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不死鳥の剣  作者: TE☆TSU☆JI
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ヨーゼフの旅立ち・二

 レンが、ヨーゼフから諫言かんげんを受けてから二週間ほど過ぎた頃、トランサーに来ていたシンの母タチアナとカツの両親であるゼルドとカンナは、トランサーを観光しカツの墓参りを済ませてメルガドに帰国した。

 「あれから全くヨーゼフを見てないなぁ、テランジンも何も言わないし…」

 と、レンは、政務室で独り言を言って過ごしていた。レンは、グランデ王の霊が言った「その時が来るまで」と言う言葉の意味をずっと考えていた。どう考えても別れの時、つまりヨーゼフが死ぬ事だと思っていた。

 「そんな…まさかもう直ぐ死ぬなんてありえないよ、ちょっと体調が悪かっただけだろう」

 と、また独り言を言っていると部屋に側用人であるイーサン・ディープ伯爵が書類を持って入って来た。

 「陛下、こちらに目を通して下さい、フロスト大臣がメルガドの使節団を接待する費用について書かれてます、よろしければサインを」

 「うん、ところでイーサン、ヨーゼフの事で何か聞いてないかい?」

 と、ディープ伯爵から書類を受け取りながらレンは言った。

 「ははぁ、私も気になっておりました、テランジン殿に聞いても元気にしているとしか言いませんが…何か引っかかりますなぁ」

 「うん…ヨーゼフが僕を叱っただけで気不味くなって城に来れないなんてありえないよ…ねぇイーサン、ちょっと様子を見に行ってもらえないかい?僕が行くとまた叱られそうだし」

 「はい、陛下、私も気になって仕方ありません、早速見て来ます」

 「うん、頼んだよ」

 ディープ伯爵は、直ぐにヨーゼフの屋敷に向う事にした。城内の廊下を歩いていると陸軍大臣であるサイモン元帥が部下達を引き連れこちらに向かって歩いて来た。ディープ伯爵が会釈して過ぎ去ろうとした時、サイモン元帥が引き留めた。

 「伯爵、ちょっと聞きたい事があります、よろしいか?」

 「何かね?」

 「実は、ヨーゼフ公の事なんですが…テランジンに聞いても元気にしているとしか言わなくてね、何かこう隠している様な気がするんですよ、ディープ伯爵は何か聞いていませんか?」

 「その事で陛下も気をもんでおられてねぇ、先ほど陛下から様子を見に行くよう言われて今から行くのだが元帥も一緒に行かれますか?」

 「そうですか、では行きましょう、お前達、私は今からロイヤー屋敷行く、後の事は頼んだぞ」

 と、サイモン元帥は、部下達に言いディープ伯爵と共にヨーゼフの様子を見に行く事にした。二人が屋敷に向かっている頃、ヨーゼフは、自室で一人全身に襲い来る痛みに耐えていた。

 「ぐぅぅぅ…困ったのぅ、皆の前でこんな姿を見せる訳にはいかん…うぅぅ…」

 痛みが治まるとヨーゼフは、ベッドの上に仰向けで寝た。天井をぼんやり見つめ自分が死んだ後の事を思った。レンを無事にトランサー国王にしロイヤー家もテランジンを婿養子に向かえ安泰となった。自分がいつ死んでもテランジンやサイモン達が何とかする、大丈夫だろうと。

 「ただ欲を言えば若のお世継ぎが見たかったかな」

 世継ぎ、レンとエレナの子である。ヨーゼフは、フウガの代わりに見届けたいと思っていた。そんな事を思っているとテランジンの子分が呼びに来た。

 「ご隠居、ディープ伯爵と陸軍のサイモン元帥がお見えです」

 「何?今忙しいから帰ってもらえ」

 「いや、それが伯爵が陛下の命で来たと仰いまして、その…」

 と、子分から聞いたヨーゼフは、仕方なく二人に会う事にした。ヨーゼフは、いたって平静を装ったが顔色まで変える事が出来ない。居間に通されたディープ伯爵とサイモン元帥がヨーゼフの顔色を見て直ぐに具合が悪い事に気付いた。

 「ヨーゼフ公、やはり…どこか身体の具合がお悪いのでしょう?」

 「テランに聞いても何も言わないからおかしいと思いましたよ、大丈夫なんですか?」

 「何を言っているのじゃ二人ともわしはどこも悪くないぞ、ははは」

 「では、なぜ陛下をお諫めされた時よりもお痩せになっているのか?ヨーゼフ公…陛下があなたの身を案じておられます、悪くないと言うのならば陛下にお姿をお見せ下さい」

 と、ディープ伯爵に言われヨーゼフは、やれやれといった顔をした。

 「二人とも何を言っておるのじゃ、大した用もないのにお忙しい陛下に会いに行ってどうするのか、わしは元気に孫と遊んでいると伝えてくれ」

 「お父さん、陛下にまで嘘をくの?もうめて!本当の事を話して」

 「これっリリー、何を言うのじゃ」

 「この事は、陛下にも関わりがあるでしょ?テランにも、ジャンパールのマルス様やランドールのラーズ様、インギ様だって」

 「な、何ですと?陛下に?ヨーゼフ公いったいどういう事ですかな?」

 と、ディープ伯爵とサイモン元帥がヨーゼフに詰め寄る。ヨーゼフは、目を閉じ、しばらく考えている。やがて重い口を開いた。

 「宿命…わしら練気使いの宿命だよ、死は誰にでも訪れるものだが…」

 「死ぬ?何を言われるのですか、病気ならば医者に診てもらえば…」

 「いや、病気ではないのだ、医者が診てどうこうと言う話しではないのだ」

 ヨーゼフは、自分やフウガがどうやって練気を体得したか話し始めた。それは、四十年以上前にさかのぼる。イビルニア人が世界各地に現れ悪意を持つ人間を利用し悪行を重ねていた時、フウガやヨーゼフは、人間だけの力ではイビルニアに対抗出来ないと感じていた。エンジェリア人やドラクーン人、獣人が持つ力を人間も使えないかと考えた。結局どうする事も出来ず月日だけが流れた。この時、まだフウガやヨーゼフは、自分達の遠い先祖にエンジェリア人が居た事をまだ知らない。イビルニアの勢力が日に日に増す中、人間達は、イビルニアを倒すためイビルニア本国に攻め入る事を決めた。この時、エンジェリア人、ドラクーン人、獣人達に共に戦うよう協力を求める事にした。その交渉役としてジャンパール皇国からフウガとトランサー王国からヨーゼフが選ばれた。当時の二人は、剣豪として名を知られていた。以前から交流があった二人でエンジェリア人やドラクーン人、獣人が持つ不思議な力をこの交渉の折に何とか身に付けれないかと思っていた。二人は、最初に獣人の国、ロギリア帝国に行った。獣人達は、エンジェリア人やドラクーン人に比べればまだ人間に対して友好的だったので当時の帝王ベアド・バーン大帝は、イビルニアとの決戦には、人間に味方すると快く約束してくれた。その時、フウガとヨーゼフは、獣人達が持つ力を人間にも扱えないか尋ねた。ベアド大帝は、無理だと答えたが、何故かこの二人からは、他の人間には無い気を感じたと言う。獣人からは、力の事は無理だと言われたが、共に戦うという本来の目的は、果たしたので二人は、ベアド大帝の紹介状を持ってドラクーンの龍神に会いに行く事にした。紹介状を持っていたので当時の龍神であるエルドラには、簡単に会えたがなかなか良い返事がもらえず、ドラクーンでの日々が過ぎた。フウガとヨーゼフは、毎日龍神が居る神殿に行き協力を求めた。会えない日もあったし他のドラクーン人からは、石を投げつけられた事もあったという。それでも二人は、諦めず誠意を見せ続けた。そんな二人を見て龍神は、周囲の反対を押し切り人間に協力する事にしたのだ。その時が来ればドラクーンは、人間に味方し共にイビルニアと戦うと。この時二人は、龍神に人間にも獣人やドラクーン人の様な力を身に付ける事はないかと尋ねた。答えは、ベアド大帝と同じだった。しかし、龍神もまたベアド大帝と同じく二人に何か不思議な気を感じていた。そして、フウガとヨーゼフは、ヘブンリーに行くと言い龍神から紹介状を書いてもらいヘブンリーのアストレア女王に会いに行った。龍神の紹介状を持っていたためか迷いの森を無事に抜けヘブンリーに着いたが、二人の扱いは、ドラクーンより酷かった。エンジェリア人達は、二人をまるで汚らわしいものでも見る様な目で見た。二人は、事あるごとに龍神の紹介状を見せ身の安全を保った。そして、何とかアストレア女王に謁見し、来るべきイビルニアとの決戦の時には、人間に味方するよう頼んだ。アストレア女王は、出来る限り人間とは、関わりたくないと言ったがイビルニアの脅威がヘブンリーにも迫っているため承知してくれた。そして、この時もフウガとヨーゼフは、エンジェリア人が持つ不思議な力を人間にも使える様にならないかと尋ねた。どうせ断られるか無理だと言われるだろうと思っていたが、意外な答えが返って来た。アストレア女王とこの時まだこの世に居たアンドロスがフウガとヨーゼフをじっと見つめて女王と何か囁き合い頷き、アンドロスがこう言った。

 「君達二人になら扱えるようになるだろう、練気を…ただし本来人間が持つ力ではない、体得すればそれ相応の代償が君達を待っているがそれでも身に付けたいかね?」

 フウガもヨーゼフも、それでイビルニアの脅威から家族や国を守れるのならと答えた。代償が何かは、聞かなかった。聞けば迷いが生じると思ったのだ。それからアンドロスの指導が始まり二週間ほどで真空斬や真空突きなどの初歩的な技は、完璧に出来る様になりフウガとヨーゼフは、大いに喜んだがアンドロスは、当たり前の様に見ていた。

 「ふむ、やはりな…アストレア様、間違いなかったようです」

 「彼らの先祖にはきっとミストレアとタケルヤが連れて行った侍女や従者達が居たのでしょう」

 と、二人が喜ぶ姿を神殿の窓から見ていたアストレア女王とアンドロスが言った。この時、フウガもヨーゼフも自分達の先祖にエンジェリア人が居た事を知らない。

 「わしの先祖にエンジェリア人が居た事を知ったのはレオニール様達とヘブンリーに行った時だった、それで納得出来た、アンドロスが言ったように本来人間が持つ力ではなかったのだ」

 と、ヨーゼフが遠い目をして言った。

 「ではテランジンにも先祖にエンジェリア人が居たと言う事ですか?」

 「左様、シドゥ・モリアの先祖もエンジェリア人だ、この国の練気隊の連中の先祖もエンジェリア人だろう」

 「先祖にエンジェリア人が居たから練気技が扱える事は分かりましたが、ランドールのラーズ殿下やインギ王はなぜ練気技を扱えるのです?彼らの先祖は、ウエズ大陸のただの豪族だったはず、ヘブンリーから流れて来たエンジェリア人だったのでしょうか?」

 と、サイモン元帥が疑問に思った。ヨーゼフの顔が一瞬苦痛に歪んだが直ぐに元に戻り答えた。

 「あの二人はな、特に親父の方は日々剣の修行に明け暮れておった、わしやフウガ殿の様になりたいとな…でもいつまで経っても練気を扱えるようにはならなかった、わしらも疑問に思った、かつてアンドロスから教わった方法でインギに教えていたのだ、わしやフウガ殿の先祖にエンジェリア人が居たから練気を扱えるようになった事など全く知らんかったからのぅ、あの二人が練気を扱えるようになったのはイビルニアと言う特殊な土地で戦って覚醒し扱えるようになったのじゃ」

 「なるほど…しかし、その代償とは一体?」

 と、ディープ伯爵が不安気に尋ねた。ディープ伯爵には、何となく分かっていた。ヨーゼフの様子から見てその代償が何であるか。しかし、それはヨーゼフ自身の口から聞かねばならないと思ったのだ。

 「それは命だよ、先祖にエンジェリア人が居たからとてわしはただの人間じゃ、人間如きが神の様な力を持つべきではなかったのだ、カンドラの始末が着いた頃、急に胸が苦しくなったり全身から力が抜ける様な感覚を覚える様になってのぅ、最初はわしもやまいかとも思った…しかし、直ぐに違うと分かったよ、いざと言う時には身体はしっかり動くからのぅ」

 確かにレンの戴冠式の時に大広場に現れたイビルニア人を相手にヨーゼフは、今までと変わらず戦っていた。しかし、普段の生活に戻ると突然襲い来る激痛や倦怠感に一人絶えていたのだ。

 「で、では陛下もいずれは…」

 と、ディープ伯爵は、心配した。ヨーゼフは、悲しそうな顔をして答えた。

 「今にして思えばあの時、ドラクーンで練気など教えるのではなかったと後悔したよ、アンドロスの言った代償の事をすっかり忘れていた」

 「いや、どのみち体得していたでしょう、ヘブンリーに居たシドゥが教えてたかも知れませんし、またアンドロス殿が教えていたのではないでしょうか」

 と、サイモン元帥が励ました。その言葉でヨーゼフは、何か救われた様な気がして目に薄っすらと涙を浮かべた。

 「と、とにかくヨーゼフ公が登城されないのならこの事は陛下にご報告せねばなりません、宜しいですかな?」

 と、レンの側用人であるディープ伯爵は、悲痛な思いで言った。

 「ま、待て伯爵、行く、登城するゆえわしの身体の事を話さんでくれ、頼む」

 レンが知れば必ず屋敷に飛んで来るだろうと思ったからだ。ディープ伯爵もそれは思っていた。他ならぬヨーゼフの事である。レンにとってヨーゼフがただの家臣でない事は、ディープ伯爵も十分にわきまえている。

 「承知しました、登城しヨーゼフ公のお顔を陛下にお見せ下さい、ではいつ登城されますかな?」

 「うむ、明日にでも行こう、若にはわしは元気だと伝えてくれ」

 「はい、ではそう陛下にお伝えします」

 登城の約束をしたディープ伯爵とサイモン元帥は、城に戻りレンに報告した。この時、ディープ伯爵とサイモン元帥は、ヨーゼフに言われた通り元気にしていると話した。心配していたレンとエレナは、大いに喜んだ。

 翌朝、ヨーゼフは、約束通り登城するため久しぶりに礼服を着てテランジン、ジャンと共に登城し、いつもの部屋へ通された。ヨーゼフは、この時どうかレンの前で痛みが出ませんようにと祈っていた。

 「ヨーゼフ」

 「ヨーゼフ様」

 と、レンとエレナが部屋に入って来たので椅子から立ち上がろうとしたが、足に思う様に力が入らず立ち上がれなかったが、テランジンがレンからは見えない様にしてヨーゼフがあたかも自分で立ったように見せるため、後ろからヨーゼフのベルトを掴み持ち上げた。

 「若、エレナ様、何やら拙者の事でご心配をお掛けしたとか、申し訳ありませぬ、拙者ならこの通り元気でござる」 

 と、ヨーゼフは、にこやかに言った。ヨーゼフの両側にテランジンとジャンが当たり前の様に立っている。レンもエレナも不自然には思わない。

 「少し、痩せたんじゃないかい?」

 「そうね、やっぱりご病気だったのですか?」

 と、レンとエレナに言われヨーゼフは、自分の顔をつるりと撫でた。

 「ははは、そうですかな?拙者は何も変わってはございませんぞ」

 レンもエレナもやっぱり何か無理をしているのではないかと思ったが、気を取り直して話し始めた。レンは、グランデ王の幽霊から聞いたヨーゼフの若い頃の話しをした。傍で聞いていたテランジンとジャンが笑い転げていた。ヨーゼフは、当時の事を思い出し懐かしそうにしていた。

 「左様、酷い目に何度も遭わされましたな、あはははは、でもそれは王位を継がれるまでの事、国王となったグランデ王からは可愛がられました」

 そうヨーゼフが言った時、突然恐れていた痛みが全身を襲った。苦痛を必死に耐え笑っていたが、脂汗が浮いて来る事は、どうにも出来ない。誰がどう見ても何かに耐え忍んでいる様にしか見えなかった。そんな様子をレンが見逃すはずがない。レンは、急に真面目な顔になり言った。

 「ヨーゼフ…本当は何か隠している事があるんじゃないかい?」

 「はっ?な、何の…事ですかな?拙者には全く分かりませぬな、あははは」

 「ヨーゼフ、誤魔化さないで!…お祖父様が僕に言ったんだ…その時が来るまでヨーゼフを大事にしてやれって」

 と、レンが言ったのを聞いてテランジンとジャンは、思い詰めていたものが爆発したかの様に言い出した。

 「おやじ、もう本当の事をお話ししましょう、これは私や陛下にも、いや、練気を扱う者の宿命なのでしょう?」

 「ご隠居、もう無理しないで下さい」

 「これっ!お前達…何を」

 「ヨーゼフ…僕は何を聞いても驚かないよ、だからヨーゼフの身に何が起きてるのか話してくれ」

 「ヨーゼフ様」

 皆にそう言われヨーゼフは、しばらく考え深いため息をいた。自分がもう直ぐ死ぬ事など話したくはなかった。しかし、レンから「その時が来るまで」と聞き話す事に決めた。

 「実は我々、練気を扱う者の宿命でござる…あの時ドラクーンで若とマルス殿下に教えるのではなかったと後悔しておりまする」

 ヨーゼフは、ヘブンリーで練気技をアンドロスから教わった時の事を話した。アンドロスの言った相応の代償、それは今、自分が体感している全身の激痛や苦しみの事だと話した。そして、フウガもその代償に一人耐え忍んでいたのではないかと話した。

 「知らなかった、おじいさんは僕に何も言わなかったし、苦しんでいる姿を見せた事も無かった…」

 「申し訳ございませぬ若…若にもその代償を背負わせる事に…うっううぅぅぅ」

 「何を言ってるんだヨーゼフ、僕はヨーゼフから練気技を教えてもらったからアルカトからエレナの心を取り戻す事が出来たんだ、練気技を出す事で命を削ってるって言われても僕は後悔しない、愛する人や家族、国を守るためならね、それにもしもあの時、ヨーゼフから教わらなかったとしても僕は、ヘブンリーでアンドロスやシドゥに教わっていたかも知れない、それにテランジンからもね」

 「そうですよ、おやじ、私がお教えしていたかも知れません」

 と、レンとテランジンに言われヨーゼフは、涙で顔を濡らした。レンは、ドラクーン人の治療を受けてみてはどうかと言ったが、ヨーゼフは静かに首を横に振った。

 「本来なら人間が扱える力ではないのです、偶然我々の遠い先祖にエンジェリア人が居た事で扱えるようになったまで、その力の代償はドラクーン人の治癒の力でも消す事は出来んでしょう」

 「で、でもやってみなきゃ分かんねぇでしょう、ご隠居」

 と、ジャンが目に一杯涙を浮かべ言った。

 「それでは代償を払う事が出来んではないか、今の我々はただの人間だ…練気技を出せたおかげで多くの人の命を救えたのだ、わしにも後悔はない」

 「おやじ…」

 テランジンは、義父であるヨーゼフの手を握り涙を流した。グランデ王が言ったヨーゼフのその時が死と言う事がはっきりと分かったレンは、何もしてやれる事が無くただ涙を流していた。ただ将来襲い来る苦痛に対しての恐れは全くなかった。今のヨーゼフをどうやって楽にしてやれるかだけを考えていた。

 ヨーゼフに久しぶりに会ったこの日の夜、レンは、一人城内の中庭のベンチに座り夜空を見上げていた。空には、幾つもの星が輝いている。

 「ヨーゼフ…」

 と、レンは、今もこの瞬間苦しんでいるであろうヨーゼフを想った。レンにとってヨーゼフ・ロイヤーは、フウガに次ぐ存在である。何とか救ってやりたいと必死で考えた。

 「何とかならないか…代償を払わずに済む方法…やっぱりドラクーン人に一度相談してみよう」

 そう呟いてレンは、中庭から立ち去ろうとした時、誰かに呼び止められた気がした。ふと振り返ると大きなラダムの木の前に立つ女神像が目に映った。

 「レオニール」

 「アストレア女王?あっ?そうかあの手鏡で見えてるんですね」

 と、レンは、ヘブンリーで見たアストレア女王が持っていた手鏡を思い出した。アストレア女王は、その手鏡でトランサー王国やジャンパール皇国の様子が分かると言う。

 「ヨーゼフにもとうとうその時が来たのね」

 と、女神像が言っている様に見えた。この声は、レンにしか聞こえない。

 「はい…練気を扱う者の宿命って言ってました、女王、何とかならないのですか?だっておかしいじゃないですか!ヨーゼフは練気技を使って悪い事をしたわけじゃないのに…」

 「そうね…でもこれは仕方がない事なのレオニール、あなたの先祖であり私の妹のミストレアはロックウェル・ティアックと結婚するために翼を落とし人間となった、その時エンジェリア人としての力も捨てたの、そして彼女に仕える侍女達も人間として生きて行くためにね」

 「でも、どうして練気技を身に付けたからと言って代償を払わなければならないのですか?」

 「それは一度、自ら捨てた力をまた手に入れたからよ、本来エンジェリア人が人間と深く関わる事は許されない事なの…でも妹はロックを人間を愛してしまった…その愛を貫くためにあの子は人間になった、その代償としてあの子の産んだ子からあなた達子孫に先祖返りを起こす事になったの、私にはそれが分かっていたからラダムの苗木と不死鳥の剣を与えたわ、生まれて来る子供達には罪は無いから」

 「でもどうして女王やアンドロスはヨーゼフやフウガおじいさんの先祖にエンジェリア人が居る事を話さなかったのですか?もしも話していれば練気技を身に付ける事はなかったのでは?」

 と、珍しくレンは、声を荒げた。そこに巡回警備の近衛兵が数名やって来て何事ですかとレンに尋ねた。アストレア女王の声は、レンにしか聞こえない。誰と話しているのだろうと近衛兵達は、不思議そうな顔をしていた。

 「何でもないんだ」

 「ははぁ、そうですか、昨日から急に冷え込んでおりお風邪をお召しになっては大変です、お部屋へお戻りになって下さい」

 「うん、分かったありがとう」

 「ははっ、では」

 と、近衛兵達は、巡回警備に戻って行った。近衛兵達が居なくなったのを確認してレンは、また女神像に話しかけた。

 「どうして…どうしてアンドロスは教えたのですか?」

 「あの時、二人に話しても信じなかったでしょう、ミストレアやタケルヤは自分達がエンジェリア人である事を隠したのよ、侍女や従者達もね…仮に二人が信じて自分達にもエンジェリア人の血が流れている事を知り先祖が捨てた力を再び手に入れる事でその代償を払わなくてはならない事を知っても二人はアンドロスから練気を学んでいたでしょう、二人の国を守りたい、家族を守りたい、イビルニアの悪意から人々を守りたいという心が強かったから」

 と、アストレア女王から聞きレンは、改めてフウガとヨーゼフの偉大さを知った。しばらく沈黙が続いた。中庭は、静まり返っている。

 「レオニール」

 「は、はい、女王」

 「ヨーゼフにラダムの実を食べさせなさい」

 「えっ?あの実は僕達、王家の者しか食べれないのでは?」

 ラダムの実は、レンやラストロと言った王族には、美味しく食べれる実なのだが同じエンジェリア人の血を引くヨーゼフやテランジン、それ以外の人間には、不味くてとても食べれた物ではなかった。それにヨーゼフは、若い頃に実を食べ酷い目に遭っていた。

 「今のヨーゼフには苦痛を少しでも和らげる事の出来る食べ物よ」

 「分かりました、明日の朝一番に実を届けさせます…それと」

 「なぁに?」

 「僕やマルス、テランジンにはエンジェリア人の血が流れてるけどラーズとインギ王はどうなのですか?二人も将来、ヨーゼフの様に苦痛を味わう事になるのですか?」

 と、レンは、エンジェリア人の血を受け継いでいない二人が何故、練気を極める事が出来たのか、ふと不思議に思った。ラーズもインギもイビルニアで戦いの中、練気を扱えるようになったのだ。

 「あの二人は、イビルニアの特殊な土地で覚醒し普通の人間には無い力に目覚めたわ、いわば自力でその力を手に入れた、あの二人には特に何も起きないでしょう、ただしその力を悪用すればどうなるか分からないわ、神は必ず見ているから」

 そう聞いてレンは、安心した。ラーズもインギも練気を悪用する人間ではない。

 「良かった…」

 「レオニール…ヨーゼフが少しでも安らかに旅立てるよう私も祈っているわ、さぁもう夜も更けて来たわ、おやすみ」

 「はい、おやすみなさい」

 レンは、女神像に一礼してエレナと共に暮らす部屋へと戻った。エレナにアストレア女王と話していたと言った。

 「そっか、レンには聞こえるのね女王様の声が」

 「うん、それでねラダムの実をヨーゼフに食べさせろって言ってたよ、今のヨーゼフには苦痛を和らげる食べ物だってさ」

 「ラダムの実ってあの中庭にある大きな木の実?普通の人は食べれないって聞いたけど」

 「うん、不味くてとても食べれたもんじゃないらしいよ、僕には美味しく感じるんだけどね」 

 そう言ってレンは、ドサリとベッドに横たわり天井を見上げ、ヨーゼフが心安らかに残された日々を送り、その時を迎えられる事を祈った。


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