華々しい時代に
レンが生まれる前、レンの父レオン・ティアックに貴族の娘数名がお妃候補として挙がっていた。その中にブラッツが推挙する娘が居た。ブラッツは、その娘との縁談が決まるようにと水面下で動いていた。なぜその娘との縁談を推し進めていたかと言うと、その娘は、ブラッツの縁者だったからだ。もしも王族との縁組が決まれば自分は、その娘を頼りにもっと出世出来るかも知れないと思っていた。そんな矢先レオンは、ジャンパール皇国に行った際、ジャンパール皇女ヒミカと出会い恋に落ちた。互いに文を出し合い互いの国を行き来し二人は、仲を深めた。そんな様子をレオンの父でレンの本当の祖父グランデ王は、微笑ましく見ていた。トランサー国内では、レオン様のお妃は、異国人になりそうだと噂が立った。噂を聞いたブラッツは怒り、城中でレオンに会えばそれとなくお妃は国の者から選ぶべきだと諭したり、グランデ王に謁見すると将来国王となられる若君には、是非とも某の娘をと言い、王室に異国の者の血を入れるべきではないと説いた。しかし、グランデ王は、好き合っていればそれで良い、ジャンパールの姫君ならば大歓迎だと言った。ブラッツにとって幸いしたのは、グランデ王の弟であるザマロがレオンとヒミカとの縁組を反対していた事だった。ブラッツは、ザマロと共謀し縁組を壊す行動に出た。ジャンパール人には、悪しき血が流れているとか異国人と交われば王室が呪われるなどと噂が流れる様にしたが、悪い噂や邪魔が入れば入るほど若いレオンとヒミカの恋は燃え上がった。そして、レオンとヒミカの縁組が正式に決まりヒミカは、トランサー王国へ輿入れして来た。
「懐かしいのう、ブラッツよ其の方が縁組に反対しておった事はわしも知っておったザマロと共謀し色々と裏で妨害していたな、その事はグランデ王も知っておったぞ」
と、当時の事を良く知るヨーゼフが言った。
「そうだろうな…あの時わしは突然登城停止にされたからな…それからだヒミカが輿入れして来て変わった…以前の様な王室ではなくなっていった」
と、ブラッツは、遠い目をして話した。
ヒミカが輿入れして一年ほどしたある日、グランデ王は、以前から患っていた病が悪化し亡くなった。死の間際、弟ザマロを呼びレオンの後見人となり見守ってやってくれと頼んだ。兄グランデ王から呼び出されたザマロは、自分が王位を継ぐものだと思っていたが新しい国王には、息子レオンと決まっていると兄から言われ肩を落としたと言う。グランデ王の葬儀も終わりレオンの戴冠式も済ませ名実ともにトランサー王国の主となった甥のレオンをザマロは、苦々しい思いで見ていた。そして、何より気に入らないのは妃であるヒミカだった。ザマロやブラッツには、異人の分際でと言う思いもあり、若い国王夫妻にいちいち難癖を付けては困らせたがヨーゼフ達、忠臣が守った。その頃ヨーゼフは、レオンが国王となった際、近衛師団の大将に任命されレオン、ヒミカの傍にいた。
「あの頃のレオン様、ヒミカ様は本当に幸せな日々を送られていた」
と、ヨーゼフが当時を思い出し言った。
「何が幸せなものか!我々がどんな思いをしたか…ことあるごとにヒミカが困らぬようジャンパール風にしてやってくれなどと、ここはトランサーだぞレオンとヒミカが悪いのだ、大人しくザマロ様に王位を渡していれば謀反を起こす事などなかった…」
ザマロとブラッツ、そしてシェボット派と言われた貴族や政治家達は、レオンに日々、王位を叔父ザマロに譲るよう説得していた。確かに王として君臨するには、若過ぎた。故にグランデ王は、弟ザマロにその後見人として支えてやってくれと頼んだが、ザマロは王位そのものを望んだ。
「小僧め、素直にザマロ様に王位を譲っておれば…」
「若い主君を支えるのが我らの務めではなかったのか?何故グランデ王は弟ザマロに王位を継がせなかったか分かるかブラッツ、あやつは野心が強過ぎたのだ、あやつは外務大臣を望んだ事があったがグランデ王は任命しなかった、グランデ王は我らにこう仰せられた、弟は野心が強過ぎる弟が外務を執れば必ず他国に難癖を付けて戦争を起こすだろうとな、だから何の権力も無い宮中大臣とされたのだ、今にして思えばあの時皆が言う様に暗殺しておれば今日の様な事にはならなかった…わしの不徳であった」
と、ヨーゼフは当時を思い出して言った。あまりにしつこく王位を譲れと言うザマロをレオンを支える忠臣達は、暗殺しようと計画した。その時、さすがに王族を暗殺するのは良くないと止めたのがヨーゼフだった。
「知っていた、ザマロ様の暗殺計画が持ち上がっていると聞き我々は行動を控える様にした、そんな頃にあいつが生まれた」
と、ブラッツはレンを指差し言った。レンの誕生で王室や国内は、大いに沸いたがザマロやブラッツの様な貴族達は嘆いたと言う。純血でない子が産まれたジャンパール人の血で王室が穢れたと騒いだ。そして、度を失ったザマロは、とうとう絶対にやってはいけない事をした。イビルニア半島の封印を解いたのだった。レンが生まれる十年ほど前に終結した戦争でイビルニア国とフウガやヨーゼフ、インギを代表とする人間の国と龍の国ドラクーン、天の民が住まう国ヘブンリー、半獣人の国ロギリアを巻き込んだ戦争だった。イビルニアに勝利したフウガ達は、半島を誰も入国出来ないよう結界を張り封印した。その封印と結界をザマロは、家来を使って壊したのだった。封印が解かれた事によりイビルニアの主、サターニャ・ベルゼブが復活しイビルニア人が続々と湧いて出た。ザマロは、封印を解いた見返りにイビルニア人の協力を得る事が出来たのだった。
「そして、おのれらは謀反を起こしたのだったな」
と、ヨーゼフはブラッツを睨み付けて言った。
「左様、ザマロ様が王となるには謀反を起こすしか方法が無かった、ザマロ様は元々ティアック家のお人だ幼少期にシェボット家に養子に出されただけで王位継承の順番が変わった、グランデ王が亡くなられた時にザマロ様が王位を継ぐべきだったのだ」
「だからと言って謀反を起こすなど愚かな事だ、しかもイビルニア人を仲間に引き入れるなどと言語道断である」
と、ジャスティ大臣が怒りに身を震わせながら言った。
「わしはトランサー王室の純血を守りたかっただけだ、ましてレオンに続き今回もジャンパールの小娘を王妃にするなどもってのほかだ!」
と、ブラッツは、国粋主義者気取りで言った。ジャンパール人であるマルスが軍人席から身を乗り出して言った。
「おい、知ってるか?ブラッツ、俺達ジャンパール人とお前達トランサー人の先祖は一緒なんだぞ」
「何を馬鹿な、目の色や髪の色が違い過ぎるではないか貴様ら野蛮なジャンパール人と我々を一緒にするな」
「本当だよ、この事はヘブンリーの女王アストレアから聞いた話しだ、僕達の先祖は女王の妹ミストレアとその侍女達、ジャンパール人の先祖は、弟のタケルヤとその従者達だ」
と、レンは話した。ヘブンリーの女王と聞いてブラッツは少し驚いた様子だった。この世界で最も古くから存在するヘブンリーのエンジェリア人、レン達がイビルニアとの戦争を終え帰国した時、一緒に来たアストレアとアンドロス見ていたブラッツは、二人の髪の色がレンと同じ赤毛だった事を思い出した。
「確かに似ていると言われれば…しかし」
と、ブラッツは、マルスを見た。
「エンジェリア人の髪の色は赤毛だけじゃない黒髪の者も居たし金髪も居た」
と、マルスは言った。ヘブンリーに行った事のあるレン達もそう言った。ブラッツにとって先祖の事などどうでも良かった。全ては、自らの出世欲から始まった事だった。レオンとヒミカを死に追い込み、子のレオニールは、イビルニア人に殺させて謀反を成功させたと思い込んでいたザマロやブラッツは、ティアック派の貴族や政治家達をことごとく処罰して行きトランサー王国は、暗黒時代を迎える事になった。その時、ブラッツは、ザマロに一番貢献した者として大いに気に入られ国の財政を任されるまでになり、世間からは、ザマロ王の金庫番と呼ばれるようになった。ブラッツを取り巻く貴族達にも変化が現れた。ティアック派の貴族から召し上げた領地などを与えられ役職を与えられた。
「グランデ王もあまり派手を好まぬお人だったがレオンの奴は我々にジャンパール人の様な地味な生活を押し付けた、我々は貴族だぞ!誇り高きトランサー貴族であるのに、あの小娘を王妃にしたばかり…普段から派手な事は控えて何事にも質素倹約に励むようにだと生意気な事を言いおって」
と、ブラッツは、レンを睨み据えて言った。レンの顔を見れば見るほどにレオンとヒミカに見えてきたブラッツは、身震いし言った。
「そして、此度もそうだ、財政が苦しいからと我々にまた質素倹約を押し付けた、税など国民から搾り取るものだ国民の方が派手な生活をしているとはどういう事か」
「国民の誰も彼もが派手な生活を送っている訳ではない、其の方らが政を執っていた影響は今もなお続いておるわ、今だに貧困に喘ぐ者も居る」
と、ジャスティ大臣は、言い返した。ザマロ達が国民を奴隷の様に扱っていたために身体を壊しまともに働けない者が大勢いる。彼らの生活を保護する必要があった。それとイビルニアとの戦争でかなり金を使っている。
「レオニールがまさかジャンパールでフウガ・サモンの手で養育されていようとは夢にも思わなんだ、そしてロイヤーとそこの海賊上がりの者ともう一人居たな、ああそうだイビルニアで死んのだったな、そやつが小僧と一緒に載っている新聞を見てザマロ様は大いに驚かれていた…痛いっ!止めろ!」
と、ブラッツの話しの途中でルークがブラッツの後頭部を思い切り引っ叩いた。
「てめぇがシドゥ兄ぃの事を口に出すんじゃねぇ」
「ルーク止せ」
と、テランジンが軍人席から止めた。ブラッツは、いつルークに頭を引っ叩かれるか分からないとビクビクしながら話した。レンがザマロを討ちトランサー王国は、元のティアック家が治める事になり国民は大いに喜んだ。町には活気が戻り人々の顔も明るくなった。ヨーゼフやディープ男爵、ジャスティ大臣と言った親ティアック派が政権を握りブラッツ達ザマロ派だった貴族の大粛清が始まった。死罪になった者は数名出たが、ほとんどが領地財産を半分に召し上げるだけに留められた。余り死刑者を出したくないと言うレンの希望でもあった。
「あの時、其の方はわしらが作った粛清名簿に入っておったのを忘れたか?本来ならば其の方が如き悪党は死罪にしておったのを領地財産半減、ザマロの隠し財産を全て提出する条件で助命してやったのにレオニール様の御恩に背き反乱を起こすとは」
と、ヨーゼフは呆れたように言った。ブラッツは、一点を見つめて言った。
「領地財産を半分に召し上げられ我々の生活は一変した、質素倹約令も手伝って平民以下の生活を強いられた、もはや我慢の限界だった…あの華々しい時代に戻そうと、そう決意し我々は行動に出た」
「僕とヨーゼフを殺してラストロ殿を王にして以前の生活を取り戻そうとしたんだな」
「そうだ、しかしラストロ様は我らには協力しなかった、我らには主君と仰ぐお方が要る、それはレオニールお前ではないザマロ様のお血の流れたラストロ殿下だ」
ブラッツ達は、ラストロこそトランサーの王に相応しいと考えた。ラストロがこの国の王に君臨すれば必ず元の生活を取り戻せると思った。しかし、違っていた。ラストロは、父ザマロとは正反対だった。ザマロが王だった頃は、世間知らずのお坊ちゃまで周囲の者に王子、王子とちやほやされ思い上がっていた。レン達がザマロを討ち取った後、レンに父ザマロが殺して来た人々の供養をするなら助命すると言われ最初は拒んだ。いっその事死罪にしろとまで言ったが父ザマロを必死でレン達から助けようとした姿を見せたラストロをレンは殺す気にはなれなかった。ラストロの処遇を決める会議のさなか事件が起きた。ラストロは、イビルニア四天王の一人と言われたアルカトからもらったと言う首飾りの魔力でアルカトに操られエレナの心を奪ってしまったのだった。ラストロ自身にその時の記憶はなかったが、結果自分が生きていた事で全く関係ない者に迷惑を掛けてしまったと反省しレンの要求を受け入れ、人里から離れた場所に供養塔を建て髪を下して父ザマロに殺された者達の供養をして生きる事を決めた。
「あのような寂しい場所にラストロ殿下を住まわせるとは…我々は何度もお願いに上がった…しかし良い返事がもらえず強硬手段に出た」
「ラストロ殿を拉致し其の方が屋敷に監禁したのだな」
ヨーゼフが言うと証人側に居たライヤーがフフッと笑った。
「その後、どうにも言う事を聞かないラストロに困り果て妻子を私に拉致させて脅したんだったな」
「余計な事を言うなと言うに」
と、シャルワ公爵がライヤーを睨み付けて言った。国民達の怒号が聞こえた。
「妻子を人質に取られていたのかラストロさんは、何て酷い」
「そんな事だろうと思ったぜ、俺は親父があの供養塔に祀られてるから時々行き、そこでラストロさんに会う事があるが本当に優しいお人だったぜ、反乱なんか起こすような人には感じなかった」
国民達が静まり、咳払いをしてジャスティ大臣がブラッツに言った。
「ラストロ殿にどうやって協力させた、あのお方はレオニール様に忠誠を誓う誓紙血判状まで出しているぞ」
「ふん、どうせ全て知っておるのだろう、何もいう事はないわ」
「其の方がやった事を国民の前ではっきりさせる必要がある、お連れしろ」
と、ジャスティ大臣が役人に言った。役人は、ライヤーが待機していた小屋に行きラストロと妻子を連れて戻って来た。ブラッツに斬られた首は完全に治っていた。ラストロと妻子は、レンとヨーゼフに一礼しレンとヨーゼフの近くに用意された椅子に腰を下ろした。ブラッツ達貴族の顔色が変わったのを誰もが見逃さなかった。




