ヨーゼフの旅立ち・一
シン親子を無事に救い出し、謀反人ベンゼル・ガーリッシュ将軍とその側近ギリーとマージン、侍医長グラスデンの裁きを終え、デ・ムーロ兄弟の飛行魔導機でトランサーに帰って来たレンとテランジンは、海軍の広場に降り立っていた。
「ありがとう、やっぱり空を飛ぶとあっという間だね」
「まだまだ、改良の余地はありますがね、いつか世界中でこいつが飛び回る世にしてみせますよ」
「俺達は祖父さんを越える」
と、魔導機を発明し世に送り出したフォード・デ・ムーロの孫である兄弟が力強く言った。レンとテランジンに見送られデ・ムーロ兄弟の飛行魔導機は、海軍の広場を飛び立って行った。そして、昨日、新婚旅行から帰っていたルークが弟分であるジャン・ギムレットを連れてやって来た。
「おかえりなさいまし、陛下、兄貴」
「やぁ、ルーク久しぶりだね、旅行は楽しめたかい?」
「はい、そりゃあもう十分堪能させて頂きました、ところでシンの野郎は?」
と、ルークは、帰国後すぐにシン家族の事を聞き後悔していた。せめて一緒に居て探していれば人質に取られる事がなかったかも知れないと。
「うむ、大丈夫だ、我々が救い出した、追っ付け母御とカツの両親を連れて帰って来るだろう」
「そうですか、そりゃ良かった」
と、テランジンが答えルークは、胸を撫で下ろした。ルークの隣りでジャンが何か言い辛そうにレンとテランジンを上目遣いでちらちらと見ている。
「ん?どうしたんだいジャン」
「あ、あの…陛下」
「どうした、何かあったのか?言ってみろ」
と、テランジンが言うとジャンは、意を決したのか話し出した。
「ご隠居が今回の件で大変ご立腹です」
「ど、どういう事?」
「ははぁ、ご隠居が言われるには一国の王様が一家臣のためにわざわざ出張る様な事じゃないと」
「…そ、そんな、ぼ、僕は」
「陛下、とにかくお城に戻りましょう」
と、テランジンが気遣い魔導車を用意させ城に帰った。城に帰ると何事も無かったかの様な雰囲気だった。役人や貴族達が廊下でレンやテランジンに会うといつものように一礼して通り過ぎて行く。誰もレンとテランジンが城を空けた事に気付いていない様子だった。レンは、テランジンを自分の政務室で待たせエレナに会いに行った。
「ただいま」
「レン」
二人は、きつく抱き合い口づけを交わした。エレナにシン親子を無事に助け出した事を簡単に話しテランジンが待つ政務室に行った。そこには、レンの側用人であるディープ伯爵も居てテランジンと何か話していた。
「ご無事で何よりです陛下」
「ごめんよ、心配かけて、ヨーゼフがえらく怒ってるそうだね、ジャンから聞いたよ」
「ははぁ、その事なんですが陛下、ヨーゼフ公をお呼びになられますか?」
「う、うん」
「お気が進まなければ私が屋敷に帰ってお話ししておきましょうか?」
と、テランジンが言ったがレンは、会うと言いヨーゼフを呼び出す事にした。三十分程してヨーゼフがレンの部屋へとやって来た。
「御免」
「ヨ、ヨーゼフ」
「若、今日は拙者、若をお諫めに参りました」
「う、うん…」
「何故、御自らシンを助けに行かれたのか、一国の王たるお人がそのように軽々しく国を空けると何事でござる…若…いや陛下にはもっとご自分の身の上をよくよくお考え下さらねばなりませぬぞ、もう王子の身分ではないのです、国王ですぞ!」
と、珍しく声を少し荒げヨーゼフは言った。
「お、おやじ」
「黙れテランジン、其の方が居て何たることか!何故一家の者を連れて行かなんだのか?ジャンでもリッキーでも連れて行けば良かったものをもしも陛下に何かあったら何とするつもりだったのか?」
「そ、それは僕が勝手に行ったんだ、テランジンは…」
「お黙りなさい、そうやって一家臣の難儀にいちいち陛下がお出張りになられれば身が持ちませぬぞ!そ、それに…うぅぅ…」
と、ヨーゼフは、言いかけ苦しそうに胸を押さえて片膝をついた。レンとテランジン、ディープ伯爵が慌ててヨーゼフの身体を支えた。
「ヨーゼフッ!」
「おやじ、大丈夫ですか?」
「ヨ、ヨーゼフ公…」
ヨーゼフは、レン達に支えられ深呼吸し痛みが和らぐのを待った。
「と、とにかく、もう二度と此度の様な事の無い様にお願い申し上げまする、はぁ、はぁ、御免」
と、言いヨーゼフは、部屋から出て行った。レンは、直ぐにテランジンに一緒に帰るよう命じた。レンは、ヨーゼフの身体の具合が急に悪くなったのは、自分のせいだと思い反省した。
「僕のせいだ…僕が軽々しく国を空けたばっかりに」
「陛下、考え過ぎです、何も陛下のせいではありませぬぞ、さぁお疲れでしょう、今日はゆっくりお休み下さい」
と、ディープ伯爵がレンを気遣い言った。レンは、素直にエレナが居る部屋へ行き先ほどのヨーゼフの様子をエレナに話した。
「えっ?ヨーゼフ様が…大丈夫かしら?」
「うん…いつもと様子が違うのはきっと怒ってるからと思ってたんだけど、僕が心配を掛けたばっかりにヨーゼフが…」
レンにとってヨーゼフ・ロイヤーは、育ての親であるフウガ・サモンと変わらない存在なのだ。レンは、フウガが亡くなった瞬間を思い出し涙を流した。
「レン…」
と、涙を流す夫レンの気持ちを察したのかエレナも悲しくなりレンを豊満な胸にそっと抱いた。
自らの屋敷に到着したヨーゼフは、テランジンに支えられ居間に入った。
「お父さんどうしたの?」
と、テランジンに支えられ居間に入って来た弱々しい姿の父を見てリリーが驚いた。直ぐにヨーゼフをソファーに座らせた。屋敷の使用人やテランジンの子分達が心配そうに見ている。
「ああ、皆、大丈夫じゃ、つい興奮しての」
ヨーゼフは、使用人が入れたお茶をゆっくりと飲み、目を閉じて呼吸が安定するのを待ち話し始めた。
「テランジンよ、よく聞け、わしやお前は他の者よりレオニール様とは縁が深い、故にレオニール様も何かと目にかけてくれる…主君に可愛がられると言う事はありがたい事であるが一方で余計な恨みや嫉妬を生み出すものじゃ、ブラッツのような者が今後いつ現れるやも知れん、王族がラストロ殿下のシェボット家だけではないのだ、過去に王族から離れ一貴族として世を過ごしておる家が数軒あったはずじゃ、それらを担ぎ出し謀反を起すも者が現れるやも知れぬ、テランジンよ、十分に気を付けよ」
この時、テランジンは、自分の考えが甘かったと悟った。主君であるレンに時には、兄の様な気分で接していた事を思い出した。
「おやじ、そこまで考えが及びませんでした…以後、気を付けます」
「分かってくれたらそれで良い、わしは少々疲れた…もう休もう」
そう言ってヨーゼフは、自分の部屋へ行ってしまった。いつもなら必ず孫のデイジーを抱っこするが今日はしなかった。
「あ、あなた」
と、リリーが不安気にテランジンを見た。
「おやじは病気なんじゃないのか?急に老け込んだ気がする」
「ええ」
と、心配する両親の気が伝わったのかデイジーが急に泣き声を上げた。自分の部屋に入ったヨーゼフは、椅子に座り、以前ジャンパールのフウガ屋敷でレンから拝領したフウガの甲冑に話しかけていた。
「フウガ殿…今日はレオニール様をいささかお諫め致した、心苦しゅうござるが臣下として…フウガ殿、拙者もそろそろフウガ殿のもとへ旅立つ時が近付いて参ったようです」
ヨーゼフは、サイファ国、ドラクーンとの国境付近の村で初めてレンと出会った時の瞬間から今までの事を思い出した。そして、目を閉じると熱いものが頬を伝った。ヨーゼフは、自分の死が近付いている事に気付いていた。ヨーゼフが自分の身体の異変に気付いたのは、カンドラと共にやって来たイビルニア人上位者ダークスと戦った後の事だった。それ以後、時々心臓が痛くなり全身の力が抜ける感覚に襲われていた。ヨーゼフは、その事を誰にも話していなかった。これは、練気を扱う者のいわば宿命でもあった。医者に診てもらったところでどうにかなるものではない。自分に残された時間が後僅かである事を悟ったヨーゼフは、レンに国王としてのあり方を説こうと思った。
「レオニール様は今や立派なトランサーの国王です、今までの様なあり方では他の者に示しがつきませぬ、しかし、あのお優しいレオニール様に今日以上の事を申し上げる事は拙者には出来ませぬわい…フウガ殿、いかが致せばよろしゅうござるか?」
と、ヨーゼフは、フウガの甲冑に話しかけた。答えが返って来る訳でも無くヨーゼフは、いつの間にか眠ってしまった。
この日の夜レンは、昼間のヨーゼフの事が気になり眠れずにいた。レンの隣りでは、エレナが健康そうな寝息を立て眠っている。レンは、ベッドからそっと抜け出し見事な装飾が施された机の上に置かれた水差しを取りコップに水を注ぎ飲んだ。ぼんやりしていると、ふと誰かに呼ばれた様な気がした。
「何だろう?今誰かに呼ばれた様な…アストレア女王?いや違う、ラムールでもない…誰だ?」
レンは、部屋からそっと出て廊下の窓から外を見た。特別変わった様子もなく二人組の近衛兵が巡回警備に当たっている姿が見えた。部屋に戻ろうとした時、また呼ばれた気がした。
「まただ、何だろう?」
レンの足は、不思議と謁見の間に向かっていた。途中、警備の近衛兵に会う事も無く謁見の間まで到着した。
「何で僕はここに来たんだろう?ははは、変だな、寝よう」
と、レンが扉の前から立ち去ろうとした時、誰も居ないはずの謁見の間から強烈な人の気配を感じた。レンは、内側の気配を感じ取ろうと意識を集中した。
(誰だ?こんな真夜中に…イーサン?じゃない…初めて感じる気だ…ま、まさか盗賊?)
レンは、そっと音を立てないようにして謁見の間の扉を少し開け中を覗いた。奥の壁際の自分が座る玉座に人影が見えた。顔がはっきり見えないが服装が戴冠式の時に来た服に良く似ていると思った。
(誰だ?何であんな格好をしてるんだ?…捕まえてやろう)
レンは、意を決し扉を開け叫んだ。
「誰だそこに居るのは?」
「おお、やっと来たか、ふふふふ、なるほどのぅレオンに良く似ているがヒミカにも良く似ておるわ、レオニール扉を閉め近う寄れ」
いきなり両親の名と自分の名を言われレンは、混乱した。ただの盗賊ではなさそうだ。レンは、警戒しゆっくりと近付いた。
「だ、誰なんだ?」
「ふふふ、そう怖がる事は無い、余はそちの本当の祖父グランデである」
「えっ?」
グランデ・ティアック、レンが生まれる前に死んだ本当の祖父である。そして、ザマロ・シェボットの兄でもある。そう、レンが目の前にしている男は、幽霊である。
「僕の本当のおじいさん?」
「左様、フウガ、フウガと言いおって本当の祖父である余はいささか寂しい思いをしたぞ、まぁフウガ・サモンに養育されて本当に良かったわい、良くぞ弟ザマロを討ち取りこの国を取り戻した」
「弟…ザマロ?…あっ?!」
レンは、目の前の幽霊がはっきりと自分の本当の祖父グランデ王である事に気付き慌てて跪いた。そんな様子をクスリと笑いながらグランデ王が見て玉座に腰を下ろした。
「ザマロがあのままこの国を治めておったら今頃は滅んでいたであろうのぅ…」
レンは、不思議に思った。何故、今頃になって幽霊として祖父が現れたのかと。レンは、祖父であるグランデ王を窓から差し込む月明かりを頼りにまじまじと見た。髪が自分と同じくらいの長さで立派な口髭を蓄えている。顔立ちは、自分とは全く似ていなかったがヘブンリーで見たエンジェリア人に似ていると思った。
「宝物殿の奥に歴代の国王の肖像画がある、もちろん余の肖像画もな、ザマロめ、さすがに燃やせんかったようじゃの、ほほほほ、ところでレオニール、何故、余が今頃になってそちの目の前に現れたのか不思議に思っておるのじゃろう?」
「は、はい」
「余はそちに帝王学を教えるために現れた、こればっかりはフウガ・サモンやヨーゼフ・ロイヤーには教えられんからのぅ」
「て、帝王学ですか?」
「左様、君主としてどうあるべきかを説きに来たのじゃ、昼間ヨーゼフ・ロイヤーに叱られたのぅ」
「ははぁ、ご存じなので?」
「ふむ、ヨーゼフの申す事、もっともであるぞレオニール、そちはその若さで国王である、王たる者、軽々しく国を空けてはならん、まぁ誠に良い家臣に恵まれておるヨーゼフをはじめジャスティ家の者やディープ家の者、そして海賊の頭をしておったと言う者」
「はい、僕は彼らが居たからこそ、この国を大叔父から取り戻す事が出来ました」
「そうじゃのぅ、しかしレオニール、勘違いしてはならぬぞ、そちはあの者らの主君であって家族ではないのじゃ」
と、グランデ王は言い君主とはどうあるべきか説き始めた。レンは、神妙に聞いている。
一、賞罰を明らかにし、決して愛憎をふりまわしてはならない
一、皆に公平に好悪に偏ってはならない
一、何事にも惑溺して度を過ぎてはならない
一、王たるもの喜怒を慎み表情に出してはいけない
などなど、以前ジャンパール皇国で皇太子アルスの妻アンの実家であるステアゴールド公爵の屋敷に招待された際に酔ったステアゴールド公爵から聞かされたものだった。あの時は、まだ王子としての身分であったためか特に気にもしていなかったが、今は違う。国王として先々代の王から聞いているのだ。
「良いかレオニール、忘れてはならぬぞ、しかし、まぁそちはまだ若い、忘れさえせねば歳を重ねるごとに身に沁みついて来るもんじゃ」
「ははぁ、でも僕には自信がありません、やっぱり彼らは僕にとって家族の様なものですから」
「ふむ、そうじゃな、そちの身の上を思うとな、だから直ぐにとは申さぬ、ゆっくりで良い」
そう言うとグランデ王は、玉座から立ち跪くレンに近付きそっと頭を撫でた。
「そちの温もりを感じられんのが残念じゃわい」
そう言うと床に座り込みレンにも座れと言い向かい合って話した。ヨーゼフの話しである。グランデ王がまだ王子だった頃、若いヨーゼフを城内で見かけると退屈しのぎにからかったり、悪戯をして遊んでいたと言う。そして、父であるレオーネ王、つまりレンの曽祖父から若いヨーゼフがラダムの実をもらって食べた時に見せた顔を見て大笑いしたと言う。
「あやつめ…今思い出しても笑えるわ、くくく…ところでラダムの実の事は知っておるな?」
「はい、お祖父様、時々食べるようにしています」
と、レンは答え、かつてヘブンリーに向かう途中に酷い先祖返りを起こした事を話し、ティアック家やトランサー国民の中には、エンジェリア人の血が流れている事を話した。
「ふむ、初代国王ロックウェルの妻ミストレアは、エンジェリア人ではないかと言われてきたが本当だったのか…ラダムの実を美味いと思う理由が分かったわ、それにしてもヨーゼフめ良く覚えていたもんじゃ、我々ティアック家の者がラダムの実を食べなんだら先祖返りを起こすとな、ふふふ、ヨーゼフ・ロイヤー…あやつの忠誠心は本物じゃ、その時が来るまで大事にしてやりなさい」
「えっ?その時ってどういう意味でしょうか」
「んん?ああ、何でもない、とにかくああいう家臣は大事にせよ、と言っても先ほど話した国王としての心得を忘れるでないぞ、良いなレオニール」
「はい、お祖父様」
「ふむ、ところでそちは良い嫁をもろうたのう、羨ましいわ、そちが国王となった今、国民は新しい世継ぎを期待しておろう、早う子を成し国民を安心させてやれ、あのジャンパールの嫁ならきっと良い子を産んでくれるじゃろう」
と、グランデ王がエレナの事を言いレンを照れさせた。そんな孫を見てグランデ王は、微笑み、すっと立ち上がった。レンも慌てて立ち上がった。
「そろそろ時間じゃ、レオニール、余の可愛い孫よ、今日は会えて本当に良かった…レオニールよ、これからそちには国王としてあらゆる苦難が待ち受けておるやも知れぬ、家臣共を信じ心を合わせ苦難を乗り越えて行くのじゃ、そしてこのトランサー王国を守り発展させよ、良いな」
「はい、お祖父様」
「うむ、では、さらばじゃ」
そう言うとグランデ王は、レンの目の前から霧の様に姿を消した。
「…消えた…本当にグランデ王だったのかな?僕、夢でも見てるのか?」
レンは、自分の頬っぺたをつねった。
「痛っ!…本当だ…夢じゃない…はは、僕、本当に会ったんだ幽霊だけど本当のお祖父さんに…でも、ヨーゼフのその時が来るまでってどういう意味だろう」
レンは、謁見の間で一人、玉座に腰を下ろし考えた。昼間のヨーゼフの様子から悪い事しか思い浮かばなかった。
「ま、まさか、死ぬ?お祖父さん…本当はその事を伝えに来たのかな?そんな…あぁぁ駄目だ、止そう考えるのは…」
翌朝、レンはエレナとディープ伯爵に真夜中の出来事を話した。
「な、何とグランデ王が?謁見の間に…」
「グランデ王ってレンの本当のお祖父様でしょ?」
レンは、グランデ王の顔貌や背の高さなどを話すとディープ伯爵が大真面目な顔をして本物だと答えた。レン達は、宝物殿にある歴代の王の肖像画を見に行く事にした。宝物殿には、歴代の王達が愛した品々が厳重に保管されている。刀剣類、甲冑、骨董品など様々である。その奥には、歴代の王の肖像画が壁一面に掛けられていた。初代国王ロックウェルから順に見ていく。
「う~ん、どこだろう…この人?いや違う…ああぁぁ!あった!エレナ、イーサンこの人だよ」
「おお、紛れもない確かにグランデ王」
「この人がレンの本当のお祖父様」
肖像画のグランデ王は、優しい笑みを浮かべていた。この話しは、直ぐに城内に広まり国中に広まった。そして、その話しをヨーゼフは、自分の屋敷でテランジンから聞いた。ヨーゼフは、グランデ王が存命の頃を思い出しテランジンに語り聞かせた。グランデ王の事は、もちろんテランジンも知っている。陸軍士官学校に居た頃、視察に来たグランデ王を一度だけ姿を見ていた。
「そうか、そうか若がグランデ王に会われたのか…」
「しかし、なぜ今頃になってお姿を…それなら我々がザマロを討ち取った後にお姿をお見せになってもおかしくなかったのでは?」
と、テランジンは、疑問に思った。
「確かにそうじゃな…ザマロはグランデ王の本当の弟だ、孫が自分の弟を討ち果たしたのだ、あの世でどのように思われていたのやら」
「グランデ王は、若に良くぞ弟を討ち取ったとお褒めになったそうです」
「ふむ…それならば良いがのぅ」
と、ヨーゼフは言い遠い目をした。レンが生まれる数年前、ザマロに謀反の疑いがあると知った時に暗殺しておくべきだったと今更ながら後悔していた。
それから数日経ち、新婚旅行からシン、ライラ夫妻が母タチアナとカツ・ブロイの両親ゼルドとカンナを連れてトランサーに帰って来た。シン達は、直ぐに登城しレンに謁見した。レンは、シンの母タチアナとカツの両親を大いにもてなした。
「僕がこの国の王になれたのは貴殿らのご子息の助けがあったからです」
と、レンが礼を言うとタチアナ、ゼルド、カンナは、とんでもないと慌てて言った。翌日、同じく新婚旅行に言っていたルークの姉、ルーシーとサイモン元帥がメクリアから帰国した。二人は、ランドールを出てからメタルニアに行きルーシーと母ステラが住んでいた借家を引き払い、荷物をトランサーに送る手続きをして、それからメクリアに行きルークの妻になったマリア・アドマイヤの家を引き払い荷物やメタール家、アドマイヤ家の墓をトランサーに移す手続きを取って帰って来たのだ。
「いやぁ、色々と面倒な事があって大変だったよ、ところでシン、お前の方も大変だったんだってな」
と、大衆酒場兼食堂の青い鳥でサイモン元帥が飲み物を片手にシンに言った。
「へぇ、まさか母ちゃんと人質に取られるなんて夢にも見なかったから…」
「でも家族に再会できて良かったじゃねぇか、今回の事が切っ掛けでメクリアとも国交を結ぶそうじゃないか」
「そうなんだルーク兄ぃ、これでわざわざランドールを経由せずに直接母ちゃんや兄ちゃんに会いに行けるってもんだ、ホントに良かったよ」
と、シンが嬉しそうに答えた。そこへ新顔の店員がルーク、シン、サイモン元帥のテーブルに料理を運んで来た。ライラがシンと結婚し今やクライン男爵夫人となったので今まで通り店で働く事は出来ず店が新しく雇い入れたキッカという娘であった。
「お待ちどう様ぁ、さぁどうぞ」
「おぉ、ありがとよ」
「おう、お前さん達やっと揃ったな、んん?テランの奴はどうした?」
と、店の奥から店主のオヤジが出て来た。いつもならテランジンも居るはずだが今日は、来ていない。ルークは、ちょっと言い辛そうにして話した。
「ああ…兄貴は屋敷だ、当分来ねぇかもな」
「何だ?何かあったのか?」
ルークは、全て話そうか迷った。レンがヨーゼフからシンの事で諫言を受けた事をシン自身にまだ話していないし、テランジンからヨーゼフの具合が悪いと聞いた事も話していなかった。ましてや飲み屋で話す事ではないと思った。もごもごしているルークを見てオヤジがイラッとして言った。
「何だよ、気になるじゃねぇか!何かうちの店で気に入らねぇ事でもあったってのかい?」
「そ、そうじゃないんだオヤジ…その、実は…」
と、ルークは、つい話してしまった。
「ええぇ?俺の事で陛下がお叱りを…お城では何も聞いてないぞ、ジャンや他の連中も何も言わなかったぞ、それにご隠居の具合が悪いってどういう事だよ?」
「テラン兄貴に口止めされてたんだよ、せっかく無事に帰って来たのに余計な事は言うなってな」
「しかし、陛下に諫言して急に具合が悪くなったとは…」
「そ、それでテランはご隠居の傍に居るってのか?」
「ああ、そうらしい、毎日登城して仕事が終ったら直ぐに帰るらしい」
ルーク達は、明日ヨーゼフの見舞いに行く事にして飲んでいたが、急に湿っぽくなり解散した。
翌朝、ルーク、シンは、自分達の屋敷から直接ヨーゼフの屋敷に向かった。サイモン元帥だけは、陸軍大臣としての職務もあり登城しテランジンから話しを聞いて屋敷に行く事になった。ロイヤー屋敷に到着したルークとシンは、恐る恐る呼び鈴を鳴らした。直ぐに返事がありテランジンの子分が出て来た。ルーク達の弟分である。
「ああ、兄貴達いらっしゃい、どうしたんだい?お頭ならもうとっくにお城に行ったぜ」
「兄貴に用じゃないんだ、その…ご隠居はどうしてるかなと思ってな」
ご隠居と聞いて弟分の顔が一瞬だけ曇ったのをルーク達は、見逃さなかった。
「本当に具合が悪いようだな、俺達はご隠居のお見舞いに来たんだよ」
「具合が?そんな事ないぜ、ご隠居ならいたってお元気だよ、はは、はははは」
「この野郎!誤魔化そうったってそうはいかねぇぞ!」
そんなやり取りを屋敷の窓からヨーゼフが見ていた。
「あやつらめ、軍務をほっぽらかして」
「お父さん…皆お父さんの事が心配なのよ」
と、リリーがデイジーを抱っこしながら言った。ヨーゼフは、複雑な顔をした。皆の心配は嬉しいが寂しくもあった。自分自身の死が刻一刻と迫っている。ヨーゼフは、ルーク達を呼んで来いとリリーに言った。ルークとシンが屋敷に入ると居間に少しやつれたヨーゼフが普通に座っていた。
「軍務をほっぽらかして何をしておる」
「ご隠居」
「何がご隠居じゃ、何しに参った?」
「ああ、あの俺…」
と、シンが自分と母のために助けに来てくれたレンの事を言うとヨーゼフは、やはりといった顔をした。自分がレンを叱った事を気にしているのだと。そして、日に日に弱っている事を。
「何もお前が気にする事ではない、若がご自分の身分もわきまえずに勝手に行かれたのだ、良いか?良く聞け二人とも…我々は若、いや陛下から格別の待遇を受けている信頼も厚い、しかし、他の者から見ればどうであろう?いつもいつも海軍の連中がとひがんでおる者も居よう、テランジンにも言ったがこの国にはな、かつて王族だった貴族が地方に居る、今は大人しく臣下としてティアック家に仕えておるが、いつまたブラッツの様な輩が出て来て元王族達をそそのかし反旗を翻すか分からぬ、陛下御自身にこの事をよくよく知ってもらわねばならぬのじゃ、故にお前達も言動には気を付けよ、人はどこで恨みや嫉妬を買うか分からぬからな」
「で、ではあまり陛下に近付くなと言う事ですか?」
と、ルークが言うとヨーゼフは、そうじゃないと手を振り何か言おうとした時、激しく咳込んだ。
「ご、ご隠居!」
「お父さん!」
ルークとシンが慌てて駆け寄りヨーゼフを支え背中を擦った。ヨーゼフは、大丈夫と座り直し呼吸が落ち着くのを待った。
「はぁはぁ…そ、そうではない、乞われればお応えすれば良いのじゃ、ただそう言った事を他の者に自慢してはならぬと言う事じゃ、例えば自分は陛下から特別に信頼されているとか可愛がられているなどとな」
「なるほど、良く分かりましたが、ご隠居…やっぱりお身体が悪いんじゃねぇんですかい?医者に行きましょう」
と、シンが心配そうに言ったがヨーゼフは、少し寂し気に首を横に振った。
「これはな宿命じゃよ、練気を扱う者のな…いずれ陛下やテランジン、マルス殿下、おそらくラーズ殿下やインギにも訪れるだろう」
「そ、そんな…じゃあ練気技を出せば出すほど命を削ってるって事ですか?」
「そういう事になるかな…大きな技を出せば出すほどの、だからと言って直ぐにわしの様になる訳ではない…長い年月をかけてじゃ、練気を扱う者にはそれが自然と分かり受け入れられるのじゃ、この事は一切他言無用じゃ良いな、要は練気を使わずとも良い平和な世界を築き上げれば良いのじゃ、さぁもう行け」
と、ヨーゼフに言われルークとシンは、屋敷を辞した。意外な事を聞いたと二人は、顔を見合わせ驚いた。そして、二人は、海軍本部へと向かって行った。




