小さな冒険
トランサー城内、外郭の普段は、警備兵が日にニ、三度しか巡回に来ない場所に小さな人影が二つある。何か探している様子だ。
「おかしいなぁ、確かにこの辺りから入って来れたのに…あんたも探しなさい」
「姉ちゃん、お腹空いたよぉ」
「何言ってるの、早く出ないと見つかっちゃうわよ!」
小さな影は、姉弟だった。姉の名は、アンジュ、両手で不死鳥の剣を持っている。弟の名は、ケリー、今にも泣きそうな顔をしている。この二人は、ヨーゼフの国葬中に城に侵入し宝物殿から不死鳥の剣を盗み出していた。昨日の朝から何も食べていない。弟ケリーの腹が鳴るのを聞いて姉アンジュも腹を鳴らした。
「う~ん、もう我慢しなさい、お城を抜け出したらご飯にしましょ」
と、アンジュは、不死鳥の剣を抱き締め言った。ケリーは、力無く頷き二人は、必死で侵入して来た壁の穴を探した。その頃、レンは、ディープ伯爵と宝物殿に居た。
「…金庫の扉が開いてる…何で?」
と、レンは、呟き金庫の鍵が付いている首飾りを見た。ちなみに金庫は、レンがトランサー国王となってから後日、ヘブンリーのアストレア女王がヘブンリーの職人に金庫を作らせドラクーン経由でレンに贈った物だった。そして、金庫の鍵は、首飾りの様になっていてレンは、肌身離さず持っていた。レンは、鍵が壊されていないか確認のため、首飾りを外し金庫の鍵穴に差し回してみた。カチャンと軽快な音が鳴った。
「壊されてないみたいだね…おかしいなぁ、確かにちゃんと鍵は掛けたのに…」
と、レンは、美しい小首を傾げて呟いた。
「はい、私もしかと見届けております」
「…じゃあ何で開いてるんだろう?」
と、レンとディープ伯爵が話していると不死鳥の剣が消えた日に宝物殿の警戒の当番に当たっていた近衛兵が三人やって来た。シンに声を掛けられる直前までディープ伯爵と話していた近衛兵達である。
「陛下ぁ!申し訳ございません、この度は、とんでもない事態に…」
と、三人は、レンの前に平伏した。三人共顔を真っ青にしている。ディープ伯爵が三人から聞いた当時の状況をレンに話した。
「ははっ、あの時は確かに宝物殿に続く廊下から大きな物音が聞こえまして何事かと我々で見に行きました、気になり辺りを調べている間に何者かが宝物殿に侵入したようでして」
と、近衛兵の一人が話した。
「う~ん、でも盗賊なら他の金品を持って行ってもおかしくないのに何で不死鳥の剣だけ狙ったんだろう?」
「左様でございますなぁ、宝物殿の品々はどれも一級品です、わざわざ開けるのに時間が掛かる金庫の中の不死鳥の剣に手を出しているのがどうも解せませんなぁ」
「この鍵は絶対に人間には壊せないはずだし…って壊れてもないし、剣を金庫に入れた時ちゃんと鍵を掛けたはずなんだけどなぁ」
レンもディープ伯爵も訳が分からないといった顔をした。そこで近衛兵達が震える声でレンとディープ伯爵に尋ねた。
「あのぅ…陛下、御用人様、我々はどうすればよろしいでしょうか?」
「えっ?ああ、そうだなぁ…君達に落ち度があったとは僕は思わない、盗まれたと断定するにはまだ早い気がするしなぁ…もしも盗まれたのならラムールが僕に知らせるはずだし」
「ははぁ、剣に宿りし不死鳥の事ですな」
「うん、ラムールが僕から、いやティアック家から離れる事は絶対にないってアストレア女王が言ってたしね、ところで剣が消えた事を知っている者は君達とイーサンと他には…」
「はい、我々と昨日お城に詰めていた役人のごく一部だけです」
と、ディープ伯爵が答えた。レンは、その連中に絶対にしゃべるなと命じておけとディープ伯爵に言い、近衛兵三人と宝物殿や物音がした回廊を調べる事にした。その頃、城から海軍本部に行ったシンがテランジン、ルーク、ジャンにディープ伯爵の様子を話していた。
「伯爵、絶対何か隠してるぜ兄貴」
「気のせいだろう、イーサン殿が何を隠すんだ?」
と、テランジンは、シンの話しを信じていなかった。
「いや、あれは絶対何かあるぜ、俺が声を掛けた時の慌てっぷりはどう考えてもおかしいよ、気になってメルガドに行けねぇよ」
「まぁ、後で俺は登城するからその時に探ってみよう」
「頼むよ兄貴」
と、テランジンは、シンに心配を掛けないためにも様子を探る事にした。一方、城の外郭の壁際に居るアンジュとケリーの姉弟は、木陰に身を潜めていた。警備兵三人が見回りに来ていたのだ。
「しっ!静かにしなさい、ここでじっとしてたら大丈夫だから」
「姉ちゃん、怖いよ、早く帰ろうよ」
「分かってるわよ、だから静かにしなさい」
と、アンジュが言い身をよじらせた時、枯れ木を踏んでしまい「パキッ!」と音が鳴った。二人に緊張が走った。
「おい、今、妙な音がしなかったか?」
と、一人の警備兵が言った。
「んん?ああ確かに聞こえたが…小さい獣か何かだろう、どっかに巣でもあるんじゃないか?」
「一応確認した方が良いんじゃないか?」
「ああ、大丈夫だよ、こんなとこ誰も来やしねぇよ」
「それもそうだな、はははは、行こうぜ」
と、警備兵三人は、他を見回りに行った。木陰に潜んでいた姉弟は、ホッと胸を撫で下ろした。
「はぁ~怖かった、さぁ早く出口を探しましょ」
と、姉アンジュは、不死鳥の剣を抱き入って来たはずの穴を探した。弟ケリーは、空腹で腹を鳴らしていた。
宝物殿に続く廊下でレンと近衛兵三人は、何か手掛かりは無いかと調べていたが全く何も無く困り果てていた。
「本当にここから物音がしたんだよね?」
「はい、間違いございません陛下」
「そっか、でも何も無い、とりあえず宝物殿を見よう」
「ははっ」
レンと近衛兵達は、宝物殿に移動した。歩きながら隈なく宝物殿に続く廊下を見た。結局何も見つからないまま宝物殿の入り口に到着し、近衛兵が宝物殿の扉を開けた。入り口から一直線に不死鳥の剣が保管されているはずの金庫が見える。レンは、周りを見回しながらゆっくりと宝物殿に入った。近衛兵達も続く。四人で隈なく調べていると近衛兵の一人が何かを発見した。
「陛下、ご覧下さい、この様な場所に枯れ葉が」
「あっ?!ほんとだ!何でこんな所に…剣を盗んだ者の衣服に付いてたのかな?」
と、レンは、屈み込んで枯れ葉をつまんで言った。
「あれっ?これは…足跡かな?泥が…ほら、皆見て」
「ははぁ…確かに足跡の様に見えますが…小さ過ぎやしませんか?まるで子供ですよ」
と、足跡の様に見える物が小さ過ぎて不自然に思った近衛兵が言った。レンも確かにおかしいと思った。レンと近衛兵達は、他に手掛かりが無いか探した。宝物を置く台の下や棚の陰にところどころに泥や枯れ葉が落ちていた。
「他の物には一切目もくれず、ここを辿って金庫まで近付いたのか…あの金庫の中に不死鳥の剣が入っているって何で知ってたんだろう?宝物殿に出入り出来る者は限られている」
と、レンは、呟き考えた。
「あの…恐れながら」
と、近衛兵の一人が申し訳なさそうに言い出した。
「あの泥の足跡はどう見ても子供の足跡です、まさかとは思いますがラストロ殿下のご子息が」
「ま、まさか?ミハエルが?それは無いよ、だって国葬の時に大広場にラストロ殿の奥方と一緒に居たからね」
「ははぁ、そうでしたか、ではお城に出入り出来る役人の子供とか…」
「うん、それなら考えられるけど、でもやっぱり妙だな…子供でも大人でも本当に盗まれたのならラムールが僕に知らせてくれるはずなんだ、私が盗まれたってね、何も言って来ないからね、どうしてだろう?それに金庫の鍵は僕がちゃんと掛けたし、イーサンも確認してるから」
と、レンは、言い首飾りの様な鍵を握りしめた。その時、ハッと今まで考えつかなかった事を思いついた。
「ま、まさか、ラムールがわざと盗ませた?ラムールならヘブンリー製の鍵でも自分で開ける事も出来るかも知れない…だとしたら何で盗ませたんだろう?」
近衛兵三人は、不死鳥の剣の不思議な力の事は、知っていたが自分達の想像を遥かに超える力を持っている事に驚愕していた。その頃、剣が盗まれた事を知っている役人に箝口令を発していたディープ伯爵が偶然通りがかった役人の話しを聞いて心を痛めていた。
「可哀想にホーリッシュ大司教が面倒を看てる孤児院から子供が二人居なくなったらしい、先ほど役所に捜索願を出したそうだよ」
「その子達は、何でもヨーゼフ公が連れて来たって言う子達らしいぞ」
「よりにもよってヨーゼフ公の葬儀の後に行方不明か…まさか後追い自殺か?」
「まさか、そこまではしないだろう」
「君達、その話しもう少し詳しく話してくれ給え」
と、ディープ伯爵は、堪らなくなり話していて役人二人を呼び止めた。役人二人は、自分達が知っている事を全て話した。話しを聞きディープ伯爵は、目を潤ませていた。
「あの時、ヨーゼフ公が孤児院に連れて来なければ弟は衰弱して死んでいたかもと聞きました」
「そんな事があったのか…してもう捜索は始まっているのかね?」
「はい、ホーリッシュ卿が自ら役所にお出ましになり届けを出されたそうで、既に捜索は始まっているはずです」
それを聞き安心したディープ伯爵は、役人達と別れレンが居るはずの宝物殿へ向かった。レンは、ディープ伯爵に発見した枯れ葉と足跡の様な泥を見せた。
「ははぁ、なるほど確かに子供の様な足跡ですな…あっ!そうだ、陛下この件は此度の事とは関係ございませんが一応お耳に…今日ホーリッシュ卿から孤児院で暮らす子供の捜索願が出されたとの事です」
「捜索願?」
「ははっ、子供と言うのは姉と弟の二人でして四年前、陛下がイビルニアにご出征あそばしている頃にヨーゼフ公が孤児院に連れて来たと聞き及びました」
「ヨーゼフが…初めて聞いたよ、でも心配だね、その姉弟どこに居るんだろう?そうだ、ホーリッシュ卿を呼ぼう、不死鳥の剣の事は一旦忘れよう、ラムールがどこに行っても必ず僕のもとに帰って来るはずだから」
と、レンは、不死鳥の剣を探すのを一旦止め孤児二人の捜索願を出したというホーリッシュ大司教を城に呼び出す事にした。教会に迎えの使者を遣わしている間にテランジンが登城して来て、直ぐにレンに目通りを願い出た。ほどなくして謁見の間に現れたレンは、テランジンにヨーゼフから孤児の事を聞いてないか尋ねた。
「初耳です、おやじがそんな事を」
「それでね、今ホーリッシュ大司教を呼び出して当時の事を詳しく聞こうと思ってね」
「左様ですか、ところでイーサン殿、単刀直入に聞く、何か隠し事でもおありか?」
「はぁ?か、隠し事?」
レンとディープ伯爵は、顔を見合わせた。何か誤解していると思った。
「シンが明後日メルガドに大使として赴任致します、そのシンが今日陛下にお目通りをとイーサン殿に願い出た際、様子が妙だと言っておったので」
レンは、事が大きくなる前に話しておいた方が良いと判断した。
「あのテランジン、奥の部屋に行こう」
と、レンは、言い謁見の間の裏にある部屋へと行った。謁見の間には、何も知らない近衛兵や役人が数名いる。テランジンは、何だろうと思いディープ伯爵と奥の部屋へと入った。この部屋は、例えばマルスやラーズなど親しい者が来た時に使う部屋だ。以前ならテランジン達もよくこの部屋でレンと会談していたが、レンが国王になって以降それを控えていた。レンは、テランジンに座るよう言い自分も座った。
「あのテランジン、実はね…」
と、レンは、不死鳥の剣が無くなった事を素直に話した。
「イーサンが何か隠しているって感じたのはその事だよ、この事は僕とイーサンそして当番に当たっていた近衛兵三人と数名の役人しかまだ知らないんだ」
「あの時丁度、私がその近衛兵らと話している時にシン殿に声を掛けられてねぇ、ちょっと驚いただけなんだが…そんなに顔に出たのか」
と、ディープ伯爵は、自分の顔をつるりと撫でながら言った。
「しかし、困りましたな…あの金庫をどうやって開けたのでしょう、あれは絶対に人の手では破る事は出来ませんよ…まさか生き残ったイビルニア人?」
と、テランジンが険しい顔つきで言った。まだどこかに居るかも知れない。
「それなら心配ないよ、仮にイビルニア人や悪党ならラムールが真っ先に僕に知らせるはずだよ…んん?って事は、悪意のない者が剣を盗み出した…いや、ラムールが持ち出せるようにした…不死鳥の剣の力を知ってる者かな?」
「不死鳥の剣の力は人を甦らせる事、しかしその力はティアック家の方々にしか通用しない」
「ヨーゼフ公の葬儀の時に剣は持ち出された…まさかヨーゼフ公を甦らせようと…」
レンとテランジン、ディープ伯爵は、顔を見合わせた。
「ま、まさか…仮に他の者を甦らせる事が出来ても無理ですよ、おやじは火葬したんですから、魂を受け入れる身体が無い」
と、ヨーゼフの義息子であるテランジンが額に汗を滲ませ言った。一瞬、自分の子分達がやったのかも知れないと思ったが直ぐに思い直した。そこへホーリッシュ大司教が来たと報告があり部屋に招いた。
「ああ、皆様、先日はご苦労様でした、ホーリッシュお召しにより参上致しました」
と、ホーリッシュ大司教が挨拶をした。レンは、捜索願が出されていると言う姉弟の事を尋ねた。ホーリッシュ大司教は、遠い目をして姉弟が孤児院に連れて来られた経緯を話し出した。
「あれは陛下がイビルニアにご出征あそばしていた頃の事です」
当時、ヨーゼフが国内に居残り、中心となって国内外の政を仕切っていて毎日多忙を極めていた。ザマロによって弾圧、迫害を受けていた親ティアック派の貴族や政治家達を復職させたり収容所に入れられた国民の救済措置やザマロ派だった貴族、政治家達の粛清などをジャスティ大臣やサイモン元帥らと共謀して行っていた。
「はぁ~疲れた、わしも歳だな」
と、ある日、ヨーゼフが城内に与えられた自分の部屋で机に向かい目頭を押さえながら娘のリリーに言った。机には、報告書が山積みになっていた。
「お父さん、息抜きに青い鳥にでも行ったら、あまり根を詰めると身体に悪いわ」
と、リリーが父ヨーゼフを気遣った。
「ああ、まぁそうじゃのう、しかし若は今のこの瞬間もイビルニア人と戦うておわす、どうしたものか」
「でも、お父さんが倒れたらそれこそ若様がお困りになるわ」
「ふむ…まぁそうじゃな、若、お許しあれ」
そう言ってヨーゼフは、まだ日も高いうちに単身で大衆酒場兼食堂である「青い鳥」に向かった。店主オヤジは、腕によりをかけ料理を作りヨーゼフの舌をうならせた。城内で出来ない馬鹿話しをして大いに笑い飲み、日頃の疲れを癒した。
「ああ、美味かった、オヤジありがとう、また来るよ」
「はい、旦那、いつでも歓迎します」
夕暮れ時、港町の厩舎で乗って来た馬にまたがり、城に戻ろうと来た道をたどっていると通りの脇にあった空き地で赤ん坊を抱いた小さな女の子が数名の子供達に囲まれているのが目に入った。
「ははは、お前の父ちゃんと母ちゃんはこの国から逃げたんだ」
「悪い貴族の使用人だったっておいらの母ちゃんが言ってたぞ、だから逃げたんだ」
「お前も悪い奴だな」
「………」
赤ん坊を抱いた女の子は、何も言わずただ涙を流していた。囲んでいた子供達が女の子に小石を投げつけたり木の枝で突いたりしている。女の子は、赤ん坊を庇い必死で耐えていた。ヨーゼフは、女の子と赤ん坊の親は、ザマロ派だったのだろうと気付き憐れに思った。親は、どうであれ子供には関係ない。ヨーゼフは、直ぐに止めに入った。
「これこれ、止めんか、何をしておる」
「うるせぇ、じじい!こいつは悪い奴の子だ、だからこいつも悪いんだ」
「そうだ、親無し!ば~か」
「全く口の悪いガキ共じゃのう、もう日も暮れておる早う帰れ…ええい、さっさと帰らんと牢屋に放り込むぞ!」
と、ヨーゼフが怒鳴るといじめていた子供達は、恐れをなして逃げ散った。やれやれと思いヨーゼフは、女の子を見た。女の子は、赤ん坊を抱き締め泣いている。ヨーゼフは、ハンカチを取り出し涙を拭いてやった。
「大事ないか?家はどこじゃ?送ってやろう」
「うちに帰っても誰も居ない」
「んん?何?さっきの小僧共が言っておったのは本当なのか?」
と、ヨーゼフが女の子に聞いていると先ほどの子供達の親が空き地にやって来た。子供達は、妙な大人が居ると親達に嘘を言い連れて来たのだ。
「おい、あんたうちの子に何をしたんだ?」
「何じゃい?」
と、しゃがみ込んでいたヨーゼフが立ち上がり振り向いた。驚いたのは、親達だった。
「ヨーゼフ様?何でこんなところに?」
「わしも町に行く事もあるわい、ところでおぬしらの子はこの子をいじめておったぞ」
と、言われ親達は、そりゃそうだろうといった顔をした。
「ああ、その子の両親はザマロ派の貴族の奉公人だったんですよ、主の貴族が改易になり累が及ぶかも知れないと恐れてましたが、新しい奉公先を紹介されて奉公してたんですがね、素行不良で直ぐに暇を出されて、近所でも評判が悪くて、そんな親の子なんですよ」
「しかし、子供は関係なかろう、子供達にちゃんと謝るよう言いなさい」
と、ヨーゼフに言われ親達は、自分達の子供に謝るよう言い聞かせた。
「ところで子供達が言っておったのだがこの子の親が国から逃げたと」
「はい、二日ほど前からこの子達を置いて突然消えたんですよ」
「改易になった貴族の手先になって随分悪い事をしていたようで」
「な~る…して、その貴族の名は?」
「はい、スワードとか言いう元はやくざでして昔からザマロに献金していたとかで男爵を賜ったと」
と、スワードと聞いてヨーゼフは、確かに粛清名簿に名前があったなと思い出した。
「あい、分かった、もう子供達にはいじめをさせぬよう、おぬしらしっかり言い聞かせるのだぞ、さぁもう帰った帰った」
と、ヨーゼフに言われ親達は、子供を連れ家に帰って行った。空き地には、ヨーゼフと赤ん坊を抱く女の子だけが残った。辺りは、暗くなっていて街灯の光りが寂しく光っていた。
「そうか…わしらの粛清で図らずもこの子を親無しにしてしまったか…さてとどうしたものか…城に連れ帰るわけにもいかんしのぅ…そなた名は何と申す?」
と、ヨーゼフが女の子に聞いてみた。女の子は、ヨーゼフを見上げて答えた。
「アンジュ、アンジュ・グリッド、この子はケリー私の弟」
「ふむ、アンジュにケリーじゃな、親がどこに行ったか本当に分からぬのか?」
「……」
アンジュは、何も答えず暗い顔をして弟ケリーを抱き締めている。その時、アンジュの腹が鳴った。
「んん?腹が減っておるのかえ?」
「昨日から何も食べてないの」
「何と…そりゃいかんのぅ、ところで赤ん坊は…や…弱り切っておるではないか、とにかくアンジュや飯を食べよう」
そう言ってヨーゼフは、アンジュとケリーを馬に乗せ自分も乗って港町に戻り、また青い鳥に入った。店主のオヤジは、忘れ物でもと思ったが子供を二人連れているのに気付き驚いた。
「だ、旦那、その子達は?」
「ああ、話しは後じゃ、先にこの子達に何か食い物を出してやってくれ、昨日から何も食べておらんと言う、ああ、赤ん坊にはミルクをな、ミルクはあるか?」
「あるにはありますが、哺乳瓶が」
「私が持ってきます」
と、常連客の女が言い家に取りに帰った。この女は、近所に住んでいて直ぐに戻って来た。ヨーゼフは、女に礼を言い哺乳瓶をオヤジに渡しミルクを入れさせケリーに飲ませた。アンジュも出された料理を夢中で食べていた。いつの間にかヨーゼフの周りには、青い鳥の常連客が集まっていた。
「ははぁ、赤ん坊の世話など何年ぶりかな、ははは、しかし、可愛いのぅ…こんな可愛い子を置いて親はどこに行ったのか…」
「ヨーゼフ様、この子達は一体」
「うむ、ちょっとな、ところでおぬしらグリッドと言う者を知っておるか?」
「グリッド…はて何者ですか?」
「グリッドって確かスワード男爵の奉公人だったっけ、あっ?!まさかこの子達は、グリッドの?」
と、言った客の一人の目の色が変わった。少し蔑んだ目をしている。
「親はどうであれ子供には関係無い、そのグリッドなる者はこの子達を置いてトランサーを出奔したそうな…」
「何ですって?あの野郎、我が子を置いて逃げたんですか?」
と、他の客の一人が怒りを露わにして言った。過去に何かあったのだろうか?
「まぁ、とにかく今はこの子達の処遇を考えねばならん…はてさてどうしたものか?」
と、ヨーゼフは、孫でも見る様な顔をしてケリーにミルクを与えている。周りに集まった客達が口々に話し合い意見をまとめてヨーゼフに言った。
「閣下、ホーリッシュ大司教が孤児院を持っているのをご存じで?」
「んん?ホーリッシュ卿が?…ああっ!そうであった、忘れておったわ、そうじゃ孤児院があった、アンジュや、そなたとケリーは孤児院に行く、良いな?」
「孤児院って?」
と、アンジュは、食べる手を止め不安気な様子でヨーゼフに聞いた。客の一人がアンジュに孤児院の事を簡単に説明した。アンジュは、子供ながらに納得した様子だった。アンジュが食べ終わりヨーゼフは、早速ホーリッシュ大司教の孤児院に向かった。すっかり夜になっていて孤児院の門は、閉ざされていたが、ヨーゼフだと分かると直ぐに開けてくれた。
「閣下、このような時間にどうかなさいましたか?」
と、孤児院で奉仕活動をする者が驚いて尋ねた。
「夜分にすまんな、この子達をな」
と、ヨーゼフは、アンジュとケリーを紹介した。事情を聞いた者は、直ぐにホーリッシュ大司教に知らせた。
「ヨーゼフ公がアンジュとケリーを連れて来られた時は、驚きましたよ、アンジュはやせ細っていてケリーは生きているのが不思議なくらいでした」
と、ホーリッシュ大司教が当時を思い出し、しみじみと言った。
「そこで直ぐに私どもで引き取る事にしました」
無事に孤児院に引き取られたアンジュとケリーは、そこですくすくと育った。二人を預けたヨーゼフは、忙しい合間を縫っては、様子を見に行っていたようだが、不穏な動きを見せそうなザマロ派だった貴族や政治家の警戒やシドゥの戦死の事やホーリッシュ大司教に二人を預けた安心感もあり、次第に忘れてしまった。ホーリッシュ大司教は、ヨーゼフが日々多忙を極めている事をよく知っている。孤児院に顔を見せなくなった事を不思議とは、思っていなかった。
「当時のヨーゼフ公は、多忙を極めておいででした、二人にはヨーゼフ公がどの様なお方なのか、そして、ここに連れて来られたご恩を忘れぬようにとよく言い聞かせておりました」
「なるほど…そんな事があったなんて、全く知りませんでした」
「私もあの当時は、ヨーゼフ公やサイモン殿らと一緒によく居ましたがヨーゼフ公は何もお話しになりませんでしたからなぁ」
と、ディープ伯爵が当時の事を思い出し、遠い目をした。
「それにしても子供達はどこに居るんでしょうな、子供達はいくつになりますか?」
と、テランジンが腕組みをしてホーリッシュ大司教に尋ねた。
「はい、姉のアンジュが八歳、弟のケリーが四歳になります」
「ははぁ、その歳ならそんなに遠くには行ってないでしょうな」
「はい、私もそう思うのですが…一体どこに行ったのやら」
と、ホーリッシュ大司教がため息交じりに答えた時、部屋の扉を軽く叩く音が鳴った。ディープ伯爵が何の用か聞くとサイモン元帥が不死鳥の剣を持った子供二人を城の東側の外郭で捕えたと役人が扉の向こうから答えた。
「何だって?」
「サイモンが?陛下、イーサン殿」
「どうしたんです?不死鳥の剣と今聞こえましたが」
「とにかく行ってみよう」
レン達は、城の外郭東側へ向かった。途中で会う役人や貴族達が何事だろうとレン達を見た。長い廊下を通り外へ出ると空は、暗くなり始めている。それに少し寒い。案内の役人が「こちらです」とレン達を誘導した。そこにサイモン元帥がしゃがみ込んで子供二人に何か話している姿が見えた。
「サイモン元帥!」
「あっ、陛下、この子達を見て下さい、この子が持っている剣は不死鳥の剣ですよ」
「ああっ!アンジュ、ケリー!」
と、少し遅れて来たホーリッシュ大司教が叫ぶように言った。二人は、観念しているのかうつ向いてじっとしている。今にも泣きそうな顔をしていた。
「これっ!アンジュ、ケリー探したんだぞ!どうしてこの様な場所に…一体どうやってお城に入ったのだ、どうしてお前達が不死鳥の剣を持っているのだ?」
「ええ?この子達が捜索願を出したという」
「…ごめんなさい…私は、私は」
「と、とにかく中に入って話しましょう、ここは寒い」
と、ディープ伯爵が気を利かせ皆で城内のある一室に入った。こうしてアンジュ、ケリーの小さな冒険が幕を下ろした。




