ザマロの遺産
魔導車の中でレンは、居眠りをしていた。この魔導車は、ブラッツ家が所有していたハーツ山に向かっている。魔導車の中には、レンの他にテランジン、マルス、ラーズ、シーナそして魔導車を運転するテランジンの部下が乗っていた。その魔導車の後に物を運ぶ目的で作られた魔導車が一台続いた。道は途中まで舗装されていたが山の入り口辺りまで来ると急に道が悪くなって来た。魔導車の揺れで居眠りをしていたレンは、魔導車の窓ガラスに頭をぶつけた。
「いてっ!うぅぅぅ~ん…ここどこ?」
と、レンは軽く伸びをしながら聞いた。
「今、ハーツ山に入った所です若」
と、テランジンが答えた。しばらく森の中を魔導車は走り人工的に作られた広場で魔導車を停めた。目の前に朽ち果てた屋敷がありその奥には、切り立った山の一部が壁の様に立っていた。レン達は、ここで魔導車から降り、朽ち果てた屋敷に入ってみた。
「人が住まなくなると簡単に朽ちて来るもんだな」
と、ラーズが屋敷の天井を見ながら言った。穴が開いていた。かつては、管理人を置き綺麗に管理され暑い時期になるとブラッツは、ここで家族と涼しく楽しく過ごす事もあったんだろうと思うとレンは、切なくなった。
「どうしてあんな馬鹿な事を…」
「ん?どうかしたかレン」
と、マルスが言うとレンは、悲しい顔をして答えた。
「うん…ブラッツはどうしてもっと自分の家族の事を考えなかったんだろうと思ってね」
「そうだな、ザマロが支配してた頃には好き放題贅沢三昧やってたんだろあいつら?それがお前やヨーゼフが国政をみるようになってから一変、王室はもちろん貴族達には厳しい質素倹約令が出されて贅沢も出来なくなった、おまけに土地財産は半分に削られて我慢出来なかったんだろうな、一度覚えた贅沢な生活からはなかなか抜け出せなかったんだろうぜ」
と、珍しく大真面目にマルスが答えた。だからザマロの息子であるラストロを担ぎ反乱まで起こしてかつての生活を取り戻したかったのかと思うとレンは、無性に腹が立って来た。
「馬鹿げてる…確かに僕とヨーゼフは質素倹約令を出したけど何も不自由な事なんてないじゃないか、むしろ僕達なんかよりもっと苦しい生活をしている国民も居るのに…ブラッツ達は一体どんな生活を望んでたんだ?どんな贅沢をしていたんだろう?僕には想像も出来ないよ」
「この屋敷を見て見ろよレン、朽ちてはいるがこんな屋敷、山の中に建てるような屋敷じゃないぞ」
と、ラーズが辺りを見回して言った。確かに朽ち果ててはいるが、豪華に飾られた柱など残っている。レン達は、まず屋敷内を隈なく調べた。ヨーゼフが召し上げた時に家財道具や貴金属など全て運び出してあったので調べ易かったが貴族町にあるブラッツ屋敷にあった壁の仕掛けなどは無かった。
「この鍵は何の鍵だろう」
と、テランジンは上着のポケットからブラッツ屋敷で見つけた鍵を取り出し言った。鍵を使いそうな所と言えば屋敷内だろうと思っていたが、この鍵に合う鍵穴が見つからない。
「ねぇテラン兄ぃ、裏の山どうしてあんなに切り立ってるの?」
と、突然シーナが言い出した。
「そりゃあ、この屋敷を建てるのに邪魔になったから切り崩したんじゃないのか」
と、何気なくテランジンは答えたが、確かにわざわざ山を切り崩す必要は無いと思った。
「若、裏山を見てみましょう」
と、テランジンは、レンに言い皆で屋敷の裏へ回った。特別変わった感じはしなかった。
「何も無いな…ただ削られたって感じだな」
「でもやっぱり変だよ、わざわざ山を削って屋敷を建てるより周りの木を倒して建てた方が早いじゃないか」
「おかしいなぁ~何かねさっきからこの辺りで嫌な気を感じるんだけど」
と、シーナが壁の様になった山の一部を指差し言った。レン達が近付き見たが何も感じない。
「何も感じないぞ、なぁレン、マルス…ん?あっ?!何か変だな…こことここを叩いた感じが変だぞ」
と、ラーズが山肌をコンコン叩きながら言った。レンも叩いてみた。確かに妙だと感じた。マルスが面倒臭いと言い皆を退かせ叢雲を抜き真空斬を放った。真空波が山肌に当たり土煙を上げゴゴゴッと何かが崩れる音がした。
「げほげほっ派手にやったな…おおおっ!な、何だこの壁…いや壁じゃない門だ!」
と、土煙が消えて現れたのは、奇妙な彫り物が施された門だった。門の辺りの空気が一気に重苦しくなったのを皆が感じた。
「この紋様どこかで…ああっ?!これって確かイビルニア城の壁や柱にあった紋様と同じだよ!」
と、レンが門を見ながら言った。
「何でこんな所に?まさかイビルニアから持って来たって言うのか?」
と、マルスが汚らわしい物でも見る様な目で言った。テランジンは、持っていた鍵を門の鍵穴に合わせたが合わない。
「この鍵では開けられないのか、一体この鍵は何の鍵なんだ?」
「でもこの門の向こうにザマロの遺産があるんじゃないか、この門ぶっ壊そうぜ」
と、ラーズが言い剣を抜いた。レンとテランジンも剣を抜き三人分の真空斬を門に放った。門は、粉々に破壊出来た。
「ふん、忌々しい門だ、粉々になっても嫌な気を感じるシーナ灰にしろ」
と、テランジンが言うとシーナは、龍の姿に変身して粉々になった門に爆炎を吐き灰にした。
「さてと、中は真っ暗ですな、少々お待ちを」
と、テランジンは言って魔導車に積んである懐中魔灯を取りに向かった。人数分持って来たテランジンは、レン達に渡し灯りを付け先頭に立ち門の奥へと入って行った。一見洞窟の様に見えたが中の壁や天井は、しっかりと作られていてまるで何かの倉庫の様に感じた。
「扉があります」
と、しばらく歩くと扉があった。テランジンが開けようと横に引いたが開かない。持っている鍵を差し込み回すとカチリと音がなった。
「この扉の鍵だったんだ、早く開けてみようよ」
と、レンは、少し興奮気味に言った。そして、ラーズとテランジンが扉を左右に引くと懐中魔灯の光りに照らされた金銀財宝がレン達の視界に広がった。
「うわぁぁ…凄ぇ…」
「こんなのって」
「こ、これがザマロの隠し財産か…あの時おやじに出したのはほんの一部に過ぎなかったのか」
「へへぇぇ凄いね」
「ほほうさすがはザマロの金庫番と言われたブラッツだな、こんなに隠し持っていたとはな」
レン達は、部屋に入り宝の数々を手に取って見たりした。中には、イビルニアの物と思われる品まであった。
「おい、見て見ろよレン、これはどう見ても半島製の物だろう、よくこんな物平気で持ってられるよな、家にあるだけで悪い事しか起きないような気がするぜ」
と、マルスが床にあった壺をつま先で突きながら言った。
「ほんとだね、こんな物平気で持ってられるのは心が穢れきってる証拠だよ、シーナ後でイビルニア製の物は全て灰にして」
「若、お待ちを、お忘れですか?エレナ様がアルカトに心を奪われたきっかけを!ラストロが身に付けていたイビルニア製の首飾りが原因でした、あの時おやじは貴族達にイビルニア製の物は全て出せと言い出させましたがブラッツはイビルニア製品を隠し持っていた事になります」
「あっ!そうだった!」
「これはその証拠の品です、大評定で使えます」
「うん、じゃあ持って帰らないとね」
テランジンは、部下にこれら財宝を全て魔導車に積み込ませた。そして、レン達は、城に持って帰り城内の大広間に財宝は運び込まれた。その並べられた財宝の数々を見てエレナ、ユリヤ、ヨーゼフやリリーはもちろんの事、城に出仕しているもの達皆が驚きの声を上げた。
「あ、あやつめぇ…こんなに隠し持っておったのか…何と言う不埒な」
「それだけじゃないよ、ヨーゼフこれ見て」
と、レンは床に置いてある金銀財宝の中からある壺を指差した。イビルニア製の壺である。
「エレナがラストロさんがしてた首飾りのせいでアルカトに操られ心を奪われた時、貴族達にイビルニア製の物は全て提出しろと言ったのにブラッツは隠し持っていたんだ」
「何と…」
ヨーゼフの顔が引き攣っていた。そこで改めてイビルニア製の物を見ていたマルスが不思議そうに言った。
「なぁちょっとこれとこれとあれとこれ並べてみようぜ」
と、人の形をした置物を指差し言った。ラーズとシーナが適当に並べてみた。
「こうして並べると何か変だろ?誰かに似てる気がするんだが…その一番左に置いたやつ…う~んアルカトに見えないか?」
と、マルスが言った。
「そう言われてみればそんな気が…そこの右から二番目なんかグライヤーみたいだな変な杖みたいなの持ってるし」
「ほんとだ、じゃあ一番右のやつはジルドだ…後はフラックだ…?…えっ?」
と、ラーズとレンが言った時、皆が顔を合わせた。
「や、やばい!離せ離せ」
と、マルスとテランジンは、慌てて四体の像を引き離した。
「何で四天王の像なんかあるんだよ、何か嫌な予感がして来たな、箱みてぇなのないか?引き離して箱の中に入れた方が良いんじゃないか?」
と、マルスが言ったのでヨーゼフは、城の納戸頭を呼びこの像がすっぽり入りそうな箱が無いか聞いた。いくつか有ると言ったのでそれを持って来させ箱で四体の像を覆った。
「これで良し、後は大評定でこいつをブラッツの野郎に見せて問い詰めてやろうぜ」
と、マルスが得意気に言った。
翌日、レンはヨーゼフとラストロに会うため病院を訪れた。
「気分はどうですか?」
「はい、もう大丈夫です、いつでも大評定に出席出来ます」
レンとヨーゼフは、昨日ハーツ山から引き揚げて来たザマロの隠し財産の話しをした。ラストロは暗い表情をした。
「そうですか…父の遺産をあいつはそんなに隠し持っていたのですか、それにイビルニアの物まで」
「金銀財宝はともかくイビルニア製品を隠し持っていた事は断じて許せません」
「イビルニアの物は余りにも危険過ぎますからなぁ」
と、レンとヨーゼフの言葉にラストロは、エレナの心を奪った時の事を思い出しばつの悪そうな顔をした。その様子を見てレンが慌てて言った。
「あの時の事はあなたが悪いんじゃありません、気にしないで下さい」
ラストロは、神妙な面持ちで頭を下げた。レンとヨーゼフは、大評定の日が決まり次第、連絡すると言い残し病院を後にした。城に帰ったレンとヨーゼフは、直ぐにテランジン、サイモン大将、ディープ男爵や他の有力貴族や政治家を集め大評定の日を決める会議を行った。反乱軍に加担した兵士達の罰をこの会議で決める事にした。
「さて御一同、ブラッツ達を裁く大評定の日を決めたいと思います」
と、ヨーゼフの言葉で会議が始まった。
「しばらく時間を頂きたい、今回反乱軍に参加した者全てが恥ずかしながら陸軍から出ております、反乱軍の本隊二千人と他裏門を攻撃していた部隊五百、地方に居た反乱軍合わせて五千人の取り調べがまだ終わっておりません」
と、サイモン大将が沈痛な面持ちで言い、現在、刑務所に留置してある反乱軍兵士達全員の取り調べが終るには、一ヶ月は掛かるとサイモン大将は、答えた。
「海軍のメタール大佐やブロイ、クライン両中佐にも協力はして頂いているのですが」
「仕方あるまい、では大評定の日は今日より一ヶ月後でよろしいかな御一同」
「我々には異存はございません、レオニール様いかがでしょうか?」
「はい、僕にも異存はありません」
と、レンが答えたので大評定の日は、一ヶ月後と決まった。
「兵士達の罰を決めておきたいと思います」
と、ヨーゼフが言った。これには意見が分かれた。兵士の階級やその兵士が行った事関係なく死罪にするべしと言う者や階級の低い者は、退役させるだけで良いと言う者や士官以上は、皆死罪などと意見が分かれた。
「いかがでしょうレオニール様、どこの国もそうですが反逆罪は死罪です、王家や国家に弓引く者を生かせておけば国民に示しが立ちません、どうかここは一つお心を鬼にして下さいますよう」
「ザマロの時にはラストロ殿をはじめかなりの者にお慈悲を与えましたのに」
「恩を仇で返す者やザマロの時と同様に此度もお目こぼしがあると思っておったのでしょうか、誠にけしからん事です」
と、鼻息を荒げる貴族や政治家の意見を聞きレンは、迷った。今回も軽い処分で終わらせればまたいつか忘れた頃に誰かが反乱を起こすんじゃないかと思った。死罪を主張する貴族や政治家達の言う様にここは心を鬼にする必要があるんじゃないかと思ったが、そうなると大量に死刑者が出る事になる。そう考えるとレンは、虚しくなった。人が不慮の事故で死んだり何かの巻き添えで殺されたり死刑になった者の話しを聞いた時、レンは、いつも彼らは一体何のために何をするために生まれて来たのだろうと考える事がある。今回、反乱に参加した特に兵卒などは、自分が王になるよりラストロが王になった方が生活が楽になるとでもブラッツに言われたのだろうかと考えるとレンは、彼らを死罪にするには余りにも可哀想だと思った。
「待って下さい、一般の兵卒に関して言えば死罪は妥当とは思えません、おそらく彼らはブラッツに僕が王になるよりラストロさんが王になった方が楽に暮らせるぞなどと言われたんでしょう、今この国に質素倹約令を出してます、対象は僕も含めて貴族、政治家、軍人です、士官になれば給金もそれなりに出て普通に暮らせて行けるのでしょうが一兵卒の身ではそうはいかなかったんでしょう、だからブラッツなんかに…」
と、レンは暗い顔をして言った。ヨーゼフとテランジンは、深刻な顔をしていた。貴族や政治家達も深刻な顔をしていた。ザマロが支配していた頃の影響は大きく不況が続いていて税収が少なかった。ザマロ支配下の時に国交を断絶した他国も今は、国交を回復し貿易などで外貨を稼げるようにはなったが、ザマロ支配前のトランサー王国に戻すには、時間が掛かりそうだった。
「しかしですな、生活が苦しいと言って反乱軍に参加して良いのかと言えばそうではありません、皆ぎりぎりでやりくりしているのですから、まぁレオニール様が仰るように兵卒に限り死罪は無くしましょう、ただし取り調べで余罪が分かり次第、厳しく罰します、それでよろしゅうございますか?」
と、言ったのは、トランサー王国の法務大臣を務めるエイゼル・ジャスティ公爵だった。
「はい、そうして下さい」
と、レンは、素直に答えた。一部の貴族や政治家達に不満の声も上がったがジャスティ大臣が丸く治め、話しを続けた。
「では士官以上の者はいかが致しましょう、軍の幹部ともあろう者が反乱の企てを聞き我々に報告もせず、事もあろうに反乱軍に参加し指揮を執るなど許せませぬ、死罪か懲役刑と言う事でいかがでしょうか?」
「それが妥当ですな大臣、若どうでしょう?」
と、ヨーゼフは、レンが余りにも暗い顔をしているので様子見も兼ねて聞いた。
「はい、そうして下さい、ですが出来るだけ彼らに死罪を与えるのはお控え下さい」
と、レンは言った。やはり自分の名の下で死罪を与えるのは気分が良いものではなかった。
「ではその様に致しましょう、最後にブラッツら貴族五人の処遇でござるが」
と、ヨーゼフが言うと会議に参加している者全員の顔が険しくなった。ラストロを担ぎ反乱を起こした張本人達である。おまけに半イビルニア人を使いレンとヨーゼフに毒を盛ったのである。間違いなく死罪だった。
「反乱を起こす前に半イビルニア人ライヤーなる者を使い若様とヨーゼフ閣下に毒を盛った事はメタール大佐達がライヤーを訊問してはっきり分かった事、当然貴族達の中心人物であるブラッツは死罪、ブラッツ侯爵家は改易ですな、他の貴族達も死罪、改易としましょう」
「はい、僕もブラッツだけは絶対に許せません、僕達に毒を盛った事もですが静かに暮らしていたラストロさんを担ぎ上げラストロさんの名で反乱を起こした、言う事を聞かないからって奥方と子供まで人質に取った…あんな奴がこの国の貴族だなんておかしいですよ、国民の前で罪を問い罰を与えましょう」
と、レンが力強く言った。
「その通りでござる若、では御一同、今日の会議はこれまでと致しましょう」
と、ヨーゼフは、レンを気遣い会議を終わらせた。細かな事はレンを外して話し合った方が良いと考えた。
会議を終えたレンは、マルス達が居る部屋へ向かった。
「よう兄弟、やっと会議が終わったか、どうしたお前?顔色が悪いぞ」
と、部屋に入って来たレンを見てマルスが言った。
「うん…人の生死や罰を決める事なんて僕には荷が重すぎるよ」
と、レンは、疲れ切った表情で答えソファに倒れ込むように座り、ぼんやりと天井を見つめた。そんなレンを見たエレナは、心配になりレンの隣りに座り手を握った。
「大丈夫レン?やっぱり顔色が良くないわ」
「うん、大丈夫だよ、そうだブラッツ達の裁きの日は、今日から一ヶ月後に決まったよ、マルス、ラーズ、シーナ君達にも証人として出てもらわないといけないから」
「そうか、一ヶ月後か分かった、国に連絡しておこう」
「シーナ、ドラクーンにはうちから連絡しておくよ」
と、ラーズとマルスが答えた。
連日、反乱軍に参加した者達の取り調べが続いた。兵士の中には軍人ではなくただのならず者まで紛れ込んでいた居た事に連絡を受けたテランジンとサイモン大将は、閉口した。当然、ブラッツ達貴族の訊問も行われた。ブラッツ達貴族の訊問には、ヨーゼフ、ディープ男爵をはじめとした親ティアック派の貴族や軍人、政治家らが担当した。そして、月日が流れ反乱軍の取り調べが全て終わり、いよいよ城下の大広場で行われる大評定の日がやって来た。




