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不死鳥の剣  作者: TE☆TSU☆JI
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カイエンの弔辞

 大広場のヨーゼフの棺が置かれている祭壇の前でカイエンとシーナが居る。二人は、祭壇を見つめては、時折、空を見上げた。レンは、何となくドラクーン大使であるラードンと大使館員であるタキオンとワイエットを見た。この三人もカイエンとシーナの様に時折、空を見上げていた。なかなか弔辞を述べようとしないカイエンにラストロが遠慮がちに声を掛けた。

 「あ、あの…カイエン殿」

 「…ああ、すまねぇ、今ぁ旦那と話してたところだ、今から始めるぜぇ、えーと…」

 と、カイエンは、おかしな事を言い弔辞を述べ始めた。

 (旦那と話し?カイエン殿の言う旦那とは、まさかヨーゼフ公の事か?見えるのか?)

 と、ラストロは、不思議に思った。

 「ええぇ親愛なる我が友ヨーゼフ・ロイヤーよ、貴殿と知り合ったのはいつの頃だったか…貴殿がまだサイファの国境の村に居た頃だったか…先代の龍神エルドラに会いに来た貴殿を初めて見た時、私は感激した、人間が堂々とドラクーンに来てくれたと、人間に興味があった私は直ぐに貴殿と仲良くなれた…」

 と、カイエンが弔辞を述べているとマルスが面白くないといった顔をしてレンに言った。

 「何だよカイエンの奴、何か面白い事でも言いそうなのに意外に普通だな、どうなってんだ?」

 「そ、そうだね、いつものカイエンらしくないね」

 と、レンもちょっと驚いていた。カイエンがヨーゼフとの思い出を語りシーナ、レン、マルスの話しになった。

 「隣に居るシーナも随分と貴殿に世話になった…儀式を受けるのを怖がっていたシーナを安心して預けられるのは貴殿の他に居なかった、次にまたドラクーンに来る時に連れて来るという約束で預かってくれシーナを連れて来た時には、新たな人間を紹介してくれた、私はまた人間の友が出来たと嬉しかった、レオニール・ティアック、マルス・カムイ、私はこの二人を見た時、確信した、ドラクーンは人間をこばむ時代は終わったのだと我々ドラクーン人は、人間を受け入れ共に繁栄し未来へ進むのだと…幸いにして先代も同じ事を感じておられた、そして私の代になりそれが叶った」

 と、カイエンが言ったところでドラクーン人達は、ヨーゼフの棺の真上を見ていた。レンは、気になりそっとラードン大使に近付き尋ねた。

 「何か見えるのですか?」

 「はい、陛下、おいら…じゃなかった私どもには見えますよ、ヨーゼフ公ともう一人」

 「もう一人って?」

 レンは、ヨーゼフが自分の葬儀を見に来ている事に驚いたが、誰かと一緒に来ていると聞きさらに驚いた。

 「はい、陛下、ヨーゼフ公の様なご老人です、トランサー人ではないようですな、ジャンパール人ですな、ははぁ、なるほどあなたがフウガ・サモン殿ですか」

 と、フウガの事を知らないラードン大使が空を見上げながら答えた。フウガと聞いてレンは、思わず叫びそうになった。今、霊魂となったヨーゼフと共にこの大広場にフウガが来ている。

 「おじいさん、来てくれたんだ」

 「無事にヨーゼフもこちらの世界に来たから安心せよ、と申されております」

 「そ、そうですか、おじいさん…ヨーゼフと一緒に来てくれたんだ」

 と、レンは、空を見上げながら呟いた。カイエンの弔辞は、まだ続いていた。そして、いつの間にかいつもの口調になっていた。

 「旦那があの世に行く前に俺っちに会いに来てくれた時ぁびっくりしたぜぇ…理由を聞いて頭に来たからよう、旦那がインギの旦那に会いに行った後、俺っちはシーナを連れてヘブンリーに行ったんだ、そして婆ぁに先祖の代償って何だって問い詰めてやったよ、そしたらよう」

 「婆ぁって誰?」

 「ああ、アストレア女王の事ですよ、ふふふ」

 と、レンの呟きにラードン大使が答えてくれた。

 「アフロディアスとか言うアンドロスの代わりになった奴がよう、人間如きのためになんてぬかしやがったからぶん殴ってやったぜ、ついでに婆ぁの神殿の壁に穴開けてやったよ…全くエンジェリア人はいつまで経っても頭が固いぜ、しかしアンドロスの野郎は何であんな嫌味な奴を婆ぁの永遠の従者にしたのか…って、まぁいいや、今度会ったらもっと酷い目に遭わせてやるぜぇ、殿様達の事は俺っち達に任せて隣のお人と見守っててくれや、今日はトランサーに来れて本当に良かったよ、旦那ぁあんがとよ」

 と、カイエンの弔辞は終った。大広場は、静まり返っていた。トランサー王国民は、もちろん各国の要人達は、まさかヨーゼフのためにヘブンリーのエンジェリア人を殴り倒して来たと聞き驚きの余り声も出なかった。この世界では、エンジェリア人は、神の様な存在なのである。そして、ドラクーン人も神の様な存在として崇められてきたのである。

 「あのドラクーン人、なかなか面白いなヨーゼフ殿」

 「そうでしょうフウガ殿、カイエンは面白き男でござる、あの者が龍神となりドラクーンも随分と変わったようで」

 と、霊魂のフウガとヨーゼフは、カイエンを見て言った。レン達、人間には見えないがドラクーン人達には、見えている。カイエンとシーナは、空に向かってぺこりと頭を下げた。

 「旦那の隣のお人は、レンの殿様をお育てになったって言うフウガ・サモンさんですかい?」

 「左様、レンを育てたフウガ・サモンです、龍神殿レンを助けてくれてありがとうございます、私も生きている間に貴殿に会いたかった」

 「俺っちも会いたかったぜぇ、きっと仲良く出来たぜ、ヨーゼフの旦那をよろしく頼んだぜぇ」

 「カイエン、シーナ、わしのためにわざわざ来てくれてありがとうよ」

 と、空に向かって話しをしているカイエンとシーナを見て大広場に集まっている者達は、不思議に思った。レンは、マルス達にラードン大使から聞いた事を話した。

 「ドラクーン人には見えてるのか」

 「じゃあ、あの棺の真上辺りにフウガとヨーゼフが居るのか…なるほどな…」

 レン達もカイエン達ドラクーン人が見ているところをじっと見つめた。何も見えない。いつの間にかラードン大使も会話に加わり出した。今が国葬中である事を忘れているかのような会話である。ほとんどがシーナの兄ドラコやアストレア女王、アンドロスの代わりに永遠の従者になったアフロディアスの愚痴である。大広場は、いつの間にか悲しい雰囲気から一変し笑いに包まれていた。ラストロが困ったような顔をしている事に気付いたヨーゼフは、フウガにラストロを紹介した。フウガは、じっとラストロを見つめた。

 「なるほど…ザマロとは正反対のようだな、カイエン殿、ラストロ殿下と話しがしたい、すまぬが取り次いでもらえんかのぅ」

 「ああ、良いぜ、おいラストロどん、フウガの旦那があんたと話しがしたいそうだ」

 と、カイエンは、ラストロに言った。ラストロは、驚いた表情で今や大広場に居る全員が見ているヨーゼフの棺の真上辺りを見た。カイエンがフウガから何か聞いているのだろう、うんうんと頷きラストロに言う。

 「ああ、ラストロ殿下、あなたが父ザマロの様な男でない事が幸いでした、これからもよろしくレンを助けてやって下さい…と、旦那が言ってるぜ」

 「ははぁ、そ、そうですか、私は、レオニール様やヨーゼフ公のお慈悲で生かされました、サモン公、私は、いや我がシェボット家はティアック家に対し永遠の忠誠を誓う事をここで改めて誓います」

 と、ラストロは、大真面目な顔をして言った。カイエンがまたフウガの言葉を言った。

 「ありがとうございます、殿下、これで拙者も安心してあの世に戻れます…って旦那が言ってるぜ」

 「ははぁ、そうですか、サモン公どうかご安心を」

 と、ラストロは、答え少し下がった。

 「ヨーゼフ殿、あの男なら大丈夫だな、では、わしらもそろそろ帰ろうか、門が閉まってしまうぞ」

 「左様ですな、では参りましょうか、カイエン、わしらはもうあの世へ帰るぞ、そろそろ帰らんと門が閉まってしまうのでな、では皆によろしくな、さらばじゃ」

 「ああ、旦那もう行っちまうのかい…達者でな!って言っても死んでんだから達者もクソもねぇか」

 「じゃあねぇ、じいちゃん、殿様のじいちゃん」

 と、カイエンとシーナは、空に向かって手を振った。この光景は、メタルニア人達が持つ魔導撮影機を通してメタルニア本国へ流れている。棒状の魔導収音機を持ったメタルニア人が魔導撮影機を前にして一人喋っている。

 「何という事でしょうか、この大広場に亡くなられたヨーゼフ公とトランサー国王を養育されたジャンパール人フウガ・サモン閣下の霊が現れていたというのです!我々には信じられない事です!」

 この光景をメタルニアで魔導波受像機でデ・ムーロ兄弟が観ている。

 「へぇ、あのドラクーン人は幽霊と会話が出来るのか、面白いな」

 「ああ、俺達も行けば良かったな」

 と、兄ミランが残念そうに言った。カイエンの弔辞が終り、出棺される事となった。ライゼン大将率いる近衛大隊を先頭にヨーゼフの棺を乗せた馬車がサイモン元帥、ルーク、シン、ジャン達に守られ墓場に向かった。その後をテランジン達ロイヤー家の者が魔導車に乗って続いた。ラストロが国葬の終わりを告げ解散となった。メタルニア人の魔導撮影隊が墓場まで行こうとしたが、メタルニア大統領であるセビル・キャデラ大統領に「いい加減にしろ!」と叱られていた。レン達は、城に帰る事にした。

 城に帰ると何故か妙な雰囲気に包まれていた。城詰めの役人達が何やらソワソワしている様に見えた。それに気付いたディープ伯爵が役人に尋ねると「何でもありませぬ」と答える。どの役人に聞いても同じ答えが返って来た。

 「はて?皆なにをソワソワしているのか…妙な」

 「カイエンとシーナが急に来たからじゃないかい?ほらっ食べ物の事で」

 と、レンは、カイエンとシーナが大飯喰らいである事を知っている役人が準備で忙しいのではないかと思ったが、やはりどこかおかしい。何か隠している様な気がした。夕食の時間になりレン達は、食堂に向かった。

 「今日は、カイエン達が来てくれて良かったな、レオニール、龍神自らが人間の葬儀に現れるなど、かつて無かった事だ」

 と、イザヤが満足そうに言った。カイエンが照れ臭そうにしているのを見て皆が笑った。シーナが出された料理を片っ端から平らげていく。その食べっぷりを嬉しそうにインギ王が見ていた。

 「シーナ、少しはお行儀よくしなさい」

 と、ナミが呆れ顔で言うとカイエンに頭をはたかれた。

 「いい加減にしろい、ちったぁ味わって食えや」

 「痛いなぁ、ぼくはちゃんと味わって食べてるよ…あっおじさん、このお皿のもう一つちょうだい」

 と、全く話しを聞いていないシーナである。龍神となったカイエンは、以前の様な食べ方をしなかった。

 「まぁまぁ良いではないか、俺はシーナの食べっぷりを見るのが好きなんだ、シーナ好きなだけ食べなさい」

 と、インギがにこにこしながら言った。

 「父上はシーナを養女にしたいみたいだぜ」

 と、ラーズがくすくす笑いながらレンとエレナ、マルスに話した。

 「とにかく、無事にヨーゼフの葬儀も終わった事だし我らは明日にでも国へ帰ろうか、なぁナミ」

 「はい、おかみ、あまり長く居ると別れが辛くなるわ」

 「ええ、もうお帰りになるのですか?」

 と、レンは、驚き言った。もう一週間ほど滞在すると思っていたからだ。

 「うむ、レオニール、残念だがな…アルスが国を見ているとは言え、あまり長く国を空ける事は出来んからな、良いなマルス」

 と、イザヤは、マルスに言うと珍しく素直に返事をした。レンは、少しがっかりした。「俺はもう少し残る」と言うと思っていたからだ。

 「マルスも帰っちゃうのかい?」

 「ああ、まぁ色々あってな、すまんな、必ず直ぐに来るからよ」

 「では、俺達も明日帰りましょうか父上」

 「んん?ああ、そうだなナミ殿の言う通り長居ながいをすると別れが辛くなる、我らも明日帰ろう、シーナ、カイエン、ランドールのふねで一緒に帰るか?」

 ラーズ達も帰ると聞き益々がっかりしたレンであった。

 「ああ、殿様ぁ、そんな顔すんなや、またいつでも会えらぁな」

 「…うん…でも皆が急に居なくなると寂しいなぁ」

 と、言うレンにマルスが笑いながら言った。

 「心配すんな、近いうちにまた来るよ、土産付きでな、あっはっはっは」

 と、マルスに言われレンの気持ちは少し晴れた。土産が何か聞こうとした時、役人が食堂に現れテランジン達が無事にヨーゼフを遺言通り火葬して帰宅した事を報告に来た。そして、ディープ伯爵だけを呼び出して食堂から出て行った。伯爵だけが呼び出される事は、よくある事なのでレンもエレナも特に気にはしなかった。

 食事を終えたレン達は、皆で城内の中庭で時を過ごした。寒いが四方に火を焚いているので気にならなかった。

 「レオニール、良い庭だねぇ、春には花で一杯になるんだろう?」

 「はい、伯父上、この庭はヨーゼフが元に戻してくれたのです、僕達が国を取り返した頃は酷かった、草木は枯れてあの女神像の顔が削り取られていました」

 と、レンは、イザヤ、ナミ、インギに話した。マルス、ラーズ、カイエン、シーナは、当時一緒に居たので良く知っていた。

 「俺達がイビルニアに行ってる頃にヨーゼフが元に戻してくれてたんだろ?帰って来た時はびっくりしたぜ」

 と、マルスがラダムの木を眺めながら言った。イザヤは、ナミに中庭の中央辺りを指差し何か話している。ナミは、ラダムの木の前にある女神像を見てイザヤが指差した中庭の中央を見て満足気に頷いた。マルスには、それが何を意味するのか分かっている。

 「レオニール、あの辺りに何か置いたり作ったりする予定はあるか?」

 と、レンは、イザヤに問われ何も無いと答えた。

 「何かあるんですか?」

 「いや別にな…まぁ楽しみにしてなさい、ああ、それと本丸の門の左右も空けておいてくれ」

 「ははぁ、分かりましたが、どうしてですか?」

 「ふふふ、まぁ楽しみにしてろ」

 と、マルスが意味ありげな笑顔でレンに言った。レンには、何の事かさっぱり分からないが、伯父であるイザヤや従兄弟で義兄弟でもあるマルスが言うのだから悪い事ではないだろうと思う事にした。レンは、こうやって皆で時を過ごす事は、もう二度とないだろうと思うと虚しさを感じた。それぞれの立場上、むやみに旅行など出来ない。ヨーゼフが皆を集めてくれたのだと思い、改めてヨーゼフに感謝した。

 「ありがとう…ヨーゼフ」

 「えっ何か言ったレン?」

 と、レンの隣に居るエレナが聞くとレンは、そっとエレナの手を握った。

 「こうやって皆で過ごせたのもヨーゼフのおかげかなと思ってね、皆それぞれ立場があるだろう?」

 と、レンに言われエレナは、ハッとした。この中庭に居る人々は、一般人ではないのだ。国の主であったり代表であったり、その息子達である。自分もその一人ではないか。国王の妻なのだ。皆が一斉に集まる事など滅多にある事ではない。エレナは、ふとジャンパールに居る両親や弟を思った。こうしてレン達が中庭で時を過ごしている間、ディープ伯爵が城内のある部屋で顔を青ざめさせていた。

 「ほ、本当なのか?もう一度よく探しなさい」

 と、ディープ伯爵が役人に言った。役人は、震える声で返事をして部屋から出て行った。ディープ伯爵は、崩れる様に椅子に座った。

 「と、とんでもない事になった…ジャンパールなら切腹ものだな…よりによってヨーゼフ公の葬儀の日に…この事は、まだ陛下には言うまい…まだイザヤ帝らがおられる、皆が帰ってからの方が良かろう」

 と、ディープ伯爵は、呟き目を閉じた。中庭に居たレン達は、城内に戻っていた。しばらく部屋で話しをしてイザヤ達は、それぞれの部屋へ戻り休む事にした。カイエンとシーナにも直ぐに部屋が用意され二人も休む事にした。

 「はぁ…皆、明日帰っちゃうのか…」

 「寂しくなるわね、お上や皇后様を見たらお父さんとお母さんの事が気になっちゃって…」

 と、レンとエレナは、自分達の部屋で話していた。

 「ふふふ、明日一緒にジャンパールに行って来るかい?」

 「えっ?良いの?って…駄目よ、私は国王の妻よ、ちょっと会いたいからって行ったらヨーゼフ様に叱られるわ」

 「あははは、そうだね…ヨーゼフが化けて出ちゃうかも…エレナ」

 レンは、冗談を言ってエレナを抱き締めた。本当は、不安だった。ヨーゼフが隠居し側用人がディープ伯爵となった時は、何とも思わなかったが、今日国葬を終え改めてヨーゼフがもうこの世の人ではない事を思うとこれから先、自分は、本当に国王としてトランサーの民を導いていけるのかと不安に思っていた。何があってもヨーゼフが力になってくれると信じていたからだ。

 「僕はこの先、国王としてやっていけるのか…イーサンやテランジン達が居るけど、やっぱりヨーゼフが居ないと心配だよ」

 「レン…大丈夫よ、きっと…ヨーゼフ様やおじいさんが見守ってくれてるから」

 と、エレナは、レンを抱き締めて言い、少し痩せたんじゃないかと思った。一方、ヨーゼフの遺言通り火葬を終えたテランジン達は、屋敷でヨーゼフの思い出話しにふけっていた。ルーク、シン、サイモン元帥は、自分達の妻にヨーゼフの事を話しては、笑い泣いていた。

 「ところでシンよ、メルガドにはいつ行くんだ?」

 と、テランジンは、シンがメルガド駐在大使に選ばれている事を思い出し言った。シンは、そうだったと自分の膝を打った。

 「何だ忘れてたのか」

 「ご隠居の事ですっかり忘れてたよ、うん、葬儀も無事に終わったし明後日にでも出発しようかな、なぁライラ」

 「ええ、良いわよ、荷物は準備出来てるから、いつでも行けるわ」

 「おやじも喜んでる事だろう、シン、大使としての役目しっかり務めて来いよ」

 「はい、兄貴」

 と、シンは、大真面目に返事した。テランジンは、満足そうに頷いた。ルーク、シン、サイモン元帥らは、ロイヤー屋敷に泊まる事にした。

 翌朝、港は、軍港、民間の港ともに大混雑していた。ヨーゼフの国葬が終ったので各国の要人達は、自国に帰るため船に乗り込んでいた。

 「申し訳ございません、只今、軍と民間の港が大変混みあっております、今しばらくお待ちいただけましょうか?」

 と、ディープ伯爵がイザヤ達に話していた。

 「ああ、構わんよ、我々はそう急ぐ事も無いからな、なぁナミ、インギ」

 「ええ、構いませんよ」

 「うむ、いっこうに構わん」

 レンは、いっその事もう一泊していけばどうかと勧めたが、そうはいかないと断られた。一日長く居ればその分別れが辛くなるとの事だった。そうこうしているうちに昼になり、皆で昼食を取った。いつも一緒に食事をするディープ伯爵の姿が無いのをマルスだけが不審に思っていた。

 「おい、レン、伯爵はどうした?」

 「えっ?イーサンならちょっと用事があるからって言ってたよ、どうかした?」

 「いや、何でもない」

 レンは、たまに居ない時もあるので特に気にはしていなかった。昼食を取り終えた頃、やっと港が落ち着きを取り戻したと報告が来たので、イザヤ達は、レンとエレナとは、城で別れ自分達は、乗って来た軍艦がある軍港に向かう事にした。

 「じゃあな、レン、中庭の花が満開になった頃に土産を持って来るから楽しみにしててくれよ」

 と、マルスが別れ際に言った。レンは、その土産が何か分からなかったが、楽しみにしてると言い城の大門まで皆を見送った。魔導車で軍港に向かうイザヤ達と行き違うシンの姿があった。馬に乗っていた。最初に気付いたラーズが声を掛けようとしたが、止めた。イザヤ達が軍港に到着すると既に連絡を受けていたテランジンとルークが待っていた。

 「お待ちしておりましたおかみ此度こたびはおやじのために足をお運び下さりありがとうございました」

 と、テランジンは、義息子むすことして深々とイザヤ達に頭を下げた。ルークも同じく頭を下げた。

 「うむ、ヨーゼフには、息子や甥が世話になったからな、テランジン、ロイヤー家の当主としてしっかりな」

 と、イザヤは、言いテランジンの肩を叩いた。

 「イザヤよ、テランジンは我が師匠が認めた男だ、大丈夫さ」

 と、インギは、言ってテランジンと握手を交わした。そして、イザヤ、ナミ、マルスは、乗って来た巨大戦艦に乗りインギとラーズは、カイエンとシーナを連れ自国のふねに乗り込んで行った。両国の艦がゆっくりと港を離れ自国に向けて舵を取った。テランジンとルークは、艦が見えなくなるまで見送り軍務に就いた。その頃、登城したシンは、外務大臣であるフレイド・フロスト侯爵と会っていた。明後日メルガドに行く事を伝えていた。

 「あい、分かった、メルガドに設置した大使館の場所は分かるかな?」

 「ええ、そりゃもう、メルガドのご城下なら分からねぇ所はありませんから」

 「あははは、そうだった君はメルガド出身だったんだな、では大使としてのお役目頼んだよ」

 「はい、大臣、では陛下にご挨拶に行って来ます」

 そう言ってシンは、フロスト大臣の部屋を辞しレンに会うためディープ伯爵を探した。珍しく部屋に居ない。直接レンに会いに行っても大丈夫だろうが、それは控える事にした。主君と家臣のあり方をヨーゼフから厳しく言われていた。

 「おっと、いけねぇ、ちゃんと伯爵を通さねぇとな、って一体どこに居るんだ?あっ、ちょっと君、ディープ伯爵はどこかね?」

 と、シンは、偶然通りがかった役人に尋ねた。役人は、先ほど近衛兵達が集まる部屋の前で見かけたと答えたのでシンは、そちらに向かった。居た。数名の近衛兵達と何か話していた。

 「あっ!伯爵」

 と、声を掛けられたディープ伯爵は、一瞬凍り付いた様になった。シンは、不審に思ったがゆっくり近付きレンに会いたいと言った。

 「陛下に?何の御用かな?」

 「えっ?明後日、大使としてメルガドに行くのでご挨拶をと思いましてねぇ」

 「な、何だそんな事か…はいはい、では行きましょう」

 と、ディープ伯爵は、ホッとして近衛兵達に何か目配せをしてシンを連れてレンの居る部屋へと向かった。シンは、何か隠していると直感したが何も聞かなかった。

 (妙だな、伯爵…何か隠し事でもあるのかぁ?)

 ディープ伯爵が扉を叩くと中からレンの声が聞こえた。

 「イーサンです、クライン閣下がお目通りを願っております」

 「どうぞ、入って」

 と、ディープ伯爵に閣下と言われ照れ臭そうにしているシンが伯爵と部屋に入った。

 「昨日はお疲れ様でした、ご隠居の葬儀も無事に終わりましたので明後日、メルガドに行く事にしましたのでご挨拶にと」

 と、シンは、深々とお辞儀をして言った。

 「あっ!そうだった!シンは大使としてメルガドに行くんだったね、うん、頼んだよ、シンの家族やカツのご両親によろしくね」

 「シン殿、母上や兄上を安心させてあげなさい」

 「はい、陛下、伯爵」

 と、シンは、二人に言われ涙ぐんだ。シンは、明後日、民間船で向かうと話した。

 「それはいけない、君は大使として行くのだ、軍艦で行きなさい」

 「いいえ、あんまり目立つのはちょっと…何だか照れ臭くて」

 「それなら、船の部屋は一等室を取りなさい、良いね」

 「そうだよ、弟分も何人か連れて行くんだろ?小さな部屋じゃ大変だよ、ライラさんも居る事だし」

 「はぁ、ではそうさせて頂きます」

 と、シンは、ありがたく二人の意見を受け入れた。後は、雑談となり部屋を辞した。シンは、自分の馬を預けてある城の厩舎でディープ伯爵の驚いた表情を思い出した。

 「やっぱり、変だな…とりあえず兄貴達に話しておこう」

 と、呟き馬に乗って海軍本部に向かった。シンが居なくなった部屋でレンと二人きりになったディープ伯爵は、血相を変えていた。急に顔色を変えた伯爵にレンは、驚いた。

 「イーサン、どうしたの?」

 「へ、陛下大変でございます…ふふ、不死鳥の剣が消えました」

 「えっ?何言ってるんだい、剣は宝物殿の中の金庫に入ってるだろ、鍵は僕が持ってるし、あの鍵を開ける事なんて不可能だよ」

 と、レンは、言ったがディープ伯爵の顔色を見ると嘘を言ってるようには、思えなかった。

 「ま、まさか…本当に消えたのかい?柄と鞘だけ残ってるとか」

 「いいえ、何も残っておりません」

 と、ディープ伯爵に言われ今度は、レンが顔色を変えた。



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