決着の末
レンは、不死鳥の剣を手に自分が首を斬り落としたイビルニア人を呆然と見ていた。
「うううぅ、レン良くやった…」
と、フウガの声を聞いてレンは、我に返った。その瞬間また恐怖が蘇り全身が震えた。そして、右手に持ったままの不死鳥の剣に気付き離そうとしたが、手が強張って離れない。左手で無理やり引きはがした。不死鳥の剣が音を立てて床に落ちた。レンは、フウガに駆け寄った。
「おじいさん、大丈夫ですか…僕、僕…」
レンは、イビルニア人とは言え首を斬り落とした事に動揺していた。
「あれで良い、あれで良いんだレン…よくぞ討ち果たしてくれた」
フウガは、レンに言った。鉄の爪で刺された右わき腹から血が流れ出ている。レンは、フウガの傷口を押えた。レンは、バズやセンとリクが殺されていた事をフウガに話した。フウガは、悲痛な顔をした。
「そうか…バズ達には悪い事をした、うちで奉公していなかったら殺されずに済んだのに…」
フウガは、死んだ三人に対して申し訳ない気持ちで一杯になった。レンは、泣きながらフウガの傷口を押えている。
「血が止まらない…」
「大丈夫だ、しっかり押さえている」
フウガは、苦しそうに言った。その時、斬り落としたイビルニア人の首がしゃべり始めた。
「良くやったなレオニール、褒めてやるよ、それとボクを倒したんだから教えてあげないとね」
レンは、びっくりして思わず叫びそうになった。フウガは、落ち着いて首を見ている。
「君を殺してくれと頼んで来たのはカロラとか言う奴だったよ…相当恨んでいたみたいだったな…」
「何?カロラ侍従が…」
フウガは、驚いた。てっきり自分を殺したい政治家が依頼したと思っていた。
「どうしてレオニールを殺したがってるかは知らないし興味もない、ボクは元々君たちを殺すつもりで十五年待ってたんだからねぇ、この国に侵入出来たらそれで良かった」
「カロラは、知っていたのかレンの事を」
フウガがイビルニア人の首に問いかけた。
「知ってたみたいだったな、レオニールが居ると戦争になるとか言ってたな、カロラの奴、相当金を使ってボクをこの国に入れたみたいだよ、あちこちに金を撒いたと言っていたけどボクには関係ないからね」
「なぜ僕が居ると戦争になるんだ?どうして僕をレオニールと呼ぶんだ?」
レンは、震える声でイビルニア人に問うた。
「それは、そこの死にかけてるじいさんが良く知ってるよ、フウガ、ちゃんと教えてやれよレオニールのためだよ…ふふふ、しかし残念だな、もっとレオニールと遊びたかったな…」
そう言って首は、二度としゃべらなくなった。
「お、おじいさん、僕はいったい…」
「こんな形で話さねばならんとはな…」
フウガは、目を閉じた。レンとの思い出が走馬灯の様に頭の中を駆け巡った。涙があふれ出した。
「十五年前、わしは皇帝陛下の名代としてトランサー王国にお前、いやレオニール様誕生のお祝いにと軍艦を贈りに行きました、その時、あなたの親戚になるザマロ・シェボットが謀反を起こしました…そして、レオニール様の父レオン様母ヒミカ様や拙者らは追い詰められ、もはやこれまでと言う時にご両親は赤ん坊のあなたと不死鳥の剣を拙者に託されました、ジャンパールに連れて逃げてくれと、拙者を逃がすためにレオン様とヒミカ様は、ご自害されました」
と、フウガは言葉を改めて言った。もうレンとは呼べないと思ったのだ。
「やめて下さい…今まで通りレンと呼んで下さい…僕はフウガ・サモンの孫のレンです」
レンは、泣きながら言った。今更、他人行儀な話し方をされても受け入れられない。フウガの目にまた涙があふれた。レオニールを自分の孫レンとして養育して十五年間、いつ話すべきか話せばレンは、自分の事を何と思うのか、共に過ごす時間が長くなればなるほど情が湧き言い出せなくなる事は、分かっていたが、とうとうその時が来たのだった。
「レン…今まで黙っていてすまなかった…許してくれ」
フウガは、レンに詫びた。出来ればずっとレンの祖父として暮らしたかった。それが偽りでも…フウガの呼吸が荒くなっている事に気付いたレンは、フウガをそっと横に寝かせた。
「緊急信号を打ち上げます」
と、レンは、フウガに言って屋敷の玄関に向かった。玄関の隅に緊急信号弾とそれを打ち上げる装置がある。レンは、緊急信号弾と打ち上げ装置を持って庭に出た。そして、打ち上げた。レンは、直ぐにフウガのもとに行った。
「おじいさん、今、緊急信号を打ち上げました、直に助けが来るはずです」
レンは、フウガの手を握り言った。フウガは、握り返したがあまり力が感じられない。
その頃、ジャンパール城の物見塔にいた兵士二名が信号弾に気付いた。
「へぇぇ緊急信号弾か、珍しいな」
「そうだな、あの方角は確かサモン公爵の屋敷の方だな…おい、急いで陛下に報告しないと」
「しかし、こんな時間に」
まだ外は、暗いが午前を回っている。
「とにかく急いで報告せねば閣下の身に何かあったのかも知れない」
兵士のうち一人が侍従達が詰めている部屋に向かった。皇帝イザヤに取り次いでもらうためだ。そこには、当直のカロラもいた。兵士は、ノックもせずに扉を開け言った。
「緊急事態です、今し方サモン閣下の屋敷の方から緊急弾が打ち上がりました、急ぎ陛下にご連絡を」
「な、何かの間違いだろう」
と、カロラは、イビルニア人がレンを殺して立ち去った後、フウガか屋敷の誰かが気付いて打ち上げたと思い込んでいる。
「それはいけない、私が行こう」
と、侍従長が言いイザヤのもとへ向かった。カロラは、止めに行った。
「お待ちを侍従長、もし誤射だったらお上の気に障りますぞ」
「何を言っとるんだね君は、お上は常々申されているだろう、サモン閣下に関する事で何かあったらいつでも報告するようにと、退き給え」
そう言って侍従長は、行ってしまった。カロラは、呆然と見送るだけだった。侍従長は、イザヤとナミの部屋の扉を三回ノックした。中から返事があった。幸いにも起きていたようだ。侍従長は、扉を開け中に入った。
「お上、大変です、サモン閣下のお屋敷の方から緊急弾が打ち上がったとの報告があり、お伝えに来ました」
「なんと…直ぐにフウガの屋敷に人をやりなさい」
と、イザヤは、侍従長に命じた。侍従長は、軍部に向かい軍の幹部連中に相談した。フウガ屋敷に向かう者十人が選ばれ魔導車二台で屋敷に向かった。ジャンパール城がある都からフウガ屋敷まで通常小一時間は、かかる道のりを夜中もあって三十分ほどで到着した。物々しい姿の軍人達が一斉に魔導車から飛び降り屋敷を取り囲んだ。隊長の合図で音も立てずに皆、屋敷に入り玄関と裏口に五名づつ着いた。そして、屋敷に入り周りを警戒しながら進んで行く。玄関から入った五名が二階へと上がると扉が開いている部屋に気付いた。
「閣下、そこにおられるのですか?」
と、隊長が声をかけると中からレンが叫んだ。
「助けて下さい、おじいさんが、おじいさんが…」
軍人達は、直ぐに部屋に向かった。そこには、血まみれのレンとフウガそして、両腕と首を斬り落とされたイビルニア人の死体があった。
「こ、これは…」
隊長は、息をのんだ。レンは、隊長に事情を説明した。隊長は、直ぐに担架を持って来させフウガを魔導車に乗せた。バズとセンとリクの死体も別の魔導車に乗せレンは、不死鳥の剣と斬鉄剣を持って、隊長達五名と都の病院へと向かった。残りの五名は、屋敷に残った。レンは、ずっとフウガに呼びかけていた。出血が酷くフウガの意識は、朦朧としている。
「おじいさん、もうすぐ病院に着きます、しっかりして下さい」
「おお、そうか…」
フウガは、レンの呼びかけに答えたが、声に力が無い。そして、ようやく病院に到着しフウガは、直ぐに手術室に入れられた。レンは、手術室の前にある長椅子に不死鳥の剣と斬鉄剣を抱いて座り、フウガが出て来るのを待った。