テランジンとリリー
ベルゼブとの戦いから五日が過ぎていた。レンは、病室でエレナと居た。病室の壁に立て掛けられた不死鳥の剣と斬鉄剣を見て本当に終わったんだと改めて思った。
「テランジンの具合はどう?」
と、レンは、エレナに聞いた。エレナは、深刻な顔をした。病院に搬送されたテランジンは、既に多くの血を失い過ぎていたようで、危険な状態だと言う。
「傷はシーナちゃんが完全に治したんだけど…出血多量で生きてるのが不思議なくらいだとお医者様が言ってたわ」
「そうなんだ…」
と、二人が話していると扉を叩く音がしたので返事をするとヨーゼフが、リリーに付き添われマルス、カレン、コノハ、ラーズがぞろぞろと部屋に入って来た。
「皆もう良いのかい?」
と、レンは、マルス達を気遣い言った。マルスは、得意気な顔をして言った。
「ふふん俺の身体はお前の様にひ弱に出来ちゃいない」
「やせ我慢だろ?」
と、ラーズがマルスの腹を指で突くと悲鳴を上げた。
「痛いっ!触るんじゃない」
部屋に笑いが起きたが皆直ぐに真剣な顔をした。
「若、テランジンの事ですが…」
「うん、あまり良くないんだろ」
と、ヨーゼフの言葉尻を捕ってレンが言った。ヨーゼフは、暗い顔をして頷いた。
「そう言えばテランジンの世話は誰がやってるの?」
「ルーク達が交代でそれとシーナが付き添ってござる」
と、ヨーゼフがレンに言った。男ばかりで慣れない看病を必死にやっていると言う。レン達は、テランジンの様子を見に行く事にした。病室の前には、厳つい顔をした海軍士官が二人椅子に座っていた。テランジンの海賊時代の子分である。二人がレン達に気付くと椅子から立ち上がり一礼し言った。
「殿様、閣下、親分いや大将は今だ目をお覚ましになられません」
「そうか、ちょっと様子が見たい中へ入れてくれんか」
「へい」
と、ヨーゼフが言うとテランジンの子分がそっと扉を開け部屋の中へ通した。
「ヤクザじゃねぇか」
と、扉の前に居る海軍士官を見てラーズが噴き出しながら言った。部屋に入るとシーナ、ルーク、カツとシンに見守らてテランジンは、ベッドに寝ていた。腕には、点滴がされていて、壁に義足が立て掛けられている。レン達に気付いたルーク達は、さっと立ち上がりレン達に一礼した。
「テランジンの容体は?」
と、レンがルーク達に聞いた。ルークは、泣きそうな顔をして首を横に振った。病院に搬送されて以来目を覚ます様子が見られなかった。
「傷はシーナちゃんが完璧に治してくれてますがねぇ一向に目を覚まそうとしねぇんでさぁ」
と、ルークの隣に居たカツが言った。シーナは、ベルゼブとの戦いで傷付いた者達の治療で疲れ果てあまり顔色が良くなかった。
「シーナや連日の治療で疲れたであろう、ゆっくり休みなさい」
と、ヨーゼフが優しく言うとシーナは、眠そうに目を擦りながら言った。
「テラン兄ぃぼくに好きなだけ食べさせてやるって言ったのに」
「わしが代わりに食わせてやるから休みなさい」
と、ヨーゼフに言われるとシーナは、にっこり笑ってその場で寝てしまった。
「慣れぬ看病で疲れておろう誰か代わりの者に世話をさせるゆえ、お前さんらも休め」
「へ、へぇ」
と、やはり疲れていたのかルーク達は、素直にヨーゼフの言葉に従い部屋から出て行った。そして、部屋には、レン達とテランジン、寝ているシーナだけとなった。レン達は、しばらくテランジンの様子を見ていた時、マルスがぼそりと呟いた。
「死んでるんじゃないか」
皆がじろりとマルスを見た。
「何てこと言うんだよ、ちゃんと生きてるじゃないか」
と、レンが怒った様に言った。
「じょ、冗談だろ、そんな目で俺を見るな」
と、マルスは、頭を掻きながらばつの悪そうな顔をして言った。しかし、マルスが言う様に確かに死んでいるようにも見える。レンは、そっとテランジンの手を握ってみた。温もりがあり確かに生きている。
「これテランジンよ、いつまで寝ておる気じゃ、早う目を覚まさぬか」
と、ヨーゼフは、言ったが何の反応も示さない。
「おいおい、テランジンあんたホントにあの世に行っちまうつもりか?どうせ川の手前でシドゥに追い返されるだけだと思うけどなぁ」
と、マルスが言った時、わずかな反応を示した。皆が顔を見合わせ驚いた。
「何だ今一瞬だけピクッとしたような…どの言葉に反応したんだろう?ああ、シドゥだ!シドゥだよ」
と、レンが言うとテランジンの閉じた目から一筋の涙がこぼれた。悲しい夢でも見ているのだろうか、それとも先ほどマルスが言ったようにあの世に渡る川の前でシドゥに帰れと言われているのだろうか。テランジンの涙の訳が分からないまま時間だけが過ぎた。
「そうじゃった、テランジンの世話をする者を探さねばなりませんな、こんな時にテランジンに嫁でもおれば良かったのですが、こんな時は女子が看るのが一番良い」
と、ヨーゼフが言った。その時エレナは、ふとリリーを見て城内でイビルニア人に襲われテランジンに助けられた時の事を思い出した。
「レン、レン」
と、エレナは、小声でレンの服の袖を引っ張りながら言った。
「ん?何?」
「あのね…」
と、エレナがレンの耳元で何か囁くとレンは、ちょっと嬉しそうにしてリリーに言った。
「あのリリーさん、申し訳ないんだけどしばらくの間テランジンを看てやって欲しいんだ」
「おおそうじゃリリーがおった、リリーよ済まぬが看てやってくれんか」
と、ヨーゼフも言うとリリーの顔が一瞬明るくなった。その瞬間をエレナは、見逃さなかった。リリーは、ちょっと照れながら返事をした。
「わ、私で良ければ」
この日からリリーは、テランジンに付きっきりで看病する事になった。部屋にリリーだけを残しレン達は、眠っているシーナをラーズがおんぶして部屋を出た。そして、翌日にレン、マルス、ヨーゼフ、ラーズは、退院した。城に戻ったレン達は、ベルゼブや他のイビルニア人に破壊された部屋や壁の修繕工事を見ながら使えそうな部屋を探し入った。
「はぁぁぁ今回は大変だったな、半島で戦ったよりも大変だった気がするな」
と、ラーズが感慨深げに言った。
「確かに大変だったな、まさかベルゼブが蘇るって夢にも思ってなかったからな」
「そうですなぁ拙者もまさかベルゼブとまた会うとは考えておらんかったですわ」
と、マルスやヨーゼフの会話をぼんやりと聞いていたレンは、テランジンとリリーの事を考えていた。エレナの話しによるとリリーは、間違いなくテランジンに恋をしていると言っていた。レンは、この二人が結婚したら良いなぁと考えていた。
「ねぇヨーゼフちょっと話しがあるんだ、エレナ」
と、レンは、エレナにリリーの事を話させた。皆驚いたが、ヨーゼフは、満更でもない顔をしていた。
「ふむふむ、な~る、リリーはテランジンに惚れとると言う事ですな」
「はい閣下、間違いないと思います」
と、エレナは、返事をした。コノハもカレンも思い当たるふしがあるのか納得していた。
「後はテランジンがどう思ってるかだな、上手くいけば良いが」
と、マルスも嬉しそうに言った。
「ヨーゼフはどう思うの?」
と、レンはリリーの父親であるヨーゼフの意見を聞いた。
「はい、拙者としてはテランジンほどの男なら異存はござらん、いやぁ実はトランサー王国を奪還した頃から娘の婿にはシドゥかテランジンと考えておりました、しかし娘は三十を過ぎた年増ですからのぅ」
「まぁ歳の事は良いとしてテランジンって兄弟いるのか?もしもリリーさんと結婚ってなったらヨーゼフの養子になるって事だろ?」
と、マルスが言った。ヨーゼフには、子供はリリーしかおらずロイヤー家を継ぐ者が居なかった。そうなるとテランジンを養子に迎えるしかなかった。
「確か兄が二人いると言っておったような気がしますが」
と、ヨーゼフが答えた。マルスは、ふぅんと言ったきり何も言わなかった。本人の居ないところで話しを進めても仕方がないと言う事で、話しを打ち切りとにかくテランジンが目覚めるのを待つ事にした。
リリーが看病を始めてから三日目、リリーは、テランジンの病室で編み物をしながら様子を見ていた。そんな時、ルーク達が見舞いに来た。
「リリーさん、お疲れ様です、兄貴の様子はどうですか?」
と、ルーク達の問いにリリーは、悲し気に首を横に振った。皆が深刻な顔をしてテランジンを見守った。
「ああ…こんな時にシドゥの兄貴が生きてたらなぁ」
と、シンの何気ない一言にテランジンが反応を示した。
「ううう…ううう」
病室に居る皆が顔を見合わせた。
「テランジンさん、気が付いたのですか?テランジンさん!」
「兄貴っ!兄貴しっかりして下さい」
リリーとルークがテランジンを揺すった。テランジンは、今にも泣きそうな顔をして何か言おうとしていた。しかし、言葉にならない言葉を発し閉じた両目から涙を流すだけだった。リリーは、レン達に知らせると言って病院にある魔導話で城に連絡した。丁度、会議中だったレンとヨーゼフだったが、それどころではないとマルス達を連れて病院へすっ飛んで来た。
「テランジン、テランジン僕だレオニールだ」
「うう…ううう」
レン達は、テランジンが泣いているのに驚いた。シーナは、テランジンをじぃっと見つめて言った。
「テラン兄ぃ…シドゥ兄ぃと会ってるんだよ川を挟んでね」
「ええっ?」
レンとマルスには、心当たりがあった。この世とあの世を分ける川だ。ドラクーン人には、妙な能力があり特にシーナは、霊的な力が強いようだった。シーナは、またテランジンを見つめて言った。
「シドゥ兄ぃにもう分かったからいい加減帰れって言われてるよ」
「そ、そうなのか…テランジン何を話してたんだろう」
と、ラーズが不思議な顔をして言った。しばらく皆で様子を見ていたが、特に変化も無くレン達は、城に戻った。病室は、テランジンとリリーの二人きりになった。リリーは、椅子に座りそっとテランジンの手を握った。ごつごつした大きな手をしている。リリーは、テランジンの手を握ったまま眠ってしまい目を覚ますともう夕方になっていた。
「いけない」
と、リリーが立ち上がろうとした時、テランジンが目を開けているのに気付き驚いた。
「テ、テランジンさん何時からお目覚めに?」
「…つ、つい先程です、ここは?」
と、テランジンは、目だけ動かして辺りを見回した。一週間以上寝たきりだったので直ぐに身体を動かす事が出来ないでいた。リリーは、テランジンが病院に搬送されるまでの経緯を話した。
「じゃあ無事にベルゼブを倒したのですか、良かった…私はベルゼブに踏みつけられた時から記憶が無くてね…いやぁ無事に倒せて本当に良かった」
リリーは、城に連絡すると言った時、テランジンが明日の朝に連絡してくれと頼んだ。日も暮れていて他の一般の患者達の迷惑を考えたからだ。リリーは、素直に従った。その後、テランジンは、今まで誰が自分の面倒を見ていたのかリリーに聞いた。リリーは、ありのままを答えた。
「そうだったのですか、それはご迷惑をおかけしました、申し訳ありませんでした」
と、テランジンがばつの悪そうな顔をして言うとリリーは、真剣な顔をして言った。
「わ、私は迷惑だなんて思っていません、むしろその…」
「その?何です?」
嬉しかったと言いたかったがリリーは、言えなかった。照れ臭そうにして部屋から出て行った。そんなリリーの様子を不思議そうにテランジンは見た。まさか自分に惚れているなどと夢にも思っていなかった。しばらくしてリリーがテランジンの主治医を連れて部屋に戻って来た。主治医の診察を受けテランジンは、後三日は入院する事になった。
「怪我はドラクーン人が治してくれていますが血を多く失いテランジン殿の体力は著しく低下しています、あと三日はこれを点滴して下さい」
と、既に腕に刺さっている点滴を指差し主治医は言った。テランジンは、素直に従う事にした。主治医が去った後、テランジンは、リリーに食事を取らしてもらった。
「これでは爺ですよ」
と、恥ずかしそうにするテランジンにリリーは、何とも言えぬ愛おしさを感じた。そして、病院は、消灯時間を迎えたのでテランジンは、もう意識が戻った自分に付いていても仕方がないからとリリーに城に戻るよう言ったが、リリーは、病室で寝ると言った。リリーにあなたが目覚めるまでずっとここで寝起きしてたんですからと言われテランジンは、納得した。
翌朝、テランジンが意識を取り戻したとリリーから知らせを受けたレン達は、またテランジンの病室にやって来た。
「若、閣下、皆、本当に迷惑をおかけしました」
と、テランジンは謝った。
「何を言うんだよ、意識が戻って本当に良かった」
と、レンはテランジンの手を握り締め言った。
「ところでテラン兄ぃ、シドゥ兄ぃに何て言われたの?」
と、シーナが突然言い出しテランジンは、大いに驚いた。そして、シドゥと何を話したか話し出した。子供の頃の思い出話やザマロの謀反、初めてレンに会った時の事、国を奪還した時の事、イビルニアでシドゥが死んだ時の事、そして今回ベルゼブが復活して戦った事など他にも色々話したそうだった。そして、疲れたからもう俺もそっちに行きたいとシドゥに言った時、シドゥに呆れられたと言う。
「何が疲れただ、俺はそっちに戻りたいけど戻れないんだぞ、お前には俺の分までレオニール様やヨーゼフおやじ、トランサー王国のために働いてもらわんと困るじゃないか」
「分かっている、しかしもう疲れたんだよ、お前が居ないとつまんねぇんだよ」
「駄目だ駄目だ、お前の気持ちは分かったからもういい加減帰れ」
そして、テランジンは、現世に戻るため暗闇の中をひた歩き意識を取り戻したと言う。やはりテランジンにとってシドゥの死は、今もなお心の傷として残っている様だった。
「そうだったのか、戻って来てくれてありがとうよテランジン、あと三日養生致せリリー引き続きテランジンの介護を頼んだぞ」
「はい、お父さん」
「ちょっと閣下」
と、テランジンが言った時、レン達は、ぞろぞろと病室を出て行った。そして、テランジンは、またリリーと二人きりになった。




