イザヤとナミとインギ
トランサー王国の港町が大騒ぎになっている。イザヤ、ナミそしてマルスを乗せた巨大戦艦が港の前にいるのである。ジャンパール海軍第一艦隊の旗艦で皇帝や皇族を乗せるためだけに建造された艦である。滅多に運用される事がなかった。
「でっけぇ軍艦だな、どこの軍艦だ?あっ!ジャンパールの国旗が見えるぞ」
「すげぇなぁ…」
と、初めて見るトランサー国民は、大いに驚いていた。
「ヤハギ、ここじゃ不味かったのではないのか?」
と、イザヤは、急遽艦長を命じられたヤハギ中将に言った。
「ははぁ、今、軍港に泊めてある艦を移動させているそうです、今しばらくお待ちを」
と、ヤハギ中将は、イザヤに説明した。艦内から港町を見ていたマルスが、こちらに向かって来るある魔導車や騎馬の一団に気付いた。レン達である。マルスは、自分だけここで降りると言った。
「レン達がそこまで来てるんだよ、父上達はこのまま軍港に行ってよ、後から行くからさ」
「ふむ、分かった」
「レオニールもまさかこんな大きな軍艦で来るとは思っていなかったようね」
マルスは、小舟を出してもらい一人トランサーの港に降りた。ミトラ、クラウドの近衛隊が群がる国民を押し退けた。
「さぁ皆下がってくれ、国王陛下が通られるぞ」
「下がれ、下がれ!」
レンとエレナは、国民に軽く手を振りながらマルスに向かって歩いた。
「やぁマルス、久しぶりだね、あの艦に伯父上達が居るんだね」
「ああ、久しぶりだな、居るぞ皇帝達、軍港に行くってさ」
ジャンパールの巨大戦艦が動き出したのでレン達は、マルスを連れ軍港に向かった。軍港には、テランジンをはじめルーク、シン、ジャンなどの元海賊士官達や他の将兵達トランサー海軍がイザヤとナミを迎えるため整列していた。そこにレン達がやって来た。
「あっ!陛下、マルス兄ぃ」
と、最初にシンが気付き片膝をついた。皆も一斉に片膝をついた。
「陛下、何ですあの大きさは、港の艦を半分も移動させないと停泊出来ませんよ」
と、テランジンが呆れ気味に言った。マルスは、ゲラゲラ笑ってレンの代わりに答えた。
「馬鹿げてるだろう、なんでも俺の曽祖父さんの頃に威厳を出すために造ったってさ、もうボロ艦さ」
と、マルスは、言ったが艦は、徹底的に整備されている。テランジンは、後で見学させて欲しいとマルスに言った。そうこうしている内に巨大戦艦が入港し停泊し艦からイザヤとナミが姿を現すとテランジン達は、一斉に最敬礼した。艦の側面が開き階段が伸びて来た。イザヤとナミは、一旦艦内に戻り階段を降りて出て来た。テランジン達が再び最敬礼する。
「伯父上、伯母上、お久しぶりです」
「お久しぶりです」
と、レンとエレナが挨拶した。イザヤとナミは、レンとエレナの手を取り満足気に見て言った。
「立派になったな…レオニール…エレナもすっかり王妃らしくなったね」
「レオニール…ヨーゼフの事、本当に残念だったわ」
と、イザヤとナミが言った。レンは、少し暗い顔をして頷き、城へ向かうため魔導車に乗るようイザヤとナミを促した。テランジン達を軍港に残しレン達の一団は、城へ向かった。軍港に残ったテランジンは、同じく残ったヤハギ中将に巨大戦艦を見学させて欲しいと頼んだ。ヤハギ中将は、快く応えテランジン達トランサー軍人を艦内へと案内した。
城へ向かうには、ロイヤー屋敷の前を通る。イザヤとナミは、屋敷に寄って安置されているヨーゼフに会いたいと言ったので、急遽ロイヤー屋敷に行く事となった。先にミトラが屋敷に行き、ジャンパール帝がお立ち寄りになられるとリリーに伝えるとリリーは、大慌てで使用人や子分達を使い部屋の掃除に掛った。しばらくするとレン達の一団が現れたので屋敷に居た者、全員で出迎えた。
「やぁリリー、久しぶりだね、先ほどテランジンに会ったよ」
と、にこやかにイザヤが言った。
「ははぁ、お上お久しゅうございます」
「ヨーゼフに会わせてちょうだい」
と、ナミが言うとリリーは、自分の父のために二人が遥々ジャンパールから来たのかと改めて思い、涙を浮かべた。
「こちらです」
と、リリーは、レン達をヨーゼフの遺体が安置されている部屋へ案内した。遺体は、防腐処理を施されているが念のため傷まぬようにと部屋を少し寒くしてあった。
「ふむ、霊魂のヨーゼフとは違うな…かなり痩せていたのだな」
「でも穏やかな顔をしているわ」
と、イザヤとナミが言うとマルスが涙を流しヨーゼフに近付き言った。
「あんたのこんな姿を想像もしなかった…生きてるうちにもう一度会いたかったなぁ」
と、マルスの言葉を聞きレンは、申し訳ない気分になった。
「ごめんよ、マルス…僕がもっと気を遣っていれば」
「レオニール、気にする事はない、仮にそなたがマルスを呼び出していてもヨーゼフは会わなかっただろう、弱っていく自分の姿を見せたくないと思ってな」
と、イザヤが言うとマルスは、そうかも知れないとも思った。レンは、ヨーゼフの具合が悪くなってからは、自分もあまり会っていなかったと話した。しばらく部屋に居てリリーが父ヨーゼフとの思い出話しをして部屋から出た。
「そう言えばリリー、あなたの子はどこに居るの?会いたいわ、ねぇお上」
「おお、そうだった、是非会わせてくれ」
「ははぁ…で、では恐れながら…」
と、リリーは、テランジンの子分にデイジーを連れて来るよう言った。リリーは、不安だった。デイジーは、機嫌が悪いと何をするか知れたものではなかった。ヨーゼフは、よく髭を引っ張られたり積み木を投げ付けられたりしていた。子分がデイジーを抱っこして現れた。幸い大人しくしていた。
「まぁ、可愛いわね、ほら、こっちに来なさい」
と、ナミが嬉しそうに子分からデイジーを受け取り抱っこした。デイジーは、何か感じるものがあるのか大人しく真っ直ぐナミの顔を見つめている。
「お上、コノハが赤ん坊の頃を思い出すわ、あなたやテランジンに似てきっと美人になるわ」
と、普段見せる事の無い顔をしてナミが言った。イザヤも満面の笑みでデイジーを見つめていて抱っこさせろとナミに言っている。ナミからデイジーを受け取り抱っこしたイザヤは、急に真面目な顔をした。
「人はいつか必ず死ぬ、しかしこうして新しい命も生まれて来る…ヨーゼフの事は誠に残念であるが…レオニール、エレナ、マルス、お前達は未来へ目を向けねばならぬ、子を成し次の世代へと命を繋いで行くのだぞ」
と、イザヤが言うと腕の中のデイジーが笑った。イザヤは、満足気にデイジーを見つめリリーに渡した。そしてレン達は、ロイヤー屋敷を後にして城に向かった。城に到着するとイザヤとナミには、貴族や大臣の挨拶が待っていた。
「皇帝陛下、皇后陛下、お会い出来て光栄です、私は男爵を賜ります某です」
と、言ったような挨拶を延々と受けた。それでもイザヤとナミは、嫌な顔をせず「甥のレオニールをよろしく頼む」と貴族や大臣達に言っていた。夕刻になり挨拶を打ち切りこの日は、晩餐会も開く事も無く静かに過ごした。イザヤ達が来た理由は、ヨーゼフの国葬に参列するためである。トランサーに遊びに来たわけではない。この日の夜、ラストロ・シェボットが式部大臣としてイザヤとナミに謁見を願い出た。イザヤとナミの顔が一瞬だけ緊張した面持ちになったのを誰もが見逃さなかった。イザヤから見れば妹ヒミカでレンの母を殺した男の息子である。レンがその息子に父の罪を問わず同じ王族として仕えさせている事は、知っていたが、いざ目の前にするとなると沸々と怒りが込み上げてくるのを感じた。
「お上…」
「父上、ラストロはザマロのような奴じゃない」
と、ナミとマルスが心配した。
「伯父上、ラストロ殿は式部大臣として伯父上に相談があると言っています、ラストロ殿にザマロのような野心や悪心はありません、僕が保証します」
と、レンが言うとイザヤは、静かに目を閉じ、しばらく無言で何か考え会おうと言った。ディープ伯爵がラストロを呼びに行った。ラストロは、廊下で神妙な面持ちで待っていた。
(まさか、こんな日が来るとは…しかしジャンパール帝が来られたのならシェボット家の当主としてけじめをつけねばなるまい…私はザマロ・シェボットの息子なのだ…父の罪を先ずは詫びねば)
「ラストロ殿下、どうぞお入り下さい」
と、ディープ伯爵に言われラストロは、そっと部屋に入った。この部屋は、謁見の間ではなくレンやエレナの私的な部屋なのだ。
「トランサー王国、式部大臣ラストロ・シェボットです、イザヤ、ナミ両陛下に拝謁でき恐悦至極に存じます」
と、深々と頭を下げラストロは、挨拶した。そして、一歩踏み出しいきなり平伏した。レン達が驚いた。
「ちょっと、ラストロ殿?」
「お、おい、どうしたんだよ」
「式部大臣としてではなく、その前にザマロ・シェボットの息子として皇帝陛下にお詫びせねばなりませぬ、二十年前、私の父が犯した大罪を…陛下の妹君でレオニール様の母君であるヒミカ様を死に追いやった事…」
と、ラストロは言い黙った。部屋が急に静かになった。レンは、イザヤがラストロに死ねと言うのではないかと不安になった。
(覚悟は出来ている…父上が討ち取られた時からこの命、無かったのだ)
ラストロは、登城する前、城の敷地内にあるシェボット家の屋敷で妻ロザリアと息子のミハエルに自分は死ぬかも知れないと告げていた。
「まさかヨーゼフ公の葬儀にジャンパール帝が来られるとは思いもしなかった…しかし来られる以上、私は父の罪を詫びる義務がある、その事で私は死を賜る事になるやも知れぬ、ロザリア、ミハエル覚悟をしていて欲しい」
「あ、あなた…そんな」
「レオニール様の母君ヒミカ様はジャンパール帝の妹君だった事は、お前も知っているだろう、その妹君を殺した者の息子だ私は…レオニール様や亡くなったヨーゼフ公達から許されたとは言え兄君であられるイザヤ皇帝から許されていないのだ、もしも私が死を賜る事になればミハエル、お前がシェボット家の当主だ、お前はまだ子供だから大臣職は務められんが学問に励めよ」
「あなた、その様な事は仰らないで下さい、そんな…そんな」
と、ロザリアは、涙を流した。ミハエルが不安そうに両親を見ている。ラストロは、妻と息子をそっと抱き締めた。
「レオニール様の事だ、家をお取り潰しにはしないだろう、もしかするとミハエルの後見人になってくれるかも知れん、とにかく私は式部大臣としても会わねばならんのだ…では行って来るよ」
と、ラストロは、妻の頬に軽く口付けをして屋敷を出た。そのラストロが、レン達の前で平伏し言葉を待っていた。ナミがイザヤに何か言ってと合図を送った。レンとエレナ、マルスやディープ伯爵が緊張した面持ちでイザヤとラストロを交互に見ている。
「ラストロ・シェボット…面を上げい」
と、イザヤが静かに言うとラストロは、ゆっくりと伏し目がちに顔を上げた。その顔をイザヤが見つめた。しばらく沈黙が続きまたナミが何か言うようイザヤを促した。
「二十年前、其の方が父ザマロ・シェボットは謀反を起こし、余の妹、レオニールの母であるヒミカを死に追いやった…この事は到底許せる事ではない、しかしそれは其の方が父の罪、其の方の罪ではない、だからレオニールやヨーゼフは許したのであろう、聞くところによると其の方は以前、出家して父ザマロが殺した者達の供養をしていたそうな」
「ははっ、レオニール様のお慈悲を賜り、父によって命を奪われた人々の供養をしておりました」
と、ラストロは、少し震えながら言った。
「うむ…ところでラストロ、レオニールは其の方が父を討ち果たした者なるぞ、其の方は憎いとは思わぬのか?」
「ちょっと父上、何を言い出すんだよ」
と、マルスが驚き言った。部屋に緊張が走った。レンは、複雑な顔をしてラストロを見つめていた。
「どうじゃ?何とも思わぬのか?」
「正直に申し上げます、討たれた当初は憎く恐れながらレオニール様を殺したいと思いました…なれど私が身に付けていたイビルニア製の首飾りのせいでエレナ様のお心がアルカトなるイビルニア人に奪われ酷い目に遭わせてしまった事がございましたが…そんな私をレオニール様はお許しになられた、その時に目が覚めたのです、トランサー王国の主は、シェボット家ではないと、そして憎しみ恨みを捨て出家する事に決めたのです、父が討たれたのは当然の事、私は決して父の様にはならないと心に誓いました」
と、ラストロは、顔を上げ答えた。イザヤは、じっとラストロを見つめ何か感じ取ろうとした。そして、優しく微笑み言った。
「あい、分かった、これからも王族としてレオニールを支えてやってくれ頼んだぞ、ところで式部大臣として余に何の用事があるのだ?」
と、イザヤが言った瞬間、張り詰めていた空気が一気に解放され皆がため息を吐いた。エレナは、訳の分からない涙を流していた。
「ははぁ、此度のヨーゼフ公の葬儀の際、恐れながら皇帝陛下にヨーゼフ公への弔辞を賜りたく思い参上致しました」
「はっはっは、何だそんな事か、頼まれずとも余はそのつもりで参った、ヨーゼフは息子やレオニールの最大の恩人である、是非弔辞を読ませて欲しい」
「ありがとうございまする、皇帝陛下から弔辞を賜れるならヨーゼフ公がいかに偉大であったかを国内外に示せまする」
と、ラストロは、深々とお辞儀をして言った。その後は、国葬の段取りを軽く話してラストロは、自分の屋敷へ帰って行った。
翌朝、インギ王とラーズがランドール海軍の軍艦でトランサーの軍港に入港したと知らせが入った。
「あっはっはっは、賑やかな奴が来たな、インギに会うのは何年振りか…なぁナミ」
と、イザヤが少し意味あり気にナミを見た。ナミが少し照れ臭そうにしたのをレン達は、見逃さなかった。レンは、エレナを連れ迎えに行って来ると言ったが、マルスが自分が行くと言いクラウド率いる近衛兵達と魔導車と馬車で迎えに行った。軍港に到着したインギ王とラーズは、テランジン達海軍の歓迎を受け港に降り立っていた。
「相変わらずデカい艦だな…テランジン、こんなデカい艦が来たら迷惑だろう?」
と、インギがジャンパールの巨大戦艦を見て苦笑いしながら言った。テランジンは、正直に申し上げるとここだけの話し少し迷惑だと言い皆の笑いを誘っていた。
「この艦があるという事はアルス皇太子が来ているのか?」
「いえ、イザヤ帝とナミ皇后、マルス大公です」
と、テランジンが答えるとインギの顔が少しだけ曇った様に見えた。
「そ、そうか…珍しいな、あの二人が国を空けるとは」
テランジンは、インギの顔の曇りが気になったが何も聞かず、城からの出迎えの使者を待つ事にした。しばらくインギとラーズにヨーゼフの話しをしているとマルス達が来た。
「やぁ、おやっさん、ラーズ、久しぶりだな、長旅ご苦労さん、迎えに来たぜ」
「おお、マルスよ、久しぶりだな、レオニール殿はどうした?」
「そうだよ、レンは?」
「ああ、城で皇帝達と居るよ、さぁ行こうぜ、どっちに乗る?魔導車か、馬車か?」
インギとラーズは、久しぶりだからと馬車に乗る事に決めクラウド率いる近衛兵達に護衛され城に向かった。馬車の中でどこか落ち着かない父インギ王を見てラーズが声を掛けた。
「父上、先ほどからどうもそわそわしている様に見えますが小便でも我慢しているのですか?」
「んん?いやっ、そんな事はないぞ、小便なら艦を降りる前にした」
「そうですか」
と、ラーズは、納得して見せたものの納得していない。明らかにいつもの父とは違って見えた。城に向かう途中ロイヤー屋敷の前を通るので立ち寄りイザヤ達の様にヨーゼフの亡骸を見てテランジンの妻、リリーと娘デイジーに会い城に入った。貴族や役人の挨拶を受けレン達の居る部屋に向かった。部屋に近付くにつれインギの様子がおかしくなっている事にマルスとラーズは、気付いていた。
「おい、お前の親父どうしたんだ?さっきから妙にそわそわしてるぞ」
「ああ、馬車の中に居たより酷くなってる、父上どうかなさいましたか?」
と、思い切ってラーズが尋ねた。ハッとしたインギが振り向いた。
「部屋はそっちじゃないぜ、こっちだよ」
「そ、そうか…あは、あははは、では行こうか」
と、インギは先頭に立って歩きレン達が居る部屋へと向かった。部屋の前に居る近衛兵がインギ達に気付きレン達に知らせた。
「インギ王とラーズ殿下がお見えになりました」
「そうかい、お通しして」
と、レンがにこやかに言うと近衛兵が部屋の外で待っていたインギ達を招き入れた。ぞろそろとインギ、ラーズ、マルスが入って来た。
「インギ王、シンの一件ではお世話になりました、あれから無事にメルガドとも国交を結ぶ事も出来てシンが初代メルガド大使に任命されました」
「ほほぅ、あの海賊を大使に?あははは、そりゃ面白いな」
「ヨーゼフも喜んでくれていたそうです」
と、レンとインギが話しイザヤ達に向き直った。イザヤは、意味ありげな笑みを浮かべナミは、少し伏し目がちにしていた。
「やぁイザヤ殿、久しぶりだ、こうしてみるとお互い歳を取ったなぁ」
「いやぁ、本当に久しぶりだ、確かにお互い歳を取ったがそなたは相変わらず元気だな、羨ましい」
と、イザヤは椅子から立ち上がりインギと固い握手を交わしながら話したが、インギは、一向にナミの方を見ない。
「あ、あの」
と、ナミが今まで子供達に見せた事の無い、しおらしさでインギに声を掛けた。その声にインギが一瞬ビクッととなったのを誰も見逃さなかった。
「や、やぁ、ナ、ナミ殿、あなたとも随分と久しくお会いしていなかったな、お元気そうで何よりです、あは、あははは」
明らかにインギの様子が違った。いつもの堂々とした態度ではなく、どこか少年っぽさを感じさせた。レン達は、顔を見合わせた。
「インギ王も伯母上も今日はどこかいつもと違う様に見えるけど、どうしたの?」
「さぁ、父上は馬車に乗り込んだ時からああなんだ、皇后様の様子もおかしいな」
と、レン達は、イザヤ達に聞こえないような小声で話した。あの三人に何があったんだろうとレン達は、気になった。
「ああ、何だか急に腹が減ったな、レオニール殿すまんが何か食わせてくれんか」
と、インギがそわそわして言うとラーズは、意味あり気にレンに片目を瞑って見せた。レンには、意味が直ぐに分かり、ディープ伯爵にインギを食堂へ案内するよう言った。ディープ伯爵に連れられインギがそそくさと部屋から出るとレン達は、一斉にイザヤとナミの質問した。
「父上、母上、インギ王の様子が明らかにおかしい、どういう事だよ」
「そうですよ、あんなのいつものインギ王じゃありません」
「父上と何かあったのですか?」
と、マルス、レン、ラーズが立て続けに聞いた。イザヤとナミは、困ったような顔をしている。話すべきかどうか迷っている。
「皇后様を見た時のインギ王のお顔が子供の様に見えました」
と、エレナが言うとイザヤは、ふふっと笑ってナミに言った。
「ナミ、話しても良いだろう?」
「ええ、ちょっと恥ずかしいですが…」
そして、イザヤは、話し出した。イザヤ、ナミ、インギが十代の頃である。王太子時代のインギは、年に一度三ヶ月ほどジャンパールに留学する事があった。その頃、イザヤとインギは、若さもありよくお忍びで町に遊びに行っていたという。その頃、まだ貴族の娘だったナミに出会ったのだ。ナミの実家もジャンパールでは、名門貴族の一つであるステアゴールド家に並ぶ家柄だった。当然、皇室に嫁げる家柄である。若かった三人は、お互いの家柄を明かし身分を越えた友人として遊ぶようになった。この頃、イザヤは、ナミの事をただの仲の良い女友達として見ていたが、インギは違っていた。一目惚れだったという。イザヤの手前、自分も友人の一人であるとしていた。ナミは、インギが自分に好意を抱いているとは、最初は気付かなかったが、次第に何か特別なものを感じ始めたという。
「誕生日にお上は花束だけでしたが、あの方は私に貴金属を…友人に贈るような品ではありませんでした」
と、当時を懐かしみナミが言った。そして、ある時イザヤは、インギに相談を持ち掛けられた。それは、ナミに告白し自分の想いを伝えるというのである。若いイザヤは、インギを応援した。三人で会う時間を減らし出来る限り二人きりにしてやろうとした。そして、またナミもイザヤに相談を持ち掛けていた。インギの事である。インギが自分に惚れている事に気付いたナミは、困った。インギの事は、嫌いではない、友人として好きだが愛する事は出来ないと話した。
「今の様な時代ではありませんからね、異国人との結婚はそう簡単ではなかったのです」
と、ナミは少し寂しそうに言った。
「ただ…いや、もう止しましょうこの話しは」
「何だよ、最後まで聞かせてくれよ、ラーズの親父は結局どうしたんだよ?」
「うむ、インギは結局ナミに愛を伝える事はなかったのだ、インギは当時のランドール王、つまりラーズの祖父さんに相談したそうだ、ナミを嫁にしたいとな、しかし猛反対されたそうだ、お前の嫁は既に決まっているし異国人を嫁にする事は許さんと…そんな頃、イビルニアとの戦が激しさを増していてな、あいつはナミとの事を忘れたかったのだろう、周囲が止めるのも聞かず従軍したのだ、そこでフウガとヨーゼフに出会ったという事だな」
と、イザヤは話し遠い目をした。
「で、どうして父上と母上は結婚したんです?」
と、マルスが聞くとイザヤは、ふっと笑って話し出した。当時、皇太子のイザヤに縁談話しが複数舞い込んでいた。ステアゴールド家を代表とする貴族の中でも名家と言われる家々である。皇太子妃となる名前の中にナミも含まれていたのであった。インギは、どこから聞いたのか、その事を知りイザヤにナミと結婚しろと言って来た。
「いやぁ驚いたよインギが余にナミを嫁にしろ、俺は君なら安心出来る、俺の代わりと言っては何だがナミを幸せにしてやって欲しいとな…そう言われてから余もナミを意識するようになった、それから話しはとんとん拍子に進んで余はナミを妻としたのだ」
と、言いイザヤは、ナミを見た。ナミは、少し照れ臭そうにしていた。そんな母をマルスは、複雑な思いで見ていた。もしもインギ王に嫁いでいたら自分は、存在しなかっただろうと。無論、ラーズもである。
「でも、当時は異国人との結婚が難しいのにどうして僕の母は父と結婚出来たのですか?」
と、レンが不思議に思い尋ねた。父と母の馴れ初めは何度もヨーゼフや他の古い家臣達から聞いていたが、改めて聞きたいと思ったのだ。
「それは私がヒミカを後押ししたのです、あなたの父と母は本当に好き合っていた、そんな二人を引き裂く様な事はしたくなかった」
「そうだった、確かにあの時は他の皇族や貴族達は反対していた…ナミは毎日のようにそれらを説得していたな」
「ええ、幸いレオニールの本当のお祖父様のグランデ王がジャンパールの姫君を我が息子の妻に迎えられる事は光栄な事だと仰られてねぇ、それを聞いた他の皇族や貴族達は相手方は反対しないのかと驚いていたわね」
と、ナミがイザヤを見て言った。イザヤは、うんうん頷き当時を懐かしんでいた。
「イビルニアとの戦争が終わり十年近く経っていて時代も変わっていた…ところで余も腹が空いたな」
と、イザヤは、自分の空腹に気付き言うといつの間にか部屋に戻っていたディープ伯爵が慌てて食堂へ行き昼食の準備を取らせた。食堂には、インギの姿はなかった。準備が整い皆が食堂へ移動した。
「ん?インギはどこに行ったのだ?」
「ははぁ、インギ王様は城下を歩きたいと家臣の方々とお忍びで向かわれました」
と、イザヤの問いに食堂に居た役人が答えた。ラーズは、レンに軽く舌を出しておどけて見せた。レンは、インギが本当は、まだナミの事を想っているのではと考えた。
「何と…王たる者がそのように軽々しく出歩きおってと言いたい所だがインギにそんな事を言っても無駄だな、あははは」
「そうなんです、兄がいつも苦労してます」
と、ラーズが言うと皆が笑った。ヨーゼフの死が切っ掛けでこうして皆で集まり食事が出来る事にレンは、複雑な思いをしていた。嬉しくもあるが、ヨーゼフが居ない。
「どうしたレン?」
と、そんなレンの様子を直ぐにマルスが気付いた。
「ヨーゼフが皆を集めてくれたのさ、葬式に来てなんだが俺ぁ嬉しいぜ」
と、マルスの正直な言葉にレンは、救われた気がした。
一方、家臣を引き連れ城下町を散策していたインギは、ふと妙な気配を感じていた。
(はて?先ほどから妙な気を感じる…イビルニア人?違う、半イビルニア人?いや、これも違う…何だ?)
「どうかなさいましたか陛下?」
と、家臣の一人が周りには聞こえないほどの声で尋ねた。家臣は、三人である。インギを入れて四人の男達が城下を歩いている。
「ふむ、ちょっとおかしな気を感じたのでな」
「気、ですか?」
と、家臣は、困った顔をして言った。インギは、立ち止まり周りを見回した。商店や共同住宅が並んでいるだけである。国葬前と言う事もあってあまり人が多く出歩いてなかった。
「ふぅ~あぶねぇあぶねぇ、あの野郎、急に振り向きやがって」
と、言ったのは、強盗達であった。五人居た。この強盗達は、城下町に現れたインギ達ランドール人をヨーゼフの国葬に参列するために来た、異国人のただの貴族か役人だと思っていた。
「見ろやい、あの背の高い奴をよぉ、金持ってそうな面してるぜ」
と、強盗達の親分が顎でインギをさし言った。ここは、インギ達より少し離れた路地裏である。
「あっ?!親分、奴ら」
と、インギ達が再び歩き出したのに気付き強盗達は、また尾行を始めた。
「ふむ、ここで師匠の葬儀をやるのか…なるほど限られた者達だけでなく国民も共にと言う事か…師匠はこの国では相当人気者だったようだな」
と、ヨーゼフの葬儀場としている城下の大広場に立ちインギが言った。葬儀の準備は既に八割方終わっている。明後日にでも葬儀を行うのだろうとインギは思った。遠くでラストロの声が聞こえていた。インギは、急にシドゥとカツの墓参りに行こうと言い出し、花屋で墓に供える花を買い、墓地の場所を人に尋ねながら向かった。
「連中どこに行く気だぁ?この方角、まさか墓場にでも行くつもりなのか?」
「だったら仕事がしやすいじゃねぇか、あそこは人気が少ない、けけけ、面白くなって来た」
と、強盗達は、密かに喜んでいた。墓地に到着したインギ達は、身分を隠し墓地の管理人にシドゥとカツの墓の場所を教えてもらい、まずシドゥの墓に参った。花を供え皆で祈りを捧げ、今度は、カツの墓へ向かった。強盗達は、気取られないよう上手く木に隠れながらインギ達を監視していた。




