアは、怒りの表情を浮かべていた。

 「証拠証拠と…ジジイめ!」

 「どうするのさ、証拠になるような物なんて持ってないよ」

 「なけりゃ作れば良いんだよ」

 と、バッドは、不敵な笑みを見せた。詐欺師である。証拠などいくらでも偽造出来るといい今日は、諦めて宿屋に帰った。帰る様子を窓から見ていたホーリッシュ大司教は、愕然としていた。アンジュが母親によく似ていたのである。ケリーに至っては、その両方の顔を受け継いだと言えよう。

 「何と言うことだ…あれは紛れもない…ああ、神よ…」

 そこへ先ほどの奉仕者が現れアンジュとケリーには、まだ両親が来たとは伝えていないと言いホーリッシュ大司教を安心させた。

 「おお、そうか、まだ知らせてはなりませんぞ、先にサイモン夫妻に話す必要がある」

 と、ホーリッシュ大司教は、身支度をしてサイモン屋敷へ向かった。その頃、グリッド夫妻は、宿屋に帰る前に長屋に立ち寄り、以前住んでいた部屋に勝手に侵入し親だと言える証拠を探した。二人にとって幸いしたのは、この部屋は現在誰も住んでいなかった事だ。

 「部屋の中が改装されている、ちくしょうめ!」

 「でも、あんた、床は昔のままじゃないかい?ほら、ここの傷跡、アンジュが鍋を落とした時に出来た傷跡だよ」

 「おお、ほんとだ、床下に何か置いてなかったか?」

 と、二人は、床下の収納空間を調べた。この収納空間は、野菜や漬物などを入れ保存する空間でいつも冷えている。何故、こんな所を調べるのかと言うと四年前、二人はよくこの収納空間にアンジュを「罰」と称して閉じ込めていたからだ。バッドが収納空間を覗き込んだ。暗くて良く見えない。何か無いか片手を入れ探った。

 「やっぱり、何も残ってねぇか…ん?何だこりゃ…ハハハ、こ、これは…おいハリア、これってアンジュの髪留めじゃないのか?」

 と、バッドが収納空間から偶然見つけた髪留めをハリアに手渡した。グリッド夫妻が子供を置き去りにしてトランサーを出国した後に入居した者は、この収納空間を使っていなかったようだ。

 「うん、間違いないよ、これはあの子が気に入ってたものだよ、これをジジイに渡してアンジュに見せるよう頼んでみようよ」

 「ああ、そうしよう、でも今からじゃ早過ぎる、明日もまだ早い、こいつを見せに行くのは明後日だ」

 と、そこは、詐欺師の勘で直ぐに持って行っても信用されない事は、百も承知だ。二人は、何事もなかったかの様に部屋を出て宿屋に帰って行った。

 夕暮れ時、貴族町のサイモン屋敷に主人であるサイモン元帥が帰って来た。既にホーリッシュ大司教が来ている。妻のルーシーや使用人達を見ると何故か暗い顔をしていた。

 「いらっしゃい、ホーリッシュ卿、ルーシーどうしたんだ浮かない顔をして」

 「ダンテ」

 「サイモン殿、大変申し上げ難いのですが…」

 と、ホーリッシュ大司教がアンジュとケリーの実の親が孤児院を訪ねに来た事を話した。サイモン元帥は、呆然としている。

 「何で今頃になって…来たのかと」

 と、ホーリッシュ大司教が悲痛な面持ちで言った。

 「二人には、もうお話ししたのですか?」

 「いいえ、まだ…孤児院の者にもまだ何も言うなと伝えてあります、二人の両親には証拠を持って来いと言い今日のところは追い返しました」

 「で、でも証拠が見つかれば?」

 「ははぁ…証拠が見つかれば親権を持つ親に返さねばなりません」

 と、また悲痛な面持ちでホーリッシュ大司教が言った。

 「本当の親が見つかったんですか…してどんな様子でした?」

 と、サイモン元帥が気を取り直して聞いた。ホーリッシュ大司教は、見たままを話した。ルーシーの顔がより暗くなった。

 「デ・ムーロ兄弟の商会で営業ですか…なるほどちゃんとした仕事をしているようですな」

 と、サイモン元帥は、ホーリッシュ大司教からバッドの名刺を渡され言った。なるほど、本物の様である。サイモン元帥は、名刺をホーリッシュ大司教に返し深いため息を吐いた。

 「うぅぅ…うううぅぅぅぅ」

 「奥様ぁ」

 ルーシーが堪えていた嗚咽を漏らした。使用人達が気遣った。ルーシーの落胆は、計り知れない。サイモン元帥も同じである。平静を装ってはいるが、心の中では、泣いていた。子供部屋を作る許可が下りた矢先の出来事である。

 「しかし、まだ希望はございます、アンジュとケリーが両親のもとへ行くのが嫌だと言えば、話しを評定所へ持って行けます」

 と、ホーリッシュ大司教が是非そうなって欲しいという意味を込めて言った。しかし、サイモン夫妻に笑顔が戻る事はなかった。所詮、他人なのである。過去に何があったか真相はまだ掴めていないが、やはり本当の両親の下で暮らすのが一番良いのだろうと思った。ホーリッシュ大司教は、とにかくグリッド夫妻をよくよく吟味する必要があると言い残しサイモン屋敷を辞した。

 「ダンテ…まさか本当にあの子達の両親が現れるなんて…」

 「ああ、信じたくないが、子供達は両親によく似ていると言っていた…残念だが」

 と、落胆する屋敷の主人夫妻を目の前にしている使用人達の中には、すすり泣く者も居た。

 


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