半イビルニア人の殺し屋
「レオニール様、ヨーゼフ閣下、ラストロ殿からの密書でございます」
と、クラウドが言いヨーゼフに手渡した。
話しは、テランジンとリリーの披露宴の翌日にさかのぼる。披露宴の途中で出た旧ザマロ派の貴族達は、同じ旧ザマロ派の貴族、ヘルゲ・ブラッツ侯爵と共にラストロ・シェボットが日々暮らす庵に行っていた。この庵は、城下町から少し離れた郊外にあり、この庵の直ぐ傍にラストロの父ザマロ・シェボットによって殺された人々の慰霊碑がありラストロは日々、父に殺された人々の供養をして生きていた。
「このような寂しい場所にラストロ殿下を封じるとはけしからん」
と、ブラッツ侯爵を先頭に貴族達は、ラストロの庵に向かっていた。ブラッツ侯爵達が庵に到着すると庵の中から子供の声がした。今日は、ラストロの妻子が来ているようだった。レンとヨーゼフは、ラストロが妻子に会う事を許している。
「御免」
と、庵の戸をブラッツは開けた。中で髪を短く刈り込んだラストロが幼い子供と遊んでいて妻がそれを微笑ましく見ていた。この世界では、神仏に帰依する者は、皆髪を短くする習わしがあった。
「ラストロ殿下」
「ん?ブラッツ殿…それにおまえ達は」
「お久しゅうございます殿下、お~殿下何というお姿」
と、ある貴族がラストロの頭を見て嘆いた。ラストロは、頭をぼりぼりと掻きながら子供を妻のもとへやりブラッツ達に言った。
「何の用だ?」
「今日は殿下にお話しがあり伺いましてございます、実は…」
と、ブラッツが代表してテランジンの披露宴の様子を話した。
「実にけしからん事です、誇り高きトランサー貴族の身でありながらヤクザや海賊の様な盃事をやるなどと…それをレオニール王子とヨーゼフ公がお認めになられ…しかも他国の者が居る前でですぞ」
「ふぅんレオニール様やヨーゼフ閣下がお認めになられたのならそれで良いではないか」
と、ラストロは、あまり関心を示さなかった。
「お父上が御存命の頃は我々トランサー貴族の権威は絶大でした」
「ここに眠る犠牲者のおかげでな」
「うっ!そ、それは」
と、ラストロが吐き捨てる様に言った。ブラッツ達貴族は、言葉を詰まらせたが気を取り直して本題を話し始めた。
「と、とにかく今、この国を治めるレオニールやそれを補佐するヨーゼフがこれ以上我ら貴族の面子を汚す行為を見逃す事は出来ませぬ、ここは一つラストロ殿下お願いです、どうか表舞台にお戻り下さい殿下が王になれるよう我々は動きますゆえ」
「断る」
「はぁ?今何と?」
「断ると言ったのだ、私はここを出る気はないし、王位にも興味は無い、それにレオニール様とヨーゼフ閣下との約束もある、誓紙血判状も出した、私はここで父が殺した何の罪もない人々の供養をするだけだ、さぁもう話しは終わった、帰ってくれ」
と、ラストロは、聞く耳を持たなかった。ブラッツ達貴族は、お互いに顔を見合わせ頷き合い言った。
「分かりましてございます、今日の所はこれで失礼しますが我々は諦めませんぞ、殿下良くお考え下さいますよう、それではまた」
と、言ってブラッツ達貴族は、庵を後にした。ラストロの妻が心配そうに夫ラストロを見ていた。
「やはりな…いつかブラッツが動き出すと思っていたが…手紙を書く紙と筆を」
と、ラストロは妻に命じた。そして、ラストロは、レオニール、ヨーゼフ宛てに手紙を書いた。ラストロは、書き終わった手紙を妻に持たせ城に持って行くよう命じ妻子を帰した。
手紙を読んだレンとヨーゼフは、マルスとラーズにも読ませた。
「やっぱりあの時、殺しておくべきだったなレン、いずれまた謀反を起こすぞ」
と、ラーズが言った。マルスも珍しく難しい顔をしていた。ヨーゼフは、深いため息を吐いた。
「若、いかがなさいますか?」
「僕はラストロさんを信じるよ、あの人は悪い人じゃない、だからこうして僕達に知らせてくれたんだろ」
「確かにそうだが、あいつを生かしておくのは危険なんじゃないのか?」
と、ラーズが言った。実は、レン達がイビルニアに攻め入っていた頃、同じような事があった。ヨーゼフは、国内に残り守りに徹していたサイモン大将らごく一部の軍人にラストロに近付いた貴族を暗殺させていた。ちなみにレンには、内緒にしてあった。
「そのブラッツとか言う奴を呼び出して問いただせば良いんじゃねぇのか」
と、マルスが言ったがレンは駄目だと言った。
「そんな事したらブラッツ侯爵がラストロさんにどんな危害を加えるか分かったもんじゃないよ」
「いっその事そのブラッツを殺しちまえよ、テランジンの養子縁組に口を挟んで来た奴だろ?」
と、マルスは、言ったがレンは首を横に振るだけだった。レン達が話しをしている頃、トランサーに残ったシーナは、ルークと港町を歩いていた。
「あ~美味しかったぁルーク兄ぃまた連れて行ってね」
と、食堂から出て来たシーナが言った。
「二度と連れて行くもんか財布の中空っぽだぜ」
と、ルークは、愚痴をこぼした。シーナが大量に食べたせいで財布に入れてあった金を全て使い果たしていた。シーナがへらへら笑いながらルークと肩を並べて歩いていると船が入港する合図が聞こえた。二人は、何となく船着場へ歩いて行った。
「兄貴達ジャンパールに行った後、ドラクーンに行くって言ってたな、シーナ、ドラクーンってどんな所だい?」
「う~ん、森と山と川があってそれから…」
「いやいやそう言う意味じゃなくてだよ」
と、ルークは困った様に言った。二人で他愛もない話しをしていると船から大勢の人が降りて来るのが見えた。他国に旅行にでも行っていたトランサー人や観光客など様々な人々が降りて来ていた。その人だかりをぼんやりと見ていたシーナが突然大きな声を上げた。
「ああああああ、あいつ!」
「な、何だよどうしたんでぇ?」
「ああ、間の子だ…」
「えっ?間の子?」
と、ルークは訳が分からないといった顔をしながら言った。シーナは、無言で頷き言った。
「イビルニア人と人間の間の子だよ、半イビルニア人だ、何でトランサーに?」
「半イビルニア…ってシ、シドゥ兄貴を殺ったていう」
「あいつじゃないけど、何で生き残ってたの?半島に居たのが全部じゃなかったんだ」
と、シーナはわなわな震えながら言った。ルークはどの人物が半イビルニア人なのか分からず人だかりを目で追った。
「シ、シーナどれが間の子なんだ?」
「あの背の高い黒っぽい服を着た奴」
「ああ、あいつか…どこに行く気だろう」
「捕まえよう」
と、シーナが言ったがルークが止めた。
「止せシーナここで捕まえたら大騒ぎになっちまう、それよりあいつを尾行してどこに行くか確かめよう」
と、ルークは言い二人で半イビルニア人を尾行する事にした。半イビルニア人は、船着場で人に何か聞き込んでいた。聞き終わったのか半イビルニア人が歩き出した。シーナとルークは、人や物影を使って上手く尾行した。港町から城下町に入り大広場を抜けた。
「野郎、どこに行く気だ?まさかお城に行くんじゃねぇだろうな」
と、トランサー城のある方角に歩いている半イビルニア人を見てルークが言った。その時、半イビルニア人が急に立ち止まり振り返った。シーナとルークは、慌てて物陰に隠れた。
「危ねぇ!気取られたか?」
「ううん大丈夫みたいだね」
半イビルニア人は、周りをきょろきょろ見回しまた歩き始めた。シーナとルークが後を追う。そして、いつの間にか貴族達の屋敷が並ぶ通りに来ていた。
「野郎こんな所に来やがったぜ、ん?何だ?あっ!」
と、突然半イビルニア人が走り出した。シーナとルークは、慌てて後を追ったが見失ってしまった。
「しまった、見失った…どこに居るんだ?畜生め」
と、シーナとルークは、辺りを見回した。
「どこで気付かれたんだろう?とにかく殿様達に話さなきゃ」
と、シーナとルークは、急ぎ城に戻りレン達に話した。
「何だって?半イビルニア人が居たって?」
シーナとルークの話しを聞いたレン達は驚いた。
「間違いなんじゃないのかシーナ、連中はイビルニア城の中にあった建屋で皆殺しにしたはずだぞ、おまけに建屋は燃やしたしな、なぁレン、ラーズ」
と、マルスが言った。
「いや分からないよマルス、僕達があそこに到着する前にグライヤーが放ってたかも知れないし」
「しかし、ほとんど人間と変わらぬ姿をした者がその半イビルニア人と分かるのですか?」
と、半イビルニア人を見た事のないヨーゼフがレン達に聞いた。レンは、静かに頷き言った。
「何となくね、イビルニア人程の嫌悪感は感じないけど何か違うんだ、何て言うのか妙な感じ、ヨーゼフも会えば直ぐに分かると思うよ」
「ふぅむ、厄介ですなぁしかしなぜ貴族の屋敷がある町に行ったのでしょうか?」
「その間の子はどんな雰囲気だった?」
と、ラーズがシーナとルークに聞いた。
「はい、人間で例えるならいかにも殺し屋って感じでした、俺達には分かります、ああいう雰囲気の奴は腐るほど見て来ましたからねぇ」
と、元海賊であるルークが話した。
「貴族が雇ったのかな?誰を殺そうとしてるんだろう?」
と、レンが言った頃、ある貴族の屋敷に半イビルニア人は居た。
「良く来てくれた歓迎するよ、途中何も無かったかね?」
と、半イビルニア人に言ったのは、ブラッツ侯爵だった。ここは、ブラッツ侯爵の屋敷だった。他に数名の貴族が居る。
「ここへ来る途中、妙な二人組に尾行されたが上手く撒いた、この屋敷に入るところは見られていない」
と、半イビルニア人は答えた。
「ところであんた達貴族が私のような者に何の用かね?私がどういう筋の者か知っているのかな?」
「もちろん知っているぞ」
と、ブラッツの隣りに居た貴族が答えたが、ブラッツ達貴族は、この男が半イビルニア人とは知らない。高級酒場「天使の羽」の者に紹介された、ただの殺し屋だと思っている。
「ところで名は何と言う?」
と、ブラッツが言った。半イビルニア人は、遠い目をした。名前など無かった。グライヤーは、この男に名前など付けなかった。しかし、人間世界で生きて行くには名前が必要だった。彼は、自分を人間世界に送り出したグライヤーの名を変えてライヤーと名乗っていた。
「ライヤーだ」
「ライヤー…分かったライヤー殿、早速だが本題に入る、人を二人殺って欲しい」
と、ブラッツが言った。他の貴族達は、酷く緊張した面持ちをしている。
「ほほう、二人か…一殺一千万ユール二人合わせて二千万ユール頂くがよろしいかね?」
「に、二千…」
「結構だ、殺ってくれ」
と、他の貴族の言葉尻を捕ってブラッツが答えた。その答えに満足したライヤーが誰と誰を殺すのか聞くとブラッツ以外の貴族達の顔色が青ざめた。
「この国の王子レオニール・ティアックとその側近ヨーゼフ・ロイヤー公爵だ」
と、ブラッツが答えた。
「この国の王子とその側近を?なぜ自分達の主君やその側近を殺したいのか知らないが良いだろう、しかし時間が掛かりそうだな、警備も厳しいだろうし私も殺り難くなる、多少値段が上がるかも知れないが良いかね?」
と、ライヤーは無表情で言った。その無表情さが不気味さを醸し出していた。
「構わん、殺ってくれ」
と、ブラッツが答えると傍に居た貴族が慌てて言った。
「ほ、本当に金はあるのですかブラッツ殿、我々はヨーゼフに土地財産を半分も召し上げられたのですぞ」
「大丈夫だ、ザマロ様の隠し財産はヨーゼフに渡したのが全部ではない、まだ残っておる」
と、ブラッツは、ニヤリと笑って答えた。そして、ブラッツは、自分の家の執事に金を持って来させた。
「これは半金の一千万ユールだ、残りの半分は仕事が終わり次第支払う」
「結構だ、で、私の隠れ家だが…」
と、ライヤーが言うとブラッツが言葉尻を捕って答えた。
「郊外に私の秘密の別荘がある、そこを使ってくれ給え、後で案内させるよ」
「分かった」
この後は、雑談となりブラッツは、家来にライヤーはメタルニアから来た友人と言い秘密の別荘に案内させた。ライヤーを送り出した貴族達が口々に言った。
「いやぁあの者の目を見ましたか、何の感情も持たないような」
「左様、不気味な目をしていましたなぁ」
「それにしても不思議な感じでしたな、同じ人間なのにどこか違う感じがしました」
「それはやはり人を殺して来たからでしょうよ」
と、ライヤーの正体を知らない貴族達が言った。半イビルニア人と知ればどうなるのだろう。
トランサー城内のレンとヨーゼフが政務を執る部屋でレン達は、テランジンに知らせるか話していた。
「どうします?兄貴に知らせた方がよろしいのでは?」
と、ルークがレン達に言った。
「いや、まだ話さないでおこう、せっかく新婚旅行に行ってるのに水を差す様な事はしたくないよ、僕達だけで何とかなるよ」
と、レンが言った。マルスやラーズもその通りだと納得した。
「ありがとうございまする、ではその半イビルニア人を見たと言う貴族町周辺を極秘で捜索させましょう」
と、ヨーゼフは言い陸軍のサイモン大将を呼んだ。呼び出したサイモン大将に半イビルニア人の事を話した。
「な、何とその様な者が我が国に来たのですか?一体誰が」
「ルークとシーナは貴族町で姿を見失ったそうだ、その半イビルニア人が一体何の目的で我が国に来たのか分からん、貴族と繋がっているかどうかもまだ分からんのじゃ」
「しかし、旦那あの間の子はどこにも寄らず貴族の町まで行きましたからねぇ絶対貴族の誰かと繋がってますぜ」
と、ルークが言った。レンもヨーゼフもそうは思いたくなかったが、そう思わざるえなかった。ヨーゼフは、余計な混乱を避けるためサイモン大将に極秘で捜索するよう言い渡した。
「心得ました、気の利いた者を選び捜索します」
「海軍からも出すぜ兄貴、もちろん俺も捜索に加わる」
と、テランジンの披露宴で義兄弟の盃を交わしたルークがサイモン大将に言った。
「ああ、そうしてくれ兄弟」
と、サイモン大将は答え、早速陸軍の本部に戻り取り掛かった。ルークもカツやシンに話し捜索に当たると言い部屋から出て行った。
「はぁ…しかし、間の悪い事にテランジンが居ない時に間の子が来るとはな」
と、ラーズがため息交じりに言った。
「復活したベルゼブを倒したと思ったら今度は間の子かよ…全く…間の子の事なんかとっくに忘れてたぜ」
「うん、ぼくもとっくに忘れてたよ、グライヤーの奴一体どれくらい間の子を半島から出したんだろ?」
と、マルスとシーナが言った。
ルークら海軍とサイモン大将ら陸軍の極秘の捜索が始まって三日後、城下町でそれらしいのを見たと情報が入ったが、後を追った陸軍の者は、途中で撒かれてどこに行ったか分からなくなってしまった。その日から全く姿を目撃する事はなかった。その間、レンとヨーゼフに着々と半イビルニア人の殺し屋ライヤーの魔の手が忍び寄っていた。




