栄典式
レンが、トランサー王国の国王となってから三日目、レンは、国王の身分で初めて議会に出席した。改めてティアック王朝が始まった事で貴族、軍人、政治家達の人事や栄典などが話し合われた。まず、国王となったレンとエレナには、トランサー王国最高位の勲章が授与される事が決まり、ヨーゼフにも同じ勲章を授与する事が決まった。そして、レンを養育したフウガにも同じ勲章が授与される事が決まったが、フウガは既にこの世に居ないのでサモン家を継いだマルスに授与される事が決まった。ラストロにも勲章が授与される事も決まった。レンや国に対して功労のあった者全てにそれに合った勲章が授与される事が決まった。人事では、ヨーゼフの隠居が認められ、新しいレンの側用人がディープ男爵に決まった。ディープ男爵は、栄典により男爵から伯爵へと爵位が上げられる事にもなった。そして、今まで無かった省を設置する事となった。陸軍省と海軍省である。軍事面の事は、全てヨーゼフが管轄していたが、隠居した事により管轄する者が居なくなったので新たに作る必要が出来た。陸軍大臣には、サイモン大将が選ばれ元帥と伯爵位が贈られる事になり、そして、海軍大臣には、テランジンが選ばれ同じく元帥とした。二人は、辞退したが適任者が居ないので半ば無理やり任命する事となった。そして、ルーク、シンと言った元海賊達である軍人の栄典も決まった。ルークは、大佐から中将へ二階級特進しシンも中佐から少将と二階級特進した。更にこの二人には、爵位が贈られた。ルークは、子爵、シンは、男爵に叙任する事に決めた。この待遇には、テランジンが大いに驚いた。
「あの二人が自分達が貴族になったと知ったら腰を抜かしますよ」
栄典式は、一週間後と決め議会の議長を務めるエイゼル・ジャスティ大臣が最後に恩赦について意見を求めた。
「皆、どうですかな?改めてレオニール様の御代になったおめでたい年、ブラッツの反乱に参加した者達に恩赦を与えては?陛下いかがでしょう?」
と、ジャスティ大臣がまずレンに意見を求めた。「陛下」と呼ばれる事にまだ不慣れなレンは、一瞬自分が呼ばれた事に気が付かなかったが、ハッとして少し顔を赤くして答え出した。
「はい、彼らも十分に反省したでしょう、僕も恩赦には賛成です…それと」
「それと?」
「カンドラ事件で服役させているメタルニア人三人にも恩赦を与えます」
「ああ、あの三人の若者ですな、テランジン殿、いかがかな?そなたの弟分であるカツ・ブロイの死に関わった連中ですぞ」
と、ジャスティ大臣は、念のためテランジンの意見も求めた。三人を出所させたら密かに殺してしまうのではないかと思ったからだ。
「その事でありますが陛下、大臣、私は恩赦を期待して今、メタルニア大統領キャデラ閣下とデ・ムーロ商会のミランとクリフ兄弟を滞在させております」
と、テランジンは、話し出した。三人を出所させたらメタルニアのデ・ムーロの工房で職人見習いとして働かせると話した。その事は、大統領もデ・ムーロ兄弟も承知していると言った。
「何じゃ話しはついていたのか、陛下いかがでしょう?」
「テランジンの思うようにやって」
「ははっ、ありがとうございます」
恩赦も決まり、最後にベッサーラ王国に対する事が話し合われた。
「ベッサーラ国王、並びに国民達は今だにイビルニア人ライオットの洗脳が解けず我が国と戦争をする構えである、洗脳さえ解ければ彼らは常人に戻り戦争を止める事は出来るはず、戴冠式中にベッサーラ艦隊の者達の洗脳を解いたと言う海獣王リヴァーヤの力を借りる事が出来たら良いのだが…陸上の者達の洗脳を解けるのか」
「その事ですが大臣、ロギリア帝国のティガー大帝がベッサーラの事は任せて欲しいと」
と、レンが昨夜ティガー大帝が提案した作戦を話した。ロギリアに帰るついでにカイエンとシーナを連れ少し遠回りになるが洗脳を解いて来ると言ったのである。当然、洗脳が解けたベッサーラ艦隊も行く。
「なるほど…それは大いに助かりますな、ではそうして頂きましょう」
と、ジャスティ大臣や他の大臣、政治家達もあっさり納得した。
翌日、恩赦が伝えられ早朝から歓声とどよめきが刑務所内を包んだ。家族が迎えに来る者や一人寂しく出所する者など様々居る中、テランジンは、キャデラ大統領とデ・ムーロ兄弟を連れカンドラの元子分であるポッツ・ビート、マイキー・バイツ、グアン・ナールを目の前にしていた。三人を獄中で教育して来たハインツ軍曹は、これまでの三人の獄中生活の様子を話した。
「な~る、真面目にしていた様だな」
「はい、閣下、ところで此度のご栄典誠におめでとうございます、元帥となられ海軍大臣におなりになられるとか」
「ん?何だもう知っているのか、誰だおしゃべりな奴は」
と、テランジンは苦笑した。デ・ムーロ兄弟は、そんなテランジンに信じられないといった顔をして言った。
「何だって?この男が元帥?大臣?冗談だろ」
「こんな海賊野郎がねぇ~冗談じゃねぇぜ、まったく」
「これっ!無礼な事を言うな馬鹿者!テランジン殿、此度のご栄典おめでとうございます、ところで以前話していた三人とは彼らの事ですな」
「はい、大統領」
と、デ・ムーロ兄弟の悪態に慣れているテランジンがにこやかに答えた。テランジンは、ポッツ達に自己紹介をさせた。デ・ムーロ兄弟は、腕組をして三人を頭の先からつま先まで品定めでもするかのように見た。
「ふぅむ、なかなか丈夫そうな身体だな、後は根性の問題だ」
「どこまで俺達の厳しい仕事に耐えれるか」
「あのぅテランジン様、このお二人は?」
と、ポッツが怯えながら質問した。テランジンは、微笑みポッツ達を見て話した。
「此度、恩赦でお前達も出所出来る事は分かっているな?ここを出た後、お前達は国へ帰る事になる、そして国へ帰ったらこのデ・ムーロ兄弟の下で働け、この事はキャデラ大統領も了承されている」
「えっ?」
ポッツ達は、驚いた。メタルニアに帰れば今度は、メタルニアの法の裁きにかけられると思っていたからだ。他国の英雄の殺害に関与したために大統領自ら自分達を引き取りに来たとばかり思っていた。
「これも全て、レオニール国王陛下とテランジン元帥のお慈悲によるものだ、もしもまた悪さをするような事があれば今度こそお前達には死を与えねばなるまい」
と、キャデラ大統領は、厳かに言った。
「そうだな、もしもまたやくざな道に走ったら俺がメタルニアに乗り込んで貴様らを成敗する、良いかっ」
「ふむ、テランジン元帥、貴殿には旅券無しで我が国へ入国出来るよう手配しておこう」
と、キャデラ大統領が言うとポッツ達は、テランジンを見てブルッと震えた。こうしてポッツ達は、デ・ムーロ兄弟の下で働く事が決まり、キャデラ大統領らメタルニア人は、帰国した。
「ところでハインツ軍曹、これから君はどうするつもりか?」
と、テランジンは、恩赦を受けたハインツ軍曹に聞いた。
「ははっ、閣下、私は田舎へ帰り農業でも始めようと思います、恩赦を受けたとはいえ裏切り者の私が軍に戻る事は出来ません」
「それは残念だな、サイモンは君が帰って来る事を期待してたんだが」
「えっ?」
と、ハインツ軍曹は、意外な顔をした。
「とにかく軍部に戻りサイモンに会え、話しはそれからだ」
と、テランジンは、ハインツ軍曹を軍部に行かせ自分は、屋敷に帰った。屋敷に帰るとテランジン一家の栄典式とも言える盃事の準備が進められていた。
「あっ、お頭が帰って来た、ルーク兄ぃ、お頭のお帰りですぜ」
「おう、兄貴、始めようぜ」
「ああ、そうか今日は我々の大事な日だったな、良し、始めてくれ」
テランジンは、屋敷の大広間に準備されている祭壇の斜め前横に用意された座布団に腰を下ろした。その隣にデイジーを抱いたリリーも座りその後ろに用意された椅子にヨーゼフが座った。司会進行役のルークが一同、席に着いた事を確認して始めた。
「只今よりぃテランジン一家ぁ出世盃の儀を執り行う、今日の儀式の後見役としてぇ恐れながらテランジンお頭の義父上であられますぅヨーゼフ・ロイヤー公にお願いしておりますぅ」
ルークがそう言うとヨーゼフは、大真面目な顔をして大きく頷いた。一同ヨーゼフに礼を取った。そして、ルークが咳払いを一つ落とし、一家内の人事を発表した。
「マッツ兄貴とイアン兄貴の引退によりロイヤー家の用人には、ジャン・ギムレットとアイン・フェイスが後任につきますぅ」
と、ルークは言い一息つき、後の細かな役どころを発表した。一同納得の人事だったので誰も反対する者は、居なかった。そして、盃事が始まった。死んだカツの代わりをシンが務めシンの代わりを新しく一家の盃事師としてシンが一番かわいがっている弟分、リッキー・ローズと言う気の利いた男がなった。
「教えたとおりにやるんだ、良いな?」
「へい兄貴」
と、シンとリッキーは小声で言い合い祭壇前に一同を見る形で座った。
「ええ~このたびぃ新しく一家の盃事師としてぇリッキー・ローズが務める事となりました事ぉお見知りおき下さい、ではぁ早速ですがぁ始めますぅ」
こうして一家の盃事が開始された。改めてテランジンから盃を受け一家の結束がより一段と固まった。盃事を終えたテランジンは、忙しい。恩赦で出所した元軍人達の処遇を相談するため直ぐに陸軍本部に居るサイモン大将に会いに行った。
翌日、レンは、ティガー大帝とカイエン、シーナを見送るため軍港に居た。マルス、ラーズも居た。アルス皇太子夫妻、エレナの両親、ヨハン太子夫妻は、既に帰国している。
「本当に大帝達だけで大丈夫なんですか?」
と、レンは少し不安を感じて言った。いくら獣人が強いと言ってもロギリアの艦隊だけでベッサーラ軍を制圧出来るのか不安だった。
「なぁに心配はいらんよレオニール殿、我々は戦争に行くのでは無い、洗脳を解きに行くんだから、あははは」
と、ティガー大帝は、亡父ベアド大帝にそっくりな声で豪快に笑った。
「しっかし、本当に俺っちに出来るかなぁ?ルーク兄ぃの話しじゃ何か高けぇ変な音が聞こえたとか超音波ってやつか?」
「変身して人間の洗脳を解きたいって念じながら叫んだら大丈夫って女王様が言ってたけど」
と、カイエンとシーナが信じられないようだった。
「まぁやって見なきゃ分からんだろう、もし駄目だったらカイエン思いっ切り暴れて来いよ」
と、マルスは、冗談で言ったがカイエンは、本気だった。
「とにかくベッサーラに残っておるイビルニア人は、我々で片付くだろう、ではレオニール殿、達者でな、カイエン殿、シーナ殿行こうか」
「ああ、それにしてもアストレア女王が羨ましいぜぇ、俺っちも、もうちょっとトランサーに居たかったなぁ」
と、まだトランサーに残っているアストレア女王をカイエンは、羨ましがった。シーナは、城の料理長ケインからもらった弁当の中身が気になって仕方が無かった。ティガー大帝達が軍艦に乗り込み艦が動き出した。ロギリアの艦隊の後を洗脳を解かれたベッサーラの艦隊が付いて行くの見えなくなるまでレン達は、見送った。それから三日後、ティガー大帝達から無事にベッサーラ人達の洗脳を解き国内に居たイビルニア人を殲滅したと連絡が入った。その事が世界中に報道されトランサー王国対ベッサーラ王国の戦争は、終わった。ベッサーラ国王、ドルフ・ボストーンは、イビルニア人に洗脳された事を恥じ隠居し王位を息子に渡した。
レンが国王として初めて議会に出席してから一週間が経ち栄典式が城内大広間で行われた。栄典式を取り仕切る式部大臣ラストロは、アストレア女王のために特別な席を用意していた。そして、アストレア女王が見守る中、栄典式が開始された。まず最初に国王、王妃となったレンとエレナにトランサー王国最高位の勲章がラストロから贈られた。それから今度は、ヨーゼフの名が呼ばれヨーゼフにも最高位の勲章がレンの手から授与され、同時に隠居する事が正式に発表された。ヨーゼフは、にっこり笑っていたがどこか寂し気でもあった。
「ヨーゼフ、いつでもお城に来てね」
「はい、陛下」
「若って呼んでよ、ヨーゼフから陛下って呼ばれると何だか違う人みたいだから」
そうレンから言われヨーゼフは、堪えていたものが一気に溢れ出だかのように涙を流した。サイファ国の国境付近の村でレンと会ってから五年、たった五年間で色々な事があり過ぎた。最大の出来事である国の奪還から四年である。老体に鞭を打つ様にしてレンを支えて来た。
「はい、若、拙者はいつでも参りますぞ」
「うん」
と、レンも涙ぐみヨーゼフと固い握手を交わした。この後、次々と栄典によって階級や爵位が上がった者達の名が呼ばれレンから勲章を受け取った。
「イーサン・ディープ男爵をその功により伯爵としレオニール国王陛下の御側御用人に任命する」
と、ラストロが伝えると大広間から歓声とどよめきが上がった。ディープ男爵は、レンの前に進み出て臣下の礼をとった。レンは、ラストロから伯爵位を表す勲章を受け取るとディープ男爵に厳かに言った。
「な、汝、その功により伯爵位を与え余の側用人とする」
伯爵となったディープ伯爵は、レンから厳かに勲章を受け取り今まで持っていた男爵位を表す勲章を返上した。
「このイーサン・ディープ、命を懸けて陛下にお仕え致しまする」
と、ディープ伯爵は言いレンの少し斜め後ろに立った。大広間から拍手が沸き起こった。そして、ラストロの代わりに勲章や賞状などを渡す事になった。続いてラストロが叙勲される者の名を読み上げる。
「ダンテ・サイモン大将、テランジン・ロイヤー公爵、前へ」
二人は、レンの前に進み出て臣下の礼をとった。
「ダンテ・サイモン、テランジン・ロイヤー、汝らは武勇を持って余を助け国民を助けこの国に貢献したその功によりダンテ・サイモンを陸軍元帥とし伯爵位を与え陸軍大臣に任命する、同じくテランジン・ロイヤー公爵を海軍元帥とし海軍大臣に任命する」
と、レンが厳かに言うとサイモンとテランジンは、緊張した面持ちで深く頭を下げ答えた。
「ははっ、トランサー王国の守護、並びに国内の安全のため我々、日々精進致しまする」
二人がレンの前から下がるとラストロがまた名を読み上げた。
「ルーク・メタール大佐、シン・クライン中佐、前へ」
呼ばれた二人は、顔を見合わせ「何で?」といった顔をしていた。もう一度ラストロに名を呼ばれ既に席に着いていたテランジンに「いいから行け」と促されてルークとシンは、恐る恐るレンの前へ進み出て臣下の礼をとった。レンは、にっこり笑っている。二人の事を良く知るディープ男爵改め伯爵も傍でにっこり笑っていた。ラストロが、咳払いをして言った。
「ルーク・メタール大佐をその功により海軍中将とし子爵位を与え貴族に列する、並びにシン・クライン中佐をその功により海軍少将とし男爵位を与え貴族に列する、そして非業の死を遂げたカツ・ブロイ中佐を海軍少将とする」
「ええっ?」
ルークとシンは、驚きの余り言葉を失った。軍の階級が上がっても貴族にされるとは思ってもみなかったからだ。おまけに死んだカツにも栄誉が与えられている。呆然とする二人にレンが厳かに言う。
「汝らは余が王国奪還に大きな力を貸してくれた、そして前のイビルニア戦争ではその武勇と航海術を持って大いに活躍しトランサー海軍の名を世界に知らしめてくれた、これからも期待している」
「ははぁぁ!ごご、ご期待に沿えるよう日々精進します」
と、二人は、深々と頭を下げた。ディープ伯爵が二人に与える勲章を乗せた銀の盆をレンに差し出した。レンから勲章を受け取ったルークとシンは、夢でも見ている様な顔をしていた。そして、ミトラ、クラウドといった国内の叙勲者達の発表が終わり今度は、他国人に対する叙勲式が始まった。ラストロが各国名とその国の代表者や国王の名を読み上げる。レンの結婚式と戴冠式に出席したそれらの者は既に帰国しているので代わりに大使が受ける事になる。ティガー大帝やカイエン、シーナの名が呼ばれロギリア帝国大使とドラクーン大使がレンの前へ進み出て一礼した。レンは、大使達に勲章を手渡し礼を述べた。
「ランドール王子ラーズ・スティール殿下、ジャンパール皇国大公爵マルス・サモン殿下、前へお進み下さい」
と、ラストロに呼ばれた二人は、俺達もかといった顔をしてレンの前へ出た。レンは、そんな二人の顔を見て一瞬笑いそうになったがグッと堪えた。
「ラーズ殿下は我がトランサー国内にてたびたび現れる悪鬼イビルニア人共の討伐にお力をお貸しいただいた事と陛下の義兄弟としてこれまで陛下を支えていただいた感謝を込め、我がトランサー王国は殿下に勲章を贈りまする、どうぞお受け取り下さい」
と、ラストロが言うとレンは、ディープ伯爵が持つ銀の盆の上に置かれた勲章を一つ取り上げラーズに手渡した。ラーズは、照れ臭そうに勲章を受け取った。ラストロは、マルスに向き言う。
「マルス殿下、殿下もまたラーズ殿下同様に我がトランサー国内にて現れるイビルニア人討伐にお力をお貸しいただいた事と陛下の義兄弟として陛下を支えていただいた事、そして陛下を養育したフウガ・サモン公のお家を継いでいただいた事に感謝を込め、我がトランサー王国は殿下に勲章を贈りまする、どうぞお受け取り下さい」
「ははは、そんな気を遣わなくても良かったのに…ありがとよ」
と、少し照れ臭そうにマルスは、レンから勲章を受け取った。マルスとラーズが下がった後、ラストロは、レンに何か囁き一歩下がった。
「アストレア女王」
と、レンが自ら名を呼んだ。アストレア女王が座る椅子の周りには、薄いヴェールが張られている。ヴェールの内側で少し驚いた様子のアストレア女王が見て取れた。
「女王、こちらへ」
と、レンが言うとアストレア女王は、そっと立ち上がり姿を見せた。
「なぁに?レオニール」
「女王、あなたにもお渡しする物があります」
と、レンは、微笑み言った。ディープ伯爵が持つ銀の盆の上にはトランサー王国最高位の勲章が二つ置かれていた。純白の世界へ旅立ったアンドロスの分も含まれている。レンは、この世界にもっとも古くから存在するアストレア達エンジェリア人の功績を讃えた。
「人間如きがあなた方エンジェリア人に勲章を贈るのは生意気な事かも知れませんが、どうかお受け取り下さいますよう」
と、レンが言うとアストレア女王は、にっこり笑って軽く首を横に振り答えた。
「いいえ、ありがとうレオニール、こんな綺麗な物をくれるなんて思ってもみなかったわ、それはアンドロスの分かしら?」
「はい、彼はもうこの世に居ないけど、どうかお受け取り下さい」
「ええ、アンドロスも純白の世界で喜んでいるでしょう」
こうして栄典式は、終わった。翌日、世界中の新聞にこの栄典式の様子が紹介され話題となった。新聞の一面には、レン達の写真が載ってあるが、アストレア女王の姿が載っていなかった。その新聞を見て驚いている者の姿が移民国メタルニアにあった。ルークの母親と姉である。
「お母さん…ルークが、ルークが…貴族になったって…」
と、姉が新聞を片手に母親に言った。母親は、何を言ってるんだといった顔をして新聞を見た。すると歳は取っているが、確かに自分が腹を痛めて産んだ息子が誇らしげに写っている写真が載ってある。
「あれまっ?!確かにルークだわ、この真ん中に写ってる女みたいな顔をした人…この方が今回新しくトランサー王国の王様になったって言う…」
「レオニール・ティアック様よ」
と、姉が母親の言葉尻を捕り言った。ルークは、メタルニア大陸の南に位置する国メクリアの出身だった。ルークの家は、メクリアでは旧家で知られていた。元々育ちは良い方で悪事とは、無縁の世界で生きていたがルーク十八歳の頃、外交官を務めていた父親がある日、政府からあらぬ疑いを掛けられ捕縛された。疑いが晴れぬまま父親は死刑にされてしまった。その疑いを掛けた者は、昔からメタール家とは仲が悪かった家の者でその者が外交官であるルークの父親が外国に自国の情報を売っていると密告したのだった。実際は、その様な事は無かったのだが、当時、メクリアでは自国の情報漏えいが酷く政府は、犯人を躍起になって探していた。情報を売った犯人に仕立て上げられた父親の無念を晴らすためルークは、密告者とその一族をある日、夜討ちをもって皆殺しにし、その日のうちに逐電した。残された母親と姉は、ルークまで居なくなったと途方に暮れた。結局、密告者の証言は嘘と分かったのは、それから半年後の事だった。その間、ルークの母と姉は、土地に住めなくなり隣国メタルニアに逃げる様にして移住することになった。それから十九年間、音信不通だった息子や弟が他国で貴族になったのだ。
「お母さん、トランサーに行きましょう」
「でも…今さらあの子に会ってどうするの?あの子はもう別人になってしまってるわ」
「私は会いに行くわ、行ってあの子が居なくなってから私達がどんなに苦労したか聞かせてやるの、そして思い切り引っ叩いてやるわ」
「風の噂でデスプル島に行ったとか海賊になったとか聞いてはいたけど…父さんの無念を晴らすためとは言え役人に無断で敵討ち…いえあの頃は、役人に訴えても無駄だったでしょう、国が父さんを死刑にしたんだから…」
と、母親は、涙を浮かべた。本当は息子に会いたかった。あって思い切り抱き締めたかったが、今の自分達の姿を見せたくないとも思った。
「お母さん、明日にでもトランサーに行きましょう」
「…心配だけど行ってみるかい?」
と、母親と姉は、ルークに会いに行く事に決めた。栄典式から五日後、ルーク、シンは、それぞれ拝領した屋敷にお気に入りの弟分を連れ住む事となった。まだトランサーに残っていたマルス達もそろそろ国へ帰る事にしていた。
「レン、これから色んな事があるだろうけど頑張れよ、お前にはヨーゼフやテランジン達が居る、それに俺達も居る、安心してこの国を治めろ」
と、マルスが迎えに来たジャンパール海軍の高速艇を後ろに言った。ここは、港町である。マルス達を見送るためレンは、エレナと来ていた。当然、周りはミトラやクラウド、近衛兵達が守っている。
「うん、ありがとう」
「レン、お姉ちゃん、またジャンパールにも来てね」
と、コノハは、レンとエレナに抱き付き言った。エレナは、コノハを抱き締めた。
「コノハ、私を本当の姉の様に思ってくれてありがとう、これからも仲良くしてね」
「うん」
「おいおい、何だか湿っぽいな、今生の別れじゃないんだぞ、おいレン、国王になったからって国に引きこもるんじゃないぞ、たまにはうちにも遊びに来いよな」
と、ラーズが明るく言った。
「まぁそういう事だ、じゃあなレン、エレナまた来るぜ」
そう言ってマルスが高速艇に乗り込んだ。カレンは、レンとエレナに手を振りマルスの後に続いた。コノハは、急に笑顔を取り戻しレンとエレナに手を振り高速艇に乗り込んで行った。レン達は、高速艇が見えなくなるまで見送った。
「さぁ俺達も行こうかユリヤ、あっそうだ!アストレア女王はどこだ?」
と、ラーズが言うとレンは、クスクス笑って答えた。
「女王はテランジンに送ってもらうんだってさ、海の中を見ながら帰りたいからって」
「何だそうなのか、あの人ホントに海中が好きなんだな」
と、半ば呆れたようにラーズが言った。
「レンさん、エレナ、また会いに来るからね、ランドールにも遊びに来てよ」
と、エレナの一番の親友であるユリヤが目に涙を浮かべながら言った。コノハと共にジャンパールの貴族や武家貴族が通う女学校に居たユリヤは、まだ平民の子と言われ馬鹿にされ苦労していたエレナを良く知っている。そのエレナは今や王妃になったのだ。あの当時、エレナを馬鹿にしていた貴族の娘達に私の親友が王妃になったと思い切り自慢してやりたかった。そんなユリヤの思いがエレナに伝わったのかエレナは、ユリヤを抱き締めた。
「ありがとうユリヤ、あなたは私にとって一番の親友よ」
と、エレナが言うと、とうとうユリヤは泣き出してしまった。ラーズは、これだから女はといった顔をしてレンを見た。
「さぁユリヤもう行こう、長く居れば居るほど別れが辛くなるぞ、じゃあなレン、エレナ、また会おう」
そう言ってラーズは、ユリヤの手を引き自国の軍艦に乗り込んで行った。ランドールの軍艦が見えなくなるまで見送りレンとエレナは、ミトラ、クラウド達近衛兵に守られ城へ帰った。その直後、ルークの母と姉を乗せたメタルニアの民間船が港に到着した。




