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不死鳥の剣  作者: TE☆TSU☆JI
187/206

ヨーゼフの魂

 ヨーゼフの魂が身体から抜け出ると物凄い速さでジャンパール皇国へと飛んで行った。皇帝イザヤに会うためである。イザヤは、そろそろ寝ようとベッドに入っていた。傍では、皇后ナミが既に寝息を立てていた。イザヤが目を閉じ眠りに就こうとした時、ふと冷たい風を感じた。

 「はて?窓でも開いているのか?」

 季節は、冬に入っている。イザヤは、そっとベッドから抜け出し窓辺に向かった。カーテンが微かに揺れている。やっぱり窓が開いていたのかと思い閉めようとした時、声を掛けられた。

 「おかみ

 「ん?誰だ?」

 暗い部屋の片隅に神妙に片膝をつきこちらを見ている人影が見えた。警備の目を掻い潜りどうやって部屋に侵入して来たのか。おまけに部屋は城の二階にある。イザヤは、人を呼ぼうか迷った。

 「お上、ご安心をヨーゼフ・ロイヤーでござる」

 と、人影は自己紹介した。イザヤは、耳を疑った。

 「何?ヨーゼフ・ロイヤーだと?」

 「はい、今宵は暇乞いに参りました」

 イザヤは、警戒しながらそっと人影に近付き見た。なるほど、確かにヨーゼフだった。しかし、どこか妙な気がした。

 「そ、そなた…どうやって…まさかあの窓から入ったのか?レオニールはどうしておるのだ?暇乞いとはどういう事だ?本当にヨーゼフ・ロイヤーなのか?」

 と、イザヤは、立て続けに質問した。が、ある事に気付いた。何となく透けて見えるのである。

 「そなた…ま、まさか…」

 「ははっ、拙者も旅立つ時が来ました、今宵は最後のお別れに参った次第にございまする」

 イザヤは、絶句した。目の前のヨーゼフは、幽霊なのである。しかし、恐怖はしなかった。ただ、甥であるレンの事を思った。

 「レ、レオニールは、レオニールは知っているのか?」

 「はい、お上、若には既にお別れの挨拶は済ませて来ました」

 「う、うむ…しかし、どうして…どうして、んでいたのか?」

 「いえ、やまいではございませぬ、練気使いとしての宿命にござる、この事は恐れながらレオニール様、マルス殿下、我が義息子むすこのテランジンにも関わる事でございまする」

 と、ヨーゼフは言い深々と頭を下げた。イザヤは、訳が分からず宿命とは何か話せと言った。ヨーゼフは、まずフウガとヘブンリーに行った時の事から話し始めた。そこで練気技を身に付けた事で昔々先祖が捨てたはずの力を偶然にも手に入れてしまった事、そして、それにより力の代償を払う事になったと話した。

 「な、何と…その代償と言うのが死と言う事か…我らの先祖であるエンジェリア人の力か…人となった身では過ぎた力と言う事か…しかし、理不尽ではないか?先祖の代償を子孫が払うなどと…アストレア女王は何故言わなんだのか」

 と、イザヤが憤慨した。ヨーゼフは、もしあの時アストレア女王やアンドロスから将来、先祖の代償を払わなくてはならなくなると聞いても練気技を学んでいたと話した。

 「イビルニアから世界を守るためでございます、拙者もフウガ殿も後悔はございませぬ、ただ、レオニール様やマルス殿下には、申し訳のない事を致しました…代償の事は当時知らなかったとは言え拙者はお二人に練気技を教えてしまった…」

 「何を言うかヨーゼフ、マルスもレオニールも後悔はしておらぬであろう、練気技を使えたからこそイビルニア人の親玉や四天王とか申す連中を倒せたのではないか、レオニールに至っては心を奪われたエレナを救う事が出来たではないか、そなたが気に病む事はあるまい、余はそなたに礼を言わねばならん、我が甥レオニールが無事に国を奪還し国王となれたのも全てはそなたの尽力によるものである、ありがとう」

 と、イザヤは、心から言いヨーゼフに頭を下げた。

 「お上、もったいのうございます、お顔をおあげ下さい、拙者だけの力ではございませぬ」

 「いやいや、若い者だけで成せる事ではない、しかし…レオニールは寂しいだろうな…」

 と、イザヤは、フウガが亡くなった時を思い出した。ヨーゼフは、悲し気な表情を浮かべた。

 「そう言われますと心が痛みまするが致し方なき事でござれば…お上、そろそろお暇致しまする、拙者まだ行かねばならぬ所がございまする」

 「うむ、そなたが無事にフウガのもとへ行けるよう祈っているよ」

 「ありがとうございまする、では」

 そう言うとヨーゼフの霊は、すぅーっと消えた。イザヤは、呆然と立っていた。

 「お上、どうかなさったの?」

 と、後ろから声がした。皇后ナミである。

 「たった今、ヨーゼフ・ロイヤーが余に暇乞いに参っていた、彼はあの世に旅立ったよ」

 「えっ?」

 イザヤは、ナミに先ほどの事を全て話した。ナミは、信じられないといった顔をした。


 次にヨーゼフの魂は、ドラクーンに向かっていた。龍神となったカイエンに会うためである。カイエンとも付き合いは古い。十九年前、レンがフウガにジャンパールで養育されていた頃、ヨーゼフが一人で先代の龍神エルドラに会いに行く時に出会ったドラクーン人である。ドラクーン人では珍しく人間に興味を持つ者は、当時カイエンやシーナだけだった。エルドラに会いに行くと必ずカイエンが一緒に居てくれた。別れ際には、涙を流してドラクーンから送り出してくれた。ヨーゼフの魂は、迷う事無くカイエンが龍神として住む神殿に向かった。祭壇の前に一人居たカイエンは、直ぐにヨーゼフの魂に気付いた。

 「だ、旦那じゃねぇかい!」

 「おお、さすがじゃな、わしじゃヨーゼフじゃよ、別れの挨拶に参った」

 「な、何が別れの挨拶だよ、何で死んじまったんだい?殿様はどうしてるんでぇ?テラン兄ぃは?他の皆は旦那が死んじまったって知ってるのかい?」

 「ああ、皆元気にしておるよ、若はわしが死ぬ事を知っておられるしテランジンがルーク達やサイモンに話しているじゃろう、ここへ来る前にジャンパールに行っておってのぅ」

 ヨーゼフは、イザヤに話した事を話すとカイエンも憤慨した。

 「まぁ、そう怒るな、わしは後悔などしておらんわい、世界をあのベルゼブから救う事が出来たのも練気を使えたからじゃ、アンドロスには感謝しておる」

 「でもよう、でもよう、あんまりじゃねぇか、ええ、おい…先祖の力を持ったからってよぅ、うぅぅぅ」

 と、泣き上戸のカイエンは、とうとう泣いてしまった。ヨーゼフは、久しぶりにカイエンの泣く姿を見て笑った。

 「ははは、お前さんは龍神となっても変わらんのぅ」

 「当たり前でぇ、ドラコの野郎がうるせぇから変わったふりをしてるだけだぜぇ、でも、あんがとな旦那、俺っちの所へ来てくれてよぅ」

 と、涙を拭いながらカイエンは言った。そして、シーナには会わないのかと聞いた。

 「そう、あの子に会うのはちと辛い…さぁわしはもう行くよ、最後にインギに会わねばなぁ、あやつはわしとフウガ殿の唯一の弟子じゃからのぅ」

 「そうかい、分かったぜぇ、シーナには俺っちから言っとくよ」

 「頼んだよ、カイエン、お前さんやシーナと出会えて本当に良かったよ、人間達とは仲良くしてくれよ、では達者でな、さらばじゃ」

 そう言ってヨーゼフの魂は、神殿からランドールへ向かって飛んで行った。一人、祭壇に残ったカイエンは、その場に崩れる様にして座り込んだ。悲しさと寂しさが込み上げて来て、また涙が溢れ出た。人間の寿命は、自分達ドラクーン人に比べれば短い事は、知っていたが、ヨーゼフの死の原因を考えると腹が立って来た。

 「畜生め!こうなったら女王ばばぁに文句の一つでも言わねぇと気が済まねぇやな」

 「何が済まないの?」

 と、丁度、暇を持て余していたシーナが祭壇の部屋にやって来た。シーナは、直ぐにヨーゼフが残していった気配を感じ取った。

 「あれっ?じいちゃんの気配がする、何で?カイエン何で泣いてるの?」

 「ああ…さっきヨーゼフの旦那がなぁ…別れの挨拶に来たのさ、旦那…死んじまったってよ、くっ…ふぅぅぅ…」

 「えっ?死んじ…嘘だ!カイエン、悪い冗談だよ、何て事言うのさ!」

 と、シーナは、怒ったがカイエンの様子を見るとどうも本当だと気付いた。カイエンは、ヨーゼフの死の原因を説明してやるとシーナも怒り出した。

 「何が先祖の力さ!ぼくもアストレアのおばさんに文句言わなきゃ気が済まないよ!」

 「だろう?シーナ、今からヘブンリーに行くぞ」

 「うん」

 二人は、ドラコに置手紙を書いて本当にアストレア女王に文句を言うためヘブンリーに行ってしまった。


 一方、魂となったヨーゼフは、ランドール城内のインギの部屋に居た。真夜中である。部屋の壁には、刀剣などが掛けられていて床には、甲冑が数領置かれている。一国の王様の部屋とは思えなかった。十年ほど前に王妃を病で亡くしたインギは、側室を作る事も無く独り身を通していた。広いベッドの上でごろごろと寝返りをうち、何やら寝言を言いながら眠っていた。

 「う~む…寝相が悪すぎるのぅ、何の夢を見ているのか…これっ、これっ、インギ殿、インギ殿、起きよ、わしじゃ、ヨーゼフ・ロイヤーだ、起きよ!」

 「……?…ん?…んん?…はっ?!何奴!」

 と、インギは、飛び起き傍に置いてあった剣を取り身構えた。そんな姿のインギを見てヨーゼフは笑った。インギは、目の前の笑っている男がヨーゼフだと気付き驚いた。

 「し、師匠ではないか!どうしたのだ、どうやって入って来たのだ?って、何か妙だな」

 と、インギは、目を凝らしてヨーゼフを見た。向こうが透けて見える。インギは、幻でも見ているのかと思い両目を擦り、またヨーゼフを見た。やっぱり透けて見える。今度は、夢だろうと思い右手で顔をパンパン叩いてみた。

 「いてぇ、何で師匠が透けて見えるのだ?いいや、そ、そんな事より一人で来たのか?」

 「ああ、一人じゃ、ここへ来る途中、ジャンパールやドラクーンに行っておったわ」

 「何っ?ジャンパールにドラクーン?はは、師匠…何を言ってるんだ?……えっ?まさか…」

 と、インギは、やっと目の前のヨーゼフがこの世の人ではない事に気付き始めた。手にしていた剣を鞘ぐるみで床に落とした。インギは、わなわなと震えながらゆっくりとヨーゼフに近付いた。

 「し、師匠…まさか…あんた…」

 「うむ、死んだよ、最後に弟子の顔を見て行こうと思ってな」

 「そ、そんな…何で?」

 と、インギは、ヨーゼフの前で両膝をつき、ヨーゼフを仰ぎ見た。訳が分からないといった顔をしている。ヨーゼフは、そんな弟子の顔を微笑みながら見て、何故自分が死んだのか理由を話した。

 「エンジェリア人の血?そうか…師匠達の先祖にはエンジェリア人が居たのだったな…それならば俺やラーズはどうなるんだ?スティール家の先祖にエンジェリア人は居ないはずだが」

 「ふむ、お前さんらは自力で練気を身に付けたからのぅ、レオニール様がアストレア女王から聞いた話しじゃとお前さんらは大丈夫だと言っていたそうな」

 「そ、そうなのか…しかし、理不尽だな…先祖の代償を子孫が…」

 「まぁ、わしらの宿命だったのだろう、わしは後悔しとらんぞ、おかげで世界をイビルニア人から守る事が出来たのじゃレオニール様も後悔はされておらん、練気を操れねばアルカトやベルゼブには勝てんかっただろう」

 「そ、そりゃそうだ、しかし残念だな…まさか師匠がそんな理由で死んでしまうとは…ぐすっ…」

 と、インギは、ヨーゼフが本当に死んで、幽霊となって自分の目の前に居る事の実感が沸いて来て涙を流した。インギの頭の中でヨーゼフとフウガに初めて出会った頃の記憶が鮮明に蘇った。子供の頃から剣術が好きで日々剣の腕を磨いて来たインギは、三十年以上前イビルニアとの戦争の時に見たヨーゼフとフウガの練気技や鬼神の様な強さに衝撃を受け弟子にしてくれと頼んだ。最初は、身分が違い過ぎると断られた。一国の王子と軍人である。インギは、何度も何度も頼んだ。最後には、弟子にしてもらえないなら死ぬとまで言い出したのでヨーゼフとフウガは、仕方なく弟子にしてやった。二人は、忙しい合間を縫って稽古をつけてやった。

 「懐かしいなぁ…あの頃が昨日の事の様だ、俺は師匠達の強さに憧れた」

 「ふふふ、お前さんはよく修行した、お前さんはわしとフウガ殿の自慢の弟子じゃ」

 「し、師匠…うわぁぁぁぁ…」

 と、インギは、年甲斐にも無く子供の様に泣いた。

 「ははは、いい歳をしてそんなに泣くな、いい歳ついでにもう武張った事は控えなさい、アストレア女王はお前さん達には何も起きんと言っていたが、分からんぞ、まぁ、今まで十分戦って来たのだ、身体をいとえよ」 

 「師匠!」

 ヨーゼフは、にこやかにうんうんと頷くだけだった。本当なら頭でも撫でてやりたかったが、幽霊となっては出来ない。それが悲しかった。しばらく二人で昔話をして懐かしんだ。

 「さぁもう時間じゃ、わしもフウガ殿のもとへ参ろう、ではインギ殿、達者でな、ラーズ殿のよろしゅうな」

 「あっ!師匠待て、もっと話しが…」

 と、インギが止めたがヨーゼフは、霧の様に消えて行った。

 「師匠…」

 インギは、呆然とその場に立ち尽くした。


 夜が明けたトランサー王国、ロイヤー屋敷は、悲しみに包まれていた。ヨーゼフの部屋でテランジンとリリーがヨーゼフの亡骸なきがらを見て静かに祈りを捧げていた。何も知らない使用人達やテランジン一家の者達が大騒ぎしていた。ヨーゼフの事は、ごく一部の者しか知らなかったし知らせなかったのだ。

 「ご、ご隠居が亡くなったって?」

 「最近、具合が悪いだの言ってたけど本当だったのか」

 「どうなってるんだ?」

 「ルーク兄貴達に連絡を!」

 階下の様子が騒がしい事に気付いたテランジンが、そっと部屋を出て皆をなだめに行った。

 「お頭ぁ!ご隠居が死んじまったって本当ですかい?」

 「大殿様は?」

 「ああ、皆、静かに聞いてくれ」

 と、テランジンが今まで黙っていた事を謝り、事の経緯を語った。皆、信じられないといった顔をしていた。テランジンは、後の事は、リリー達に任せてヨーゼフが亡くなった事をレンに知らせるため登城する事にした。テランジンが、城に向かった頃、ルーク、シン、サイモン元帥が屋敷に駆けつけた。ルーク達は、事情を知っていたので落ち着いていた。

 「リリーさん、ご隠居は?」

 「部屋に居るわ、まるで眠ってるみたいよ」

 ルーク達は、直ぐにヨーゼフの部屋へ通されヨーゼフを見た。なるほど確かに眠っている様に見えた。

 「ご隠居…間に合うってこの事だったのかよ…う、うぅぅ」

 と、シンは、ヨーゼフの手を握り涙を流した。シンは、メルガド大使に任命された事をヨーゼフに報告した時にヨーゼフが「まだ間に合う」と言った事を思い出した。ヨーゼフの亡骸は、一旦病院へ移される事となった。そこで防腐処理を行うためである。騒ぎになるといけないと極秘でやる事にした。

 登城したテランジンは、レンとディープ伯爵にヨーゼフが亡くなった事を話し今後の事を相談した。ヨーゼフは、国の英雄であり世界の英雄である。葬儀は、国葬になるだろうとディープ伯爵は、言った。レンは、フウガの葬儀の事を思い出した。

 「先ずはヨーゼフ公が亡くなられた事を国民に知らせねばなりませんな、おそらく各国の大使がテランジン殿に会いに来るでしょう」

 と、ディープ伯爵は言い、大臣達を集めヨーゼフが亡くなった事を話した。皆、驚いていた。そして、レンとテランジンも交えて会議が行われヨーゼフの葬儀は、国葬と決まり、この日の午後トランサー国内にヨーゼフの死が伝えられた。

 「ヨーゼフ公がお亡くなりになられたって?」

 「あのご隠居様が?ご病気だったのか?」

 大衆酒場兼食堂の青い鳥がある港町でも大騒ぎになっていた。青い鳥の店主オヤジは、号泣していた。トランサー国中が悲しみに暮れた。世界各国では、新聞の号外が出された。ジャンパール皇国のマルスは、城付近に建てた屋敷の中で使用人が持って来た号外を見て血相を変えていた。

 「…ヨ、ヨーゼフが…死んだだと?」

 と、言ったきり言葉を失った。何かの間違いだろうと号外をよく読むと詳しく書かれている。読み終わって静かに号外を妻のカレンに渡した。

 「皇帝おやじに会って来る」

 と、マルスは、言って青い顔をして登城した。皇帝イザヤは、マルスがそろそろ来る頃だろうと皇后ナミと部屋で待っていた。ほどなくしてマルスが顔を出した。

 「父上」

 「おお、来たか…ヨーゼフの事だろう、知っている、夜中に余に会いに来たわ」

 「えっ?」

 イザヤは、将来マルスにも襲い来るであろう練気使いの代償の事を話した。マルスに恐れはなかった。

 「ふん、そんな代償が何だってんだ!そんなもんを恐れてベルゼブと戦えるかってんだ…そんな事より…冷てぇじゃねぇか…ヨーゼフ…何で俺のとこには来なかったんだよ、ちくしょう…うぅぅぅ」

 と、涙を流す息子を見てイザヤもナミも心を痛めた。そこへ長男夫妻であるアルス皇太子とアン皇太子妃と末っ子のコノハが部屋にやって来た。

 「父上、ヨーゼフさんが」

 「うむ、今マルスと話していたところだ、ヨーゼフの葬儀は国葬になろう、此度こたびは余が行く、ナミ一緒に行ってくれるかトランサーに」

 「はい、お上、子供達の恩人です、名代などと言ってはおれません」

 「その通りだ、マルスお前も来い、アルス国内の事頼んだぞ」

 「はい、父上」

 「私も行く」

 と、コノハは、言ったがマルスに止められた。実は、カレンが懐妊した事が数日前に分かった。マルスは、コノハにカレンの傍に居てやってくれと頼んだ。

 「お前も将来母となる身です、カレンの傍に居なさい」

 と、母ナミに言われコノハは、渋々トランサー行きを諦めた。ランドール王国のラーズも号外を見て言葉を失っていた。ラーズは、直ぐに父インギに会った。インギもまた息子ラーズにヨーゼフが会いに来た事を話した。

 「トランサーに行くぞ、師匠の葬儀に出る」

 「しかし、レンから何も連絡が無いのが不思議です」

 「うむ、レオニールは今や国王だ、国王が軽々しく他国と連絡を取り合う事は出来んからな」

 「よく言うよ」

 と、ラーズは呆れた。インギは、構わず近臣を呼びトランサーに行く事を伝え準備させた。

 「ラーズ、お前も来い、ヨーゼフは我ら親子にとってかけがえのない師匠である」

 「はい、でも残念だな…どうして俺の所には来なかったのかなヨーゼフさん」

 と、ラーズは言い、肩を落とした。インギは、ラーズの肩を軽く叩いて「気にするな」と言った。


 トランサー王国、ロイヤー屋敷には、国内の貴族や軍人、各国の大使達が弔問に訪れていた。屋敷に帰っていたテランジンは、対応に忙しく、リリーは、弔問客に振る舞うお茶を使用人や子分達を使って用意した。ヨーゼフの遺体は、病院で防腐処理が施されて既に屋敷内の部屋に安置されていた。遺体の傍でデイジーが悲し気な顔をしていた。

 「じっじ、じっじ」

 と、デイジーは言いながらヨーゼフの顔をぺたぺたと触っている。傍で見ているジャンは、込み上げる嗚咽を噛み殺していた。

 「お、お嬢…くっ…ふぅぅぅ…お嬢、止めて下さい」

 「じっじ、じっじ」

 デイジーは、何も答えないヨーゼフに腹が立ったのか髭を引っ張った。いつもなら「痛い、放せ!」と返って来るが返って来ない。

 「お嬢、止めて下さい」

 と、ジャンが抱き上げようとしたがデイジーは、抵抗してヨーゼフの傍を離れようとしなかった。困り果てたジャンは、弟分にリリーを呼んで来るよう言った。しばらくして忙しい中、リリーがヨーゼフの遺体が安置されている部屋へやって来た。

 「どうしたの?デイジー、おじい様は眠っているのよ、こっちへ来なさい」

 と、リリーはデイジーを抱き上げようとしたが、やはり抵抗する。デイジーは、ヨーゼフにしがみ付き大声で泣き出した。そんな姿を見てジャンまで泣き出してしまった。

 「もぅ、あなたまで泣いてどうするの、全く…」

 「お嬢を見てると…ご隠居ぉぉぉ」

 「あうぅぅぅ…じっじ、じっじ」

 二人を見ているとリリーまで泣きたくなって来たが泣いている暇など無かった。リリーは、二人の気が済むまで泣かせておこうと決め部屋を出た。

 城では、式部大臣のラストロが国葬の事で大臣達を集め会議を開いていた。準備に最低二週間は、掛かると言っている。会議に出席しているレンは、フウガの国葬の時を思い出していた。

 (最低二週間か…おじいさんの時は早かったなぁ)

 「陛下、陛下、よろしゅうございますか?」

 と、不意にラストロに声を掛けられたレンは、大慌てで返事をした。

 「は、はい、ラストロ殿に全て任せますよ」

 「分かりました、では葬儀の場所ですが国民達の事も考え城下大広場でいかがでしょう?雨が降れば陸海軍のどちらかの大講堂と言う事で」

 「それならば是非とも陸軍の大講堂でお願いしたい、ヨーゼフ公は元陸軍近衛師団長でありましたから」

 と、会議に出席しているサイモン元帥が言った。誰も反対する者が居なかったので雨天時は、陸軍の大講堂で葬儀を行う事が決まった。そこへ役人が報告にやって来た。

 「先ほど、ジャンパール大使から連絡がありましてヨーゼフ公の葬儀にはイザヤ皇帝陛下ナミ皇后陛下、マルス・サモン大公爵殿下が参列されるとの事です」

 「な、何とイザヤ帝自ら来られるのか…さすがはヨーゼフ公だ」

 と、会議室に居る大臣達が驚いた。過去にジャンパール皇帝が自ら他国の弔辞事や慶事ごとに参列する事などなかった。全て名代として皇族の誰かや名の知れた軍人や貴族などに行かせていたのだ。

 「マルスが来るのは分かるけど、まさか伯父上が」

 と、レンも少し驚いていた。そこへ別の役人が来て今度は、ランドール大使から連絡がありインギ王とラーズが葬儀に参列すると皆に伝えた。皇帝や国王が来るのならそれ相応の対応や葬儀を考えねばならないとラストロは、少し興奮気味に言った。こうしてヨーゼフの国葬の準備が日々進められていった。レンは、準備が進むごとにヨーゼフと本当に別れる事になる気がして寂しさを感じていた。国葬の準備が中ほどまで進んだある日、レンは、中庭のベンチに一人座ってぼんやりしていた。

 「ヨーゼフ、無事にあの川を越えたのかな?もうおじいさんに会ってるのかな?」

 と、独り言を呟いていた。

 「陛下、ここにおわしましたか、先ほどジャンパールのふねが港に到着しました」

 と、側用人であるディープ伯爵が報告に来た。報告を受けたレンは、エレナを連れミトラ、クラウド率いる近衛兵達とイザヤ、ナミそしてマルスが待つ港へ出迎えに行った。

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