タリス捕縛
ゼフト達が捕まった!と、占い師フォルツこと祈祷師タリスの耳に入ったのはこの日の午前中の事だった。新聞を手にゼフトの手下の一人がタリスに言った。この男は、ただの人間である。
「おいタリスさん、お頭達が捕まったってよ、ほれ新聞見ろよ」
と、男は、タリスに新聞を手渡した。タリスは、新聞を読みため息を吐いた。
「ここに居たら危ねぇ、逃げよう早く準備しろよ」
と、男は慌てて鞄に物を詰め込み逃げ去る準備をしいるが、タリスは、慌てる事もなく呆然としている。
「何やってんだよあんた、早くジャンパールから出ねぇと直ぐに捕まっちまうぜぇ」
「お前先に逃げてろ、私はまだここで占い師としてやっていくよ」
「なな、何言ってんだよあんた?正気かよ?」
と、男が呆れて言った。タリスは、両手を見つめてため息を吐いた。
「あの娘に…あの娘にもう一度逢うまではここを去る訳にはいかん」
と、タリスは、女装して現れたレンを思い出していった。どうやらタリスは、女装したレンに完全に惚れているようだった。しかし、半イビルニア人であるタリスには、その感情が恋だと良く分かっていない。ただ逢いたいとしか考えられないようだった。
「ば、馬鹿な…そんな小娘どうでも良いだろ?けっ!勝手にしやがれ」
と、男は、そんなタリスを放って置いてさっさと店から出て行ってしまった。その様子を店を遠巻きに監視していた警備兵達が見逃すはずも無く男を追って行った。店に一人残されたタリスは、今日も占い師として店を開いた。
ヨーゼフ、カツ、シンは、皇帝イザヤに昨夜ステアゴールド邸で起きた事を話していた。ふむふむと話しを聞きヨーゼフ達に「ご苦労であった」と、心から労いの言葉をかけた。皇后ナミもヨーゼフ達に労いの言葉をかけ、ふとアンを見た。皇太子アルスの隣りで神妙な顔つきで控えている。ナミは、どこか様子が変わったと思い声をかけた。
「アン、昨夜は恐ろしい思いをしたようね、大丈夫ですか?」
「はい、お母上様、レオニール殿ヨーゼフ殿、カツ殿シン殿のおかげで父や郎党共々大いに助かりましてございます」
と、伏し目がちにアンは答え、改めてヨーゼフ達に深々と頭を下げ礼を言った。こんな控えめで慎ましい姿の義姉を見てマルスとカレンは、目を疑った。
「ところでレオニールはどうして居ないのだ?」
と、イザヤがヨーゼフ達に聞くとマルスが代わりに答えた。
「くくく、レンの奴昨日ステアゴールドにしこたま飲まされて二日酔いなんだよ、今コノハが俺の部屋で介抱してるよ」
「何だそうなのか、はははは、まぁゆっくり寝かせてあげなさい」
と、イザヤがにこやかに言った。そして、話題がアンの事になりマルスが思い切って聞いてみた。
「ね、義姉さん、ところでその何だぁ急に丸くなったって言うかその…」
「私は特に変わっておりませんわ、何か不自然かしら?」
と、アンは、普通に答えたが、その表情は、以前とは比べ物にならないくらい優しい顔つきだった。皇室入りした時の頃に戻った様子だった。やっぱり変だとマルスは、ちらっとカレンを見た。カレンも同じように思っていた。ヨーゼフ達から詳しい捕り物話しを聞いていると侍従がマルスを呼びに来た。
「何だ、どうした?」
「はい、殿下、只今軍部から連絡があり占い師の店から一人出て来た男をひっ捕らえたと、そしてランドール王国よりラーズ殿下とユリヤ妃殿下がお見えです」
「何?ラーズが?そうか分かった、あっそうそう、軍部へは後で行くと伝えておいてくれ」
ほどなくしてラーズとユリヤが侍従に部屋へ連れて来られた。ラーズとユリヤは、真っ先にイザヤとナミそしてアルス皇太子夫妻に宮廷の挨拶をした。そして、ヨーゼフ達に挨拶した。
「やぁ久しぶりだヨーゼフさん、カツ、シン、皆元気にしてたかい?」
「はい、殿下、お久しゅうござる、殿下もお変わりはないようで、インギ王はお元気ですかな?」
「父上は相変わらずだよ、政務は兄に任せっきりで毎日剣の修行と半イビルニア人退治に出かけてるよ」
と、ラーズが言うと皆が笑った。特にインギを良く知るヨーゼフは、笑いが止まらない。
「ふふふ、インギ殿に付き添っている家臣達の顔が目に浮かびますわい、トランサーからイビルニアに行くと聞いた彼らの顔…くくく今思い出しても…ふふふふ」
「毎日死にそうな顔をして帰って来るよ、ところでレンは?」
と、ラーズは、レンがこの部屋に居ない事に気付き言った。マルスが説明するとアンが申し訳なさそうな顔をして言った。
「父はお酒が好きで客人には特にお酒を進めますの」
「あははは、酒に酔ったレンを見た事がないなちょっとレンの様子でも見て来るか」
と、ラーズとユリヤは、カレンに付き添われレンが寝ている部屋に向かった。マルスは、カツとシンを連れ軍部に向かいヨーゼフは、イザヤとナミにレンの戴冠式の事で相談があるので部屋に残った。
レンが寝ている部屋に入ったラーズとユリヤは、レンの姿を見てげらげら笑った。この部屋は、マルスとカレン夫妻の部屋である。コノハは、唇に人差し指を当て静かにと合図をラーズとユリヤに送った。
「くくく、レン俺だラーズだユリヤも居るぞ、二日酔いだそうだな、大丈夫か?」
「ううう、ラーズかい?久しぶりだねユリヤさんも…昨日飲み過ぎちゃってね…」
と、レンが目を半分開けて言った。カレンがラーズとユリヤにお茶を出し、二人は、二日酔いに苦しむレンを眺めながらお茶を飲んだ。
その頃、軍部にカツとシンを伴って向かったマルスは、捕まえた半イビルニア人の盗賊ゼフトやその手下、タリスの店から出て来た手下の取り調べの報告を受けていた。
「盗賊団の頭の名はゼフト、一年前にメタルニアからジャンパールに乗り込んで来たと言ってます」
「ほう、半イビルニア人はゼフトだけか?」
「いえ、手下の者の話しでは他にも居ると言ってます占い師のフォルツがやはりタリスとか言う半イビルニア人です」
マルスは、タリスの様子を報告に来た警備兵に聞いた。堂々と店をやっていると言う。相変わらず若い娘の行列が絶えないそうだ。
「いかがなさいます殿下、捕えに行きますか?」
「いや、もう少し様子を見よう、仲間が捕まったと知りながら営業しているのがどうも解せん、何か魂胆があるのかも知れない、引き続き見張りを頼む」
「ははっ分かりました」
報告に来た警備兵が部屋から出て行きマルスとカツ、シンは、タリスの事を話し合った。
「何で逃げねぇんだろう?見張られてる事に気付いてるのか?」
「へぇ、怪しいもんですね」
「俺達も様子を見に行ってみますか?」
マルスは、変装してカツとシンを連れてタリスの店の近所まで行く事にした。なるほど、若い娘達が自分の占いの番をまだかまだかと待っている様子が見て取れた。しかし、今日はどういう訳か男も並んでいた。 「あれ?男も並んでるな」
マルス達は、店から出て来た娘に聞いてみるとタリスが今日は特別だと言っていたと言う。タリスは、普段女性限定としていたが、女ばかり見ていると女装したレンを思い出し気が変になりそうだと男も見る事にしたようだった。マルス達は、タリスの顔を見る良い好機だと思い娘達に混じり列に並んだ。列に並びながら誰が占ってもらうかを決めた。シンが占ってもらう事になった。小一時間程してシンの番がやって来た。マルス達は、店の奥へ入って行った。
「三人一緒に見れないよ」
と、タリスが言ってきたのでマルスは、見てもらうのは彼だけだとシンを椅子に座らせた。
(ふむ、なるほど顔はジャンパール人みてぇだな…こいつの母親はジャンパール人か…可哀想にグライヤーに酷い目に遭わされたんだな)
と、マルスは、イビルニア城内の半イビルニア人を作っていた施設で見た女達を思い出した。思い出すとタリスを思い切り殴りつけたい衝動に駆られたが堪えた。
「今日は何を占って欲しいのかね?」
「ええ?」
と、何も考えてなかったシンは、タリスの言葉に動揺したが気を取り直して適当な事を言った。
「ああ~え~っと何だぁその、将来結婚出来るかどうか占ってくれや」
「よろしい、では」
と、タリスは、不思議な絵が描かれた札を数十枚取り出しそれらを机の上で混ぜ並べ始めた。並べながらマルス達から女装したレンの気を感じていた。
(なぜこの男達からあの娘の気を感じるんだろう?知り合いなのか?)
「どうしたフォルツさん早く見てくれよ」
「ん?ああ、そうだね…ほうほう、なるほど君は気になっている女性がいるね、う~ん酒場が見えるな」
と、タリスは占いの結果を言い出すとシンが一瞬だけビクッとなったのをマルスとカツは、見逃さなかった。タリスがシンが気になっているという女の風貌を言い始めると今度は、カツが動揺し始めた。
「て、てめぇもライラの事を…」
「えっ?何だ兄弟、おめぇもか?」
「ライラって?」
と、マルスが聞くと二人は、ライラの事を話した。トランサー王国の港町にあるテランジン達の行きつけの店大衆酒場「青い鳥」の看板娘ライラ、カツとシンは、同時に惚れていたのだった。
「残念だがそのライラという女と上手くいくのはこちらの方ですな」
と、タリスは、シンを指差しカツに言った。
「何だよ畜生め…もういいよ」
と、カツは、しょんぼりした。シンは、勝ち誇ったように両手を上げ無邪気に喜びタリスに占い料金を支払った。そして、マルス達が店を出ようとした時、タリスが呼び止めた。
「ちょっと待ってくれ、君達に聞きたい事がある」
「何だ?」
と、三人は立ち止まり話しを聞くと、どうやらレンの事を言っている様だった。マルスは、笑いそうになるのを必死で堪えた。
「色白で赤毛の娘だ、知らないか?知っているなら何でも良い教えてくれ」
赤毛と聞いてカツとシンは、自分達の主君であるレンを思い出したが、レンは男である。
「赤毛の娘?知らねぇなぁ、ジャンパール人は、皆黒髪か濃い茶髪だろ?」
「そ、そうか分かったありがとう」
と、タリスは、残念そうに言った。マルス達が店から出て行った後、次の客を呼ぶことも忘れ考えた。確かにマルス達からレンの気を感じ取った。半イビルニア人には、見えない何かを感じ取る能力があるようだった。
「おかしい…あの三人から確かにあの娘の気を感じたのに」
と、タリスが呟いた時、客がまだかと言って来たので慌てて奥の部屋へ呼び入れた。
城に戻ったマルス達は、イザヤ達に先ほど会ったタリスの事を話した。シンは、嬉しそうに占いの結果をヨーゼフに話していた。
「馬鹿者、イビルニア人に良い結果を言われたからと喜ぶ奴があるか…と言いたい所だがお前青い鳥の看板娘に惚れておったのか、そうかそうか」
と、ヨーゼフは、立派な顎髭を撫でながら満更でもない顔をしていた。カツは、面白くないといった顔をして赤毛の娘の事を話した。
「あの野郎生意気に娘共に手を出そうとしてるようで、何でも赤毛の娘を探してるみてぇなんです、早くとっ捕まえた方が良いですよ」
「赤毛の娘?異人か?それとも髪を染めているのかなぁ」
と、アルスが首を傾げ呟いた。マルスが急にそわそわし始めた事にアンが気付いた。
「マルス殿、先ほどから落ち着かぬようですが」
「えっ?えええ~そうかな、はは、義姉さん気のせいだよ、俺はレンの様子を見て来る」
と、マルスは、これ以上イザヤ達と同じ部屋に居れば不味いと思いそれとなく部屋を出て行った。そんなマルスの様子を母である皇后ナミは、抜け目なく見ていた。
「あの子、何か隠してるわ」
マルスは、慌てて自分の部屋に戻り二日酔いに苦しむレンを叩き起こした。レンは、やっと頭痛が治まりつつあるのにと文句を言いながら身を起こした。
「やばい、バレそうだ」
と、マルスは、言った。コノハとカレン、そしてレンには、何の事か直ぐに察しがついたが、ラーズとユリヤには分からない。マルスは、少し悩んだが、二人に話しても大丈夫だと思い言いかけたが、レンが止めた。
「マルスッ!ラーズ、ユリヤさん何でもないんだ」
「何の事だ?気になるじゃないか、言えよ」
「レン、二人には話しておこう、気が楽になるぞ」
「何でそうなるのさ、結局しゃべりたいだけなんだろ?」
レンに構わずマルスは、ラーズとユリヤに赤毛の娘の話しをした。ラーズは、大笑いしていたが、ユリヤは、レンをまじまじと見て女装姿を想像した。レンは、絶対にしゃべらないと約束してくれと言いラーズとユリヤは、素直に約束した。
「分かったよレン、その事は墓場まで持って行こう、くくく、しかしそのタリスって半イビルニア人まさかレンに惚れるとはなぁ…男だと知ったらさぞがっかりするだろうぜ、はははは」
と、ラーズはレンを見ながら言った。
「半分は人間の血が入ってるからイビルニア人でも恋するのかなぁ」
と、コノハが不思議そうに呟いた。レンは、コノハとカレンにトランサーに現れた半イビルニア人の殺し屋ライヤーが言っていた事を話してやった。
「色んな性格の者が居るんだって、だからタリスの様な奴が居ても不思議じゃない、でも半分はイビルニア人の血が混ざってる、今は大人しくてもいつ本当のイビルニアの力が目覚めるか分からない、だから見つけ次第殺さないといけないんだよ」
「最初っから凶暴な奴を殺すのは何とも思わねぇがタリスみてぇなのを殺すのは気が引けるが情けを掛けても無駄なんだよ、あいつらのせいでシドゥが…畜生め思い出したら今すぐにでも殺してやりたいぜ」
と、マルスが憤り、今晩タリスを捕まえに行くと言った。
「これ以上泳がしていても仕方がねぇ」
「おっ!捕り物か、よし俺も付き合うぞ」
「じゃあ僕も」
と、レンは言ったが、マルスが止めておけと言った。理由を聞くと惚れたお前が居たらどんな力を出して来るか分からないとマルスは説明した。そう言われてレンもそうかも知れないと思い、捕り物に参加するのを断念した。マルスとラーズは、タリス捕縛のため軍部に向かった。部屋に残されたレンは、もう少し寝る事にして、コノハ、カレン、ユリヤは、お茶を飲みながら話しをする事にした。
「なぁマルス、カツとシンを連れて行かないで良いのか?」
と、軍部に向かいながらラーズが言った。マルスは、カツとシンを連れて行けばレンに女装させた事がバレるかも知れないと思い連れて行かない事にした。軍部に到着したマルスとラーズは、今晩タリスを捕縛しに行くと告げ、警備兵五人を連れて行くと言い夜を待つ事にした。
「何?マルスがラーズを連れてそのタリスとか言う半イビルニア人を捕えに行ったのか?」
と、城内でイザヤは、侍従から報告を受けていた。
「カツ殿とシン殿には十分協力して頂いているので後は自分達で何とかするとの事です」
そう聞いてカツとシンは、拍子抜けしたような顔をした。イザヤとナミは、息子マルスに代わりカツとシンにお礼を言った。
日が沈みタリスが店を閉めたと聞きマルスとラーズは、警備兵五人を連れ店に向かった。裏口は、既に固めてあり裏口に居る警備兵五人と小型魔導無線で連絡を取り合い一気に店に突入する事にした。店の正面でマルスは、愛刀の叢雲を抜き小型魔導無線で合図を送った。警備兵達が同時に正面、裏口の戸をぶち破り店の中に突入した。突然現れた警備兵達に驚いたタリスは、何が起きたのか理解出来ない様子だったが、自分を捕えに来たのだと分かると信じられないくらいに抵抗した。警備兵を三人ほど殴り倒すと占いで使う机の下に忍ばせてあった短剣を取り出し警備兵達に襲い掛かった。
「き、斬られたぁ!」
と、ある警備兵の叫び声を聞き、大人しく捕まるだろうと思っていたマルスとラーズは、慌てて店内に入った。そこら中に血が飛び散っている。
「ふん、大人しい奴と思っていたがやはりイビルニアの血が入っているな、お前達もう下がれ」
と、マルスは、警備兵達を下がらせタリスと対峙した。
「お、お前は昼間の!私が半イビルニア人と知っていたのか?」
「当たり前だ、俺を誰だと思ってる、占い師フォルツこと祈祷師タリス、ステアゴールド公爵を騙しイビルニア製品を身に付けさせた事、並びに若い娘達に同様の物をお守りと称して売っていたな、こちらに証拠もある、大人しく縛につけ」
と、マルスは、叢雲の切っ先をタリスに向け言った。
「こ、断る、私は…私はあの赤毛の娘にもう一度会うまで捕まる訳にはいかん…そこを退け!」
と、タリスは、裏口に付近に居た警備兵に襲い掛かり逃げようとした。警備兵達が一斉にタリスを捕えようとしたが、タリスは、全身から衝撃波を放ち警備兵達を吹っ飛ばした。
「こ、こいつ!」
と、ラーズが剣を抜き斬りかかろうとした時、マルスが死なない程度に力を押さえて真空突きを放った。真空波が容赦なくタリスの顔面に当たりタリスは、思い切り壁に激突して動かなくなった。その隙に警備兵達がタリスを捕縛した。気を失ったタリスは、そのまま軍部に連行されて行った。
その頃、レンは、やっと二日酔いの苦しみから解放されていた。




