人質
「おう、兄弟こいつを見てくれや!」
と、カツが箱を指差し言った。隣に居たシンは、怒りで震えていた。ルークとサイモン大将が箱の中身を確かめるとそこには、盃が数十個入っていた。中には割れている物もあった。
「こ、これは…」
と、ルークが絶句した。サイモン大将が盃を一つ取り出して見て言った。
「テランジンの披露宴でやった盃事に使った物じゃないか、どうしてこんなに」
「兄貴の披露宴でやった盃事が単なる余興だとでも思ってたんだろうか…許せん」
と、ルークが怒りを込めて言った。親分や兄貴分から破門や絶縁を言い渡されていないのに盃を返すと言う事は、親分や兄貴分を裏切ると言う行為であった。
「なるほど、つまり我々を裏切ると言う事だなルーク」
「そう言う事だ、ところでシンよ兄貴から盃を受けた者の名前は分かるか?」
「もちろん名前は全て控えてあるぜ、ちょっと待っててくれ」
と、言いシンは海軍本部にある金庫からある名簿を持って来た。貴族、将校、兵卒合せて五十人の名前が記載されている。名簿を見ていたサイモン大将は、ある事に気付いた。
「ほほう、こうして見ると返して来た盃の数と旧ザマロ派の数が一致するな」
「じゃあその連中が返して来やがったって訳か」
と、カツが憎らし気に盃を見ながら言った。
「で、こんな場合どうするんだルーク」
と、サイモン大将は、箱の中の盃を見ながら言った。
「親兄弟を裏切ったんだ、そいつは万死に値する、しかし俺達はもう海賊じゃねぇテラン兄貴に指示を仰ごう」
と、ルークは答えた。そして、ルークとサイモン大将は、返された盃と名簿を持って登城した。その頃、ブラッツ達貴族は、ラストロの庵に居た。
「昨日も言っただろ、私は王位に興味はないしレオニール様に逆らう気は無い、ここで父に命を奪われた人達の供養をするだけだ、もう帰ってくれ」
と、ラストロがうんざりして言った。
「しかし、昨日も申し上げたように王子とヨーゼフ公は危篤なのですぞ、もしもの時に供えねばこの国はどうなるのですか、こんな事を申し上げるのは気が引けますが…あの二人が国政を見るのはもう無理でしょう、毒の影響で身体に障害が残り頭もまともに働かんでしょうな」
と、ブラッツがわざとらしく深刻な顔をして言った。同行している貴族達もひそひそと何か言っている。ラストロは、そんなブラッツ達を見て毒を盛ったのは、ブラッツ達だと直ぐに見抜いた。
「お前達、王子とヨーゼフ公に毒を盛ったな」
と、ラストロが静かに言った時、貴族達が一瞬ギクッとなった。
「お前達…何と恐れ多い事をそこになおれ!私が叩き斬ってやる!」
と、ラストロは怒り貴族が持っていた剣を奪い取り構えた。
「お待ちを殿下、このような事は出来る限りやりたくなかったのですが…素直に言う事を聞いて頂けないのなら仕方がありませんなぁ、ライヤー殿」
と、ブラッツは、ラストロを手で制しつつ庵の外に居るライヤーを呼んだ。ライヤーが庵に入って来た。
「何者だ貴様!」
「彼は私が雇った殺し屋ですよ、彼が王子と爺に毒を盛ってくれたのです、そして彼は今から殿下の奥方様とご子息を人質としてさらいに行きます」
と、ブラッツは、堂々と言い放った。ラストロは信じられないといった顔をした。
「おのれぇ!」
と、ラストロはライヤーに猛然と斬りかかった。ライヤーは、ラストロの一撃を抜き打ちで受け止め鍔迫り合いになった。
「ぬぅうん、き、貴様ただの殺し屋ではないだろう、貴様からは人とは違う何か邪なものを感じる!」
「ククク、そう私はただの人間ではない、半分は人間もう半分はイビルニア人の血が流れていてね」
「何?」
と、イビルニア人と聞いて一瞬怯んだラストロにライヤーが強烈な蹴りを放った。蹴りを喰らったラストロは、庵の壁にぶつかり倒れた。その隙に貴族達がラストロを取り押さえた。
「ぐぅぅぅ、ひ、卑怯者めぇイビルニア人と手を組むとは…私の妻子は関係ない手を出すな!」
と、ラストロが叫ぶとブラッツがほくそ笑みながら言った。
「ふふ、何を仰います、かつてはあなた様のお父上が使った手でございますぞ」
「く、くそったれめぇ、こんな事をしてただで済むと思っているのかレオニール様とヨーゼフ公は必ず復活されるぞ、その時はお前達は死罪だぞ」
「さぁ殿下諦めなされ我々の旗頭としてお立ち頂きます、シェボット家再興の時です」
「ぐぅぅぅぅ」
ラストロは、貴族達に庵から連れ出され魔導車に乗せられブラッツの屋敷に連れて行かれ座敷牢に入れられた。
トランサー城では、レンとヨーゼフの病室にしてある部屋でルークとサイモン大将がレン達に返された盃を見せていた。
「十五名いずれも以前に閣下の粛清を免れた者達です」
と、サイモン大将が説明していた。
「連中、披露宴でやった盃事を単に余興とでも思っていたのか殿様や旦那が危篤となってしまい兄貴に与しても仕方がないとでも思ったんですかね、どっちにしろ許せる事じゃありませんよ」
と、ルークは怒りを隠さず言った。
「この二日間でブラッツ達が盃を返した者達に何か話して回ったんじゃろう、わしらに付いていたら損をするぞとでも言ってな」
と、ヨーゼフが盃を一つ取り言った。
「で、どうするんだよルーク、返して来た連中にはそれ相応の罰とか何かあるんだろ?」
と、ラーズが真剣な顔をして聞いた。ルークも真剣な顔をして答えた。
「もちろんでさぁ盃を返すと言う事は親兄弟を裏切る事です、おまけに神さんの前で親兄弟の契りを結ぶ盃を交わしたんだ、それは万死に値します」
「じゃあ連中を殺すのか?」
と、今度はマルスが聞いた。
「海賊の頃なら殺してましたが今は違いますからね、しかし見過ごす訳にはいきません、それなりの罰をと考えてるんですがねぇ、テラン兄貴に相談しねぇと」
「良いよルーク、僕が許可する盃を返した連中に罰を与えて」
と、レンが珍しく鼻息を荒げて言った。殿様のお許しが出たとルークは意気揚々と部屋から出て行った。罰を与える許可を出したレンだったが少し不安を感じた。
「ルーク、一体どんな罰を与えるつもりなんだろ」
この日の夜、ルーク達元海賊とサイモン大将率いるテランジンから盃を受けた者達で粛清が始まった。盃を返した裏切り者共を城下の大広場に連れて行き素っ裸にして磔にし晒し者にした。
「き、貴様らこんなの事をしてただで済むと思っているのか!わ、私は誇り高き貴族であるぞ!」
「降ろせぇ頼む降ろしてくれぇ!わ、私はあの儀式を披露宴の余興だと勘違いしていただけなのだ」
「ふん、やかましい!余興如きで祭壇なんか用意するかよ、何も知らずに受けたてめぇらが悪いんだ、本来なら裏切り者は殺してるところをこの程度で済ませてやるんだ、ありがたく思え」
と、ぎゃあぎゃあ喚き散らす貴族にルークが怒鳴りつけていた。
「ところで貴様らはなぜ急に盃を返したのだ」
と、サイモン大将が冷たく言った。
「だ、だからあれは披露宴の…」
「他に理由があるはずだ、話してもらおう」
と、貴族の言葉尻を捕ってサイモン大将が言った。貴族は隣で磔られている仲間の貴族を見たが見られた貴族は知らん顔をしている。
「ふふ、計算高い貴様らの事だ、危篤となったレオニール様やヨーゼフ公の信頼熱いテランジンに与しても損をすると思ったのだろう、そしてもしレオニール様に何かあった時はラストロ殿を王座に据えると誰かに言われたのだろう、元々貴様らはザマロ派だったからな」
と、サイモン大将は、憎らし気に言った。
「そして、その誰かと言うのはブラッツ侯爵だな」
と、ルークが言った時、貴族達の顔色が一瞬で変わった。
「だ、誰がそのような事をどうしてブラッツ殿の名前が出て来るのだ」
「そ、そそそうだともブラッツ候は関係ない」
「もう良い、その慌てっぷりを見れば十分だ、貴様らはこの状態で三日間晒し者になる」
と、サイモンは貴族達に言い後の事は、自分の部下とルークの部下に任せてルークと二人城に戻って行った。
翌朝、大広場に大勢のトランサー国民が集まり裏切った貴族達を見ていた。
「あははは、何だあの連中は、一体何をしたんだ?」
「まぁお粗末な…」
「み、見るなぁ!見ないでくれぇ」
「私達が悪かったどうか、どうか降ろしてくれぇ」
と、晒し者となった貴族達が口々に叫んでいた。その頃、執事から大広場での出来事を聞いたブラッツが怒り狂っていた。
「何たる侮辱!我々貴族に対して余りにも無礼千万、もう我慢の限界だ、今から城に行き抗議する支度をせよ」
と、ブラッツは、執事に命じた。そして、魔導話を使い自分の取り巻き貴族を呼び出し城に向かった。ブラッツ達旧ザマロ派の抗議には、ティアック派の貴族ディープ男爵達が応対した。
「とにかく、今すぐ大広場で晒し者になっている者達を解放しなさい」
「それは出来ませんな、彼らは兄貴分を裏切ったのですぞ」
と、テランジンと兄弟盃を交わしたディープ男爵が言った。
「な、何が兄貴分だ君はいつからヤクザになったのだ!君も誇り高きトランサー貴族ではないか、なぜ同じ仲間にあのような辱めを与えるのだ!」
と、ブラッツの隣りに居た貴族が鼻息を荒げて言った。
「盃を飲み干す前に媒酌人を務めた海軍のカツ中佐が言っておられましたな、この盃は義兄弟の契りを結ぶ意義深い盃だと、ましてや神を祀った祭壇の前で儀式を行った、余興程度の事で祭壇まで用意しますかな?その神聖な盃を返したのです、これはテランジン殿や見届け人となったレオニール様やヨーゼフ公を裏切ったと見なすべきでしょう、許せる事ではありません」
と、ディープ男爵は真顔で言った。
「そのレオニール様とヨーゼフ公は今、生死を境を彷徨っておられるとか、お二人に万が一の事があればこの国はどうなるのです?盃を受けた受けないなどどうでも良い事では?今さらし者にされている者達は、有能な者ばかりだ、彼らにこれ以上の屈辱をお与えになられない方が良いのではありませんかな?」
と、ブラッツが意味あり気に笑みを浮かべて言った。レンとヨーゼフが死ねば大臣、役人が入れ替わりその時は、酷い目に遭わせるぞと暗に含めている笑みであった。
「ほう、もしもの時をお考えなのですか、私は考えもしなかったな、もしも若様がお亡くなりになられたら一体誰がこの国の王になるのだろうか」
と、ディープ男爵がわざとらしく言うとブラッツは憎たらしい笑みを浮かべて答えた。
「ラストロ・シェボット殿下以外に居られないだろう、唯一の王族ですぞ」
思っていた答えが返って来て思わず笑いそうになったディープ男爵は、とにかく大広場で晒している貴族は、三日間は解放しないと言いブラッツ達を追い帰した。ディープ男爵は、急いでレン達のもとへ行った。 「やはりブラッツはラストロ殿を王座に据えようとしております」
「うむ、ところでラストロ殿はまだ庵に帰っていないのか?」
と、ディープ男爵から話しを聞いたヨーゼフがルークに聞いた。ルークは、貴族を大広場で磔にした後、何か気に掛ると一緒に居たサイモン大将に言い一人ラストロの庵の様子を見に行っていた。
「はい、旦那、さっき部下に見に行かせましたが庵にまだ帰ってないとの事です」
「おかしいね、何かあったのかな?」
と、レン達は、心配した。そんな時、ルークの部下から連絡が入った。
「ルーク兄貴、どうも気になったんで無礼は承知で庵の中に入ったら何か争ったような跡がありました」
「何だって?」
と、レン達が驚いた。
「ラストロの奴さらわれたんじゃないのか」
「誰に?…ブラッツ達か?」
と、マルスとラーズが話しているとサイモン大将が知らせに来たルークの部下にラストロの妻子の様子を聞いていた。
「妻子に何か変わった事は無いのだな」
「へい、今の所は特に、念のため見張りを付けてはありますが」
その頃、ラストロの妻子のもとに変装したライヤーが訪ねていた。何も知らない妻子は、ライヤーをブラッツ侯爵の使いの者と思い込んでいる。
「ええっ?夫が病に?」
「はい、かなり具合が悪く今ブラッツ侯爵のお屋敷で眠っておられます、奥方様ラストロ殿下のもとへお越し下さい」
「はい、はい直ぐに用意致します、ミハエル、お父様の所へ行きます」
と、ラストロの妻ロザリアは、息子のミハエルと共にブラッツの屋敷へ向かった。その様子を見張っていたルークの部下二人が目撃した。
「お、おい奥方が出て行くぞ子供も連れてる、あの背の高い野郎は誰だ?兄貴に知らせよう」
と、ルークの部下は小型魔導無線でルークに連絡した。
「兄貴、今し方妙な野郎が来てラストロの奥方と子供を連れて家から出て行った」
「何だと?よし後を追え行き先が分かったらまた連絡をくれ、気を付けろ」
と、連絡を終えルークは、レン達を見た。
「奥方と息子を連れてどこに行ったんだろう、まさかブラッツの屋敷?」
その頃、ブラッツの屋敷の座敷牢に入れられているラストロは、ブラッツ達貴族に説得されていた。
「殿下、事は動いております、どうかご決断を」
「断る!レオニール様とヨーゼフ公はきっとドラクーンの娘が治すだろう、こんな事をしていると分かればお前達は死罪だぞ」
「ふぅむ、頑固なお人だ…やはり奥の手しかないようだな、ライヤー殿は戻っておるかな?」
と、ブラッツは呆れたように言った。
「はい、旦那様お二人を連れて戻られてます」
と、ブラッツ家の執事が答えた。ブラッツは、連れて来るよう執事に命じた。ほどなくしてライヤーに連れられたラストロの妻子が座敷牢のある部屋に入って来て驚いた。
「あなた?これは一体?ブラッツ候これは一体どういう事です?夫が何故あのような所に?」
「ライヤー殿、ご苦労」
と、ブラッツはラストロの妻ロザリアの言葉を無視して言った。
「お安い御用さ、しかし別料金は頂くぞ」
「もちろん支払うよ、さぁ殿下、奥方殿とご子息は我々の手の中にあります、いかがなさいますか?」
「く、お前達ぃ…」
ラストロは、座敷牢の中でブラッツ達を睨み付けた。ロザリアは、直ぐに状況が分かった。自分と息子は、人質に取られたと。ロザリアは、無意識に息子ミハエルを抱き寄せた。その様子を見てブラッツがクスクス笑いながら言った。
「奥方様、殿下が我々に協力してくれたら手荒な真似は致しません」
「お、応じなければ?」
と、ロザリアが言うとブラッツは、ライヤーに何やら耳打ちをした。ライヤーは、剣を抜き器用にロザリアの上着一枚を切り裂いた。
「きゃあっ!」
「何をする止めろ!妻や子供に手を出すな!」
「ほほほ、殿下が我々の主君となってもらえぬのなら奥方様は今大広場で辱めを受けている連中と同じ目に遭いますぞ」
と、ブラッツは、いやらしい目つきでロザリアを見ながら言った。
「お前達ぃぃ……分かった…お前達の言う通りにする、だから妻と子供には絶対に手を出すな」
と、ラストロは、悔しさに耐え涙を呑んで言った。
「ありがとうございます、しかし事が成就するまで殿下の代わりに奥方様とご子息にはここに入っていてもらいますぞ」
と、ブラッツは言うと他の貴族達に合図を送り座敷牢からラストロを出し、代わりにロザリアとミハエルを入れた。
「あなた!」
「父上」
と、ロザリアとミハエルは座敷牢から手を出した。その手をラストロはぎゅっと握りしめ言った。
「因果応報と言う奴だ、父がやった事が今度は俺に振りかかって来たようだ」
「さぁ殿下あちらに服をお着替えになられて下さい」
そう言ってブラッツ達貴族は、ラストロを連れて隣の部屋へ向かって行った。ライヤーは、執事から金を受け取ると別荘に戻ると言った。
「これから面白い事が起きると言うのにまぁお好きになされ」
「ああ、何かあったら連絡をくれ」
と、ライヤーは言いブラッツの屋敷から秘密の別荘に帰って行った。その様子を偶然ブラッツ屋敷の近所にあったティアック派の貴族の屋敷の二階からルークの部下が目撃した。
「あっ!野郎一人で出て来やがった、奥方と息子は屋敷の中か、とにかく兄貴に連絡だ」
と、ルークの部下は、小型魔導無線で城に居るルークに連絡をした。
「兄貴、今、あの野郎が一人で屋敷から出て来やがったぜ、奥方と息子は屋敷の中みてぇだ、ん?ちょっと待ってくれよ、兄貴、ラストロだ!ラストロが甲冑を付けて出て来やがったぜ」
「何だと?甲冑だって?」
「どういう事だ?何でラストロが甲冑なんか…まさかブラッツ達に…」
と、マルスが言ってレンとヨーゼフを見た。その時、陸軍士官が部屋の外で何か叫んでいるのが聞こえた。何事かとサイモン大将が見に行った。
「どうしたんだ?静かにしないか」
「サイモン閣下大変です、陸軍内部で反乱が起きました」
「何だと?」
反乱と聞きサイモン大将は、慌ててレン達が居る部屋に戻った。
「王子、閣下、陸軍内部で反乱が起きたとの事です!」
部屋に居た全員が驚いた。サイモン大将は、急ぎ陸軍本部へ向かった。ヨーゼフは、まさか陸軍内部で反乱が起きるとは、考えていなかった。
「ブラッツだよ、ブラッツがずっと前から根回ししてたんだ」
と、レンが部屋の扉を見ながら言った。




