ルークの災難
ヨーゼフは、テランジンの子分一人を連れ魔導車で城下町にあるメクリア大使館に向かっていた。大使館前に到着し子分にここで待てと言い一人、大使館に入って行った。
「御免、大使殿に用があって参った」
大使館員は、直ぐにヨーゼフだと気付いた。直ぐに奥へ行き大使に知らせた。
「何?ロイヤー公がお一人で?分かった直ぐに会おう、応接間へ案内しなさい」
と、大使に言われ若い大使館員は、ヨーゼフを応接間へ案内した。ちなみにサムス・ヒープが応対を受けたのは、大使館に入って直ぐの受付付近だった。ほどなくして、大使が応接間にやって来た。
「ようこそ、ロイヤー公、まずはレオニール様のご即位祝着至極に存じます」
と、戴冠式に出席していた大使が深々と頭を下げお辞儀をした。
「はい、誠にめでたい事でござる」
「して今日はどのようなご用向きで?」
「うむ、ちょっと訪ねたい事がござってな…」
と、ヨーゼフは、にこやかに言い本題に入った。大使の顔色が変っていくのが見て取れた。
「何とサムス・ヒープが?ロイヤー公のお屋敷の周りを?おお、カーク殿の奥方とご息女が…」
「はい、今は我が屋敷に居ります」
ヨーゼフは、ステラとルーシーから聞いたヒープ家の事を大使に話した。大使は、ふむふむ頷きその通りだと言った。
「メタール家とヒープ家…この二つの家は本当に仲が悪うございました、それは五十年以上昔、我がメクリアに革命が起きる前までさかのぼります、王家を守ろうとしたメタール家、革命に参加したヒープ家どちらも元はメクリア王家の重臣でした」
「ほほう、そこまでは聞いておらなんだ、それで?」
「はい、当時はメタール家保守派は圧倒的な不利な立場にありました、ほとんどの者が革命軍に寝返りましたがメタール家だけは裏切る事なくメクリア王家のために戦ったのです、結果、革命軍の圧倒的勝利に終わり王家は滅亡しました、その時メタール家も滅ぼす話しが出たそうですが革命軍の首領で初代メクリア大統領となったラムズ・ムステンがメタール家の忠誠心に惚れ込み何と政府の重職に就けたのです、それに異を唱えたのがヒープ家の者達でした」
と、大使は話してため息を吐いた。ヒープ家は、早い段階でラムズ・ムステン率いる革命軍に寝返っていた。保守派を次々と寝返らせ革命軍を勝利に導いたのもヒープ家の手柄なのに何故、最後まで抵抗したメタール家の者を重職に就けるのかと騒いだ。元々、王家の重臣時代から仲が悪かったメタール家が政府の役職に就くのが許せなかったと言う。おまけにヒープ家の者に与えられた役は、中央政府の役職ではなく地方行政の長官だった。ラムズ・ムステンから見ればヒープ家などただの裏切り者でしかなかった。そんな裏切り者を自分の側に置く事など出来ないと考えたのだろう。それよりも最後まで王家を守ろうとしたメタール家こそ信頼出来ると思ったのだった。
「それから大統領も変わり時が流れルーク殿の父カーク殿がメタール家の当主となった時の事です、カーク殿は外交官でした、当時若かった私はカーク殿に良く世話になりました」
「ほほぅ」
と、ヨーゼフは相槌を打った。大使は、遠い目をして話した。当時、メクリアでは国家の機密情報の漏えいが酷く頭を悩ませていた。一体誰が情報を流しているのかと多方面から捜査していたが全く分からなかったと言う。
「当時、おそらくイビルニア人が関与していたと思われますが、ヒープ家の者の言う事を信じた役人共がカーク殿を情報漏えいの罪で捕え死刑にしてしまったのです、とんでもない事です、死刑を急がせたのは間違いなくヒープ家の者です、ええ当時何人か誤認逮捕者がいましたが死刑になったのはカーク殿だけでしたからね、半年後やっと真犯人が見つかりました、カーク殿の同僚の役人だったのです」
「何と…して政府に嘘の情報を伝えたヒープ家の者や役人に何か罰でも与えたのですかな?」
と、ヨーゼフは、出されていたお茶を一口飲み言った。大使は、首を横に振り答えた。
「何のお咎めも無かったのです、ヒープや役人を罪に問えば自分達の罪を認めた事になりますからね、それどころか連日抗議に来るステラ殿とルーシー殿を狂人扱いする始末…」
「はい、わしも直接本人達からそう聞き及んでござる、それでメクリアに住めなくなりメタルニアに移住したと」
「その様でした…私にもっと力があれば…全く情けない限りでございます」
と、大使は、目に涙を浮かべた。しばらく沈黙が続いた。ヨーゼフは、気を取り直してルークの話しをした。大使の話しでは、メクリア本国からは、ルークの事は一切話しに上がっていないと言う。
「ええ、サムス・ヒープが新聞を見てルーク殿がトランサー王国にて貴族に列せられたと知り昔の事を蒸し返して賠償金を取ろうとしておるようですが、政府自体は過去の汚点を世間に示す事になりますからね」
「ただ無断で敵討ちをした事は事実でござろう?十九年も経って今さら罪に問うなどとは考えられませんがの…サムス・ヒープなる者がいささか気に掛りましてな」
「あの者はトランサーに来る前、政府に掛け合ったそうですが相手にされなかったそうで、昨日ここへ来て力になって欲しいなどと言って来たようで職員が適当にあしらい追い帰したと申しておりました」
「ほほぅ左様ですか」
「はい、誰もヒープ家を相手にする者など居ません、ご安心を、もしもあの男が何か仕出かしたら処置はトランサー側にお任せ致します」
と、大使は、にこやかに答えた。それならとヨーゼフは、安心して後は雑談となった。小一時間ほどメクリア大使館に居たヨーゼフは、登城する事にした。ヨーゼフは、直接レンが政務を執る部屋へ案内された。ついこの間までレンと二人で政務を執っていた部屋である。役人が扉を叩くと中からディープ伯爵の声がして扉が開いた。
「やぁヨーゼフ公、陛下ヨーゼフ公ですぞ」
と、ディープ伯爵は、前の側用人を抱くようにして部屋へ招き入れた。部屋の奥の机で国王となったレンが書類に目を通していた。ヨーゼフを見るなりにっこり微笑み歩み寄った。
「ヨーゼフ、よく来てくれたね、さぁ座って」
と、レンは、そっとヨーゼフをソファーに座らせた。
「若、今日はルークの事で来ました」
「ルークの?」
ヨーゼフは、今ルークに会うためメタルニアから母と姉が自分の屋敷に居る事とルークに賠償金を払わせるためにやって来たと言うサムス・ヒープの事をレンに話した。
「ルークに賠償金を?」
と、レンは、目を丸くした。ヨーゼフは、母ステラ姉ルーシー、そしてメクリア大使から聞いた十九年前の出来事を語った。レンとディープ伯爵は、互いに顔を見合わせて驚いていた。
「ルークにそんな過去が…そのサムス・ヒープって人は今頃になって何で賠償金を?ルークがデスプル島に居た事やこの国の国民となった事も知ってたんだろう、その時に何で言って来なかったんだろう?」
「ルークが貴族となったので多額の賠償金をせしめる事が出来ると考えおったのかも知れません」
「何と…本家の仇討よりも金を取るとは…情けない…」
と、ディープ伯爵は呆れた。ヨーゼフは、その事については何の心配も無いと言った。
「訴え出たヒープをメクリア政府は一切相手にしなかったそうです」
「それはそうでございましょう元々ヒープ家の者の嘘を信じて死刑にまでしたのですから、賠償金ならメタール家が受けるべきです」
「左様」
と、ディープ伯爵の言葉にヨーゼフは大きく頷いた。念のためレンは、今頃海の上のルークに知らせるようディープ伯爵に言った。そして、ヨーゼフにステラとルーシーに会いたいと言った。
「ははっ、明日にでもお会いしますか?」
「うん、連れて来てもらえないかい?」
「はい、では明日また二人を連れて登城します」
と、ヨーゼフは快く応じ城を辞した。ディープ伯爵は、早速ルークに連絡すると言い海軍本部に向かった。部屋に一人残ったレンは、ソファーの上で虚空を見つめた。
「ルークの家族が生きてたんだ、良かった」
レンは、自分の事の様に嬉しくなった。明日、二人に会う時は、謁見の間ではなくいつもマルス達と過ごす部屋で会おうと決めた。海軍本部へ向かったディープ伯爵は、急ぎルークと連絡を取りたいと言い大型の魔導無線機が置かれている部屋へ案内された。
「こちらです」
と、海軍士官が言い通話機をディープ伯爵に渡した。部屋に居た海軍士官達数人が何事だろうとディープ伯爵を見た。
「私だ、レオニール国王陛下の御側用人イーサン・ディープである、そちらに居るメタール中将に取り次いでもらいたい」
一瞬間が空いて返事が返って来た。
「へい、少々お待ちを」
と、テランジンの子分の士官が言った。直ぐにルークの声が聞こえた。
「はい、ディープ伯爵、俺ですルークです、何事ですか?」
「やぁルーク殿、吉報だぞ!君の母上と姉上が今、ヨーゼフ公のお屋敷におられるぞ」
「…はぁ?俺の…そんな…御冗談を!」
「冗談ではない、本当なんだ、君の母上と姉上の名はステラとルーシーだろう?」
「は、はい、そうですが…生きてるって…そ、そんなはずは…」
と、漏れ聞こえるルークとディープ伯爵との会話を聞く周りの者が騒ぎ出した。ディープ伯爵は、部屋に居る士官達に静かにするよう言った。ルークの傍で話しを聞いていたテランジンが驚いていた。
「何だお前、身内が生きてたのか?良かったじゃないか」
「おかしいですよ…俺があんな事をしたのに生きてるなんて…ディ、ディープ伯爵、本当に俺の母や姉なんですか?」
「ああ、間違いない!君に良く似ているとのヨーゼフ公の話しだ、明日、陛下と会われる、それと」
「そ、それと?」
「サムス・ヒープなる者を知ってるかね?」
と、ディープ伯爵の言葉を聞いたルークの顔が引き攣ったのをテランジンは、見逃さなかった。ルークは、通話機を持つ手を震わせながら答えた。
「ええ、知ってますとも…俺が討ち取った家族の分家筋の男です」
「左様、その男がトランサーに来て君に賠償金を払わせようと企んでいるそうだ」
「賠償金?俺の命じゃなくて?」
「そうだ、しかし安心しなさい、メクリアでもそのサムス・ヒープは誰にも相手にされなかったそうだ、支払う必要はないぞ、とにかく帰ったら君の母上と姉上が待っている」
「は、はぁ…わ、分かりやした」
そう言ってルークは、魔導無線を切った。テランジンは、ルークの様子を見てただ事ではないと感じた。
「ルーク、俺は、お前達の過去の事は一切気にしない、しかし、此度の事は聞かねばなるまい…お前の過去に一体何があったのか話してくれ」
と、テランジンは、大真面目な顔をして言った。そこへ海の底を眺めていたアストレア女王がやって来た。艦は、潜水していた。
「どうしたのです?」
「さぁルーク」
と、テランジンに促されてルークは、仕方なく過去を話し出した。操舵室に居たテランジンや兄弟分、子分達、アストレア女王は、神妙な顔で聞いた。ルークは、初めて他人に自分の家族の事を話した。
「俺が勝手に敵討ちをした事で母や姉が無事じゃ済まねぇ事は十分承知していました…でも…でも俺はどうしてもヒープの野郎を許せなかった…あの野郎が嘘の情報を伝えなければ親父は死刑なんかにならなかった…悔しくて悔しくて…でも親父を死刑にしたのは国だ、嘘を吐いたヒープ家に討ち入りたいと願い出ても相手にされないと思ったんだ、だから国には無断で討ち入るしかなかった」
「それで今回そのヒープ家の分家筋のサムス・ヒープって野郎が今頃になってお前に賠償金を求めて来たのか?変な話しだな、お前と決闘させろと言うのなら分かるが」
と、テランジンが顎に手をやり言った。十九年も経って賠償金を求めるには、遅過ぎると思ったのだ。決闘なら十九年間修業をして勝てる見込みを付けて挑んで来たのなら分かる。
「とにかく、トランサーに帰ってからでないと分からんな」
と、テランジンは、言い航海を進めた。アストレア女王をヘブンリーに送るには、ランドール領内に入らなければならない。艦は、一路ランドール領海を目指した。
翌日、ヨーゼフは、ステラとルーシーを連れ登城した。レンは、謁見の間ではなくマルスやラーズが来た時に使う部屋で会う事にした。
「ようこそトランサーへ、レオニール・ティアックです」
と、レンは、にこやかに挨拶した。私的な部屋に連れて来られたステラとルーシーは、ただただ恐縮するだけだった。
「ルークは今ランドール領海を航行してます、ヘブンリーの女王を送るために、後三、四日もすれば無事に帰って来るはずですよ」
「左様、それまではとりあえず我が屋敷に寝泊まりされよ」
と、レンとヨーゼフが言うとルーシーが何か言いたそうな顔をした。ステラは、何も言うなと言わんばかりにルーシーの袖を引っ張った。
「何かご質問でもおありですか?」
と、レンは、笑顔で聞いた。ルーシーは、意を決した様に言った。
「あ、あの陛下は何故ルークのようなならず者を…その貴族に?」
「ルークはならず者なんかじゃありませんよ、今や立派な海軍中将です、僕はルーク達元海賊が居たからこの国の王子、そして国王となれたのです」
「我が義息子テランジンの片腕として良く働いてくれてます、義息子もルーク達が居たからこそやって来れたと良く申しております、それにルークは良く弟分の面倒を見ておりますでのぅ」
と、レンとヨーゼフは、満足気に話した。ステラとルーシーは、ルークがレンやヨーゼフに心から信頼されている事を知り安心した。レンは、ルークの子供の時の話しなど聞かせて欲しいと言った。ステラは、喜んで話してくれたが、ルーシーは余り話したがらなかった。そんな時、ディープ伯爵が血相を変えて部屋に入って来た。
「どうしたの?イーサン」
「ははっ、陛下、大変ですルーク殿の事で今メクリア大使殿が謁見を求めて来ております」
「えっ?」
レンとヨーゼフは、顔を見合わせ驚いた。ディープ伯爵の様子から見て決して良い知らせでは無い事が分かったからだ。ステラとルーシーも不安気にしている。レンは、とにかくメクリア大使に会う事にして二人には、ここに居るよう言い謁見の間へディープ伯爵と向かった。
「な、何があったのかしら…」
「大丈夫でござるよ」
と、ヨーゼフがステラとルーシーを励ましたが、ちょっと不安だった。謁見の間でメクリア大使から話しを聞いたレンとディープ伯爵は、憤っていた。何とメクリア政府がルークの身柄を引き渡せと言って来たのである。十九年前のヒープ家に対する仇討が正当なものだったのか吟味をすると言って来たのであった。
「な、何で今更…どういう事ですか?」
「左様、何故今頃になってメクリア政府がルーク・メタールに対して吟味をするのですかな?」
「ははぁ…私も今朝急に本国からの魔導話で知らされ誠に驚いております、昨日ヨーゼフ公には問題無いと申し上げた所でしたのに…」
と、大使は、困り果てた顔をして言った。連絡を受けた時、大使も何故今頃になって吟味を行うのかと聞くとサムス・ヒープの訴えがルークの父カーク・メタールの死刑に関わった元役人達の知るところとなり騒ぎ出したと言う。元役人達は、引退したとは言え相当権力を握っているそうで今の政府の役人達は、それらの言いなりだと言う。
「情けない…」
と、ディープ伯爵が吐き捨てる様に呟いた。
「しかし、なぜその元役人達は今になってルークの事を?サムス・ヒープが政府に訴えた時は相手にしなかったんでしょう?」
「ははぁ、確かにそうだったのですが元役人達はヒープの事より自分達の身が危ないと感じたのではないでしょうか?ヒープが騒ぎ出した事で過去を蒸し返され今や世に隠れもしないルーク殿から責任を負わされると考えたのでしょう、それならと逆に十九年前の敵討ちは決して正当な敵討ちではないと世間に広め自分達は間違っていないと証明するためにルーク殿を吟味すると言い出したのでしょう」
「ヒープ家の嘘の証言を元にルークの父を捕え、挙句の果てには死刑にしたその元役人共の身から出た錆ではないか、おまけに今頃になってルークを吟味するなどと言うとは…」
「当時のルークの状況からすると無断で敵討ちをしたのは仕方が無かったでしょう、政府が父を死刑にしたんだから届けを出した所で相手にされないのは目に見えてますからね…とにかくトランサー王国としてはルークをメクリアに引き渡す事は出来ません」
と、レンは、はっきり言った。メクリア大使も引き渡す必要は無いと言った。そして、もう一度本国に確認すると言い城を辞して行った。レンは、ステラとルーシーが待つ部屋に戻り大使からの話しをした。
「な、何と…」
「ルークの事で陛下にはとんだご迷惑を」
「いいえ、大丈夫ですよ、今頃になってルークを吟味するなどと言うメクリア政府がどうかしてるんです、絶対にルークをメクリアには渡さないのでご安心を」
と、心配するステラとルーシーにレンは優しく言った。そして、翌日の世界中の新聞には、とんでもない記事が載せられていた。「トランサー王国海軍中将ルーク・メタール子爵の過去」と題された記事である。記事には、ルークの過去、即ちメクリアでヒープ家一族を惨殺し逐電、その後当時ならず者の島として有名だったデスプル島に渡り悪行を重ねた上、海賊になりトランサー現国王レオニール・ティアックに上手く取り入りトランサー人となり元海賊と言う事で海軍に入り将校に取り立てられ、どういうからくりを使ったのか貴族になったなどとある事ない事が書かれてあった。
「何だよこの記事は…これじゃあまるでルークがただの悪党じゃないか、だ、誰がこんな記事を」
と、レンは、エレナと暮らす部屋で怒っていた。エレナも記事を見て驚き怒りを露わにした。レンは、直ぐにディープ伯爵を呼び新聞の事を話した。
「おそらくメクリアが手を回したのでしょう、大使館に行き抗議して来ます」
ディープ伯爵は、直ぐ支度をしてメクリア大使館に向かった。大使館前には、怒り狂ったヨーゼフがテランジンの子分一人と既に来ていた。
「一体この記事はどういう事じゃ?大使殿はどうした?」
「ははぁそれが昨日夕方になって大使殿に召還命令が出たのです」
と、大使館員が訳が分からないといった顔をして答えた。大使館員によると昨日、城から戻った大使は、もう一度ルークの事で本国に連絡した。その時、突然召還命令が下ったと言う。当然、大使は理由を聞いた。聞いて呆れ果てた。メクリア国内では、メタール家に対して同情的な意見が多く大使もその一人と見られていたのだ。実際はその通りであるが。ルークの父を死刑にした元役人達は、メタール家に対して同情的な者は困ると考え自分達の息の掛かった者を大使に任命させその者と交代させたのだった。
「で、大使殿は帰られたのか?」
「はい、直ぐに帰還せねば家族に累が及ぶと脅されたそうです」
「何と…破廉恥な」
ヨーゼフとディープ伯爵が憤った。その頃、サムス・ヒープは、宿屋で新聞を見て驚いていた。自分が訴え出た時は、全く相手にされなかったのにどういう事だろうと思った。
「ま、まさか私の訴えが認められたのか?それにしても私の名前が載ってない…ヒープ家とだけ載ってある、とにかく大使館に行ってみよう、はは、あはははは」
と、本当の理由を知らないサムス・ヒープは、小躍りした。ヨーゼフとディープ伯爵は、大使館員に新聞記事の抗議をしても始まらないとして二人は、城に向かった。魔導車の中でヨーゼフは、サムス・ヒープの事をディープ伯爵に話していた。
「なるほど、一昨日話していたそやつが此度の元凶ですな、今もトランサーに居るのでしょうか?」
「居るだろうな、ルークに直接会い賠償金を払わせようとしておる」
「ひっ捕らえてはいかがでしょう?」
と、ディープ伯爵は言った。ヨーゼフも同じ事を考えていたようで城に着くと直ぐに魔導話で自分の屋敷に連絡を取った。
「わしじゃジャンは居るか?」
「はい、ご隠居、ジャン兄貴なら今日は非番なので居るはずです、少々お待ちを」
と、魔導話に出たテランジンの子分が言い一家の舎弟達をまとめるジャン・ギムレットを呼んだ。この男も海軍士官で少佐でありテランジンの三隻の軍艦の三号艦の艦長である。ほどなくしてジャンが魔導話に出た。
「はい、ご隠居、俺ですジャンです」
「おお、ジャンか、すまんが頼みたい事がある」
「何です?」
ヨーゼフは、サムス・ヒープの事を話した。
「そいつをとっ捕まえりゃ良いんですね?」
「そういう事じゃ、そやつの特徴は、ステラ殿とルーシー殿とこの間そやつを見た若い衆に聞いてくれ」
「承知しました、では」
と、ジャンは、魔導話を切り直ぐに取り掛かった。ステラとルーシーにヒープの特徴を聞き、見たと言う弟分と他三人ほど連れて魔導車に乗り屋敷を出た。まずは、港町から探してみようと港町に向かった。
「貧相な面で小男か…おい、おめぇは知ってんだな?」
「へい、兄貴、しっかり覚えてやす」
港町に向かう道でも抜かりなく通り過ぎる人を見た。すると城下町のメクリア大使館に向かうサムス・ヒープがとぼとぼと歩いているのが見えた。
「おお、あいつか?確かに貧相な面してらぁ」
「へい、兄貴あの野郎ですぜ」
「良し捕まえろ」
突然、黒塗りの魔導車がサムス・ヒープの前に停車した。ヒープは、驚き叫ぶように言った。
「あ、危ないじゃないか!」
「よう、てめぇがサムス・ヒープだな?話しがある、乗れ」
「えっ話し?何の話しだ?わ、私はお前達の事なんか知らないぞ、は、放せ!」
ジャン達は、強引にヒープを乗せ屋敷に帰った。ジャンは、直ぐに城に居るヨーゼフに連絡を取った。連絡を受けヨーゼフは、レンにその事を話し屋敷に帰った。
「えらい早く見つけたのう」
「はい、ご隠居、この野郎ご城下のメクリア大使館に行く途中だったようで」
「ご苦労だった、非番の日にすまんかったのう、後はわしに任せてゆっくり休んでくれ」
「はぁ、それでは」
と、ジャンは部屋から出て行った。ヒープは、どうして屋敷に連れて来られたのか分からず震え上がっていた。周りを見れば厳つい男達が自分を見下ろしている。部屋の入り口から女の怒鳴り声が聞こえた。
「ちょ、ちょっとお姉さん、待って下さい、い、今ご隠居が」
「うるさい、お放し!ヒープッ!あんたぁ!」
ルークの姉ルーシーがジャンを突き飛ばしヨーゼフ達が居る部屋に入るなりヒープに飛び掛かり殴り倒した。女とは思えない程の迫力であった。
「い、いかん!皆、止めろ」
と、ヨーゼフが言いテランジンの子分達が止めに入った。
「ふぅ…ふぅ…ふぅ…」
ルーシーは、肩で息をしている。目が血走っていた。殴られていたヒープが目の前の女がルーシー・メタールと言う事に気付き喚き散らした。
「おお、お前はメタール家の、まだこの屋敷に居たのか!」
「このぉ!」
と、またルーシーが殴りかかろうとしたのをヨーゼフが止めヒープに言った。
「サムス・ヒープ其の方に聞きたい事がある、なぜ今頃になってルーク・メタールから賠償金を取ろうとするのじゃ?」
「な、ど、どうしてあなたにその様な事お話せねばならんのですか?あなた方には関係ないでしょう」
と、ヒープは、ルーシーに殴られた顔を擦りながら答えた。
「わしはルークの姉や母御、大使館の者から昔の事を聞いた、聞けば聞くほどおのれの一族や元役人共が悪いではないか、どういう事か?!」
「で、ではあなたはルーク・メタールが無断で敵討ちをした事も知ってるんですね?私の本家の者達を皆殺しにしたと」
「ああ、この新聞に載る前から知っておったが内容が随分と違うぞ!この記事はまさかおのれが書かせたのか?」
と、ヨーゼフは、新聞をバンバン叩きながら言った。ヒープは、知らないと言った。自分も新聞を見て驚いていると話した。
「ほ、本当ですよ、私が最初に国に掛け合った時は相手にされなかったのに」
「教えてやろう、おのれが十九年前の事を蒸し返したおかげでその当時、ルークやここに居るルーシー殿の父を死刑にした元役人共が騒ぎ出したそうじゃ、其の方にとっては幸いしたのぅ、だがルークからは一ユールも取らさせぬ、あいつの無断での敵討ちは当時の状況を考えると仕方のない事じゃ」
「そ、そんな事…分かりませんよ、国は私の訴えを聞き入れてくれたのかも知れませんからね」
「黙れぇ!十九年経ってルークを討ちに来たと言うなら話しは分かる、十九年間剣の腕を磨いていたと考えればな、しかし十九年も経って賠償金をよこせとは何事だ!」
と、ヨーゼフが怒鳴った。ヒープは、ぶるぶる震え出した。ヨーゼフは、目線をヒープに合わせ言った。
「何故、今頃になって賠償金を取ろうと思ったのだ?」
「そ…それは…」
サムス・ヒープは、観念したのか今の自分の生活状況を話し出した。十九年前、ルークが本家を滅ぼした事によって分家のサムス・ヒープ家の家計は、ボロボロになったと言う。本家の者達は、役人をしていた。分家のサムス・ヒープ家では、役人である本家の威光を笠に着て商売をしていたのだが本家が滅ぼされて以降、商売が立ち行かなくなり廃業に追い込まれた。当時、ステラとルーシーに対して賠償金を求めようと考えたが世間の目は厳しく、とても賠償金など求める事が出来なかったと言う。ついには、借金まみれとなりそれでも生きて行かねばならず、何とか細々と生活して来た。そして、今回ルークが貴族となったので昔の事を話せば、金を取れるのではないかと考え家族を残し単身トランサーに来たとヒープは話した。
「お前が貧乏をするのは当たり前だ!お前の一族が私達の父に濡れ衣を着せなければ父は死刑にならずに済んだ…私と母も狂人扱いされずに済んだのに…もし賠償金を受け取る事が出来るのならそれは私達だ!」
と、ルーシーは、叫ぶように言うとまたヒープに殴りかかった。ニ、三発殴らせた後、ヨーゼフが止めた。
「まぁとにかく話しはルークが帰って来てからだ」
と、ヨーゼフが言いルーシーを部屋から出しサムス・ヒープを軟禁する事にした。
「其の方にはルークが帰って来るまでうちに居てもらうぞ、良いな?」
ヒープは、力無く頷いた。うな垂れているヒープを見てヨーゼフが呟いた。
「ルークもとんだ災難だな」




