城への帰還
剣を抜いたテランジンを見て避難していた民衆が悲鳴を上げ遠巻きになった。リリーは、テランジンの後ろで固唾を飲んでいる。
「大将どうしたんだ突然」
「あの男を見るなり剣を抜いたぞ」
テランジンは、真っ直ぐにライヤーを見ている。ライヤーは、あくまでも自分は民間人だと言い張った。
「な、何か勘違いされているのでは?私はただの民間人ですよ」
「勘違いしているのは貴様の方だ、ここは貴様らの様な者が存在してはいけない場所だ」
と、テランジンは言い練気を始めた。ライヤーは、素早く短剣を取り出し気を溜め込まれる前に攻撃に出た。
「シャァァァ!殺されてたまるかよ!」
「どうして我が国に居るのか理由を聞かせてもらうぞ」
テランジンは、ライヤーの鋭い突きを紙一重にかわして軽く跳び下がり短剣を叩き斬った。ライヤーは、短剣をテランジンに投げ付け逃げた。テランジンは、ライヤーの膝に真空突きを二発放った。両膝に命中しライヤーが転げる様に倒れた。
「く、くそぅもう少しでこの国から出られたのに」
倒れたライヤーを民衆が遠巻きで見ている。そこにテランジンがゆっくりと近付く。
「テ、テランジン様この男は何者なんですか?どうしてこんな…」
と、民衆が恐れながら聞いた。
「こいつは人の様で人でない…我が友、シドゥ・モリヤの敵の仲間だ」
そこへ陸軍兵士二人が剣を抜きやって来た。民衆達は、ブラッツの手の者が来たと大混乱した。
「ま、待ってくれ我々はサイモン大将の部下だ、みんな落ち着いてくれ」
と、慌てて兵士二人は叫んだ。サイモンの部下と聞いて民衆は落ち着きを取り戻した。テランジンは、民間船の船長を呼び皆を乗せて沖まで行くよう話した。
「後は、私の部下が船を守ってくれる」
「分かりました、大将」
民間船が岸から離れるまで見届けたテランジンは、サイモン大将の部下達に向き直り聞いた。
「サイモンはどうした?」
「陸軍本部で反乱が起きたと聞いて駆け付けた所をブラッツ達に拘束され、自分達は何とか振り切り逃げて来ました、ところでこの男は?」
と、サイモン大将の部下達は、話してライヤーを見た。ライヤーは、テランジンの真空突きで膝の筋を断裂されて立つ事も歩く事も出来ないでいた。
「この男は半イビルニア人だ、シドゥの敵の仲間だ!」
と、テランジンは言いライヤーの頭を引っ叩いた。サイモン大将の部下達の目の色が変わった。
「こ、こいつが…で、どうするんです?殺しますか?」
「いや、この男からは色々と聞き出す事がある、とにかく今はこの反乱を治めねばならん、この男の尋問はその後だ、逃げられんようにどこかに監禁する必要があるが陸軍本部は使えそうに無いな…海軍本部は…」
と、テランジンが言いかけたがサイモン大将の部下達は、首を横に振った。
「海兵隊の方々が守っておられるみたいですが時間の問題でしょう、数では圧倒的に負けてます」
「そうか…他にどこか良い場所があれば」
「あなた、青い鳥は?」
と、リリーが言った。かつてザマロ支配下のトランサー王国で反ザマロ派の軍人や貴族、政治家達が集まっていた大衆酒場兼食堂である。テランジンの行きつけの店でもある。
「そうか、あそこなら地下室が使えたな、良し行こう」
こうしてサイモン大将の部下達に両脇を抱えられたライヤーは、テランジンとリリーに連れられ港町にある青い鳥に向かった。幸い港町にブラッツの反乱軍は居なかったが町は、死んだように静かだった。
「おやじ、俺だテランジンだ、開けてくれ!」
と、店の扉をバンバン叩きながらテランジンが叫ぶと覗き窓が少し開いて直ぐに扉が開いた。
「テランジン、リリーお嬢様、ご無事でしたか」
「ああ、若とヨーゼフおやじが危篤と聞いて急いで帰って来たがまさか反乱が起きているとはな」
「そ、そうなんだ、まぁここじゃなんだ中へ…後ろの方は?」
と、店主がサイモン大将の部下達とライヤーに気付き言った。とにかく店の中へ入りライヤーを店の中央に引き据えテランジンが話し出した。
「この男は半イビルニア人、人間との間の子だ、そしてシドゥを殺った仲間だ」
「何?!こいつが!」
と、店長や店の従業員、その場に居合わせた客達が一斉にライヤーを見た。ライヤーは、にやにや笑っていた。その顔を見てイラッと来た店長がライヤーを殴り倒した。
「テランジンどうするんだこいつを」
「うむ、この反乱を治めるのが先だ、それまで店の地下室にこいつを監禁してもらいたい、軍部は使えそうにないんだ」
「な~る、お安い御用さ、おいこのクソ野郎を縛り上げ地下室に連れて行け」
と、店長は、屈強な従業員に命じた。テランジンは、サイモン大将の部下達に店に残りライヤーの監視を頼んだ。
「分かりましたが大将はどうされるんですか?」
「俺と妻は城に行く」
「えええっ?!それは無茶ですよ!正門にブラッツの反乱軍二千が攻めているんですよ、おそらく裏門からも反乱軍は攻めてるでしょう」
「そうだテランジン、お前だけならともかくリリーお嬢様を一緒に連れて行くのはどうかと思うぞ」
と、サイモン大将の部下達と店長が止めた。
「私はテランと一緒に行きます」
と、リリーが言った。凛とした美しさがある。その姿を見た店長は、一人うんうん頷き言った。
「分かりましたお嬢様、テランジンお嬢様を頼んだぜ、若様とヨーゼフ様がご危篤だそうだがきっと良くなるはずだ」
「ああ、その事だがおやじ、俺も良く分からんが若とヨーゼフおやじの危篤は芝居なんだそうだ」
「芝居?どういう事だよ」
と、店長は目を丸くした。
「おそらくブラッツの様な連中を炙り出すためにやったのかも知れん、とにかく俺達は城に行く」
そう言ってテランジンとリリーは、青い鳥を後にした。すっかり日も暮れていた。
その頃、トランサー城正門では、激しい攻防戦が繰り広げられていた。ブラッツ達反乱軍は大砲を引き据え正門を攻撃していた。
「あまり使いたくないが仕方あるまい、しかし固い門だな、なかなか壊れん」
と、戦闘の指揮を執っているブラッツが呟いた。そんな様子を城の物見塔からレンとマルスが見ていた。 「あの野郎、大砲まで使いやがって」
「あの大砲だけ壊せないかな?」
と、マルスとレンは、顔を見合わせて頷き合った。そして、剣を抜き練気を始めた。物見塔から大砲まで距離があり二人は、十分に狙いを定めた。
「マルス、そろそろ良いかい?」
「俺、真空突きあんまり得意じゃないんだが良いぜ、一、二の三それ!」
真空突きの鋭く尖った真空波が大砲に命中し粉々になった。どこから何が飛んで来て大砲を破壊したのか分からない反乱軍は、大混乱に陥った。
「ぎゃあぁぁ!なな、何が起きたんだ?」
「きゅ、急に大砲が壊れたぞ!」
ブラッツ達貴族も何が起きたのか分からず周りをきょろきょろと見回した。その様子を物見塔から見たレンとマルスは、大笑いした。
「あははは、凄い慌てっぷりだね」
「くくく、これでしばらくは大人しくなるだろう、部屋に戻ろうぜ」
篝火を焚き辺りを明るくしていた反乱軍は、急いで篝火を消し城の様子を伺った。ブラッツ達貴族は、自分達の周りを守り固めるよう命じた。
「一体何が起きたのだ…裏門は突破出来たのか?何ぃ?まだ突破出来んだとぉ」
「数では我々の方が圧倒的に有利なはず」
「ふん、所詮はお前の口車に乗せられて反乱軍に参加した者ばかりなのだろう、何の信念持たずに反乱を起こした連中には何も出来んさ」
と、ラストロがブラッツ達に言った。ブラッツはムッとした顔をしたが何も言わなかった。城の裏門でも激しい攻防戦が繰り広げられていた。死者も数名出ている。裏門は、正門程人数を配置出来ず苦戦を強いられていた。裏門の守りの指揮を執っているのは近衛師団隊長の一人ミトラであった。鬼の様な顔をして指揮を執っている。
「押せ押せ!引くな引くな!有りったけの弓矢をくれてやれ!」
近衛兵達は、城壁の上から雨の如く矢を反乱軍に放っていた。裏門側は、木が多く自生していてその木を盾に反乱軍は戦っていた。
「やってるな、しかしあれでは近付けんな」
と、テランジンとリリーは、城の裏門辺りまで来ていた。どうにかレン達に繋ぎを付けねばならずテランジンがその方法を考えていると後ろで声がして慌ててリリーを守る様にテランジンが剣を抜いた。
「そこで何をしている?」
と、男が五人同じく剣を抜き近寄って来た。
「あっ?!テランジン殿か?」
「ん?君は…サイモンの部下か」
五人は、サイモン大将の部下達だった。裏門の様子を見に来たと言う。サイモンの部下の一人が小型魔導無線を持っている事に気付いたテランジンは、それを使って城内に居るはずのルークに連絡を取った。
「兄貴?ど、どこに居るんですか?」
「裏門付近だ、リリーとサイモンの部下らと一緒だ」
「分かった、俺も裏門に行く、兄貴達が入れるよう何とかするぜ」
「頼んだぞ」
そう言ってテランジンは、無線を切り反乱軍に気付かれない程度に裏門に近付いた。ルークは、急ぎ裏門まで行きミトラにテランジンが外に居る事を伝えた。ミトラは、城壁に居る部下達に敵が裏門に近付けないよう絶え間なく矢を放つよう命じテランジン達が城内に入れるよう門を少しだけ開けると言った。ルークは、小型魔導無線でテランジン達に話しテランジンは、雷光斬を放つからそれを合図に門を開けるよう言った。
「分かった、気を付けてくれよ兄貴」
「ああ、では頼んだぞ」
テランジンは、剣を抜きリリーとサイモン大将の部下五人を引き連れ裏門がある壁際まで走った。
「何者だ!奴らを捕えろ!」
と、反乱軍が叫んだが城壁から降り注ぐ矢で近付けない。裏門の真ん前まで来た時にテランジンが反乱軍に向け雷光斬を放った。城の内側から雷光斬の光りに気付いたミトラは、門を少し開けさせリリー、サイモン大将の部下達、そしてテランジンの順番で城内に入れ直ぐに門を閉じた。
「はぁ、助かったよミトラ、ありがとう」
「やぁテランジン、新婚旅行中だったのに残念だったなレオニール様や閣下がお待ちのはずだ早く行け」 「兄貴、リリー姐さんこっちです」
と、ルークがテランジン達をレン達が居る大広間へと連れて行った。大広間には、レン達の他にティアック派の貴族、軍人、政治家などが忙しく動いていた。戦闘で負傷した兵士の治療に当たっているシーナがテランジン達に気付き手を振った。
「テラン兄ぃ、おかえりぃ」
「あっ!テランジン」
「若、おやじ」
と、テランジンとサイモン大将の部下達は、レンとヨーゼフの前まで来て礼を取った。
「ごめんね、せっかくの旅行中にこんな事になってしまって」
「すまんのぉ、まさか反乱を起こすとは考えておらんかってのぅ」
「いえ、危篤と聞いて驚きましたが芝居と分かり安心しました、所で反乱軍はラストロ殿を担いでいるのですか?」
「そうなんだ、ブラッツ達ラストロさんの妻子を人質に取っていう事を聞かせたんだ、でも妻子はルークの部下が助け出して今は城に居るよ」
と、レンが話した。そこへ物見塔からラーズが少し慌てて大広間に戻って来た。
「おい、奴ら正門を破ったぞ」
「何だって!?」
「行かなきゃ!」
「待て、お前とヨーゼフはまだ危篤だ、俺達に任せろ!ラーズ、テランジン行こう」
と、マルスは言ってラーズとテランジンを連れて正門に向かって行った。その頃、城の正門を破ったブラッツ達は、ミトラ同様近衛師団隊長の一人クラウドが指揮する近衛兵達と戦っていた。
「指揮官はどこだ?ああ、あれかいつもジャンパールから来た小娘の警護をしている奴だな…おい、この戦闘の指揮を執っている者に告ぐ、早々に兵を引き上げて我々の軍門に下れば今の地位は約束してやる、戦闘を止めよ」
と、ブラッツが魔導拡声器を使ってクラウドに言った。その言葉にクラウドは激怒した。
「この俺に裏切れと言っているのかあの野郎は?!ぐぬぬ許さん!者共!突撃ぃ!」
「おおーーー!」
と、クラウド自ら先頭切って突撃を仕掛けた。隊長に続けと近衛兵達が突撃する。さらに激しい戦いになった。クラウドは、全身に返り血を浴びながら大暴れした。そこへマルス、ラーズ、テランジンが到着した。
「おお、やってるなぁクラウド、俺達も蹴散らしてやるか」
と、マルス達も戦闘に参加し正規軍と反乱軍は、膠着状態になった。
「数では圧倒的に我々が有利のはずなのにあの練気使い共が現れたせいで…こちらには居ないのか練気使いは?」
と、ブラッツの取り巻き貴族が言うと男が一人名乗りを上げた。
「私は、新しく陸軍で編成された練気隊の者です」
「おおそうか、では其の方にテランジン大将を任せる、ジャンパールとランドールの王子二人には手を出すな、厄介な事になるからな」
「御意」
と、陸軍の練気使いと自称した男は返事をして一人進み出て大胆にもテランジンに勝負を挑んだ。
「テランジン大将、私は陸軍練気隊のイミテン少尉です、練気使いとして貴殿に決闘を申し込む」
と、イミテン少尉は言い剣を抜いた。マルスとラーズは、顔を見合わせて驚いた。よりによってテランジンに勝負を挑むとは、何を考えているんだろうと思った。
「イミテン少尉、テランジン大将に勝てば其の方を練気隊の隊長に任命する」
と、ブラッツが言うとイミテン少尉は、ブラッツに深々と頭を下げた。そんな様子を屋根無し魔導車からラストロが愚か者を見る目で見ていた。
「イミテンとやら後悔はしないな?」
と、勝負を挑まれたテランジンが落ち着き払って言った。イミテン少尉は、後悔はしないと言いマルスに開始の合図を出すよう頼んだ。
「恐れながらマルス殿下、始めの合図を賜りたい」
「本当に後悔しないんだな…分かった、テランジンあんまり酷い事するなよ、では始め!」
と、マルスの合図と同時にイミテン少尉が真空突きを三発放った。テランジンは、剣を抜く事もなく軽くかわした。今度は、真空斬を放ったイミテン少尉は、直接斬りかかって来た。この時、初めてテランジンが剣を抜き受け止めた。
「うむ、練気の訓練をしてどれくらいになるか?」
「い、一年ほどだ、そ、それがどうした?」
と、イミテン少尉は、必死で攻撃しているが全てテランジンに弾き返されている。
「なかなか、筋は良い、しかし!」
と、テランジンは言ってイミテン少尉から飛び下がって間合いを取り剣を構えた。
「ブラッツの様な悪党の口車に乗せられる様な練気使いなど所詮はその程度だ、今から本物を見せてやる」
そう言うとテランジンがシドゥの形見の剣に気を溜め始めた。剣は、イミテン少尉がこれまでに見た事のないほどに光りを帯び始めている。
「そ、そそそんな馬鹿な…」
「雷光斬!!」
と、テランジンが剣を真上に上げ叫ぶと雷がイミテン少尉の目の前ぎりぎりに落ちた。イミテン少尉の靴の先が少し焦げている。そして足元には、直径二メートルの穴が出来ていた。イミテン少尉は、腰が抜けたのかその場にへたり込んでしまった。
「貴様程度の練気ならレオニール様やここにおわすマルス殿下は一週間ほどで身に付けられたもの、余り自分を過信しない事だ」
そう言ってテランジンは、剣を納め引き下がった。その様子を憎らし気に見ていたブラッツがイミテン少尉に下がれと言い下がらせた。
「くぅぅぅ何と情けない…こうなったら仕方がない、全軍、総攻撃を仕掛けろ!突撃じゃあ!」
「待てぇぇぇい!」
と、ブラッツの大声よりさらに大きな声が正門に響いた。正門に居る誰もが聞いた事のある声だった。ヨーゼフの声である。声のした方を見ると城の二階のバルコニーにレンとヨーゼフの姿があった。




