ゼペット爺さん
ルーク達がジャンパール海軍の高速艇に乗り新婚旅行に出かけてから三週間が過ぎていた。最初の行き先であるジャンパール皇国では、皇帝イザヤ皇后ナミに謁見し甥であるレンに良く仕えてくれていると皇帝家族から散々もてなしを受けた。ルーク、シンは、イザヤ達と何度か会った事があるが、サイモン元帥、ルーシー、ライラそしてマリアは、恐縮してろくに会話も出来なかったという。二つ目の行き先であるドラクーンでも龍神カイエンから散々もてなされた。カイエン好みの苦味の利いた料理には、閉口したがルーク達は、初めて訪れたドラクーンを満喫した。そこでシンは、三つ目の行き先であるランドールに行きその後、隣国メルガドに自分の家族そしてカツの家族を自分とライラで探そうと思っている事をカイエンに話すとシーナを連れて行けと言った。シンが理由を聞くと何でも今のメルガド国内は、一部の軍人が反乱を起こし荒れていると言う。本当は、自分が一緒に行って手伝いたいが、龍神と言う立場上出来ないからとシーナを付けてくれたのだ。以前のカイエンなら絶対に自分が行くと言っていただろうが、トランサーでエンジェリア人、アンドロスが純白の世界に帰る前に聞いた言葉が心に響いたのか大人しくなった。そして、ルーク達は、シーナを連れて三つ目の行き先であるランドールとの国境付近に向かった。そして、今居る場所は、レン達も渡った飛び石島と呼ばれる島に架けられた橋の上に居た。
「へぇ~ここを陛下達も渡ったのか」
「うん、でも前の橋はぼろっぼろでね、ドラクーンとランドールが国交を結んだ時にインギのおじさんが架け替えてくれたんだ」
と、シーナが嬉しそうにルーク達に話した。レン達が渡った頃の橋は、今にも崩れそうな橋だったが現在の橋は鉄や石を使った頑丈な作りに変わっている。ルーク達がランドール側の門の前に到着すると警備兵達がルーク達に敬礼をした。
「お待ちしておりました閣下、どうぞこちらでお待ち下さい」
と、警備兵達の詰め所に案内された。小一時間程して詰め所前に軍の魔導車が停まり兵士が出て来た。
「このまま魔導車で都まで行きますと夜中になりますので手前の町で一泊されて下さい、ご案内致します」
と、ルーク達を乗せレン達も訪れた町に向かった。シンは、メルガドの事を兵士に尋ねた。兵士は、あまり良い顔をしなかった。
「お話しは色々と伺っておりましたが閣下はメルガドのご出身だったのですか、はい、今のメルガドは危険と言えば危険です、我が国とは国交を結んでおりますがインギ王はメルガドには行くなと国民に触れを出しております」
「そうかい、困ったな…」
と、シンは頭を掻いた。ライラが心配そうにシンを見つめていた。夕方になり町に到着したルーク達は、既に予約されていた宿屋に泊まった。
翌朝、城からの迎えの魔導車に乗りランドールの都に入った。先にトランサー大使館に寄り自分達がランドールに居る事を本国に伝えてもらい、インギ王に謁見するため城に向かった。
「待ってたぜ、皆、あれぇ?シーナじゃないか、まぁ良いや、ようこそランドールへ、さぁ父上に会いに行こう」
と、ルーク達が来るのを待っていたラーズが妻ユリヤと共に現れ謁見の間へと案内した。ジャンパールでもそうだったが、ここランドールでも王族自らルーク達のためにやって来る事にサイモン元帥、ルーシー、ライラ、マリアは、大いに驚いた。
「久しぶりだな海賊共、おっと君は違うな、ようこそランドールへ余が国王インギ・スティールである」
と、インギがにこやかに言った。ルーク達は、宮廷式の挨拶をした。ルーク達は、インギにジャンパールからの旅路を話した。
「ふむふむ、なるほど、良い旅だったな、まぁ今宵は晩餐会を開く、大いに飲んで食べてくれ、うふふふふ、シーナの食べっぷりを久しぶりに見れるなぁ」
「おじさん、ぼく一杯食べるからね」
と、シーナは嬉しそうに答えた。ルーシーとマリアがシーナを見て細身なのにそんなに食べるのかとルークに聞くと「姉さん達が思っている以上に大食いだ」と答えた。そこで、シンが少し遠慮がちにインギにメルガドに行く事を話した。
「何?メルガドに?あの国は今、内乱状態にある、旅行者が行くところではない」
「はぁ、ですが今回の新婚旅行で行かねぇともう二度と行けねぇような気がするんです」
「ふぅむ、目的は何だ?」
「俺の家族と死んだカツの家族を探すためです」
「何?家族を?…そうか、そちはメルガド出身だったのだなぁ」
と、インギは、顎に手をやり虚空を見つめた。次男ラーズからルーク、カツ、シンの事を色々聞いているだけに何か力になってやりたい気持ちはある。そこでラーズが話しを切り出した。
「父上、お願いします、シンをメルガドに行かせてやって下さい、シーナもついて行くそうですし」
「ふぅむ、ドラクーン人が一緒に居ればまぁ下手に危害を加えられる事はないだろうが…シンよ今はトランサー人だろう、あの国はトランサーとは国交は無いはずだぞ」
そうトランサー王国とメルガド国は、正式な国交を結んでいなかったのだ。よってシンとライラが身を寄せる事の出来る大使館や領事館は、メルガドには存在しないのだ。
「父上のお力で何とかなりませんか?例えばシン達に我が国の者を付き添わせるとか、一緒に居れば乱を起こしたメルガド人も下手に手出しは出来ないはずです」
「ふむ、そうだなもしも何かあれば余も堂々とメルガドの内乱に介入出来ると言う訳だな、良かろう陸軍の中から気の利いた者を選び付き添わせよう」
と、やっとインギが許可してくれ直ぐに陸軍の将官が呼び出され理由を説明した。
「そちの軍の中に隠密行動に長けた部隊があったな?その中でも気の利いた者を三人ほど選び連れて参れ」
「ははっ、直ぐに手配致しまする」
「申し訳ありません、よろしくお願いします」
と、シンはその将官に礼を言った。将官は、にこやかに敬礼し軍部に戻って行った。この後、雑談となりルーク達は、ラーズ夫妻に連れられて城内を見学して回った。
「家族、見つかると良いな」
「きっと見つかるわよ、シンさん頑張ってね」
と、シンはラーズ夫妻に励まされ、何が何でも見つけてやろうと心に誓った。夕方になりルーク達の歓迎の晩餐会が催された。シーナの食べっぷりにインギが目を輝かせていた。インギの長男ヨハン太子の妻シャルロットは、ムッとした表情でシーナの食べっぷりを見ていた。
「相変わらず下品な」
「ふふ、まぁ良いじゃないか、アストレア女王も何も言わなかっただろ?あの子はあれで良いんだよ」
と、レンの戴冠式に出席するためトランサーを訪れた時の事をヨハン太子は言った。アストレア女王は、カイエンには厳しいがシーナには何も言わない。シャルロットは、アストレア女王と聞いて夢見る様な顔をした。一生会える事は無いと思われていたエンジェリア人に会えたのだ。ルーク達は、ジャンパールやドラクーン同様、大いにもてなされた。
翌日、シンは、昨日会った将官に三人のランドール陸軍兵を紹介された。彼らは、隠密に他国の情報を手に入れる任務を担当する部隊の者だ。
「クライン少将、この者らを連れてメルガドへ行って下さい」
「バーデン少尉です」
「ヴェルト少尉です」
「バロッサ少尉です」
「すみませんねぇ、よろしくお願いします」
と、シンが言うと三人は、大慌てで敬礼した。軍の階級は、シンの方が上なのである。三人は、シンの腰の低さに驚いていた。シンは、直ぐにインギに会いメルガドに向かう事を伝えた。
「何だもう行くのか、もう少しゆっくりして行け、お前だけじゃないんだぞ」
と、インギは、ライラの事を気遣った。シンは、インギの気遣いに感謝して出発を明後日とした。この間、シンとライラは、ルーク達とランドールを観光して回った。
トランサーでは、ルーク達がランドールに滞在している事を既に知らされていて、この時初めてメルガドが内乱状態だと知った。国交がないため情報が入って来ない。
「まさか内乱状態だったとはね、驚いたよ、大丈夫かなシン達あんな所に行って」
と、レンが政務室でディープ伯爵を相手に言った。ディープ伯爵は、難しい顔をしていた。
「シン殿に連絡させましょう陛下」
「うん、そうしよう」
と、ディープ伯爵は、ランドールにあるトランサー大使館に連絡した。
「レオニール国王陛下、御側御用人イーサン・ディープ伯爵である、今そちらに滞在中のシン・クライン男爵に急ぎ取り次ぎ願いたい」
「ははっ、クライン閣下は只今ランドールを観光中でして」
「ふむ、では戻り次第こちらに連絡するよう伝えてもらいたい」
「はい、かしこまりました」
「陛下、只今シン殿はランドールを観光中との事、後ほどシン殿から連絡が来るでしょう」
「そうか、シン達、観光中なんだね、そりゃそうか、新婚旅行だもんね」
レンとディープ伯爵は、シンからの連絡を待つ事にした。その頃、ルーク達は、北ランドール地方の各名所を巡っていた。ルーク達を案内していた役人がある屋敷を指差し話した。
「あそこに見えるお屋敷は、ジャンパール帝のご次男に嫁がれたカレン様のご実家です」
今、ルーク達が居る場所は、ハープスター伯爵家の領地内だった。
「ああ、あそこが…んん?誰か出て来た…」
「皆さん、ようこそランドールへ」
と、叫びながら屋敷から恰幅の良い少し年老いた男と男に良く似た中年の男が二人、ルーク達に向かって走って来た。ジョナサン・ハープスターと長男ジョアン伯爵であった。ジョナサンは、カレンがマルスに嫁いだ後、隠居し爵位を長男ジョアンに譲っていた。
「これはこれは、ハープスターの旦那、お元気そうで」
と、レンがジャンパールで立太子式を行った時、何度か顔を合わせた事のあるルークとシンが挨拶した。ルークとシンは、ハープスター親子に自分達の妻や姉、サイモン元帥を紹介した。
「まぁまぁ、せっかくですので屋敷にお入り下さい」
と、親子は言い皆を屋敷に案内した。ジョアンの妻が入れたお茶を飲みつつ話した。
「ははぁ、ジャンパールに行かれたのですか」
「ええ、カレン様はすこぶるお元気で、はい、ははぁ孫ですか」
「いつになったら孫の顔が拝めるのか…今はそればかりが楽しみでしてねぇ、あはははは」
と、ジョナサンは、血色の良い顔で言い笑った。そして、話しがメルガドの事になると顔色を変えた。
「本当に行かれるおつもりか?今は止した方が良いですよ、まして奥方を連れてなど」
と、ジョアンが心配そうに言った。
「インギ王が俺達に三人将校を付けてくれたので大丈夫ですよ」
「しかし、奥方はランドールに残していった方がよろしかろう」
「うん、シン兄ぃ、ぼくもそう思うよ、何か嫌な予感がしてね」
と、シーナが意外な事を言い皆の注目を集めた。シーナは、ランドールに入国した頃から妙な胸騒ぎを感じていたと言う。
「シン、ライラは置いていけ」
「そうだよ、ルーク兄ぃの言う通りライラさんはランドールに居た方が安全だよ、ぼくが兄ぃの手伝いをするから大丈夫だよ」
と、シーナがライラに言った。
「そうだな…ライラ、お前はランドールに残れ、何かあったらお前の両親に顔向け出来ねぇ」
と、シンは言いライラの手を握った。ライラは、不安そうな顔をして小さく頷いた。ルーク達は、小一時間ほどハープスター屋敷に滞在し城に戻る事にした。外は薄暗く夕方になっていた。ルーク達が観光から戻って来たと知り、ランドールの役人がシンに急ぎトランサーに連絡を入れるよう言って来た。何事だろうとシンは、城内の通信室に案内されトランサーに魔導話を掛けた。
「やぁシン殿、私だディープだ、本当にメルガドに行くのかね?今は内乱状態だと聞いた、陛下も大変心配しておられる、メルガド国内が安定するまで家族探しは止めた方が良いと思うが」
「はぁ、その事なんですがね、インギ王が俺に三人将校を付けてくれて一緒に探してもらえる事になったんです、ええ、ライラはランドールに残してシーナを連れて行きます」
「何?シーナ?あのドラクーンの娘かね?」
「はい、ドラクーンに行った時にカイエンが一緒に行けと言いましてね」
「ふむ、まぁドラクーン人が一緒に居れば安全と言えるが…しかし、無理をしてはいけないよ、我が国とメルガドは国交が無いのでな、くれぐれも気を付けなさい」
「はい、では陛下や兄貴達によろしくお伝え下さい…では失礼します」
と、連絡を終えたシンは、ルーク達に話した。ルーク達もあまり良い顔を見せなかったがシンの決意が固い事を知っているので、もう何も言わなかった。そして、シンがメルガドに向かう日がやって来た。シンは、謁見の間でインギ王にこれからメルガドに向かう事を報告していた。
「うむ、ライラ殿は置いて行くのだな、良し分かった、我が国の大使館を本拠地とするがよい、お前やシーナの事は十分に伝えてある、お前達、よくよくシンを助けてやってくれ」
と、シンの手伝いを命じられている三人の将校、バーデン、ヴェルト、バロッサは、インギに最敬礼をして答えた。
「ライラの事は心配しなくて良いよ、シンが帰って来るまで俺達と一緒に居るから」
「シンさん、どうか気を付けてね」
と、ラーズとユリヤが言った。シンは、二人に深々と頭を下げ礼を言った。ルークは、やっぱり自分も行こうかと言ったが、シンは断った。
「駄目だ兄ぃ、これは俺個人の事だから、それに俺達は今はトランサー人だぜ、国交のない国の者が二人も居ちゃかえって怪しまれるよ」
「まぁ確かにそうだが…しかし、無理はするなよ」
「うん、分かってるよ…ライラ、俺が帰って来るまで大人しくしてろよ」
と、シンはライラを抱き寄せ軽く口付けを交わした。ライラは、恥ずかしそうにしていたがシンは、大真面目な顔をしていた。
「では、行って来ます」
と、シンは最後にインギ達に敬礼してバーデン、ヴェルト、バロッサそしてシーナを連れて謁見の間を退出した。
「本当に行ってしまったな…やはり心配だな…父上、本当に大丈夫でしょうか?」
と、ヨハン太子がインギに言った。ヨハン太子は、メルガドのランドール大使館に連絡を入れ色々と調べさせていた。戦闘がメルガドの都から各地方に広がっていると言う。都にある大使館は今、メルガド王政府から非難通知を出されランドールとメルガドの国境付近の町に移されていた。
「ふむ、もしも何かあれば我がランドールが反乱軍を討伐する、その事はバーデン達に密かにメルガド女王に伝えるよう命じている」
と、インギが不敵な笑みを浮かべて言った。ヨハン太子は、まさか父インギが隣国の混乱に乗じて国を盗ってしまうのではないかと思ったが、思い直した。ただ血の気が多いだけだと。ヨハン太子は、弟ラーズを見て首をすくめた。ランドールに残ったルーク、マリア、ルーシー、サイモン元帥は、南ランドールを観光して帰る事にした。
「私はルーシーとメタルニアとメクリアに行かねばならない、メタルニアにあるルーシーと義母上の家財道具をトランサーに送る手続きをする、そしてメクリアにあるマリア殿の家財道具、メタール家とアドマイヤ家の墓をトランサーに移す手続きもな」
「すみませんねぇ、兄貴」
「なぁに良いって事よぉ義弟よ、あははははは」
と、サイモン元帥は、にこやかに言った。本当は、早くルーシーと二人だけの旅がしたいのだった。そんな、ルーク達をライラは、寂しそうな顔をして眺めていた。
ランドール城を出たシン達は、昼過ぎにランドールとメルガドの国境にある役所に到着していた。門の向こうがメルガドである。
「メルガドに帰るのは十七年ぶりくれぇかな?もう二度と帰る事はねぇと思ってた…」
シンは、カツと共にメルガドを出奔した頃を思い出していた。あの頃は、ただの若いチンピラみたいなものだった。それが今では海軍少将、男爵を賜る貴族である。大出世を遂げ本来なら故郷に錦を飾りたいところだが出来なかった。
「カツよ、二度と帰る事はねぇと思っていた国に帰って来たぜ」
と、シンはカツの形見となった剣に触れながら呟き門を潜り抜けた。直ぐにメルガド側の役人が来て旅券の確認をした。
「ほほぅトランサーから…で、後ろの方は?」
と、役人がシンの旅券を確認しながら尋ねた。シンは、バーデン達をランドールの商人と話しシーナは、ドラクーン人だと正直に話した。自分は、バーデン達と取引がありメルガドにやって来たと言った。役人は、シンの旅券の最後のページを見て驚いた。「男爵」と書かれていてティアック家の判が押されている。
「ああ、それな、最近男爵に叙任されてね、新しい旅券に変えたら良かったんだけど時間がなくてね」
と、シンは軽く言った。メルガドの役人は、目の前の男が貴族だった事に驚きまじまじと見た。
「ク、クライン男爵、我が国は貴国と国交は結んでおりませんので行動には十分気を付けて下さい」
「ああ、分かってるよ、んじゃあ行くぜ」
と、旅券の確認を終えたシン達は、国境付近に移されたと言うランドール大使館を目指した。大使館のある町に到着するとシンは、つい目頭が熱くなるのを感じた。
「ふっ、この辺りは何も変わってないな…あの汚ねぇ店まだやってたんだな」
「クライン閣下、この辺りをよくご存じなので?」
と、バーデン達がにこにこしながら聞いた。シンは、歩きながらバーデン達に話した。
「カツって言うのがいてね、俺はそいつとこの町で随分悪さをしたもんさ…そうそうこの店で何回も万引きしたなぁ…ガキの頃の俺達には怖いもんなんか無かった、カツとは都で知り合ったんだが土地は違うが同じ田舎育ちで気が合ってね、都は役人がうるせぇからってこの町に来た…懐かしいなぁ」
と、シンは話し溢れ出る涙をそっと拭った。そうこうしているとランドール大使館に到着し、直ぐにランドール本国に連絡した。バーデンは、インギ王の意を伝えるため一人、戦闘中と言われる都にあるメルガド王政府に向かった。
「クライン閣下、国元より話しは伺っております、何でもご家族をお探しで?」
と、大使が興味深げな顔をして言った。シンは、ちょっと照れ臭そうにして十七年前の出来事を話した。当時、十七、八歳だったシンとカツは、この町にある飲み屋で些細な事である不良連中と喧嘩になった。その時、シンとカツは、不良連中の一人を殺してしまったのだ。もちろん殺すつもりはなかった。シンとカツは、ある老人の助けで国を出奔し流れ流れてデスプル島に行ったのだ。
「あの時、何も言わず二人で国を出ましてね、家族に連絡なんてする間が無かった…必死だったんですよ、それで月日が経つごとにもう死んじまったんじゃねぇかって思うようになりましてねぇ…それから色々あって俺はトランサーに帰化したんですが」
「はい、以前トランサーから閣下と亡くなられたカツ殿の家族を調べて欲しいと話しがありました、我々はメルガド王政府に問い合わせ調べてもらったんですが、どこのクライン家とブロイ家だと言われ閣下達の事を話したのですがお二人の戸籍が無いと言われたんですよ」
「ええっ?戸籍が…何で?」
シンは、絶句した。戸籍が消されているとはどういう事だろう。メルガド王政府は、戸籍が無いので調べようが無いと言って来たという。メルガドは、国交のない国の者を探す気など無いと言う事だろう。大使は、ランドール人が経営する店にシンとカツの家族の事を書いた探し人の張り紙を出させたが、何の知らせも無かった。
「とにかく、俺はこの近辺をちょっと見て回って来ます、シーナ行こう」
「では、我々は付近の村を調べて参りましょう」
と、シンはシーナを連れ土地勘のある大使館の周りから調べる事にして、ヴェルトとバロッサは、町の近所の集落を当たる事にした。大使館を出たシンとシーナは、人の少なさに驚いた。内乱中と言う事で皆、外出は控えているのだろう。
「これじゃあ聞き込みも出来ねぇな…」
と、シンは呟きながらも何とかメルガド人を見ると声を掛けた。メルガド人から国の状況を聞こうとした。どのメルガド人に聞いても乱を起こしたベンゼル・ガーリッシュ将軍が悪いと答えた。
「あの野郎、最低な奴ですよ、あんなにお心優しいアメリア女王様を裏切り自分がこの国の王になる事を望み謀反を起こしやがった、あんな奴がこの国の王になったら、わたしゃこの国を出るよ」
「お若い女王様が国を治めるより経験豊富な自分が治める方が良いなんてぬかしやがって」
「そうそう、隣のランドールがイビルニア戦争に参戦した時なんか俺たちゃてっきりメルガドも参戦すると思ってたんだよ、ところがだ、ガーリッシュの野郎、病気を理由に参戦しなかったんだ、ああ、病気なんて嘘に決まってるさ、とんでもねぇ腰抜けだよ」
などと皆、言いたい放題悪口を言っていた。
「ううむ…皆、言いたい放題だな…どんな野郎なんだろう?そのガーリッシュって野郎は」
「ホントだね、でもそのガーリッシュって言うおじさん、まさかイビルニア人に操られてるんじゃ…」
と、シーナが言いシンを驚かせた。シーナは、冗談だと言ったがシンは、その可能性は十分にありえると思った。
「はっ…まさかな…イビルニア人が関与してたらとっくにこんな国乗っ取られてるよ、今回はイビルニア人は関係してねぇぜシーナ」
と、シンは思い返しシーナと肩を並べて通りを歩いていると、不意に後ろから声を掛けられた。
「おい、おめぇシンじゃねぇのかい」
「ん?…ああ…ああああ、爺さん!ゼペット爺さんじゃねぇか!」
シンは、驚き声を掛けた老人に駆け寄った。小柄で温厚そうな老人が懐かし気にシンを見上げていた。
「おうおう、元気そうだなぁ、それにしても随分と出世したじゃねぇかシンよ、ええおい、わしゃたまげたぜぇ、おめぇさんがトランサー王国で貴族になったって聞いてよう」
と、ゼペット爺さんは、にこにこしながら言った。
「まぁここじゃなんだから、うちに入んな」
と、ゼペット爺さんは、シンとシーナを自分が経営する飲み屋へ連れて行った。
「まぁ適当に座んな、ところでそちらのお嬢さんは?おめぇの嫁さんかい?…にしてもまだ若過ぎるなぁ」
「この娘はドラクーン人のシーナってんだ、俺の嫁は今、ランドール城内に居るよ」
「ぼくはシーナ、よろしくね爺ちゃん」
「何?ドラクーン人?へへぇそうかい、初めて見るぜぇ、シーナさんだね、はいはい、で、おめぇの嫁が何でお城に居るんだい?」
シンは、今回の旅の目的をゼペット爺さんに話した。ゼペット爺さんは、驚くばかりだった。
「まぁこんな時じゃなかったら探せないと思ってね、爺さん、俺やカツの家族に心当たりないかい?」
「おう、そうだった、カツの事は残念だったな…わしゃ涙が止まらんかったよ」
と、ゼペット爺さんは言い、悲しい顔をした。カツとシンは、若い頃この爺さんの世話になっていたのだ。シンは、カツと共にメルガドを出奔してからの事を詳しく話した。
「なるほどねぇ、おめぇもカツもあのカンドラの下で地獄を見たんだな…まぁあの野郎がおめぇたちに処刑されたって聞いて清々(せいせい)したぜ」
「うん、カツと同じ目に遭わせてやった、ところで良く知ってるなぁ、トランサーとは国交が無いから情報なんて入って来ねぇんじゃないか?あっ!まさか爺さんまだ稼業は続けてるのか?」
と、シンは少し慌てて言った。シンが言った稼業とは、裏の仕事である。裏の仕事とは、暗殺、賭博、窃盗、人身売買などの事でゼペット爺さんは、メルガドの裏社会を仕切る一人だったのだ。
「馬鹿、もう十年ほど前に気の利いた奴に跡目を譲って足を洗ったよ、でもその時の情報網は生かしてあってな、今じゃその情報網を使って様々な事を知るのが唯一の楽しみよ、うふ、うふふふ」
と、ゼペット爺さんは、楽しそうに笑った。
「なぁ爺さん、その情報網を使って俺達の家族を探せないか?頼むよ」
と、シンは、両手を合わせて頼んだ。シーナもシンの真似をしてゼペット爺さんを拝んだ。そんなシーナを見てゼペット爺さんは、くすりと笑い言った。
「探せん事もないが、難しいぞ、十七年前だったか、あの件でわしゃ、おめぇとカツを死んだ事にしてある、それに今この国は内乱中だぜ」
「内乱中は知ってるが、俺達は死んだ事になっていたのか?そうか…だから戸籍が消えてたんだな」
「あの件って何?」
と、シーナが聞いて来たのでシンは、大使館で話しただろうと答えた。
「ああ、人を殺したってやつだね」
「そうだ、それだよシーナ、で、何で俺達が死んだ事にしたんだ?」
と、シンはゼペット爺さんを見て言った。
「あの後、大変だったんだぞ、おめぇたちが殺しちまったガキはなぁ、わしらの組織と敵対する組織に出入りしてたんだよ、ガキ一人の事で連中ムキになってなぁ、おめぇとカツを出せと何度もわしの所へ来たさ、二人を出さねぇと町に火を付けるとまで行って来やがった、そうなったらこの町に住む堅気さんが困るだろう、だからおめぇたちが残していった服に犬だったか猫だったか忘れちまったけどその血を服に染み込ませてな、こっちで始末したって事にしたのさ」
「そ、それで納得したのか?」
「まぁな、わしが木っ端役人使っておめぇたちを死んだ事にしたから連中すっかり信じたのよ」
と、ゼペット爺さんは、当時を懐かしそうに思い出しながら話してくれた。そして、情報網を使って家族を探してやると言った。
「ありがてぇ、よろしく頼むよ爺さん」
「ああ、時間は掛かるだろうが任せな、しばらくここに居るんだろ?」
「ああ、そのつもりだよ、俺とシーナはランドール大使館に居る、何かあったら大使館に知らせてくれ」
そう言ってシンとシーナは、ゼペット爺さんの店を出て大使館に帰った。二人が帰った後、ゼペット爺さんは、直ぐに元配下の者共に連絡を付けた。足を洗ったとはいえ爺さんを慕う者は多い。二つ返事で引き受けてくれた。
大使館に戻ったシンとシーナは、メルガドの都で戦闘が開始されていると聞かされた。




