ヨーゼフの国葬
トランサー王国城下町の大広場、中央に祭壇が設けられている。ヨーゼフの遺体を乗せるためだ。祭壇の周りには、美しい花が飾られている。この日、ヨーゼフの国葬のため国中から多くの国民が大広場に集まっている。大広場には、国民のための献花台が置かれ既に花で一杯になっていた。すすり泣く声も聞こえている。トランサー王国内でのヨーゼフの存在は、レンに次ぐものとなっていた。
「まさかあのヨーゼフ様がこんなに早くお亡くなりになられるとは…再びティアック家がこの国を治める様になってまだ四年しか経ってないというのに…何だか不安だなぁ」
と、ザマロ時代に地獄を見て来たであろう中年の男が言った。
「ま、まさか…止めてくれよ、こんな時に…今はテランジン閣下やサイモン閣下が睨みを効かせてあるから大丈夫だろう」
「全くだ、旧ザマロ派の貴族達は粛清されたし、大丈夫だよ」
と、国民達は、口々に囁き合った。そこへラストロが現れ魔導拡声器を使って国民達に呼びかけた。
「只今より国王陛下並びに各国の要人方々がご登場される、皆役人の指示に従い道を開けて欲しい」
と、ラストロが言うと警護の役人達がレン達が通れるよう大広場に集まる国民達を整列させた。ほどなくしてレンとエレナやイザヤ達各国の要人を乗せた魔導車や馬車が続々と大広場前にやって来た。レンとエレナが姿を現すと大広場から歓声でもないどよめきが起きた。
「おお、レオニール様だ」
「ああ、国王陛下よ、エレナ様よ」
今日は、ヨーゼフの葬儀である。国民達は、良くわきまえている。大声を上げる者はなかった。レンとエレナも国民に手を振る事も無く、ややうつむき加減で用意されている席へと歩く。レン達が席へ着くとラストロがまた魔導拡声器を使って国民達に呼ばわった。
「これより、ロイヤー屋敷からヨーゼフ公のご遺体が運ばれる、静かに待つように」
そのころロイヤー屋敷では、テランジン達がヨーゼフの遺体を入れた棺を豪華に飾られた馬車に乗せるため、運び出していた。皆、正装している。爵位を持つテランジン、ルーク、シンは、上手く着こなしているが、それ以外の元海賊達は、どこかぎこちない。そんな彼らを見てリリーは、クスリと笑っていた。
「お頭ぁ姐さん、ご隠居をお乗せしました」
「そうか、ご苦労、ライゼン大将に知らせてくれ、いつでも出発出来ると」
「合点です」
と、テランジンの子分が屋敷前で待つライゼン大将に知らせに行った。彼は、トランサー王国近衛師団長でレンとエレナの近辺を警護するミトラとクラウドの上司であり、かつては同じく近衛師団長を務めた事のあるヨーゼフの部下だった男である。レン達が国を奪還した後、ザマロによって職を解かれ田舎暮らしをしていたライゼンを探し出しヨーゼフが近衛師団長に任命した。今日は、大隊を引き連れロイヤー屋敷の前で待機している。
「大将、こっちの準備は整いました、いつでも出発出来ますぜ」
「うむ、了解した、では出発するぞ!我に続けぇぇ!」
と、馬に乗るライゼン大将が甲高い声を上げた。大隊がゆっくりと動き出す。
「我々も出発する!」
と、同じく屋敷前に大隊を待機させていた陸軍元帥サイモンが馬上から叫んだ。そして、ゆっくりとライゼン大将率いる近衛兵の大隊の後に続く。ロイヤー屋敷の大門から騎乗のルークが出て来てテランジン、リリー、デイジーを乗せた黒塗りの魔導車がゆっくりと出て来た。その後に、ヨーゼフの棺を乗せた豪華な馬車が出て来る。馬車の左右には、騎乗のシンとジャンが居てその後をテランジン一家の海軍士官達が同じく騎乗で続いた。これだけの大人数を擁してゆくのは、ヨーゼフ・ロイヤーと言う男がいかに偉大な人物だったかを世間に知らしめるためでもあった。
「ふふふ、今頃あの世でおやじはびっくりしてるだろうな」
と、テランジンが魔導車の後部座席で呟いた。運転手を務める子分が理由を聞くと金を掛け過ぎだと答えた。
「自分のためにわざわざ世界中から人を呼んで国葬にする必要はないと言ったはずだ」
「お父さんならそう言うでしょうね」
と、リリーが言うとテランジンは、大きく頷いた。
「しかし、ありがたい事だ…俺は義息子として誇りに思うよ」
と、テランジンは、魔導車から見える景色を眺めながら言った。このヨーゼフの棺が大広場まで運ばれている光景は、ごく一部の国に動画として流されている。メタルニアである。最近、メタルニアに住む発明家エジンソンと言う男が写真機から手掛かり見つけ作ったと言われる「魔導撮影機」から魔導送信機を通して本国メタルニアに流されていた。送られて来た動画は、メタルニアにある魔導放送局で編集され配信される。ちなみにこの魔導放送を観るには「魔導波受像機」なるガラス盤が付いた箱で観る事が出来る。箱の中身は、複雑な機械が詰まっていてメタルニアの家庭(富裕層)に普及し始めている。ロイヤー屋敷から大広場までの通りの端に魔導撮影機を担いだメタルニア人が数名いて撮影していた。その様子をメタルニアで魔導波受像機を使って観る者が居る。デ・ムーロ兄弟である。
「おいおい、ご隠居の葬式の様子だろこれ?すげぇ行列だな…あっ?!兄貴、あの魔導車、俺達がテランの奴に贈ったやつだぜ」
と、弟クリフが言うと兄のミランが複雑な顔をして答えた。
「ああ、ありゃあ俺達がテランにくれてやったやつだな…しかし、ご隠居がこんなに早く逝くとはな…まだ信じられねぇぜ」
「そうだな…」
と、クリフも複雑な顔をして答えた。
大広場では、ヨーゼフの棺が運ばれて来るのをまだかまだかと待ちわびていた。国民達の中には、行列の様子を見に行く者も居た。
「おい、凄い行列だぞ」
「ご隠居様の馬車は?…あっ!あの馬車だ!
ライゼン大将を先頭に続々と、近衛兵達が続き、その後を陸軍を引き連れたサイモン元帥が続き、その後にルークを先頭にしてテランジン家族が乗る魔導車が続き、その直ぐ後ろには、シンとジャンに左右を守られたヨーゼフの棺を乗せた馬車が続き、その後には、テランジンの子分である海軍士官達が殿を務める。行列が大広場前まで来た。
「止まれっ!」
と、ライゼン大将が右腕を挙げ甲高い声で叫んだ。後ろに続く行列がピタリと止まった。ライゼン大将の合図で近衛兵の大隊とサイモン元帥の陸軍の大隊が左右に分かれた。その間を騎馬でルークが進みテランジン家族を乗せた魔導車が後にゆっくりと続き、ヨーゼフを乗せた馬車も続いた。ルークを先頭にテランジン達は、ゆっくりと大広場のヨーゼフの棺を乗せる祭壇前まで向かう。祭壇前まで来ると騎乗の者は、皆降り立ちレン達が居る王族席、貴族席や軍人席、各国の要人達に用意されている席の方へ向き最敬礼をした。魔導車からテランジン、デイジーを抱くリリーも降りレン達に宮廷式挨拶をした。リリーとデイジーは、貴族席に行き子分達が馬や魔導車を他へ移しテランジン、ルーク、シン、ジャンが馬車からヨーゼフの遺体の入った棺を大事に運び出し祭壇の上へ乗せた。この瞬間、国民からは、ヨーゼフを偲ぶ声が聞こえた。すすり泣く者も居た。
「これよりヨーゼフ公の葬儀を執り行います」
と、式部大臣としてラストロが大きな声で言うと音楽隊が演奏を始めた。悲しい音楽である。軍港の方角からは、弔砲の音が響いた。自国をはじめ各国の軍艦から弔砲が撃たれた。そして、これから献花が始まる。最初に献花するのは、国王であるレンである。順番は、先に決められていた。
「ヨーゼフ、これで本当にお別れだね…ありがとうヨーゼフ、あの世できっとフウガおじいさんと見守っていてね」
そう言うとレンは、ヨーゼフの胸元に一輪の美しい花を置いた。
「ヨーゼフ様、ありがとうございました、安らかに」
と、エレナも涙を流しながら献花し二人は、席に戻った。次に献花したのは、王族であるラストロ家族だった。ラストロは、祭壇に向かい一礼しヨーゼフの棺の傍に行き献花した。
「レオニール様とヨーゼフ公から受けたご恩は生涯忘れませぬ、どうかこのトランサー王国を…ティアック家を見守っていて下さい」
そう言って妻ロザリアと一人息子のミハエルに献花させた。
「ヨーゼフ公、どうか安らかに」
と、ロザリアは言い息子の手を引いて献花台から席に戻った。そして、ラストロは、まず自国の貴族達に順番で献花させた。最初に献花台に向かったのは、トランサー王国法務大臣で議長を務めるエイゼル・ジャスティ公爵だった。この男は、ヨーゼフの古い友人でもあった。人目を憚らずに泣いていた。
「わしを置いて先に逝くとは…ヨーゼフ…酷いじゃないか、わしも直に逝く、待っててくれよ」
と、涙ながらに言い献花した。次に献花したのは、ディープ伯爵だった。ヨーゼフと縁の濃かった者から順番に献花していった。
「ヨーゼフ公、私は御側用人としてはまだまだ未熟でもっと色々教わりたかった…残念でなりません、どうか、安らかに」
そう言ってディープ伯爵が献花した。そして、貴族達が次々と献花して行きサイモン元帥、ルーク、シンの番が回って来た。この三人も今や立派な貴族である。三人共、妻を従え献花した。
「ヨーゼフ公、陸軍の事は私にお任せ下さい、安らかに」
「ご隠居様、これからもダンテを支えて行きます、どうか安らかに」
と、サイモン元帥の後にルークの姉ルーシーが献花し祈りを捧げた。
「ご隠居、海軍の事は俺達にお任せ下さい、兄貴の片腕として精進します」
「ご隠居様、こんなに早くお別れが来るとは思いもしませんでした…どうか、どうか安らかに」
と、ルークと妻マリアが献花した。
「ご隠居…俺が立派にメルガドでトランサー大使としてのお役目を果たせるよう、どうか見守っていて下さいましよ」
「ご隠居様ぁ、どうか私達を見守っていてね」
と、葬儀の後、メルガド国へ初代トランサー大使として赴任する事が決まっているシンと妻ライラが献花し祈りを捧げた。この後も貴族達の献花が昼前頃まで続いた。貴族達の献花が終るとラストロは、昼食を取る為、一旦休憩を挟む事にした。大広場に集まった国民達も一旦、家に帰ったり城下の食堂に行ったりした。レン達も予約されていた宿屋の大食堂へと向かい各国の要人達と昼食を取った。ヨーゼフが居る祭壇の周りを近衛兵や陸軍の者、テランジンの子分達が守った。その様子をメタルニアに伝えるため魔導撮影機を担いだメタルニア人が数人、大広場や大食堂にやって来た。
「ご覧下さい、ここに世界の名だたる王侯貴族や各国の要人達が大集結しております、あっ?!あそこに我が国のセビル・キャデラ大統領がトランサー国王とお話しされています」
と、魔導撮影機を担いだメタルニア人の前に何か棒状の物を持ったメタルニア人が棒状の物を口に近付け一人しゃべっていた。レンは、そんな彼らの様子を不思議そうに見ながらキャデラ大統領と話し食事をしていた。
「迷惑な連中でしょう、最近我が国で魔導撮影機と言う物が発明されまして、あれで映し出される映像を魔導波に変え本国に飛ばして魔導放送局で受信します、その映像を編集し各家庭にあると言ってもまだ金持ちのごくわずかですが魔導波受像機と言う物で観る事が出来るのです」
と、キャデラ大統領が申し訳なさそうにレンに説明した。
「へぇ~写真とは違うのですか?」
「はい、画は動きますし声や音も聞こえます」
「ははぁ、そんな事が出来る様になったんですか、はは、凄いな」
「エジンソンと言う発明家が写真機から手掛かりを見つけて発明したとか」
と、二人で話していると魔導撮影機を担いだメタルニア人達がレンとキャデラ大統領の前までやって来た。
「これっ、お前達、陛下の御前だ、失礼だぞ!」
と、キャデラ大統領は、自国民をたしなめたがメタルニア人達は、お構いなしにレンに棒状の物を向け質問した。レンは、どうして良いのか分からずキャデラ大統領を見た。キャデラ大統領は、メタルニア人達をひと睨みしてレンの耳元で小声で「棒に向かってお話し下さい」と言った。何だそう言う事かとレンは、納得して話し出した。
「メタルニアの皆さん、こんにちはトランサー国王レオニール・ティアックです、今日は僕を育ててくれたジャンパール人フウガ・サモンの親友でもありこの国の最大の功労者であるヨーゼフ・ロイヤーの国葬の日です、ヨーゼフが安らかにあの世で過ごせるようメタルニアの皆さんもどうか祈りを捧げてあげて下さい」
と、レンは、丁寧に言った。その様子をメタルニアでデ・ムーロ兄弟が観ている。
「おお、レオニール陛下だ兄貴」
「うむ、しかし、我が国の連中は遠慮ってもんが無いのかね?テランの奴が側に居たらぶん殴られてるぞ」
と、半ば呆れ気味にミランが言ったが、魔導撮影を許可したのは、テランジンだった。無論、魔導撮影機は、調べてあり危険な物じゃないと判明したからだ。それに興味もあった。大広場まで来る途中で見かけた魔導撮影機が気になって仕方がなかったのだ。休憩に入り直ぐに魔導撮影機を持つメタルニア人達に声を掛けていた。
「本当にあんな物で映し出されるのか?我々の様子を…信じられんな、後でデ・ムーロ兄弟に連絡してみよう、あの二人なら、その何だぁ魔導波受像機ってやつを持ってるだろう」
と、テランジンが隣で昼食を取る妻リリーに言った。リリーは、自分も食べながら娘のデイジーにも食べさせることで忙しくあまり話しを聞いていない。
「なぁに?」
「何だ聞いてなかったのか、まぁいいや、しかし、おやじがこの事を知ったらびっくりするだろうな…写真が動きしゃべるってな、はははは」
そうこうしているうちに休憩時間も終わりに近付き、また大広場に人が集まり出した。レン達も大広場に向かい、揃ったところでラストロが各国の弔問客に献花を求めた。これも先に順番が決められていてラストロが名前を読み上げる。最初に呼ばれたのは、ランドール王インギ・スティールとラーズそしてランドール大使だった。インギの目に光るものがあった。これで二度と剣の師匠であるヨーゼフの生の姿が見れなくなる。インギは、悲しく寂しかった。
「師匠…これでもう二度とあんたに会えなくなるなぁ、あの世でフウガ師匠と二人で見守っていてくれよ…親子共々本当に世話になった、ありがとう師匠」
と、インギは、言って献花して深々とヨーゼフが乗せられている祭壇に向かって頭を下げた。
「ヨーゼフさん、今まで本当にありがとう、レンの事は心配しなくていいよ、俺とマルスが付いてるからね、どうか安らかに」
と、ラーズも言い献花して礼をとった。そして、ランドール大使も献花し祈りを捧げ席に戻った。この後、ラストロが次々と国名と名を読み上げ献花が行われていく。そして、最後にイザヤ達の名が読まれた。イザヤとナミ、マルスが席を立つと各国の要人席がどよめき立った。
「おお、ジャンパール帝だ、そうかあの巨大戦艦には帝自ら乗っていたのか」
「私はてっきりご子息のマルス大公だけと思っていましたよ」
と、他国の要人達が囁き合っている。イザヤ達が祭壇に向かい最初にマルスが献花した。
「ヨーゼフ、レンの事は心配しなくて良いぜ、俺とラーズでしっかり見守ってるからよ、今まで本当にありがとう、あんたが居なけりゃ俺は強くなれなかった、先祖の代償なんて俺は気にしない、ヨーゼフ、どうか安らかに」
と、マルスは、言いヨーゼフの棺に向かって深々とお辞儀をした。目には、涙が光っていた。あまり泣き顔を見せたくなかったのだろう、うつむき加減で献花台を降り母であるナミ皇后と入れ違う様にして席に着いた。ナミの目にも涙が光っていた。献花台に上がり棺に近付きヨーゼフを見て言った。
「ヨーゼフ…五年前、マルスとレオニールが国を出てあなた達トランサー人を探す旅に出ました、あの時は、心配で心配でたまらなかったわ…サイファに居るというあなたを早く見つけ出して欲しかった、一緒に旅をする事になってどんなに心強かったか…あの世ではもう無事にフウガには会えたかしら?ヨーゼフ、今までレオニールに仕えてくれてありがとう、レオニールの事は我々がちゃんと見守っています、ゆっくり休んでね」
と、ナミは、言いヨーゼフの顔をそっと撫で祈りを捧げ席に戻った。そして、イザヤが献花台に向かった。イザヤが献花し祈りを捧げた。そこで、ラストロが魔導拡声器を使って皆に言う。
「これよりジャンパール皇帝陛下からヨーゼフ公への弔辞を賜ります、ご起立下さい」
そう言われ貴族や軍人、各国の要人達は、起立した。イザヤの前に魔導拡声器が備え付けられた棒状の台が置かれた。ラストロが「どうぞ」とイザヤに合図を送るとイザヤは、うんと頷き弔辞を述べ始めた。
「ヨーゼフ・ロイヤー…世界の三大英雄にして同じく我がジャンパールが誇る英雄フウガ・サモンの親友よ…十九年前だったか、そなたは密かに我が国に来てフウガと共に参内して来た事があったな、あの時は驚いたよ、そして約束してくれた、レオニールを必ずトランサーの王にして見せると…約束は果たされたが、まさかこの様な形でそなたが逝ってしまうとは…先祖の代償…理不尽な話しだ、そなたが魂となって余の前に来て話してくれたな…」
と、イザヤが弔辞を述べている頃、軍港でヨーゼフのための弔砲を撃つために居たジャン達テランジン一家の者や他の海軍士官達に妙な知らせが舞い込んで来ていた。
「ギムレット少佐、先ほど海で巡回警備をしている艦からの報告でこちらに向かって飛んで来る物体を確認したとの事です」
と、報告を受けた海軍士官がジャンに報告すると妙な顔をした。
「物体?何だそりゃ?」
「二つ飛んで来ているそうです、デ・ムーロ殿の飛行魔導機か何かですかね?」
「んん?あれが二つもあるとは聞いてないぞ、ちゃんと確認させろ」
と、ジャンが言った時、ジャンの弟分である士官が慌てて報告に来た。
「ああ、兄貴、龍だ!龍だよ、ドラクーン人が変身してこっちに向かってるぜ」
「ドラクーン人だと?連中なら今は大広場に居るだろう…どんな龍だ?」
「へぇ、一体は金色に光っててもう一体は緑色の…って、あっ?!まさか?」
と、報告に来た士官が自分で言って気付いた。ジャンも直ぐに分かった。
「カイエンとシーナだ!」
ジャンと弟分である士官が顔を見合わせて言うと二人は、甲板に出た。じっと目を凝らして北の空を見ていると豆粒くらいの何かが見えた。
「あれかぁ?」
「兄貴これ」
と、ジャンは、弟分から望遠鏡を手渡され覗いた。
「ううむ、ちっさ過ぎて良く分からねぇなぁ…でも金色だな…ああぁやっぱカイエンとシーナだ、二人は来れねぇはずじゃ、まぁ良いやルーク兄ぃに連絡だ」
そう言うとジャンは、小型魔導無線機でルークに連絡した。
大広場の貴族席に居るルークが小型魔導無線機がブルブル震えるのを感じこっそり懐から取り出した。
「どうしたこんな時に、今ジャンパール帝の弔辞の時間だぞ」
と、小声でルークが話す。ジャンがカイエンとシーナがこちらに向かっていると話すとルークは、まさかと言い今度は、テランジンにこっそり小型魔導無線機を渡した。
「カイエンとシーナがこちらに向かっているだと?間違いじゃないのか?」
「いいえ、お頭、金色の龍と緑の龍です…あっ?!今こっちに向かって手を振ってます、あははは、周りの連中が驚いてやす」
同じく弔砲を撃っていた各国の海軍も空を飛ぶドラクーン人に気付き出していた。
「ジャン、二人に大広場に来るよう伝えてくれ」
「はい、お頭、では」
と、ジャンは、連絡を終え上空に居るカイエンとシーナに向かって叫んだ。
「おおーーーーい!カイエーーーン、シーナァァーーー!今すぐ大広場に向かってくれぇぇ!早く行かねぇと葬儀が終っちまうぞぉぉぉ!」
と、聞いたカイエンとシーナは、分かったとばかりに物凄い勢いで大広場に向かって飛んで行った。大広場では、イザヤの弔辞が終わり人々の涙を誘っていた。ラストロは、イザヤに深々とお辞儀をして礼を言った。イザヤは、満足そうに席に戻った。
「これにてヨーゼフ・ロイヤー公の国葬を終わりにします、しゅっ…」
「ちょーーーーーっと、待ったぁぁ!」
と、ラストロが「出棺」と言いかけた時、上空から聞きなれた声がした。レン達や国民が一斉に空を見上げた。軍港から大急ぎで飛んで来たカイエンとシーナの姿があった。二人は、祭壇近くに降り立ち眩い光を放ち変身を解いた。珍しくドラクーンの正装をしていた。大広場が騒然となった。レンとマルス、ラーズが思わずカイエンとシーナに駆け寄る。
「どうしたんだよ、君達来れないって」
「そうだ、びっくりするじゃねぇか!」
「へへっ、話しは後にしてくれ、旦那は、旦那はどこでぇ?」
と、カイエンとシーナは、質問には答えずヨーゼフに会わせろと言った。レンがこっちだよと二人を棺を乗せた祭壇に案内した。
「旦那ぁ…」
「じいちゃん」
二人は、人目も憚らず泣いた。そんな姿にまた人々の涙を誘った。国葬に参列した各国からは、ドラクーンの龍神が来たと驚きの声が上がっていた。
「人間と国交を結んだとは言え龍神自らヨーゼフ公の葬儀に来られるとは…いったいどんな関係だったのだろう」
「何でもヨーゼフ公と龍神とは深い関係があったそうな」
「いやぁ、さすがはヨーゼフ公ですな」
と、囁くのを聞きレン達は、おかしな気分になった。自分達にとっては、普通の様に思える事が他の者達には、特別な事に思えるらしい。席に戻っていたイザヤがヨーゼフの傍で泣くカイエンに近付き何か言った。カイエンは、うんうんと頷く。そして、イザヤは、ラストロに近付き何か言うとラストロは、驚いた表情を見せた。
「ほ、本当によろしいので?龍神様ですぞ」
「うむ、構わぬ、あの龍神は歴代の龍神とは全く違うのでな、快く引き受けてくれたよ」
と、イザヤは言い席に戻った。レン達は、何事だろうと様子を見ているとラストロがカイエンに何か確認している。確認が終ると魔導拡声器の付いた棒状の台をカイエンの前に立てた。それを見たレン達は、直ぐに気付いた。
「皇帝は、カイエンに弔辞を述べさす気か?」
と、マルスは、イザヤを見た。イザヤは、ゆっくりと頷いた。ドラクーン人やエンジェリア人の事を本や伝説、通説でしか知らない者達は、信じられないといった顔でカイエンとシーナを見ている。先に国葬に参列しているドラクーン大使ラードンとタキオンとワイエットがそっとイザヤに近付き何を話したのか聞いた。
「ええっ?あの野郎…じゃなかった龍神様に弔辞を?龍神様って言ったってカイエンですぞ、おいら…じゃなかった私はカイエンとは古い友人ですが弔辞なんて述べる事が出来る男じゃないですよ」
と、ラードン大使が言うとタキオンとワイエットは、不安気にカイエンを見た。
「いや、弔辞と言っても要は気持ちだよ、カイエンにとってヨーゼフは人間の中でも特別な存在だったはず、今や龍神となったカイエンに弔辞を述べてもらう事は我々人間にとってはありがたい事、是非カイエンからの弔辞を賜りたいのだ」
と、イザヤは、にこやかに言った。
「大丈夫かなぁ、あの野郎」
と、ラードン大使は、友人カイエンを不安気に見た。




