マルス危うし
父イザヤ皇帝達が居る部屋の前のイビルニア人を全員殺した事を確認したマルスは、部屋に入った。部屋に入るなりカレンが抱き付いて来た。
「マルス様、お怪我は、お怪我はありませんか?」
「無いよ、心配するな」
そう言ってマルスは、カレンの頭を撫でた。イザヤ達がマルスに駆け寄った。
「マルスどうなってるんだ?あんなに厳戒態勢をとっていたのに簡単に城内に侵入を許すとは」
と、イザヤが怒りをあらわにして言った。
「父上、奴らがその気になればどんなに見張りを付けても駄目だ」
「そんな…」
と、兄アルス皇太子が言葉を失った。妹コノハは、母ナミ皇后の傍で少し震えていた。マルスは、家族が無事な事を確認し安堵した。そこへアンドリエ大佐がやって来た。
「殿下、先ほどのイビルニア人達は全員始末しました」
「ご苦労、で、名のあるイビルニア人は居たか?」
「いえ全員下位中位の者共と思われます」
「必ずどこかに居るはずなんだ、城内を隅々まで見てくれ俺も行く」
と、マルスは、イザヤ達の部屋の警戒を厳重にしてアンドリエ大佐と出て行った。広い城内を隅々まで捜索し夜が明けた。
「おかしい、絶対にどこかに隠れていると思うんだが」
と、マルスは、アンドリエ大佐に言った。百人近い兵で城内を捜索したがソーマンの姿は、どこにも無かった。
「殿下、後の事は我々がやりますので、どうかお休み下さい」
と、アンドリエ大佐は、マルスを気遣い言った。マルスは、連日のイビルニア人討伐の疲れもあって少し休む事にした。自分の部屋が落ち着くとイザヤ達の部屋には行かず自室で休む事にした。どれほど眠っていたのだろう目が覚めると夕方で部屋にカレンが居た事に驚いた。
「お前どうしたんだ?ここに居たら危ないだろ親父達と一緒に居ろよ」
「嫌です、マルス様ばかり辛い思いをしてるのに…」
と、泣きながらカレンは、マルスに抱き付いた。そんなカレンに邪魔だとも言えずマルスは、困り果てた。
「弱ったな」
と、マルスは、仕方なくイザヤ達の部屋にカレンを連れて行った。部屋で軽く食事を済ませたマルスは、城内の見回りに出ようとしたが今度は、イザヤ達が止めた。
「マルスここに居ろ、うろうろ城内を歩くのは危険だ」
「どこに居ても一緒さ、狙われてるのは俺なんだぜ一緒に居る方が危ないよ」
「お願いマルスここに居なさい」
と、ナミが言った。マルスは、やれやれといった顔をして椅子に座った。この部屋にも屈強な警備兵がいる。中には、イビルニアとの戦争に従軍した者も居た。この部屋は、城の二階にある。窓辺で警備兵が二人油断なく外を警戒している。
日が完全に沈み暗くなったが辺りは、中庭の外灯で少しは明るさを保っていた。中庭で警備兵達が警戒している。
「もうこの城には居ないんじゃないか」
と、アルスがぼそりと呟くように言った。確かにどこか遠くへ行ったかも知れなかった。さすがに名を持つ上位のイビルニア人でもこの厳戒態勢の中、マルスも含め大勢の兵士を相手に戦うの困難だろう。
「この人数を相手にさすがに来ないだろう、どこか遠くへ行ったのかも知れんな」
と、イザヤが言うとマルスは、無表情で答えた。
「トランサーにか?」
「えっ?」
「奴らの狙いは俺やレン、ヨーゼフ、ラーズやインギ王、テランジンだぜ、ラーズは既にアルシンとか言う上位者を倒している、残りの二人サリンとソーマンとか言う上位者は…」
と、マルスが話していると突然、窓が大きな音を立て粉々になり黒い何かが飛び込んで来た。
「何だ?」
「きゃぁぁぁ」
一瞬の出来事だった。窓辺に居た警備兵を瞬殺した黒い何かは、続けざまに手にした針金の様な物を警備兵達に投げ付けた。警備兵達の頭や胸に刺さり死んだ。部屋に居た警備兵達全員が一瞬で殺された。
「き、貴様!」
と、一番近くに居たアルスが刀を抜き放ち構えた。
「お前に用は無い」
と、一瞬でアルスを蹴り倒した。
「我が名はソーマン、マルス・カムイ死んでもらうぞ」
そう言うとソーマンは、マルスに襲い掛かった。マルスは、待ってましたと言わんばかりに応戦した。
「なかなか派手なご登場だな、お前を待ってたんだよ」
「ククク、そうかい待たせたなぁシャァァ!」
蹴り倒されたアルスが起き上がり、イザヤ達の前に立ちはだかり守った。
「兄貴、父上達を頼んだぜ」
と、マルスは、イザヤ達が部屋から出れるようソーマンを扉から遠ざけるよう戦った。ソーマンは、イザヤ達には、全く興味が無い。アルスは、ソーマンを警戒しながら扉の方へとイザヤ達を守りながら移動する。アルスは、父、母、妹と部屋から出し最後にカレンを出そうとした時、ソーマンがマルスを突き飛ばしカレンに襲い掛かった。
「カレン!」
マルスがソーマンに飛び掛かった瞬間ソーマンは、くるりと向きを変えた。
「引っかかった」
「何?…ぐあぁぁぁぁぁ」
ソーマンの持っていた剣が伸びマルスの腹を貫通した。
「ククク、グライヤー殿は面白い物を俺にくれたもんだ、それにしても人間は馬鹿だなさっきそこから練気技を使っておれば俺を殺せたのに」
確かにソーマンの言う通りだった。しかし、真空斬や真空突きを放てば真空波は、ソーマンを通り抜けカレンやアルスに当たっていたかも知れなかった。マルスは、あえて放たなかったのだ。
「マルス様っ!」
カレンは、剣が刺さったマルスの腹を見て気を失った。避難していたイザヤ達が戻って来てマルスを見て言葉を失った。
「ぐ、ぐおぉぉぉ…て、てめぇ」
マルスが剣を引き抜こうとした時、それよりも早くソーマンは腹から剣を引き抜きマルスの右腕を斬り落とした。
「ぎゃぁぁぁ」
「ククク、念のためだ、マルス・カムイはこのソーマンが討ち取った、ハハハハハ」
そう言ってソーマンは、入って来た窓から風の如く去って行き中庭から怒号が聞こえた。部屋の外に居た警備兵達は、騒然とした。
「マ、マルス、マルスしっかりしろ!」
イザヤが倒れたマルスの半身を抱き起しながら声を掛けた。
「う、うぅぅぅぅカ、カレンに怪我は?」
「無い大丈夫だ、気を失っているだけだ、は、早く病院へ」
と、イザヤは、マルスの刺されて血が溢れ出ている腹を押さえながら言った。部屋の外に居た警備兵達がマルスを部屋から運び出そうと動き出した。
「ああ…畜生め、あんなイビルニア野郎にやられるとは…お、俺の右腕が…」
と、マルスは、斬り落とされた右腕を身ながら言ったが言葉に力が感じられない。コノハもナミもこの状況をただ震えながら見ていた。喋る気力さえ消えていたマルスは、死を覚悟した。
(駄目だな…俺ぁ死ぬな、ごめんよカレン…こ、こんな形で別れが来るとはな)
警備兵達に担架に乗せられ病院へと運ばれているマルスの脳裏に今までの事が走馬灯の様に流れた。
(レン…すまん、せっかく半島を沈めて平和になったと思ってたが…もう会えなくなった…気を付けろよエレナを守ってやれよ…あれ?はは、何だか懐かしいなこの感じどこかで…そうだドラクーンだ…ジルドに刺されてシーナの治療の練習台になったんだったな俺…シーナもカイエンも元気にしてるのかな)
と、マルスは、薄れゆく意識の中そんな事を思っていた。そして、とうとう完全に意識を失った。マルスは、夢でも見たのかレンもかつてベルゼブに魂を抜かれ死んだ時に見たと言う川原に居た。
「ここは…そうか俺やっぱり死んじまったのか…残念だな、誰も居ないのか?何だよ俺にはお迎えは無いのか」
そんな事をぶつぶつ言いながらマルスは、川原を歩いた。小さな桟橋を見つけそこに小舟があるのを見た。
「そうか、この小舟で向こう岸へ行くんだな」
と、マルスが小舟に乗りかけた時、後ろから声が掛かった。振り返ると誰も居らず、また小舟に乗り込もうとしたが、また声を掛けられた。
「何だよ、誰ださっきから、何の用だ?」
「その小舟に乗って向こうへ行けば二度と帰れなくなるぞ、それでも行く気か?」
「その声どこかで聞いた事が…そうだ半島を切り離した時に、ま、まさかタケルヤ様か?」
マルスが気付くと目の前にマルスに良く似た大男が立って居た。カムイ家の先祖でヘブンリーのアストレア女王の弟タケルヤだった。
「タ、タケルヤ様が何でここに?」
「ふむ、姉さんからお前が危ないと聞いてな、あの半島に居た奴にやられたのか」
「うん、情けないがやられたよ」
二人は、レンとフウガも腰かけた石に座り話した。
「しかし迷惑な連中だな親分を殺された敵討ちってところか?」
「違うと思うぜ、あいつらに大した忠誠心なんか無いよ、俺やレンの様に練気技を使えるのが居るとあいつらには都合が悪いだけだよ、きっと」
「な~る、そんなもんか、しかし早まってはいかんぞ、お前は助かる」
と、タケルヤは、意外な事を言い出した。
「た、助かるってどう言う事だよ、まさかレンが不死鳥の剣で甦らせてくれるのか?」
「ははは、それはないなラムールはまだ戻ってないしな、仮にラムールが居てもお前を甦らせてくれるか分からん」
「じゃあ何で?」
「今に分かるさ、龍の子が一生懸命お前を治してるところだ」
「龍の子?あっ?!」
と、マルスの反応を見てタケルヤは、ニヤリと笑い立ち上がった。
「良いな、ここで大人しく待ってろ、間違ってもあの小舟で向こう岸に行くなよ、それじゃあな」
そう言ってタケルヤは、マルスの目の前から消えた。マルスは、タケルヤに言われた通り待つ事にした。どれほど時間が過ぎたのだろう、マルスが暇つぶしに川に石を投げ込んだり石を積み重ねていたら急に身体が真上に引っ張られる感覚を覚えた。
「…い…にい…兄ぃ起きなよ、ほら」
と、顔を突然引っ叩かれてマルスは、目覚めた。シーナがマルスを覗き込んでいた。
「うわぁぁシーナか」
「そうぼくだよ、思い切ってお城に来て良かったよ」
シーナは、マルスが襲われる数分前に都の公園に来ていたのだった。龍神カイエンの親書を持って来ていた。明日、それを持ってマルス達に会おうと思っていたのだが、公園のベンチで寝そべっていると兵士達が慌ただしく城に行くのを見て気になり付いて行った。兵士達の会話の中にマルス様が危ないと聞き急いで城に来た。偶然、イビルニア半島で知り合った兵士がいたので事情を聞くとマルスが刺されたと聞き問答無用で城内に入り運ばれているマルスを見つけるとすぐさま治療にかかったのだった。
「そうか、あの時何か懐かしい感じがしたのはシーナが治療を始めてくれてたんだな、ありがとよ」
と、マルスは、寝かされているベッドから起き上がろうとした。
「いててて、まだ動けねぇか、あっ?!俺の右腕が」
と、シーナによって繋がれた右腕を見てマルスは、ホッとした。イザヤ達には、シーナが天使に見えた事だろう。カレンは、何度も何度もシーナにお礼を言っていた。
「もっと治療を続けたいんだけど、お腹が空いて…へぇっへぇっへ」
と、シーナは、少し照れながら言った。イザヤは、直ぐにシーナに食べ物を与えるよう侍従に命じ用意させた。息子を救ってくれた命の恩人である。好きなだけ食べさせようと思った。シーナは、用意された食べ物を物凄い勢いで食べ始めた。
「はぁぁ食べた食べたぁぼくジャンパールの食べ物大好きなんだ」
腹を満たしたシーナは、またマルスの治療に取り掛かった。シーナの治療の腕は、以前に比べ遥かに上がっている。マルスが痛みを感じない程度にまで回復した事を確認してイザヤ達は、眠る事にした。マルスも自分の部屋にカレンとシーナを連れて行き寝る事にした。マルスは、カレンとシーナを自分のベッドに寝かせ自分は、毛布を被りソファーで寝る事にした。
「シーナ、トランサーに行くぞ」
と、マルスは、眠りかけているシーナに言った。




