三人の思い出
トランサー王国の城下町から離れた墓地にランドール王インギ・スティールが家臣三人を連れて、カンドラ達に殺されたカツ・ブロイの墓の前に居た。
「シドゥ・モリヤの墓もそうだが、カツの墓も綺麗に清められている」
と、インギは、言いながら墓に持って来た花を供え祈りを捧げた。
「聞くところによるとカツ殿はとんでもない殺され方をしたそうで」
と、同じく祈りを捧げていたインギの家臣が言った。
「そうらしいな…テランジン達は、カツを殺したカンドラ達に同じような拷問を加えて殺したそうだ、お前達には出来んだろうな」
と、インギに言われ家臣達は、少し青ざめた顔で無言で頷いた。墓の前に居たインギは、城下町で感じた妙な気をまた感じたが家臣達には、何も言わずカツの墓を後にした。墓地は、綺麗に整備されていて何も知らない者なら公園と見間違えるほどだった。
「しかし、ここの墓場は美しいな、まるで公園だな、こんなに明るく綺麗にされていればここに眠る死者達も寂しい思いをせずに済む事だろう」
「左様でございますなぁ、我が国の墓場もこのように致しますか?」
「うむ、そうしよう…ところで」
と、インギが言い立ち止まった。家臣達も立ち止まり何事かと思った。インギは、辺りを見回し、ふっと軽く笑って少し大きな声で言った。
「先ほどから我々をつけ回している者よ、そろそろ出て来てはどうだ?」
「えっ?」
と、強盗達につけられている事に全く気付いていない家臣達が辺りを見回した。家臣の一人が気のせいだろうとインギを見るとインギは、ある一点を見つめていた。そこに強盗達の親分が居る。
「けっ、バレてたのか…まぁ良い、行くぞ」
と、親分は、周りに居る子分達に合図を送りインギ達を取り囲むようにして姿を現した。
「へへっ良く気付いたな、なら話しは早い…てめぇらの持ってる有り金全部と腰に差してる剣を置いて消えろ、さもなくば痛い目に遭うぜぇ、グフフフフ」
と、親分は言いながら剣を抜いた。インギ達をただの金持ち貴族と勘違いしている。家臣達は、慌てて剣に手を掛けたが、インギは、落ち着いている。
「何だ、金が欲しいのか?ならば働け、懸命に働けばそれ相応の対価は得られよう」
と、インギは、わざと大真面目な顔をして言った。強盗達は、大笑いした。
「な、何言ってやがるんだこいつは?ククク、俺達ぁ今働いてるんだよ、おらぁさっさと金出しやがれ」
「てめぇら異人だな?何しにこの国に来やがったのか知らねぇが痛い目に遭う前に言う事聞いてさっさと国に帰んな」
と、強盗達が言うとインギは、呆れて言葉も出なかった。家臣達がインギを囲むようにして強盗達と向き合っている。インギは、大あくびをしている。
「殿、ここは我らにお任せを」
と、家臣の一人が小声で言うとインギは、面白い事を思いついたと家臣達に言った。
「おい、うぬらは強盗だろう、良かろう、では余と勝負しよう、余に勝てれば有り金とこの剣をくれてやる」
「ちょっと陛下、本気ですか?」
と、家臣達が慌てたが、インギを見て直ぐに本気だと悟った。今度は、強盗達が呆れた。
「はっ?てめぇ本気で言ってんのか?馬鹿じゃねぇのか、まぁ良い自分で言ったんだ後悔はしねぇなぁ?」
「もちろんだ、一対一でも良いし五人全員で掛かって来ても良いぞ」
と、インギがスッと家臣達の前に出た。
「へっ、そりゃ面白い、こいつを倒して後から残りの三人も倒してやる」
「倒せたらな、お前達下がっておれ、さぁ掛かって来るが良い」
と、インギは、家臣達を下がらせた。強盗達が一斉にインギに襲い掛かった。家臣達は、主君があまり酷い事をしませんようにと妙な心配をした。インギは、強盗達の攻撃を剣も抜かずにかわしている。強盗達は、必死になって斬り込むが刃がインギの服に掠る事すらなかった。
「ほらほら、どうした?本気でやっているのか?ほれっ」
と、強盗の一人に足払いを掛けた。ドサッと倒れた所をインギは、容赦なく男の顔を蹴り上げた。
「ぎゃあっ!」
と、悲鳴を上げ顔を押さえて悶絶している。鼻の骨が折れたのか鼻血がどぼどぼ出ている。
「や、野郎!何してやがる!全員で斬り込むぞ!」
と、親分が叫ぶように言ったが、誰もインギに斬りかかろうとはしなかった。インギは、興醒めしたのか馬鹿馬鹿しいと言った顔をして家臣達にやっぱりお前達が相手をしろと言い強盗達に背を向けた。その瞬間、親分が猛然と斬りかかった。
「うおりゃぁぁぁ!」
「殿っ!あぶない!」
「ふんっ!!」
と、インギは、抜く手も見せずに振り向きざまに剣を振るった。ガキィィィィン!と、音を立てて親分の持つ剣が叩き折られた。インギの持つ剣が淡く光りを帯びている。
「うぬらの様な輩は直ぐにこの手に掛かる」
と、インギが言うと子分達が一斉に逃げようとした。
「あっ!こら待て」
と、親分も折れた剣を投げ捨て逃げに転じた。しかし、そんな連中をインギが見逃すはずもなく絶妙な力加減の真空突きを放ち強盗達を仕留めた。
「いい、命だけはどうか勘弁して下さい」
と、強盗達は、インギに平伏し命乞いをした。
「さぁな、うぬらが生きるか死ぬかは知らん、この国の法に従う事だ」
と、インギは、強盗達に言い、家臣に役人を連れて来るよう言い渡した。家臣が墓場の管理人に事情を説明すると直ぐに役人に連絡してくれた。ほどなくして城下町の役所から役人達が魔導車に乗ってやって来た。役人は、インギ王とは気付かず、ヨーゼフの葬儀に参列するために来たランドールの貴族と思い込んでいる。
「いやぁ、ありがとうございました、お怪我はありませんか?」
「うむ、大丈夫だ、すまんが城下まで乗せて行ってくれんか?」
「そりゃもう、どうぞどうぞ」
と、インギは、強盗達を乗せた魔導車に一緒に乗り城下町まで戻り、ランドール大使館前で降りた。役人は、改めてお礼に伺うと言い残し役所に戻った。インギは、最後まで自分がランドール王と気付かれなかった事が嬉しかったのか上機嫌だった。その頃、城内ではインギの帰りが遅いと心配していた。
「インギ王がまだお帰りになられていません」
と、城詰めの役人がレン達に報告していた。
「全く父上は何を考えているんだ、レンごめんよ」
と、ラーズが言うとイザヤとナミは、十代の頃を思い出したのかクスクス笑っていた。
「あいつめ、全く変わっておらんな、昔もジャンパールに来ては暗くなるまで町を歩いていたな、なぁナミ」
「そうですね、お上、侍従達に小言を言われていたのを思い出しますわ」
と、イザヤとナミが昔話を皆にしているとインギが帰って来たと報告が来た。
「いやぁ、皆、遅くなって悪かったな、シドゥとカツの墓参りに行っていたのだ、そこでちょっとあってな、ふふふ」
と、インギが上機嫌で墓場に現れた強盗達の話しをした。イザヤ、ナミ、エレナは、驚いていたが、練気を扱えるレン、マルス、ラーズは、笑っていた。
「よりによってインギ王を襲った事が彼らの不運ですね、で、強盗達は?」
「うむ、役人に引き渡しておいた」
レンは、インギの処置に感謝し礼を言い夕食となった。インギは、ナミに酒を注がれ照れながら飲んでいた。夕食後、イザヤは、飲み足らなかったのかインギに城の中庭で二人で飲もうと誘った。外は、寒い。
「火を焚いても良いと言っていた、二人きりで飲もう」
「ああ、良いだろう」
二人は、酒やつまみを持って中庭に出た。そこには、既に火が焚かれていて準備がされていた。二人を遠巻きにトランサーの近衛兵やジャンパール、ランドールの武官達が警護に就いている。
「この女神像…なるほど、アストレア女王に似ているな」
「うむ、しかし妹のミストレアだそうだぞ」
と、二人は、中庭の女神像を見上げて言った。互いに酒を注ぎ合い乾杯して飲んだ。若い頃の話しで盛り上がる。そんな様子を二階の窓からレン達が見ていた。
「伯父上達はどんな話しをされているのかな?」
「どうせ昔の話しだろ?」
「しかし、父上がお前のお袋に惚れてたとはな」
と、ラーズが言うとマルスは、恥ずかしそうに頷いた。息子として何か妙な気分になった。レン達は、気付かれないよう二階の窓からイザヤとインギをしばらく見物する事にした。
「なぁ、イザヤよ、あの時俺がナミ殿に愛を告白していたらどうだったかな?妻を亡くしてからたまにそんな事を考える」
「さぁなぁ、今と時代が違うからな…しかし、あの当時ナミも君から愛を打ち明けられれば真剣に考えていたかも知れんぞ」
と、つまみをかじりながらイザヤが言うとインギがハッとした様な顔をしたが直ぐに首を横に振った。
「いや、駄目だな、ただの貴族ならひょっとすると上手く行ったかも知れんがナミ殿の実家は皇室に嫁ぐ事の出来る家柄だ、やはりそれは無いな」
と、少し寂しそうにインギが言った。しばらく二人は、無言で杯を重ねた。
「奥方が亡くなってから後添えをもらおうとは思わなんだのか?」
と、イザヤが目の前の火を見つめながら言った。
「ああ、思わなかったな…息子達もいい歳だし、もしも後妻を迎えて子でも出来てみろ要らぬ火種を作る事にもなりかねんしな、幸い俺にはこいつがある」
と、インギは言って剣を鞘包みで持った。イザヤは、なるほどと言った顔をして見た。
「そうだな、君には剣があったな…しかし縁とは不思議なものだ、今回こうして君と酒を酌み交わせる事が出来たのもヨーゼフのおかげだよ、ヨーゼフが切れかけていた糸を繋いでくれた」
「そうだな、師匠が繋いでくれた…俺はもう君とナミ殿には会えないと思っていた」
「私もだ、子供達は互いの国を行き来出来るが我々はそうはいかん、国内ならば良いが国を空けるとなるとな、今回の様な事が無い限りやはり控えるべきだろう」
と、イザヤは言い酒を飲み干した。インギがイザヤの杯に酒を注ぐ。そして、また二人で昔話に花を咲かせているとナミが現れた。その様子をレン達は、二階の窓から覗いている。
「こんなに遅くまでお二人で飲んでらっしゃるの、火まで焚いて」
「ああ、こんな時しかインギと飲めないからね、ナミお前も一杯どうだ?」
と、イザヤがナミに杯を手渡した。ナミは、微笑み杯を受け取りイザヤとインギの間に座った。インギが照れ臭そうな顔をしている。イザヤがナミの杯に酒を注いだ。
「お二人で何をお話になっていたの?」
「昔話さ、さぁ飲んだ飲んだ」
と、イザヤに言われナミは一気に酒を飲み干す。ナミは、酒に強い。今度は、インギがナミの杯を酒で満たした。ナミがインギに軽く会釈してまた一気に飲み干した。
「ふぅ~美味しいお酒、トランサーのお酒かしら?」
「そうらしい、俺はこの酒をランドールに輸入する事に決めたよ」
と、インギがナミの杯に酒を満たしながら言った。
「父上は、まだ皇后様に未練があるのかな?」
と、二階の窓から三人を見ているラーズが父インギを心配して言った。
「さぁな、ん?あれ皇帝が立ち上がった」
「伯父上どこに?」
と、窓辺でレン達が話していると中庭のイザヤがインギとナミを置いて去って行った。小便にでも行くのだろうと思いレン達は、インギとナミの様子を見た。
「おい、ちょっと!イザヤよどこへ行くんだ?」
「私は少々飲み過ぎたよ、先に寝るよ」
「…行ってしまった…」
と、インギは、イザヤを見送りふとナミを見た。ナミは、ちょっと照れ臭そうに酒をちびちび飲んでいる。そんなナミに何を話せば良いのかとインギは、考えた。イザヤは、何を思って二人きりにしたのだろう。イビルニア人や強盗を相手にしても動じないインギが酷く緊張している。
「私、こうしてあなたと会えて嬉しいわ、ヨーゼフの事がなかったら会う事もなかったでしょうから」
「ああ、俺も先ほどイザヤとそんな話をしていたよ、師匠がまた繋いでくれたんだと、息子達はしょっちゅう会えるが我々はそうはいかん」
そんな事を話していてもやはり昔の話しになる。初めてインギ、イザヤ、ナミの三人でお忍びで遠出した時の話しや舞踏会で変な相手と組まされ大恥を掻いた時の事など他愛もない話しだがインギは、嬉しかった。そして、ふとあの時、ナミに自分の愛を打ち明けていればどうなっていたのだろうと思った。
「ナ、ナミ殿…ところで、その…何というか…その、ああぁ…あの時…お、俺が…いや、何でもない」
「あなたの私への愛を打ち明けられていたらですか?」
と、ナミに言われインギは、自分でも分かるほど顔を真っ赤にした。
「な、なぜそれをイザヤから聞いたのか?」
と、インギは、今まで自分の想いをナミは知らないと思い込んでいた。
「それはもう分かってましたよ、あの当時お上も私とあなたが上手く行くように望んでおられました…なれど今とは違います、あなたは異国の王族、私は異国の貴族、お互いの身内が猛反対していたでしょう」
「確かに俺はあの当時、父上に相談した事があった…結果は虚しかったが」
「あの当時、あなたに想いを打ち明けられていれば…どうだったでしょう?ふっ、止めましょう、遠い昔の思い出…思い出は綺麗に取っておきましょう」
と、ナミは、言い酒を飲んだ。インギは、どうなっていたか聞きたいと思ったが直ぐに思い直した。思い出は、思い出であり今さらどうなる事でもない。懐かしい思い出として取っておく事が一番だと。
「ああもう、二人は何を話してるんだ?気になるじゃないか」
「何が気になるのかな?」
「そりゃあ、昔好きだった女が目の前に…って、いてぇ!」
「痛い!」
「ってぇ!」
と、インギとナミを覗き見していたレン達にイザヤが拳骨を喰らわした。
「馬鹿者めっ!レオニールまで何をしておるのだ!」
「すみません、つい気になって」
「気になるだろう、父上は何とも思わないのかよ?」
「そうですよ、俺の父は皇后様が好きだったんでしょう?二人きりにするなんて」
と、レン達が心配して言うとイザヤは、ふっと笑って答えた。
「お前達が心配する事ではない、我々の思い出に口を挟むな、さっさと寝ろ!」
「はぁい」
と、レン達は、這う這うの体で各々(おのおの)の部屋へと向かった。中庭では、ナミとインギがレン達が居た窓辺を見ていた。
「何かしら、今お上の声がした様な」
「ふふっ、赤毛と黒毛と金髪の鼠が居たのだろう」
と、インギがレン達を鼠に例えて言った。「まぁ」と言った顔をしてナミは、微笑んだ。もう、寝ましょうと言いナミとインギは、中庭を後にした。
翌朝、ばつの悪そうな顔をしてレン達は、イザヤ達と食事を共にした。そして、明日執り行われるヨーゼフの国葬の段取りを式部大臣のラストロから聞いた。
「レオニール様達や貴族方、軍の将兵達、そして各国の大使や他の弔問客には先に大広場に集まって頂きます、ヨーゼフ公のご遺体はテランジン殿らがロイヤー屋敷から隊列を組み馬車で大広場にお運びし、ヨーゼフ公のご遺体が大広場に設置した祭壇に乗せられてから国葬を始めたいと思いまする」
「ふむ、それで余はいつ出るのか?」
と、弔辞を読み上げる事になっているイザヤがラストロに尋ねる。
「ははぁ、皇帝陛下には式の最後にお出まし頂きまする、かなり時間が掛かるかと思われまするがどうかご容赦下さい」
と、ラストロが丁重に答えた。分かったとイザヤは、頷いた。その後、雑談となりラストロは、葬儀場となった大広場の最終確認のため現場に向かった。ラストロが出て行った部屋が急に静かになった。
「いよいよ、明日か…ヨーゼフあの世でちゃんとフウガおじいさんに会えてるかな…」
と、この世とあの世の狭間を見たレンが言うと同じく狭間を見たマルスが答えた。
「当たり前だろ、ちゃんとフウガが川の向こう岸まで迎えに来てるよ、シドゥだって」
「そ、そうだよね、あははは、何でこんな事が気になったんだろう?…最後にちゃんと傍でヨーゼフを見ておきたいな…ロイヤー屋敷に行って来るよ」
と、レンが言うと私もとエレナも言った。
「これっ、お前達、自分の立場をもっと考えなさい」
と、イザヤが軽々しく出歩くなと言う意味を込めて言った。
「まぁ、こんな時だ良いじゃないかイザヤ殿、レオニール殿、エレナ殿、師匠を見て来てやってくれ」
と、インギが言った。イザヤは、呆れた様な顔をしたが、それもそうだなと呟き二人がロイヤー屋敷にお忍びで行く事を認めた。当然、マルスとラーズもついて来る。本来ならば堂々とミトラ、クラウドが率いる近衛兵達と行けば良い事だが、この日は、こっそりと出かける事にした。レンは、自分が動くと大勢の人が動く事を嫌っていた。国王と言う立場上、仕方のない事だが出来るだけ目立ちたくなかった。
こっそりと城を抜け出した四人は、変装して真っ直ぐロイヤー屋敷を目指し歩いた。登城する貴族や軍人、役人達は、行違う若者達をまさか自分達の主君や他国の王子とは気付かない。勤務を終えた役人くらいにしか思ってないのだろう。無事にロイヤー屋敷に到着した四人は、屋敷の呼び鈴を押した。屋敷からテランジンの子分がやって来た。この男は、カツの代わりにテランジン一家の盃事師になったリッキー・ローズと言う若者だった。シンが一番可愛がっている男だ。
「どちら様で…あっ?!へ、陛下?」
「ごめんよ、いきなり来て、ヨーゼフに会いに来たんだ」
「ご、ご隠居に?」
小才が利くリッキーは、驚いたが直ぐに悟った。明日の葬儀が終ると二度とヨーゼフには、会えなくなる。姿形がある今のうちに会いたいのだろうと。
「さっ、どうぞお入り下さい、お忍びですか?」
と、リッキーがレン達を屋敷の門の内側に引き入れ辺りを見回して聞いた。レン達は、そうだと答えると少し呆れた様な顔をして屋敷に案内した。屋敷に入ると今度は、リリーが驚いていた。使用人や他の子分達も驚いている。
「リリーさん、ヨーゼフに会わせて欲しい」
と、レンが言うとリリーも全てを悟ったのか涙を浮かべ「どうぞ」と、父ヨーゼフの遺体が安置されている部屋へ案内した。防腐処理が施されているヨーゼフの遺体は、まるで眠っている様だった。
「ヨーゼフ、ごめんよ、また忍びで来ちゃったよ」
レンは、そう言うとヨーゼフの顔をそっと撫でた。部屋が少し冷やされていてヨーゼフの身体も冷えていた。エレナは、胸の上で組まされているヨーゼフの手をそっと握った。マルスとラーズは、涙ぐみ何かぶつぶつ呟いていた。
「ひでぇじゃねぇかヨーゼフ…皇帝のとこには顔を出して何で俺のとこには来てくれなかったんだよ」
「そうだよ、ヨーゼフさん、俺も最後にあんたと話しがしたかった」
と、マルスとラーズの呟きを聞きレンは、もう泣かないと決めていたが涙が込み上げて来た。二人には、直ぐにでも話しておくべきだったと後悔した。
「ヨーゼフ…僕もマルスもテランジンも将来ヨーゼフの様に苦しむ事になるのだろうけど、僕達は後悔してない、あの時僕もマルスもドラクーンで練気を教えてもらえなかったらあの後に現れたイビルニア人には勝てなかっただろう…ヨーゼフのおかげでエレナを…皆を守る力を手に入れる事が出来たんだ、ありがとうヨーゼフ」
そう言うとレンの頬に涙が一筋流れた。
「ヨーゼフ」
と、マルスもラーズもヨーゼフにしがみ付くようにして泣いた。レン達の姿を見てリリーは、改めて父ヨーゼフの偉大さを知った。レン達は、しばらくヨーゼフの遺体と時を過ごし城に帰った。帰ると直ぐにディープ伯爵がレンを呼びに来た。
「お帰りなさいませ陛下、先ほどからドラクーン大使ラードン殿が陛下に謁見を求めております」
と、ディープ伯爵に言われ直ぐにレンは、ラードン大使に会う事にした。ちなみにラードン大使は、カイエンの友人である。
「ああ、殿様ぁ…じゃなかった陛下、ドラクーン本国からの伝言です、カイエンの野郎…じゃなかった龍神様とシーナはヨーゼフの旦那…じゃなかった、え~とヨーゼフ公の葬儀には参列出来ないそうです」
と、ラードン大使が申し訳なさそうに言った。
「そうですか…それは残念です、カイエンとシーナはヨーゼフと縁が深かったので」
「ははぁ、おいら…じゃなかった私も残念です…そう言えば、あの野郎…じゃなかった龍神様とシーナがヘブンリーに怒鳴り込んだそうで、何でもアストレアの婆ぁ…じゃなかった女王に何でもっと早く先祖の代償の事を話さなかったのかと…アンドロスの代わりに女王に仕えている永遠の従者の野郎をぶん殴って来たそうです」
それを聞いたレンは、思わず笑いそうになった。カイエンが怒り狂ってる様子が直ぐに想像出来たからだ。
「どうして殴ったんだろう?」
「ははぁ、何かカイエンの気に入らない事でも言ったんでしょうなぁ、ざまぁみろです、あっいや何でもありません、と言う事で葬儀にはおいら…じゃなかった私とタキオンとワイエットが参列致します」
そう言ってラードン大使は、帰って行った。ラードン大使が言ったタキオンとワイエットは、テランジン達がカンドラ達を拷問した際に協力してくれたドラクーン人である。レンは、マルス達が居る部屋に行きカイエンとシーナが葬儀には参列出来ない事を話した。皆、残念がっていた。カイエンは、龍神と言う立場上仕方がないがシーナは来るだろうと思っていた。
「何だ、シーナまで来れないのか…残念だな」
と、シーナを可愛がっているインギが残念そうに言った。
「まぁ、本来ならばドラクーン人やエンジェリア人は極端な人間嫌いだ、ドラクーン人が人間の国に大使を置くなど我々の時代では考えられん事だ、カイエンも国元では何かと言われておるのではないか」
と、イザヤが訳知り顔で言った。
「そうかなぁ…」
「お前達が特別なのだ」
と、インギが呆れた様に言った。イザヤ、ナミ、インギの若い頃には、考えられない事が今起きている。三人は、もう自分達の時代は終わったのかも知れないと思った。




