港町で
テランジンが部屋から出て行った後、直ぐにヨーゼフは、リリーに聞いた。
「リリー、テランジンの様子がおかしい、何かあったのか?」
「う~ん、確かに公園を出てから急に元気が無くなった様に感じたわ」
と、リリーが答えるとエレナがクスクス笑いながら言った。
「リリーさんの勝ちですよ、テランジンさん満更でもないんですよ、きっと」
「僕もそう思うよ、あの感じマルスの時と同じだよ、ねっヨーゼフ」
と、レンは、マルスとカレンを思い出し言った。ヨーゼフもランドールでの出来事を思い出し一人うんうん頷いていた。レンは、リリーにマルスとカレンの馴れ初めを話してやった。
「まぁその様な事があったのですか…でも私はいきなり口づけなど…」
と、リリーは言いながら少し顔を赤くした。
「リリーもうひと押しじゃ頑張れ」
と、ヨーゼフは、娘を励ました。
宿舎に帰ったテランジンは、ベッドの上で仰向けに寝転んでリリーの事を考えていた。ヨーゼフ・ロイヤーの娘に惚れてしまった事に罪悪感の様なものを感じていた。
「ああもうどうすれば良い…よりによっておやじの娘に惚れてしまうとは…でもどうしてあの時、リリー殿は俺を抱き締めてくれたんだろう?…ま、まさかな…はははは、そんなはずはない、シドゥの事で俺に同情してくれただけだ、うん、きっとそうだ」
と、テランジンは、リリーが自分に惚れている事など全く考えてなかったし、まさかレン達が自分とリリーを結婚させようとしている事など思ってもいなかった。
翌日、テランジンは、胸にもやもやしたものを感じながら海軍本部に行った。将兵達は、久しぶりに見るテランジンを笑顔で迎えてくれた。
「大将、もうお身体は大丈夫なんですね、良かった」
「お帰りなさい閣下、色々目を通してもらわないといけない書類が山積みですよ」
「皆、ありがとう、それと閣下は止せガラじゃない」
と、テランジンは、にこやかに答え机に山積みになった書類に目を通し始めた。どの報告書も大した事は無く事務的な書類ばかりでホッとしたテランジンが気が付くともう昼頃になっていた。
「どうりで腹が空く訳だ、そろそろ昼飯にでも…」
と、独り言を言っていると若い士官がテランジンの机の前にやって来てお客さんですと言って来た。
「客?俺にか?誰だ?」
と、テランジンは、若い士官に連れられて海軍本部の応接間に行くと何とリリーが弁当箱を二つ持って来ていた。テランジンは、驚き理由を聞くと、テランジンは、独り者だからたまには弁当でも作って持って行ってやれと父ヨーゼフに言われて来たと答えた。テランジンは、嬉しくもありちょっと残念だった。
「そ、そうですかそれはどうもありがとうございます、しかし弁当箱が二つありますよ」
と、テランジンが言うとリリーは、ちょっと照れ臭そうに答えた。
「ご一緒に食べようと思いまして…」
テランジンとリリーは、海軍本部から出て外で食べる事にした。丁度、近くに公園があり、そこのベンチに座り食べた。テランジンは、本当に美味いと思い夢中で食べた。
「あ、あの、お味は大丈夫ですか?」
「はい、とても美味しいです、こんなに美味しいものを食べたのは久しぶりですよ、あははは」
リリーは、手作りの弁当を気に入ってもらい満足した。この日からリリーは、三日に一度、テランジンに弁当を作って持って行った。海軍本部では、テランジンに弁当を持って来る女が実は、ヨーゼフ・ロイヤーの娘だと分かり驚いていた。
「コーシュ大将に弁当を持って来る女は実はロイヤー閣下の娘さんだそうだ」
「へぇ、閣下の娘さんが直々に?凄いな」
などと囁かれていた。そんな頃、トランサー国内に敷かれていたイビルニア人討伐令が解除され国民の夜間の外出が許された事により港町や城下の夜も活気を取り戻していた。
そんなある日、テランジンに業を煮やしたヨーゼフが、リリーに夕食にでも誘えと言ったのだった。
「あやつめ、鈍感な奴じゃなリリーお前の方から誘ってみよ」
と、リリーは、父の言葉に素直に従ってテランジンを誘って見る事にした。
「あの…テランジンさん、もしよろしければ今晩港町でお食事でもいかが?」
と、リリーは、明日はテランジンの非番の日を事前に調べて誘った。テランジンは、快諾したが、どこか虚しさを感じていた。弁当を作って持って来てくれたり、こうして食事に誘ってもらえるのもシドゥの死で自分が落ち込んでいて、ただ同情されているだけかも知れないと思っていたからだ。それに身分の違いもある。相手は、ヨーゼフ・ロイヤーの娘でトランサー王国を奪還した時に公爵に叙任されている立派な貴族の娘であり、自分は、海軍大将と言えども身分は、平民であった。
夕暮れ時、城内に居たリリーは、バッチリとめかし込んでいた。その姿を見たレンとエレナは、テランジンと食事に行くと直ぐに分かった。ヨーゼフもそんな姿の娘を見て喜んでいた。
「リリーさん港町にどこか良いお店でもあるの?」
と、エレナが嬉しそうに聞いた。リリーは、まず港町にある酒場「青い鳥」で夕食を済ませてそこからお洒落な酒場に行くつもりだと説明した。
「青い鳥かぁ、あそこの人達元気にやってるのかなぁ、あの時以来行ってないからね」
と、レンは、ザマロ支配下のトランサーに潜入した時、青い鳥に潜伏した時の事を思い出した。青い鳥は、お洒落な酒場と言うよりは、誰でも入りやすい食堂兼酒場と言った雰囲気の店だった。
「もっと良い店があるだろうに」
と、ヨーゼフが呆れたがリリーは、テランジンが青い鳥で出る料理を気に入っていると聞いたので行くのだと言った。それならとヨーゼフは、納得した。
「では行って来ます、若様、エレナ様、お父さん」
「うん、上手くいくと良いね」
「頑張ってね」
「テランジンを上手く口説き落とすのじゃぞ」
と、レン達に見送られリリーは、青い鳥に向かった。青い鳥では、テランジンが一人先に来ていて水ばかり飲んでいた。いつもと様子が違うテランジンを見て店主や従業員などがひそひそと話していた。
「おい、大将は何で一人で来てるんだ?いつもなら若い衆と一緒なのに、それにさっきから落ち着かない様子で水ばかり飲んでる」
「そうですね、何かそわそわしてるし、服も軍服じゃなく珍しく普段着ですよ」
と、店主と従業員が話しているとリリーが店にやって来た。
「やぁリリーお嬢様いらっしゃい、どうしたんです?今日はめかし込んで」
「お嬢様は止めて、そんな歳じゃないわ、今日は…」
と、言いかけたリリーは、直ぐにテランジンに気付いた。そして、にっこりわらってテランジンが座っているテーブル席に歩き出した。店主と従業員は、リリーがテランジンと食事に来た事に大いに驚いた。めかし込んだリリーを見てテランジンは、しまったと思った。
「や、やぁリリー殿、今日は一段とお綺麗ですね、自分ももっとお洒落にすれば良かったな」
と、普段は、絶対に言わないような事をテランジンは言った。
「ありがとう、テランジンさんも十分おしゃれじゃないですか」
と、共に褒め合い席に付き料理を注文した。出て来た料理に満足した。
「ここの味は死んだお袋の味に良く似ているんですよ」
「まぁそうでしたの、私もここと同じ味を出せる様に努力しますわ」
と、リリーがにこやかに言ったのを聞きテランジンは、ハッとした。
(お袋と同じ味を出す?どういう意味だ?まさか…まさかな)
と、テランジンは、心で思いながら食事を取った。腹を満たした二人は、テランジンが勘定を済ませ店を後にした。店を出た二人を店主が見て従業員に言った。
「おいあの二人まさか付き合ってるんじゃないのか」
「さぁロイヤー閣下はご存じなんですかねぇ」
青い鳥を出た二人は、どこかお洒落な酒場を探した。探しながらリリーは、テランジンの腕にそっと自分の腕を絡ませた。テランジンは、身体に電流が走ったかのように感じた。甘酸っぱい想いが胸いっぱいに広がった。テランジンは、絡められた腕を解くのは、無粋だと思いそのままにして歩いたが心臓は、自分でも分かるくらい高鳴っている。
「ここなんかどうでしょう?」
と、リリーが丁度目の前にあった酒場を見て言った。港町でも有名な酒場だった。店先が豪華に飾られていていかにも高級そうな酒場で看板には、天使の羽と書いてあった。テランジンは、何か違和感を感じた。
「ここですか…なるほど入りましょうか」
と、リリーが行きたいと言うならとテランジンは、入る事に決めた。テランジンとリリーが店に入るのを別の男達が見ていた。ルークとルークの兄弟分達であった。実は、レンとエレナ、ヨーゼフは気になり、リリーが城を出た後、直ぐにルークを呼び出し事の次第を説明し見届けるよう頼んだのだった。
「ルークよ、すまんがテランジンと娘が上手くいっているか見ていて欲しいのだ」
「頼むよルーク、テランジン僕達が思っていた以上に奥手なんだ」
「ようがす、殿様、旦那、俺に任せて下さい、上手くいけばテランジン一家に女将さんが出来るんだ、こんなに嬉しい事はねぇですよ」
と言う事でルークと兄弟分達は、遠巻きに気付かれないよう見守っていたのだった。
「ああ、兄貴あんな店に入って行きやがった」
「ルーク兄ぃあの店は」
と、天使の羽が実際どういう店か知っていたルーク達が焦った。天使の羽は、表向きは高級酒場だが裏に回れば賭博、売春、薬物販売と知る人ぞ知る店だった。テランジンが店を見て一目で違和感を覚えたのは、そう言う事だったのだ。
「まぁ兄貴の事だから何事も無いと思うがリリーさんと一緒だ、ここは用心のため俺達も店に行くぞ」
と、ルークと他二名が変装して天使の羽に入り他の者は、店の裏口などを見張った。先に店に入っていたテランジンとリリーは、既に酒を注文して飲んでいた。
「綺麗な酒場でしょ、私一度でいいからここでお酒を飲んでみたかったんです」
「はは、そうだったんですか、で、どうですかお酒の味は?」
「とっても美味しいわ」
と、酒で少し赤くなったリリーが楽しそうに言った。そんなリリーを見てテランジンは、嬉しかったが、やはり店に対する違和感は、拭いきれなかった。
(やはりおかしい…酒は上等な物を出すが、何だあの連中、堅気の金持ちに見えるがあれはヤクザ者だな)
と、元海賊のテランジンは気付いていた。
(以前、ルークが港町に怪しい店があると言っていたな…まさかこの店の事だったのか?)
「どうかしましたか?」
と、不意にリリーに言われたテランジンは、思わず酒を噴いた。それを見たリリーがクスクスと笑った。テランジンは、恥ずかしそうにハンカチで口元を拭き新しい酒を注文した。テランジンとリリーは、最初向かい合って座っていたが、酔いが回って来たリリーは、テランジンの隣りに座り少し寄り掛かった。そんな二人を見て気付かれないように見守っていたルークは、ホッとしていた。
「兄貴達良い雰囲気じゃねぇか、殿様や旦那が心配する事もなかったな」
しばらくしてリリーがお手洗いに行って来ると席を立った。テランジンが一人酒を飲んでいる。女のお手洗いは、それなりに時間が掛かると分かっているテランジンだったが三十分近くになっても席に戻って来ない事に不安を感じた。酔っ払って倒れているんじゃないかと思い丁度お手洗いから戻って来たような女に誰か倒れていなかったか聞いてみると誰も居なかったと答えたので、益々不安になった。
「誰も居なかった?おかしいな私の連れがお手洗いに行ったはずなんですが」
「そうなんですか、でもお手洗いには私以外誰も居ませんでしたわ、失礼」
と、行って女は、立ち去った。テランジンは、まさか黙って帰ってしまったのかと思ったが直ぐに思い直した。そんな時、変装してテランジン達を見守っていたルークの小型魔導無線に連絡が入った。ルークは、周りに気取られぬよう魔導無線に出た。
「どうした兄弟?」
「兄ぃ大変だ、裏からリリーさんの声と野郎の怒鳴り声が聞こえる」
「な、何だって?、裏だな、店の裏だな、分かった」
と、ルークは返事をしてテランジンに駆け寄った。急に目の前に現れた男がルークと知りテランジンは、驚いた。
「ル、ルークじゃないか、どうしたんだこんなところに」
「兄貴、話しは後だリリーさんが危ねぇ店の奥に行こう」
「何?リリー殿が」
テランジンとルークそして他二名で店の奥へと向かったが大男三人に阻まれた。
「お客人、この先は店の者しか入れませんぜ」
「やかましい、退きやがれっ!」
と、一瞬で三人の大男を殴り倒しテランジン達は、店の奥へと向かった。確かに男の怒鳴り声が聞こえる。声のする部屋の扉をテランジンが蹴り破り中へ入るとリリーは、上着を破られ両腕で必死になって胸を隠して泣いていた。
「だ、誰だてめぇら?!ここをどこだと思ってやがる」
と、リリーの傍に居た店の店主らしき男が怒鳴った。そして、他の店の者がリリーに刃物を突き付け言った。
「おい、てめぇらそこから一歩でも動きやがったらこの女の首掻っ切ってやるぞ」
「い、いやぁテランジンさん助けてぇ」
「リリー殿!」
テランジンとルークは、怒りに震えた。そんなテランジン達を見て店主らしき男がへらへら笑いながら言った。
「どこの野郎か知らねぇがこのトランサーの港町を裏で牛耳る俺達に逆らっても無駄だぜ、この女はてめぇの女だな、良い女だぁ年増だが年増にしかねぇ色気を持ってやがる、この女にはここで客を取ってもらう事にした、女の事は忘れてとっとと帰ぇんな」
と、店主らしき男が言うとリリーに刃物を突き付けている男に合図を送りリリーを別の部屋に連れて行こうとした。
「待てよ、その女性が誰の女か分かってるのか?その女性の男はトラン…」
と、ルークが言いかけた時、テランジンがルークの言葉尻を捕って言った。
「俺はデスプル島のテランジン・コーシュだ、俺の女を返してもらおうか」
デスプル島のテランジンと聞いて天使の羽の連中の顔色が一変した。デスプル島のテランジンと言えばザマロ支配下にあったトランサーの船をことごとく襲っていたし、イビルニアの艦も沈めている海賊としてその筋では有名だった。この天使の羽の連中は、ザマロ派の貴族や政治家達に可愛がられていた。
「な、何だとぉ…けっハッタリに決まってらぁ、やっちまえ!」
と、店主らしき男が言うと天使の羽の連中が一斉にテランジン達に襲い掛かった。しかし、こんな連中がいくら束になって掛かって来てもテランジン達に敵うはずもなくあっという間に倒されていった。
「う、動くなっ!それ以上やったら本当にこの女ぶっ殺すぞ!」
と、リリーに刃物を突き付けていた男が言うとテランジンは、電光石火のごとく剣を抜き真空突きを男に放った。真空波が男の頬を深く裂いた。男の顔が一瞬で血に塗れた。
「ひ、ひいいいい痛ぇ」
と、怯んだ隙にリリーは、テランジンの胸に飛び込んだ。テランジンは、何も言わずリリーを抱き締めた。後の事は、ルーク達に任せテランジンとリリーは、店を出た。上着を破られたリリーは、テランジンの上着を羽織っている。二人は、何も言わず海が見える港まで歩いた。潮風に当たりながらベンチに座った。
「あ、あのテランジンさん…あの時私をご自分の女だと…」
「ああ、す、すいません、つい」
と、テランジンは、頭を掻きながら謝った。リリーは、真っ直ぐとテランジンを見つめていた。目が潤んでいる。
「あの時、ご自分の女だと言われて私、嬉しかったんです、本当にあなたの女ならと…」
と、リリーに言われテランジンは、自分の耳を疑った。今、リリーは自分の女と言われ嬉しかったと言った。確かに言った。と言う事は、自分の事を好きなんじゃないかと思った。
「私をあなたの女にして下さい」
と、リリーは、思い切って言った。そして、テランジンの胸に顔を埋めた。テランジンの熱い胸板から聞こえる心臓の音を感じた。早鐘の様に鳴っている。テランジンは、そっとリリーの肩に腕を回した。
「ほ、本当に私のような男で良いのですか?私は、海賊をやっていた男です、私のような者が名門ロイヤー家のご息女と一緒になるなど世間が認めないでしょう、身分が違い過ぎる」
と、テランジンは、震える声で言った。虚しさが込み上げて来て泣きそうになった。リリーは、テランジンの様な男でも世間体を気にするのかと意外に思ったが、気を取り直して言った。
「関係ありません、私はそんな事気にしないし父もそのような事気にする人ではありません、あなたが一番良くご存じでしょう?」
と、リリーは言い顔を上げた。口を半開きにさせている。テランジンは、その半開きの口に自分の口を合わせた。二人は、きつく抱き合った。
どれ程の時間二人は、抱き合っていたのか気が付けば深夜を回っていた。二人は、共に城に向かった。リリーを部屋に帰しテランジンは、警備兵達が寝泊まりする部屋で寝る事にした。朝になればそのままレンやヨーゼフにリリーの事を話そうと決めていた。




