フウガの願い
レンは、侍従長に連れられて城の皇帝家族の私室に通された。いつもこの部屋に来る時は、フウガと一緒だが、もう二度とフウガとこの部屋に来る事が出来ないと思うとまた涙が込み上げて来た。
「レン…」
ナミ皇后は、レンを見るなり抱きしめ椅子に座らせた。マルスがフウガの斬鉄剣と不死鳥の剣を持っていた。マルスは、斬鉄剣と不死鳥の剣をレンの傍に置いた。皇帝家族が見守る中レンは、ただうな垂れていた。
「フウガの屋敷は、封鎖してあるレン、しばらくここにいなさい」
と、イザヤは、レンに言った。帰ったところでもう誰もいない。あの屋敷で一人で暮らさせるには、余りにも残酷な気がした。イザヤは、レンの住まいを城内に移してやろうと考えていた。
「今日は、もうゆっくり休みなさい」
「俺の部屋へ行こう」
と、マルスがレンに言った。レンは、黙って頷いた。
翌朝、新聞の一面にフウガの死が掲載された。ジャンパール中が大騒ぎになった。フウガを襲ったイビルニア人は、孫のレン・サモンが見事討ち果たしたと掲載され悲劇の若様と世間は騒いだ。フウガ屋敷には、境界線が敷かれ中に入れない状態になっていて近所も大騒ぎになっていた。エレナの父が、新聞を片手に娘の部屋に入って来た。
「エレナ、大変な事になったぞ」
父から新聞を渡され目を通したエレナは、しばらく声も出なかった。
「そ、そんなおじいさまが…レンはどこにいるの…」
「どこにいるのだろう、新聞には何も書かれていないよ」
エレナの父も心配した。娘と付き合っている事は、知っていたし悪いとは思っていなかった。
「レン君はどこに居るんだろうか…」
レンは、城内に居る。イザヤは、侍従を通してマスコミにレンの居場所を報道しないよう伝えてあった。数日後、ジャンパール議会でフウガの葬儀は、国葬で執り行われる事になった。レンは、反対した。静かに送りたかった。おまけに葬儀後は、軍神、ジャンパール皇国の守り神として祀られる事にもなり、レンは、フウガが益々遠い存在になっていくのが嫌だった。
「レン、分かってくれお前のおじいさんは本当に国民に愛されていたんだよ」
と、イザヤに言われレンは、渋々承諾した。
フウガの国葬の日、イビルニアやトランサー王国、その国に属する国以外の各国から弔問の使者がジャンパールを訪れた。その中に一際大きな声で泣き叫ぶ者が居た。獣人の国、ロギリア帝国の帝王、ベアド大帝である。彼は、フウガの悲報を聞くや否や自ら軍艦に乗ってジャンパール皇国にやって来た。レンが生まれる十年前、イビルニア国との戦争で共にフウガと戦った戦友でもあった。
「うおおぉぉぉ、フウガよぉ、なぜ逝ってしまったのだぁ」
と、ベアド大帝が泣き叫ぶ中、側近が孫のレンが葬儀会場に居ると伝えた。ベアド大帝は、わき目も振らずレンに駆け寄りレンを抱きしめた。
「そなたがフウガの孫のレン殿か、よくぞイビルニア人を討ち果たしてくれた、ありがとう、何か困った事があったらいつでも相談してくれ」
ベアド大帝は、毛むくじゃらの顔を涙で濡らしながら言った。ベアド大帝は、レンをロギリア帝国に連れて帰りたいとイザヤ皇帝に申し出たが、イザヤもレンも丁重に断った。
「あの、ベアド大帝様」
と、レンは、恐る恐るベアドに話しかけた。
「何かな、レン殿」
「ずっと先の事なのでまだはっきりとはご説明出来ませんが、必ず大帝様のお力が必要な時が来ます、だから、だからその時は、どうかお力をおかし下さい」
と、レンは、真っ直ぐにベアドの目を見て言った。ベアドは、何かを感じ取ったようだった。
「あい分かった、その時は、必ずやレン殿に力をかそう」
と、ベアドも真っ直ぐレンを見つめて答えた。
フウガの国葬が終わり、フウガの亡骸は、皇族達が祀られている宮殿に移され、そこに設けられた社に軍神、国の守り神として祀られた。それから三日後、ヲの十三番隊から侍従を通してイザヤに報告があった。今回の事件に関わった者、カロラ以外にかつてフウガが政治家だった頃の政敵三名、軍関係者五名の身柄を拘束したとのことであった。ジャンパール議会でカロラと政敵三名、軍関係者で身分の高い者二名には、死罪、身分の低い者三名には、無期限の独房入りが決まった。カロラと政敵三名は、都中を引き回され磔にされた。
カロラ達の処刑が終わった後、レンの処遇についてジャンパール議会で話し合われたが、これについては、皇室側で処理する事として話がついた。イザヤは、フウガが残した遺産の全てをレンが相続する手続きを取ってやった。そして、住まいをジャンパール城付近に建てる事も決まった。さすがに城内に住まわせる事は出来なかった。レンの知らないところでどんどん話が進んでいる事にレンは、戸惑いを覚えた。
「困ったな…」
レンは、フウガが言い残した事を皆に伝えなければならなかった。早く実行しなければフウガの願いを叶える事が出来ないと思うようになった。そして、カロラの処刑が終わった一週間後、意を決して皇帝達に伝える事にした。夕食を食べ終えた後、レンは、急に皆に言い始めた。
「僕、旅に出ます」
一同、唖然とした。何を言い出すんだと言った顔だ。
「き、急に何を言い出すんだ、旅にとは、一体どこへ何をしに行くのだ」
と、イザヤが急き込んで聞いた。レンは、心を落ち着かせ話し始めた。
「この事は、おじいさんが亡くなる直前に僕に言った事です、僕には僕に忠誠を誓うトランサー人達が居てその人を探し出し、両親の敵を討ち、トランサーの王になれと言ってました」
イザヤもナミもいずれそうさせるつもりだったが、今とは、考えてなかった。
「早過ぎる、もう少し大人になってからでも遅くはないだろう」
「そうです、あなたまだ十五歳ですよ」
イザヤもナミも反対した。いつものレンなら素直に言う事を聞いていただろうが、こればかりは、自分の意思を貫き通した。
「このままずっとジャンパールに居るとおじいさんの願いを叶える事が出来ない気がしてならないんです…」
「しかし、一人で世界のどこに居るのか分からないトランサー人を探すというのは賛成出来んな」
「一人の居場所は、おじいさんから聞いてます、サイファとドラクーンの国境付近に居るそうです、その人の名はヨーゼフ・ロイヤーと言うそうです」
「ああ、彼か」
イザヤは、知っていた。過去に何度か会った事がある。
「とにかく、この話は、また明日しよう」
と、イザヤは、話を打ち切った。その後、レンは、マルスの部屋で旅支度を始めた。いつでも出て行けるようにしたかった。
「おい、お前本当に一人で行く気なのか?」
マルスは、心配でならなかった。フウガが死んでやけくそになっているんじゃないかと思っていた。
「うん、こればっかりは僕にしか出来ないからね」
「エレナはどうなるんだ?」
と、マルスに言われて旅支度をするレンの手が止まった。
「そ、それは…」
「お前まさか、エレナに内緒で行くつもりだったのか?」
会えば決意が揺らぎそうで怖かった。レンの脳裏にエレナの美しい笑顔が浮かんだ。
「行くのは勝手だが、エレナにはちゃんと話してから行け…それと」
「それと?」
レンは、視線を鞄から離さず聞いた。
「俺も一緒に行ってやる」
「えっ?」
レンは、思わずマルスに振り向いた。
「だから、俺も一緒に旅に出るって言ってんだよ、お前を一人にさせる訳にはいかないだろ」
「でも、それは…」
レンは、戸惑った。出来れば巻き込みたくなかった。
「フウガの願いを叶えたいんだろ?心配すんな、俺に良い考えがある、その代わりお前はちゃんとエレナに話すんだぞ」
そして、翌朝またレンが旅に出る話を切り出した。