リンゲの町で
ジャンパール城を出たレンとマルスは、隣国サイファに向かうため侍従が運転する魔導車で港に向かった。表向きは、マルスの遊学となっているので堂々と公用車を使えるのが良かった。
「本当にお二人だけで行かれるのですか?」
と、魔導車を運転する侍従がレン達に聞いた。
「ああ、俺達二人だけだ」
マルスは、魔導車の後部座席で顎を掻きながら答えた。レンは、魔導車の揺れが丁度良かったのか眠っていた。明日の新聞に二人の事が書かれた記事が掲載されるはずだ。出来れば今日中にジャンパールを出たいと思っていた。城を出て二時間ほど過ぎて昼食を取った。それから途中何度か休憩を挟みながらサイファ行きの船が出る港に到着した。
「ありがとう、皇帝達に無事に船に乗ったと伝えてくれ」
「ありがとうございます」
「ははっ、お伝えします、ではお二人ともくれぐれも無茶な事はなさらぬように、お気をつけて」
そう言って侍従は、城に帰って行った。レンとマルスは、サイファ行きの船を探した。二人は、港を歩き回ったが、なかなか見つからない。確かにサイファ行きの船は、この港から出ているはずだった。仕方がないので近くに居た船員に聞いた。その船員は、クスクス笑いながらある船を指差した。
「こ、この船か?!」
「すごいボロ船だね…」
二人は、何度もこの船の前を通っていた。あまりにも汚い船だったのでそれが客船とは、思いもよらなかった。料金を払い二人は、意を決して船に乗り込んだ。大広間の様な所に他の客が数名居るだけだった。
「しっかし汚い船だなぁ、ちゃんと掃除してるのか?」
と、マルスは、ゴミがあちこちに落ちている床を見ながら言った。レンとマルスは、自分たちが予約した船室に入った。個室だけに多少は、マシな方だったが、やはり綺麗とは言えない。二人は、ぶつぶつ文句を言いながら船が出港するのを待った。船が動き出すと今度は、揺れが気になった。本当に客船なのかと思った。漁船なんじゃないかと思うほど揺れた。外は、もう真っ暗になっていた。夕食を取るため二人は、船の食堂に行ったが、ろくな物が無い。二人は、諦めて寝る事にした。
「ねぇマルス、本当に僕と一緒に旅に出て良かったのかい?」
レンは、薄暗い客室のベッドに横になりながらマルスに聞いた。
「何だよ今更、良いから一緒に居るんだろ」
マルスもベッドに横になりながら答えた。
「旅の始まりがこれじゃあ先が不安だよ」
「大丈夫だって明日の今頃には、もっとマシなベッドで寝てるさ、心配すんな」
レンは、不安だったが、マルスの楽観的な答えに少し救われた気がした。翌朝、あまり良く眠れなかったが頭は、冴えていた。船は、まだ沖を進んでいる。朝食を取ろうと思ったが昨夜の事を考えると食べる気がなくなりサイファの港で何か食べる事にして部屋でごろごろする事に決めた。これから何が待ち受けているか分からない。二人は、今のうちにのんびり過ごそうとしていた。昼過ぎやっと船は、サイファの港に到着した。
「やっと到着か…んんんっ」
と、マルスが呟き大きく伸びをした。二人は、船から降りるとまず食堂を探した。昨日の夜から何も口にしておらず空腹だった。食堂で腹を満たした二人は、ジャンパール皇国の大使館を探した。大使館は、直ぐに見つかり中へ入った。レンとマルスを見たジャンパールの職員がびっくりしていた。
「あれ?マルス殿下?明日のはずじゃ…」
公式の予定には、レンとマルスは、今日ジャンパール城を出発した事になっているのでこの職員は、明日来るものだと思っていた。
「予定変更だ、ちょっと散歩してくるぞ、夕方には帰って来る」
と、マルスは、職員に言いレンとまた外に出かけた。天気が良かったので公園で今後の事を話す事にした。
「とにかく、まずはおじいさんが言っていたヨーゼフ・ロイヤーって人を探さないと」
レンは、公園のベンチに座りマルスに言った。
「そうだな、けどその人はトランサー人な訳だろ?どうしてこんな国に居るんだろ?」
「うん、しかもドラクーンとの国境付近に…」
「そこでお前を待ってるのか?」
「分からない、でもおじいさんはそこに居るはずだって言ってたよ」
国境付近には、明日向かう事に決めた。それからまた町を散策し夕方になり大使館に戻った。大使館職員によると国境付近に小さな村があり、そこに行くには馬で5日はかかると言われた。
「あんな所に何をされに行かれるんですか?何もありませんぞ」
と、職員は、あきれ顔で言った。本当に何もないんだろう。マルスは、真面目な顔をして答えた。
「ちょっと人を探してるのさ」
「訪ね人ですか、どんな方ですか?」
「いや、俺達で探すから」
と、マルスは、職員に言った。国境付近の村には、明日の朝から向かう事を職員に話しレンとマルスは、イザヤ達に送る手紙を書いた。書いた手紙を一つの封筒にまとめ送ってもらうことにした。明日に備え二人は、寝る事にした。この夜、二人は、同じ夢を見た。大きな龍の背中に乗って大空を飛び回る夢だった。
翌朝、夢の話しになり二人は、何か意味があるかも知れないと考えた。朝食を済ませ職員が用意してくれた馬に乗った。
「マルス殿下、レン殿くれぐれも無茶な行動は慎んで下さい、危険を感じたら直ぐにこちらに戻って来て下さい」
と、職員は、不安な顔をして言った。
「はい、分かりました出来る限り安全な道を行きます」
「分かってるよ、じゃあ行って来るぜ」
レンとマルスは、大使館を後にした。町を出ると周りは、ほとんど田んぼか畑しかなく民家もぽつぽつとあるだけだった。本格的に田舎道になった辺りで二人は、弁当を食べ今日の目標は、リンゲと言う町まで行く事に決め馬を進めた。人通りがほとんどなくなり本当にこの道で正しいのか不安になってきた矢先、二人は、叫び声を聞いた。
「マルス、今の聞いたかい?」
「ああ、人の叫び声が聞こえたな」
二人は、馬を止め馬上から叫び声がした方向に意識を集中させた。何か助けを求めているような叫び声が聞こえた。二人は、叫び声がする方向に馬を走らせた。その場に到着すると中年の男女が男どもに取り囲まれていた。中年の男女は、頭や顔から血を流していた。
「お前達何をやっている」
と、マルスが怒鳴った。中年の男女を取り囲んでいた男どもが一斉にレンとマルスを見た。
「何だガキか、うるさい引っ込んでろガキの出る幕じゃない」
と、男どものリーダー格の男が怒鳴り返した。カッとなったマルスは、馬から飛び降りリーダー格の男の前に行き怒鳴った。
「俺は、何をしているか聞いている、それと俺は、ガキじゃない」
「このガキ」
リーダー格の男がマルスの胸ぐらを掴みかかったが、マルスに手首を取られそのままねじ伏せられた。
「いててて、何しやがるっ!お、お前らこのガキ何とかしろ」
と、リーダー格の男が他の男どもに命じた。乱闘になった。レンも馬から飛び降り乱闘に加わった。二人ともフウガにみっちりと武術を仕込まれているので、チンピラ程度の男なら相手にならない。あっという間にやっつけた。
「覚えていやがれっ!」
と、捨て台詞を残して男どもは、逃げて行った。残された中年の男女は、酷く怯えていた。
「大丈夫ですか?」
レンは、中年の男女に声をかけた。事情を聞くと先ほどの連中は、借金取りだった。金が返せないなら夫婦で奴隷としてイビルニアに売り飛ばすと脅されていたようだった。レンとマルスは、中年の夫婦を家まで送る事にした。
「家まで送ろう、どこだ?」
「ありがとうございます、家はリンゲの町です」
「ちょうど良かった、僕達もリンゲに行く途中だったんです」
レンとマルスは、この中年夫婦と一緒にリンゲの町に向かった。町に到着した頃には、夕方になっていた。近くに宿があるか聞くと中年夫婦は、それなら是非うちに泊まって行ってくれと言ってきたので今夜は、泊めてもらう事にした。
「いやぁ本当に助かりました、ありがとうございました」
「来週には、お金は返せると言ったのですが、今すぐでないと駄目だと言われましてね」
と、夫婦は、レンとマルスの食事を準備しながら口々に話した。
「返済の期日は過ぎてたんですか?」
と、レンも手伝いながら聞いた。返済期日は、まだ先だったのに急に返せと言ってきて森に連れて行かれたと言う事だった。
「どうやら金が目的じゃなく、あんたらをはなっから奴隷として売り飛ばすのが目的だったんじゃないかな、あの連中は」
マルスが出された飲み物を飲みながら言った。
「全くその通りのようです、この町でもう五人は、イビルニアへ売られました」
と、旦那が身震いしながら言った。
「もしかしたら今晩またあの連中が来るかも知れない」
レンは、食事の準備を終え食卓に着いて言った。先ほどから妙な胸騒ぎがする。中年夫婦は、また怯えだしたが、マルスが自分たちがいるから大丈夫だと励ました。次は、捕えて役人に引き渡してやろうと考えている。夜も更けていき二人は、中年夫婦が用意した寝床に着いた。そして、レンの予想は、当たった。真夜中になりあの借金取り達が家の周りを取り囲んでいた。