サムス・ヒープ
大衆酒場兼食堂「青い鳥」に入って来たステラとルーシーをヨーゼフ達は、気付かれないよう見た。なるほど、見れば見るほどにルークに似ていると思った。ライラは、わざとヨーゼフ達から近い席に二人を案内した。
「な~る、見れば見るほど良く似とるのぅ」
「そうでしょご隠居」
と、ヨーゼフとシンが話している事に気付かずステラとルーシーは、シンに気付いて囁き合っていた。
「ほらっルーシーあの人、朝馬に乗っていた人だよ」
「そうよ、お母さん、あのチンピラもこの店の常連客だったようね…あの隣のお爺さんは…あのお爺さんも新聞に載ってた人よ」
と、ルーシーは、ヨーゼフに気付き少し驚いた。ヨーゼフ、シン、オヤジは、ステラとルーシーに気付かれないよう二人を観察した。ステラとルーシーは、ヨーゼフ達から聞こえる話しを聞き洩らさないよう意識を集中させた。ヨーゼフ達は、わざと二人に聞こえる様な声の大きさで話し出した。
「ところで、シンよ海軍少将となって気分はどうじゃ?」
「はい、ご隠居、慣れねぇ呼ばれ方をするもんだからケツがこそばゆくていけねぇ」
「あははは、最初はそんなもんじゃ、わしも昔はそうじゃったなぁ、ああ、それといつライラを嫁にするのじゃ?」
と、ヨーゼフは言いライラを見た。ライラは、照れ臭そうにしていた。シンは、近いうちにと言い頭をぽりぽり掻いた。
「それにしてもルーク兄ぃに誰か良い人居ませんかねぇ?海軍中将、子爵の身で独り身なんざ格好が付きませんぜ」
と、シンが言った時、ルーシーが飲み物を噴き出した。そんな様子をヨーゼフ達は、気付いている。ヨーゼフは、もっとルークの事を話せとシンに目配せした。シンは、ステラとルーシーには、全く気付いていないふりをして話した。自分とカツがデスプル島へ流れ着いて間もない頃の話しやテランジンが頭となった海賊団で初めてイビルニア人の軍艦を襲った時の事やデ・ムーロ兄弟を助けた時の事、イビルニア戦争でヤハギ中将の指揮の下、戦った時の事など話した。
「そりゃあルーク兄ぃが居たから俺達は戦えたんだ、テラン兄貴が居ねぇ時はルーク兄ぃが変わりみてぇなもんですからね」
と、シンは、自慢げに話した。近くの席で聞き耳を立てていたステラとルーシーは、意外な顔をしていた。まさか自分の息子や弟が大活躍しているとは、思っていなかったからだ。
「凄いじゃないかルーシー、ルークはちゃんと生きていたみたいだねぇ」
「あの子がねぇ…本当かしら…話しているあの男を見るとどうも信用できないわ」
と、ルーシーは、ちらりとシンを見た。やはりルーシーから見ればガラの悪いチンピラにしか見えないようだった。
「とにかくルークが帰って来るまで待ちましょう、生きていたのならどうして直ぐに私達を探さなかったのか…」
ルーシーは、酒をグイッと飲み干し新たに注文した。母ステラが飲み過ぎなんじゃないかと注意したがルーシーは、全く聞く耳を持っていない。注文された酒を持って行ったライラが、それとなくステラとルーシーを見た。二人ともあまり裕福そうには見えなかった。着ている服もどこか古臭い感じがした。ライラは、見て感じた事をヨーゼフ達に話した。
「ルークやあの二人に何があったのか聞かねばならんのぅ」
と、ヨーゼフが顎髭を撫でながら言った時、ステラとルーシーが座る席に旅行者と思われる二人組の男がステラとルーシーに声を掛けていた。
「よう、あんたらも旅行者だろ?こっち来て一緒に飲まねぇかい?」
「さっきから見てると良い飲みっぷりだねぇ」
一人の男がルーシーの肩に手を回した。男は、かなり酒に酔っている様子だった。
「けっこうです」
と、ルーシーは、肩に置かれた男の手を荒っぽく振り払った。それに腹を立てた男が強引にルーシーを自分達の席に連れて行こうとした。
「まぁ良いじゃねぇか、あんたみたいな年増でもこうやって相手になってくれる男が居ると思えば、なっ、さぁ一緒に飲もうぜ」
「いやっ!放して!」
「くっ!この女ぁ!」
その様子を見たヨーゼフ達は、慌てて止めに行こうとしたがオヤジが店の用心棒でもあるゴンに止めに行くよう言った。
「お客さん、こちらの方は嫌がってるじゃありませんか、お止めになって下さい」
「な、何ぃてめぇにゃ関係ねぇんだ、ほらぁ一緒に飲むぞ」
「止めろっつってんだろ!」
と、ゴンが男の腕を掴み上げた。
「いいててててっ!はな、放しやがれ!」
「おい、止めろ!そいつの手を放せ!」
「大人しく席に戻るんなら放してやる」
「な、何を?!こ、この野郎!」
と、もう一人の男が仲間を助けようとゴンに襲い掛かった。間に挟まれたステラとルーシーがお互いを守り合うように抱き合った。ヨーゼフがシンに行けと合図を送った。シンがゴンに加勢する。店内なので剣を抜く事を控えていたシンだったが、相手の男がカッとなり護身用として携帯を許されている短剣を取り出した事で剣を抜かざるを得なかった。
「そんなもん出すんならこっちも遠慮はしねぇぞ」
と、シンは、カツの形見でもある剣に手を掛けた時、ヨーゼフの大音声が店内に響いた。
「止めんか!其の方らどこの国の者かは知らぬが勘定を払ってさっさと出て行くが良い」
「な、何だとジジイ!俺達は客だぞ!」
「やかましいっ!他のお客に迷惑かけるような奴ぁ客じゃねぇ」
と、オヤジが怒鳴った。
「くっ!全部お前が悪いんだ!この馬鹿女め!」
と、男がルーシーの頭を引っ叩いた。その瞬間、シンは、抜き打ちで男の鼻先に剣先を向けた。
「おい、次はてめぇの鼻をそぎ落としてやるぞ、そこの野郎、てめぇもだぜ」
と、シンが脅すと目の前で剣先を見せつけられた男は、一瞬で酔いが覚めたのか急に大人しくなった。その様子を見たもう一人の男も戦意を失い大人しくなった。
「さぁもう勘定払って帰ってくんな」
と、オヤジに言われ男達は、金を置いてそそくさと店を出て行った。気の強いルーシーは、自分の頭を叩いた男に仕返しがしたいと騒ぎ出し後を追いかけようとした。
「ルーシーもう良いじゃないか、お止め」
「放してお母さんっ」
「まぁまぁ、姉さん、落ち着いて下せぇ」
と、シンも慌てて止めた。そこへヨーゼフが静かに歩み寄り声を掛けた。
「ルークの母御と姉御でござるな?」
声を掛けられたステラとルーシーは、ハッとしてヨーゼフを見た。
「ヨーゼフ・ロイヤーでござる、ルークの事お話し下さらぬか?」
と、ヨーゼフに言われステラとルーシーは、まさか話しを聞かせろと言われるとは考えていなかった様で困惑した表情を見せた。ヨーゼフは、店の奥の席に二人を移動させた。そこにシンも加わり四人で座った。
「まずは、先ほどはありがとうございました…ルークの姉ルーシー・メタールです」
「母ステラです」
と、二人は自己紹介した。シンも自己紹介を済ませ話しを聞く事になった。
「あの子の事をこの新聞で知って本当に驚きました…まさか貴族になるなんてねぇ」
「ルークが生きておる事はご存じだったのですな?」
「はい、あの子が国で事件を起こして逃亡してそれから風の噂でデスプル島に渡ったと聞きました…それから」
「あの子は海賊になった」
と、ルーシーがステラの言葉尻を捕って言った。
「左様、わしの義息子と海賊を始めたそうで、しかしルークは国元で何をしたのですか?」
と、ヨーゼフは、ステラとルーシーを交互に見て聞いた。ルーシーの顔色が怒りの表情へと変わっていった。
「あ、あの子はある一家を皆殺しにしたんです」
「ちょっとルーシー、皆殺しだなんて、違うんです敵討ちです、夫のつまり父親のです」
「ほほぅ敵討ちとな?それは殊勝でござるな、子供なら親の敵を討つのは当然でござる」
と、ヨーゼフは、真剣な顔をして言った。
「ええ、でも方法がいけなかった…あの子は国に何の届けも無く許可も無く一人夜討ちをして」
「一人でですかい?凄ぇな兄ぃ」
「何が凄いもんですか!あの子が勝手な真似をしたおかげで私達は…」
と、ルーシーは怒りに震えていた。ヨーゼフは、複雑な思いでルーシーを見た。
「しかし、何故ルークは敵を討たねばならなかったのですか?」
「はい、それは…」
と、ステラが話し出した。十九年前メクリア国では、国の機密情報の漏えいが酷く政府の悩みの種になっていた。その情報漏えいに関わっているのがルークの父親だったと言われていた。
「私の夫はメクリアの外交官をやっていました、濡れ衣だったんです」
「そう、父は嘘の証言で政府に逮捕され疑惑が晴れないまま死刑にされ…私達は残されました」
と、ルーシーが虚空を見つめて言った。
「旧家だったメタール家には昔から仲の悪い家がありましてねぇ、ええその家も旧家です、夫を犯人に仕立て上げたのはその家の当主だったんです、それを知ったルークはまだ当時は学生でしたが、その家の者が全員揃う日を調べてその日の夜に夜討ちしたんです、最後には火を放って逐電しました、それっきり音信不通になり…ふ、ふふぅぅぐすん…」
ステラは、すすり泣き始めた。ステラの代わりにルーシーが話し出した。
「当時、父は国によって死刑にされました、ルークの敵討ちは国の判決に不服があると理解され残された私達は謹慎処分になり半年間、家に閉じ込められました…半年後今度は真犯人が見つかったと言って来たのです、国からは何の謝罪も無かった…悔しくて悔しくて、私も母も何度も政府に抗議に行きましたが今度はそんな私達を狂人扱いし始めたんです、近所の人からも相手にされなくなり土地に居られなくなって私達は隣国のメタルニアへ移住する事にしました」
と、話しルーシーは、目の前の酒を一気に飲み干した。慣れない土地で女二人だけで生きて行くには、大変だったとも言った。
「ルークさえ居てくれたらと何度も何度も思いました…そんな時あの子がデスプル島に居ると噂で聞きました、それから数年して今度は海賊になったと…あの子はどんどん昔のルークじゃなくなっていると感じました、もう私達の事は忘れてしまったのだろうと」
と、ステラは、ハンカチで涙を拭いながら話した。隣にいるルーシーの目が座っている。
「で、ですが兄ぃはお二人はもう死んだと思い込んでるようですぜ」
と、シンが恐る恐る言うとルーシーがカッと目を見開きシンの胸ぐらを掴まんばかりの勢いで言った。
「何ですってぇ?私達が死んだと?あのお馬鹿!」
「お、落ち着いて下さい姉さん!生きてるって知れば兄ぃも喜びますよ、きっと!」
「あの子はいつ帰ってくるの?一週間なんて待てないわ!早く会わせて!」
「ちょ、無理ですよぉ!今朝出港したんですぜぇ」
「まぁまぁお二人とも、ルークが帰って来るまでわしの屋敷に泊まってはいかがですかな?宿屋など金がかかるだけでしょう?」
と、ヨーゼフがルーシーをなだめながら言った。ステラは、恐縮しながらもヨーゼフの申し出を受ける事にした。ルーシーは、宿代は全部ルークに払わせると言って聞かなかったが何とか屋敷に泊まる事を納得させた。
「では、明日の朝に宿屋へ迎えを送るので屋敷に来て下され」
そう言ってヨーゼフは、ステラとルーシーを一旦宿屋へ帰した。店の中も客がちらほら居るだけになっていた。
「しっかし、母ちゃんの方はあれですが姉ちゃんの方は相当気が強いようですね、ご隠居」
「うむ、ルークを相当恨んでおるようじゃな…しかし顔を見ればそんな事忘れるだろうよ」
「で、殿様じゃなかった陛下にお知らせするんですか?」
「そうじゃな、一応ルークの家族とはっきり分かったからのぅレオニール様にお話ししておこう」
と、ヨーゼフとシンが話していた頃、ある男が一人城下町にあるメクリア大使館で大使館員と話し合っていた。その男は、十九年前ルークの手によって討たれた一族の縁者だと言う。
「あのメタール子爵から賠償金を?今頃になって?」
「そうです、私はねぇ払える者から払ってもらいたいんですよ」
と、大使館員に訴えていたのは、サムス・ヒープと言う貧相な男だった。この男は、ルークが海賊やトランサー海軍の軍人になった事を知っていた。ステラとルーシーがメタルニアに移住した事も知っていた。
「本家を襲ったのは違法ですよ、何の届け出も無かったって言うじゃありませんか」
「私はその当時まだ子供だったので良く知りませんが、年寄りから聞いた話しによるとヒープ家の者が役人に嘘の情報を流してメタール子爵の父上を捕えさせたと、そして早々に死刑にしたそうじゃありませんか、現に死刑後に真犯人が捕まったと」
「うっ…それは…わ、私は直接は知らないがそうらしい、しかし本家の者がメタールが怪しいと言っただけで死刑にとは言ってないはずですよ、それなのにルーク・メタールは本家の者達を皆殺しにしたんですよ」
と、サムス・ヒープは、額に汗を流して話した。若い大使館員は、当時の事をもっと知る者を呼んで来ると言い奥の部屋へ引っ込んだ。ヒープは、椅子にもたれ掛かり天井を見つめた。
「ふん、メタール家の小僧が他国で爵位を持ち貴族になるなど断じて認めんぞ俺は…あの敵討ちは違法だったんだ、ただの人殺しだ…これを世間に知らしめ大恥を掻かせてやる」
と、ヒープが意気込んだ時、奥の部屋から中年の大使館員が現れヒープは、大慌てで座り直した。中年の大使館員は、ヒープをどこか怪しい目で見ていた。この男は、十九年前は二十歳を過ぎたくらいで敵討ちの事を良く覚えていた。
「あなたがあのヒープ家のご縁者さんですか?はいはい、良く覚えていますよ私と余り歳の変わらないメタール殿がお父上の敵を討たれたと知った時はそりゃ震える思いで聞きましたよ」
「だからあれは敵討ちじゃないんですよ、ただの人殺しですよ、あいつは役人に何の届けもしなかったんですよ」
「しかし、結果的には敵討ちでしょう、あなたの縁者が虚言を持って当時外交官をされていたメタール殿の父カーク殿を陥れた、この事は後に分かった事実でしょう?それと聞いた話しではあなたの一族とメタール家は昔から仲が悪かったそうじゃありませんか、それに政府によって死刑にされたのに敵討ちをさせてくれと言えますか?言えば国家反逆罪になっていたでしょう」
「し、しかし」
「しかしもへったくれも無い!十九年経って今頃何を言ってるんだ?私は、いやここは大使館ですよ、そんな事はまず本国の役人に相談しなさい」
と、中年の大使館員は、怒り出した。ヒープもついカッとなり言い返した。
「国の役人に相談しましたよ、ですが相手にされなかった…挙句の果てにはトランサーに直接行って自分で何とかしろとまで言われたんだ!私はメクリア人ですぞ!自国の者に対して余りにも冷たすぎるじゃないか!」
メクリア政府の冷たさには、理由があった。十九年前、嘘の情報を信じ死刑にまでしてしまい当時謝罪しろと訴えて来たステラとルーシーを狂人扱いした事実を今更、世間に知られたくなかった。しかも死刑にしたカーク・メタールの息子は、トランサー王国海軍中将、子爵にまでなっている。下手にサムス・ヒープの訴えを聞き入れれば大変な事になると考えたのだ。
「とにかく、私達大使館員も大使閣下もあなたには協力出来ない、さぁもう話しは終わった、出て行ってくれ」
「くっ…」
ヒープは、追い出されるようにメクリア大使館を後にした。港町にある宿屋に向かった。その宿屋は、偶然にも今、ステラとルーシーが泊まっている宿屋だった。
「畜生め…こうなったら俺が直接あの小僧に会って脅してやる、十九年前の事を!」
翌朝、ステラとルーシーは、宿代を払い宿屋の前でヨーゼフからの迎えを待っていた。宿屋の中にある食堂で朝食を済ませたサムス・ヒープが偶然中から二人を見かけた。
「あっ?!あの二人は!メタール家の…何でこんな所に…そうかルークの小僧が二人を呼び寄せたんだな、良しどこに行くか見届けてやる」
ちゃんと服を着ていたヒープは、宿の者に声を掛け、そっとステラとルーシーの後を追う事にした。しばらく二人の様子を伺っていると黒塗りの魔導車が二人の前に現れ、中から強面の男が出て来て二人に一礼するのが見えた。
「お二人がルーク兄貴の母上様と姉上様ですね、さぁどうぞお乗り下さい、ご隠居がお待ちです」
と、強面の男つまりテランジンの子分が丁寧に言った。二人は、おどおどしながら魔導車に乗り込んだ。
「何で魔導車なんかに乗るんだ畜生!あっ!行ってしまった」
と、ヒープは、慌てて駆けたが魔導車に追いつくはずも無かった。
「はぁはぁはぁ…いったいどこに向かってるんだ」
ヒープは、追いかけるのを諦め無駄だと思ったが通り過ぎる人にさっき通った魔導車が誰の魔導車なのか聞いてみた。
「ええっ?さっきの魔導車?ああぁありゃロイヤー公爵家の魔導車さ、かっこ良かっただろ?あれはデ・ムーロ兄弟からの贈り物だそうだ」
「そ、そうですか、で、ロイヤー家はどこにあるんですか?」
「ああ、この道を真っ直ぐお城に向かって行けば直ぐに分かるよ」
「そうですか、ありがとうございます」
ヒープは、少し休憩してロイヤー屋敷を目指した。坂道が続く。ヒープは、貧相な顔を歪めながら坂を上った。しばらく歩くと左側に広大な屋敷が見えた。屋敷と言うより出城の様に思えた。それは、もしもの時の事を考えティアック家の急先鋒として戦えるようにとヨーゼフが設計した屋敷なのである。
「凄いお屋敷ねルーシー、お庭があんなに綺麗…」
「ようこそ我が家へ、さぁどうぞ中へ」
と、ヨーゼフ自ら出迎えステラとルーシーを屋敷内に入れた。この頃には、カンドラ達に家を焼かれたシドゥの家族やテランジンの家族は、それぞれ改に屋敷を拝領したり家や工場を立て直してそこに移っていた。屋敷に居るのは、ヨーゼフ、リリー、デイジーとテランジンの子分達であった。
「ようこそ、私はリリー・ロイヤーです、この子は娘のデイジー、ルークには夫がお世話になっております」
と、リリーが自己紹介した。ステラとルーシーも自己紹介を済ませ部屋に案内された。
「ルーク兄貴が帰って来るまでこのお部屋をお使い下さい、ではごゆっくり」
と、子分が二人を部屋に案内して去った。
「まぁこのお部屋からお庭が一望出来るわ」
「そうね、お母さん…後はあの子が帰って来るのを待つだけだわ」
と、ルーシーが目をギラつかせて言った。屋敷の外では、ヒープがウロウロと屋敷の中の様子を伺おうとしていた。
「しかし、どうしてあの二人がこの屋敷に入って行ったんだ?ルークがこの屋敷に居るのか?」
「おい、あんたうちに何か用でも?」
「へっ?あああ?!」
と、いつの間にか居たテランジンの子分にヒープは、驚いた。子分は、雲を着くような大男で小柄なヒープが虫の様に見える。
「お頭に用事か?それともご隠居様に用事か?」
「い、いや用事と言う訳じゃ…と、ところでこのお屋敷にルーク・メタールと言うお人が居るかね?」
「何?ルーク兄貴?ルーク兄貴はここには居ないぜ、兄貴は今、お頭と海の上だ、あんた兄貴の知り合いかい?」
「ええっ?ああ、まぁそんなとこです、そ、それと先ほど女性が二人お屋敷に入られたと思うのですが…」
「あんた何か怪しいな、何でそんな事を聞く?ちょっと来い」
と、子分がヒープを捕まえようとしたがヒープは、素早く身をかわした。
「す、すいません、余計な事を聞いたようで失礼します」
と、ヒープは言い大慌てで逃げる様にこの場を去った。子分は、追いかけようと思ったが見るからに貧相な小男に何が出来るかと思い直し屋敷に戻り、とりあえずヨーゼフに話した。
「何っ?屋敷の様子を?どんな男だった?」
子分は、詳しくヨーゼフに話した。
「ルーク兄貴と母上様と姉上様の事を聞いてきました」
「ふぅむ、そうかとにかくあの二人に聞いてみよう」
と、ヨーゼフは、ステラとルーシーに子分から聞いた話しをした。二人は、心当たりが無いと言ったが、何か思い出したのか顔色が段々と変わってきた。
「お母さん…もしかしてヒープ家の分家の男じゃないかしら?ほらったまに家の前を通り過ぎたら壁に必ず小便を引っ掛けて行く嫌な奴」
「ああ、そんなのが居たねぇ…名前は確か…サムス、そうサムスよ」
「ほほぅ、サムス・ヒープと言うのですな」
「はい、でも何で今頃あの男が…まさかルークに復讐しようとしてるのかしら」
と、心配そうにステラが言うとルーシーが鼻で笑って言った。
「ふふん、あんな小男に何が出来るんですか、どうせルークが貴族に取り立てられたのを知ってお金でもせびりに来たんでしょうよ、昔の事を言って」
「まぁ何をしに参ったのか分からぬがメクリア大使館に行きその男の事を調べて来ましょう」
「ええっ?ご隠居様が?」
「はい、お二人やルークには指一本触れさせませんぞ」
そう言ってヨーゼフは、メクリア大使館に行くため服を着替えた。ステラとルーシーは、ルークや自分達の事でヨーゼフ自ら動き出すとは考えもしなかったので大変恐縮した。その頃、屋敷から少し離れた所にヒープは、居た。
「ああ、びっくりした…しかし今ルークの奴は海の上と言っていたな、いつ帰って来るんだろう、ああ、また借金が増える…あいつを脅して金を取り早く借金を返さないと」
と、ヒープは、一人頭を抱え込んで悩んでいた。




