養子縁組
朝になり、レン達が食事を取り終わった頃を見計らいテランジンが顔を出した。レン達は、昨夜ルークから高級酒場「天使の羽」で起きた事を聞いている。
「昨日は大変だったそうだねテランジン」
と、レンが言うとテランジンは、緊張した面持ちで答えた。
「はい、若、まさかあの店がとんでもない店だったとは気付かずリリー殿には恐ろしい思いをさせてしまいました」
「まぁ大した事もなくて良かったじゃないか、あの店は早々に取り潰してやるわ」
と、ヨーゼフが微笑んで言った。
「あ、あの実はお話しがありまして…その…」
と、テランジンが言い難そうにしているのを見てエレナが先に言った。
「リリーさんの事でしょうテランジンさん」
「あっ…は、はいそうです…あの…」
と、テランジンは、返事をすると顔を赤らめた。その様子を見てテランジンがリリーに間違いなく惚れていると確信したヨーゼフが言った。
「テランジンよ、娘をリリーを嫁にしろ、そして出来ればロイヤー家を継いでくれんか」
「は、はぁ?!私が継ぐのですか?」
と、まさかロイヤー家を継げと言われるとは思ってもいなかったテランジンが驚いた。
「わしの子供はリリーしかおらん、お前ほどの男がロイヤー家を継いでくれるのなら、わしとしては大満足じゃ、まぁ無理強いはせんがな」
「テランジンには二人のお兄さんが居るんだろ?お兄さん達と良く相談してみてよ」
と、ヨーゼフとレンが言った。テランジンは、まるで夢でも見ているのかと思った。ただリリーとの交際を認めてもらおうと思っていただけで先の事は、まだ考えてなかったからだ。話しが飛躍し過ぎてテランジンは、ついていけなかった。そんなテランジンを見てヨーゼフが言った。
「まぁ養子縁組の話しはわしからお前の兄達に話しに行くが、取り合えず先にお前の口から兄に相談してみて欲しい、わしも歳じゃからな、この先どうなるか分からん、とにかくリリーを幸せにしてやってくれ」
「はぁ私としてはロイヤー家を継がせて頂く事は誠に光栄ではありますが…その」
と、テランジンがまた言い難そうに言った。元々の身分が違い過ぎると言いたかった。自分が名門ロイヤー家を継ぐ事で余計な火種を作ってしまうんじゃないかと思ったからだ。
「お前が言いたいのは身分の事じゃろ、そんなもん気にするようなお前ではあるまい、わしはな家代々の貴族の青二才よりお前の様な骨のある男に継いでもらいたいのじゃ、それに現在の当主はわしじゃ、わしが良いと言えばそれで良いのじゃ、分かったな」
と、ヨーゼフに言われたテランジンは、陰でおやじと呼んでいたヨーゼフを本当のおやじと呼べるようになる事に心で大いに喜んだが少し複雑な思いもした。シドゥがもしも生きていればヨーゼフやリリーは、どちらを選んでいたのだろう。余計な事は考えまいとテランジンは、ヨーゼフに言われた様に二人の兄にロイヤー家養子の事を話しに二人の兄が経営する家具屋にへ向かった。
「ヨラン兄ちゃん今日は話しがあって来た、ソラン兄ちゃんも呼んでくれ」
「何だお前か、今接客中だ後にしろ」
と、素っ気なく言われたテランジンは、勝手に店の奥へと入って行った。長兄ヨランジンと話していた客が先ほど店の奥へ入って行った男が海軍大将テランジンと気付き驚いていた。
「コ、コーシュさん、い、今奥へ行った人、海軍大将のテランジン閣下じゃないか」
「はい、そうですが私の弟なんです」
と、特に気にする事もなくヨランジンが答えると客は、目を輝かせてヨランジンを見た。店の奥でテランジンが次兄ソランジンに養子の事を話していた。
「俺、養子に行く事になったよ」
「養子?お前みたいなのをよくもまぁ養子に迎えてくれる家があったなぁ、で、どこの家だ?」
と、次兄ソランジンが驚く事もなく言った。この世界では、次男三男が養子に行く事などごく当たり前の事だった。
「ロイヤー家」
「ふぅんロイヤー家か…どこのロイヤー家だ、兄として一応は挨拶に行かねばならんからな」
と、ソランジンが言った時、接客を終えた長兄のヨランジンが来た。
「おうおう、テランよ、お前の事を知ってる客が居たぞ、さっきの客だが俺がお前の兄と言ったら目を輝かせてたよ、お前結構有名人なんだなぁ」
と、妙に感心してヨランジンが言った。末弟が世界の英雄として名を馳せている事など全く知らない兄二人だった。テランジンは、ソランジンに言った事を話した。
「ふぅん、養子かぁ、で、ロイヤー家に行くのかぁ良かったじゃないかどこのロイヤー家だよ」
と、ヨランジンは喜びソランジンと同じ事を言った。
「ヨーゼフ・ロイヤー家に行くんだよ、閣下の娘リリー殿との縁組も決まった」
「ふぅん、ヨーゼフ・ロイヤー家かぁ、で、閣下の娘さんとの縁組も…?…ヨーゼフ…閣下?ああっ?!ロイヤー家ってヨーゼフ閣下のロイヤー家か?!馬鹿野郎!嘘つくんじゃねぇぞ」
「ヨーゼフ・ロイヤー家って公爵に叙任される前からの名家じゃないか、お前なぁいくら王子様や閣下と旅をして来たからってそりゃないだろう」
と、二人の兄は、怒った様に言った。
「ホントなんだって兄ちゃん、俺はリリー殿から求愛されたし俺もリリー殿が好きだ、近いうちにヨーゼフ閣下が店に来て兄ちゃん達に話すだろうよ」
と、テランジンは言ったが末弟の言う事など信じない兄二人だった。
「馬鹿馬鹿しい、せっかくお前も世帯を持てると思って喜んだのに損したぜ、帰れ帰れ!」
と、テランジンは店から追い出された。テランジンは、こうなる事は大体予想していたので特に何も言わずこの日は、軍の宿舎に帰った。
翌日の夕暮れ時にコーシュ家具店の前に物々しい一団が現れた。城からレンとヨーゼフがミトラ率いる近衛隊を連れてやって来たのだった。近所は大騒ぎになった。
「御免」
と、言って先にミトラが店に入った。ヨランジンとソランジンは、一体何事だと顔を青くしてミトラに会った。
「近衛師団隊長のミトラ・クリスエス大尉です、お二人がテランジン殿の兄上ですな、今日はお二人にお会いしたいと言うお人をお連れしましたので」
と、ミトラは言うと直ぐに表に出て行ってしまった。ヨランジンとソランジンは、顔を見合わせて誰だろうと話していると背の高い立派な髭を蓄えた老人が一人店に入って来て二人に微笑みかけその後直ぐに赤毛で色白の美少年が入って来た。
「拙者、ヨーゼフ・ロイヤーです、そしてこちらはレオニール殿下でござる、テランジンからお聞き及びと存じますが此度はテランジンの養子縁組の件について兄上殿に相談しに参った次第でござる」
と、ヨーゼフが言うとヨランジンとソランジンは、信じられないといった顔をしていた。まさか昨日、テランジンが言ったようにヨーゼフが来るとは思っていなかったし、おまけにレンまで来ている。呆然としていた長兄のヨランジンがハッとしてレンとヨーゼフに震える声で言った。
「こここ、ここでは何ですので、どどどうぞ奥へ」
と、レンとヨーゼフを奥の客間に案内した。ヨランジンとソランジンは、自分達の妻にお茶を出すよう言いレンとヨーゼフに向かい合って座った。ほどなくして妻達がレンとヨーゼフにお茶と茶菓子を震える手で持って来て出した。二人の妻達は、レンの美しさに見とれていた。ようやく落ち着きを取り戻したヨランジンとソランジンが話し出した。
「昨日テランから聞き及んでございましたが、まさか本当の事とは」
「か、閣下は本当にテランの奴をご養子にとお考えなのですか?」
「はい、我がロイヤー家には男子がおらず娘のリリーだけでござってな、そのリリーがテランジンに惚れましてテランジンもまた娘に惚れとるようで、それならば二人を結婚させ兄上殿に御異存がなければテランジンには我がロイヤー家を継いでもらおうと思いまして」
と、ヨーゼフは、ヨランジンとソランジンに言った。
「異存なんてとんでもない、閣下のご養子にして頂けるのなら兄としてこんなに嬉しい事はございませんが、し、しかし閣下テランの奴は海賊をやっていた男ですよ、そんな男にお家を継がせて大丈夫なんですか?」
「全く問題はござらぬ、拙者はテランジンと亡くなったシドゥを真の息子の様に思ってござる、テランジンのような骨のある男に我が家を継いでもらう事は拙者の本望です」
と、ヨーゼフは、にこやかに答えた。
「兄上方、どうかテランジンをヨーゼフの養子として認めてもらえませんか?テランジンとリリーさんは本当に好き合っている仲です、どうかお願いします」
と、レンが頭を下げた。一国の王子に頭を下げられヨランジンとソランジンは、大慌てで床に平伏した。
「とと、とんでもない王子様どうかお顔を上げ下さい、テランジンの養子縁組の件どうぞよろしくお願いします」
「はい、これで決まりましたな、いやぁ良かった娘が大喜びしますわい、あはははは」
と、ヨーゼフは、大満足して笑った。この後、レンは、ヨランジンとソランジンにテランジンの活躍話しを存分にして城に帰って行った。レン達が帰った後、ヨランジンとソランジンは、腰が抜けたような状態ななった。
「ほ、本物の王子と閣下だった…テ、テランが言ってた事は本当だった」
「ああ、まさか本当に王子と閣下が来るなんて…テランの奴どうなってるんだ」
レン達がコーシュ家具店を訪ねてから三日後、トランサー王国の新聞にテランジンとリリーの養子縁組の話しが報じられた。一部を除いて城内や国内は二人のお祝いムードに包まれた。コーシュ家具店には、大勢の客が来た。
「良かったねぇ御祝儀代わりにここで一番高い家具を買うよ」
「あの腕白小僧がロイヤー家に養子とは信じられんな」
などと、近所の金持ちやテランジンの子供の頃を知る者達が騒いだ。城内では、ロイヤー家の養子縁組の件について快く思っていない連中がレンとヨーゼフに噛みついていた。
「レオニール様、ヨーゼフ閣下、少し急ぎ過ぎたのではありませんか?テランジン殿は今は立派な海軍大将だが過去を辿れば海賊をやっておったのですよ、テランジン殿の取り巻きなど今だ海賊のような者ばかりではありませんか、この国の貴族として生きて行くにはいささか問題があると存じますが」
「左様、海軍大将とは言え身分は平民ではありませぬか」
と、いかにも屁理屈ばかり言いそうな貴族が言った。この男は、元はザマロ派だったが上手く状況を切り抜けティアック派に寝返った男だった。ヨーゼフは、あくびを掻いて聞いていた。
「ちょっと待って下さい、海賊海賊と言われますがテランジンが海賊になった切っ掛けは僕にあるんです、僕がザマロを討つために少しでも戦力になるようにと彼は海賊の頭になり一団を築いてくれたのです」
「左様、海賊になったのはレオニール様のためである、その海賊共は今やこの国の海軍を担う立派なトランサー軍人ですぞ、そなたは確かザマロがこの国を支配していた頃の財務大臣をしておられたな」
と、レンとヨーゼフが言った。ヨーゼフは、意味あり気にその貴族を見た。ザマロを討ち取った後、ヨーゼフは、トランサー国内で大粛清をした。粛清名簿にこの男の名がありザマロの金庫番でもあった男は、ザマロが隠し持つ財産を全て新生トランサー王国に引き渡す条件で除名され粛清を免れたのだった。
「わしの家の事、他人のお前さんらにとやかく言われる筋合いはないわ」
と、ヨーゼフに言われテランジンの養子縁組に快く思っていない連中は、ぶうぶう文句を言いながら帰って行った。隣の部屋で話しを聞いていたリリーがレン達の前へ出て来た。
「若様、お父さん今の人達は一体テランジンさんの何が気に入らないのですか?元海賊だから平民だからって酷過ぎます」
と、愛するテランジンを侮辱されたリリーが悔しさを滲ませた顔で言った。
「世の中にはああいった頭の固い連中は居るもんじゃ全くカイエンの爪の垢でも飲ませてやりたいわい」
と、ヨーゼフが言った時、レンは思わず噴き出した。カイエンがこの場に居たらきっとあの貴族は、殴り倒されるなとレンは思った。
テランジンとリリーの結婚式の日取りも決まりレンは、マルスとラーズ、そしてシーナとカイエンに連絡を取った。当然マルスは、カレンと妹コノハを連れて結婚式に出席すると言いラーズは、会わせたい人が出来たからその人と一緒に式に出席すると言い、カイエンは、龍神としての仕事が山積みでドラコが行かせてくれそうにないのでシーナだけを出席させると連絡して来た。
そして、結婚式当日、空は気持ちが良いほど晴れ渡っていた。式は、トランサー城近くの大聖堂でレン達や他の貴族、軍人、そしてテランジンの二人の兄やその家族が見守る中、厳かに行われた。新婦の父であるヨーゼフは、娘の花嫁姿を見て感激し涙を流して喜んだ。そんな父を見たリリーも涙を流した。
「お父さん、テランジンさんを婿に迎えてくれてありがとう」
「閣下、リリー殿を必ず幸せにします」
と、リリーとテランジンがヨーゼフの前へ立ち言った。ヨーゼフは、ただうんうん頷き言った。
「リリーよ我が娘ながら本当に綺麗だよ、大事にしてもらえ、テランジンもう閣下ではなくお前のおやじだぞ、シドゥと二人きりの時はわしの事をおやじと呼んでいたそうな、今日からは堂々とわしを親父と呼んでくれ」
「ははっ!おやじ様」
と、テランジンは、ヨーゼフの手を握り締めて言った。大聖堂内は、和やかな雰囲気に包まれた。そして、大聖堂内で聖職者が見守る中、ヨーゼフとテランジンがロイヤー家の養子縁組の書類に署名し改めてテランジンがロイヤー家の家督を相続する者となりテランジン・ロイヤーとなった。式も終わり披露宴を行うため広い海軍の施設に移動した。本当は、城内の大広間で行いたかったがベルゼブとの戦闘で滅茶苦茶になったので使えなかった。今は修繕工事中である。
海軍施設では、ルーク達が準備を終わらせレン達が来るのを待っていた。そして、今日の主役のテランジンとリリーが施設内に入ると大歓声が沸いた。その後をレン達が続き指定された席に着席して言った。テランジンとリリーは、置物の様に上座に据えられている。テランジンの海賊時代の子分達が忙しく動き回り司会進行役を買って出たルークの挨拶で披露宴が始まった。
「皆さまぁこれより披露宴を開始します、司会進行役は、わたくしぃルーク・メタール海軍大佐がぁ行います、では皆さまぁグラスをお持ち下さい、かんぱ~い!」
「乾杯!」
施設内が一気に賑やかになった。テランジンとリリーの晴れ姿を写真に収める者や歌や踊りを披露する者などで一杯になった。そんな様子をレンとエレナは、楽し気に見ていた。
「ねぇエレナ、僕達の結婚式もこんなに楽しく出来たら良いね」
「ええ、そうね」
と、後、数年で結婚する事になるレンとエレナはにこやかに言った。そんな時、海が荒れて船の到着が遅れて結婚式に参加出来なかったラーズが女を一人連れて施設にやって来た。
「やぁ遅れてすまん、テランジンはどこだ?ああ、あそこか、紹介するよ俺の婚約者のユリヤ・アンドリエだ」
と、ラーズが言った。レン達は、大いに驚いた。
「ええ?ユリヤあなた」
「おいおい、いつの間にくっ付いたんだよ」
と、エレナとマルスが目を丸くして言った。ユリヤは、エレナがジャンパールの都の女学校で初めて出来た友人だった。
「ほら、トランサーを奪還する前にジャンパールに居ただろ、その時にな、ちょっと仲良くなったのさ」
と、ラーズは、照れ臭そうに言った。
「な~る、そう言う事かジャンパールを出る時にアンドリエ大佐が妙な事言ってたからな」
と、マルスが、アンドリエ大佐から娘がランドールに行っていると聞いていた。そして、近いうちに娘に会うかも知れないと言っていたのであった。レンとマルスは、ラーズがソフィアとの恋を思い出とし、新しい恋へと歩き出した事に安堵した。
「ユリヤどうして今まで黙ってたのよ、この~」
と、久しぶりに会った友人にエレナは、じゃれついた。そして、ラーズとユリヤが席に着くとテランジンとリリーがレン達を見て微笑んでいた。ラーズがにっこり笑って呟いた。
「テランジンああやって見るとさすがに良い男だなぁリリーさんとお似合いだな」
「ありがとうございます、ラーズ殿下」
と、ヨーゼフが礼を言った。
「ああ、ヨーゼフさんこのたびはおめでとうございます、そうだ父上から預かり物が…ユリヤ鞄の中から出してくれ」
と、ラーズが言うとユリヤは鞄から豪華に飾られた御祝儀袋を取り出しラーズに渡した。
「どうぞ父上からです」
と、ラーズがヨーゼフに御祝儀袋を手渡した。
「ありがとうございます、頂戴します」
と、ヨーゼフは、遠慮なく受け取った。そんな様子をテランジンの二人の兄と妻子達が驚きながら見ていた。
「あいつのためにジャンパールの皇子とランドールの王子まで来たぞ、テランの奴…俺達が知らない間にどんどん遠い存在になって行くな」
「全くだ」
と、ヨランジンとソランジンが呟いた。そして、披露宴が中盤を過ぎた頃、司会進行役のルークが皆を静かにさせて話し始めた。




