ソーマン現る
ジャンパール皇国領海ぎりぎりにある小さな無人島の岩陰に彼らは居た。
「ふん、あんなに海軍の警戒が厳しいようではなかなかジャンパールに侵入出来そうにないな、とにかく今はこの島の岩陰で夜まで待とう、夜になれば我々の世界だククク」
そう言ったのは、上位のイビルニア人ソーマンだった。
マルスは、連日イビルニア人討伐の指揮で忙しかったがこの日は、陸軍の将官に全ての指揮を任せ久しぶりにカレンを連れお忍びで都を散歩していた。
「帰国してから全くかまってやれずにすまなかったなぁ」
と、公園を歩きながらマルスがカレンに言った。
「そんな…殿下がお忙しい事は分かっています、今日だって本当は…」
と、カレンが言いかけた時、マルスは、カレンの肩を抱いた。カレンは、マルスに少し寄り掛かる様にした。マルスは、帽子を目深に被って顔を隠している。通り過ぎる人々は、誰も自国の皇子だと気付かない。マルスとカレンは、ベンチに腰を下ろした。
「思い出すなぁ昔この辺りでレンの奴、変態のおっさんにさらわれたんだ」
と、マルスが子供の頃、ラーズと二人でレンに女装させた時の話しを始めた。
「ええ?さらわれたって」
「ああ、当時ラーズがジャンパールに遊びに来ててな、何か面白い事は無いかと二人で考えてたんだよ、そんな時レンがフウガに連れられて城に来たんだ、レンは普段通りに俺の部屋に来た、その時女みてぇな顔をしたレンを見て思い付いたんだ、こいつに女の格好をさせて町を歩かせてみようってな、ラーズも賛成したから俺が城の衣裳部屋で見つけた女物の服を持って来て嫌がるレンに着せたんだよ、それが思いのほか良く似合っててな、これならバレないだろうってなって、こっそり城を三人で抜け出してレンを一人で歩かせ俺とラーズは後から付いて行ったんだ、そしてこの公園に来た時妙なおっさんがレンに近付き何か話したんだ、それからレンの手を引いてどこかへ行こうとしたから俺達はまずいと思って後を追ったんだが、あの時この公園で何かやってたのかな?妙に人が多くてレンとおっさんは人混みに紛れてどこに居るのか分からなくなってしまったんだ」
と、マルスは話し一息ついた。カレンは、笑っていいのか分からないといった顔をして聞いている。
「当時、まだガキだった俺達は直ぐにレンとおっさんを見失ってな、どうして良いか分からず仕方がないのでフウガにこっそり相談したんだ、そしたらフウガの顔が青ざめてさ、どんな理由を付けて軍部の連中を動かしたのか分からないが極秘の捜索が始まったんだ、直ぐに見つかったよこの公園の近くにあった倉庫でおっさんレンに悪戯してたんだ、レンとおっさんを見つけたフウガはおっさんをボッコボコにして軍部に連れて行って記憶を消したそうだ」
「レオニール様に悪戯って一体何をされたんですか?」
と、カレンは、聞いたがマルスは、聞かない方が良いと言わんばかりに笑いながら首を横に振り言った。
「変な事さ、カレンは知らない方が良い、まぁそれでレンは助かったんだが俺とラーズは親父やフウガにこっぴどく叱られてな、今となっては笑い話さ」
カレンは、変な事が気になって仕方がなかった。二人は、公園を後にして近所の食堂に入り食事を済ませ日が暮れるまでぶらぶらと散歩したり買い物をした。
「すまんなぁ本当はどこか地方にでも旅行に連れて行きたいんだが…」
「イビルニア人討伐が終るまで待ちます」
と、カレンは、マルスの手を握り言った。マルスの手は、皇子様の手と言うより職人の様なゴツゴツした手をしていた。この手に今までの戦いの記憶が詰まっていると思うとカレンは、胸が熱くなった。
城に戻った二人は、夕食を取るため食堂に向かった。既に食卓に着いていた父イザヤ皇帝が二人を見てにっこり笑って言った。
「こうして改めてみるとお前達本当に似合いだぞ」
「ええ、お上、カレン良いお嫁さんになるのよ」
と、母ナミ皇后も言った。マルスとカレンは、少し照れながら食卓に着き食べ始めた。しばらくすると侍従が一本の刀を手にしやって来た。
「マルス殿下、斬鉄剣の修復が出来上がったのでお持ちしました」
「おお、出来上がったのか、どれどれ」
と、侍従から斬鉄剣を受け取ったマルスは、スラッと鞘から抜き刀身を見た。どこが折れた箇所なのか全く分からないほどに仕上がっている。
「さすが我が国の刀匠だな完璧だ、でもやっぱりちょっと短くなったな…まぁこのくらいならレンも納得するだろう」
「少々短くはなりましたが、これで以前の様に使っても問題ないと申しておりました」
と、侍従は、説明し退出して行った。マルスは、斬鉄剣を鞘に納め言った。
「父上、イビルニア人討伐の目途がつき次第こいつをトランサーに持って行くよ」
「ああ、そうしてやりなさい、レンも心待ちにしているだろうから」
と、イザヤは答えた。食事を済ませマルスは、自室でカレン、妹のコノハ、兄のアルス皇太子とのんびり過ごしてた。
「毎日大変だろう、私も手伝ってやりたいが別の公務で忙しくてな」
と、アルスは、弟マルスを気遣った。
「良いよ、気にしなくて俺は剣を振り回してる方が性に合ってるんだから」
「それにしても名のあるイビルニア人の一人アルシンって言ったかラーズが討ち取ったと聞いたが、残りはどこに居るんだろう?」
と、アルスは、今朝役人から聞いた事を話した。カレンとコノハが心配そうにマルスを見ていた。
「うん、その事なんだけどラーズの話しによると残りの二人、サリンとソーマンって野郎はどうやら練気技を使える俺やレン、ヨーゼフ、テランジンを狙ってるらしい」
「何だって?それじゃあここの警備を強化しないといけないじゃないか」
と、アルスは言ったが、マルスは首を横に振り答えた。
「駄目だよ、無駄に死人が増えるだけだ、名のあるイビルニア人の狙いはこの俺だ、来たら来たで俺が必ず討ち取ってやるさ」
「し、しかし、この城には父上や母上、コノハ達だって居るんだぞ」
「そうだな、父上達の周りは警備を固めた方が良いな」
そんな話をしている頃、ジャンパール皇国領海付近の無人島に身を潜めていたソーマン率いるイビルニア人達が動き出したのだった。
「あの艦を襲うぞ、丁度良い大きさだ、あれなら我々全員が乗っても問題ない」
と、ソーマンは、巡回警備に当たっている小型の軍艦に目を付け言った。ソーマン達を乗せた真っ黒なイビルニアの船が音も無く艦に近付いた。ソーマンは、下位のイビルニア人に行けと合図を送った。下位のイビルニア人数名がするすると艦に侵入し目に付いた水兵を惨殺しソーマンに合図を送った。ソーマンは、残りのイビルニア人を連れ艦に侵入し乗っていた真っ黒い船を海に沈めた。
「良し、操舵室に行くぞ、船を動かす者以外の人間は全て殺せ」
と、ソーマンは、下位中位のイビルニア人に命令し操舵室を目指した。操舵室には五人海軍士官がいた。ソーマン達は、一気に操舵室を襲った。
「な、何者?ぐわぁ!!」
「ぎゃぁぁぁ!」
と、二人の士官を殺し残った三人は、生け捕りにした。
「何者だ貴様ら…イ、イビルニア人か」
「そうだ、死にたくなければ言う通りにしろ」
「何を言うか、この場で始末してくれる」
と、士官は言うと刀を抜きソーマンに斬りかかった。ソーマンは、何で出来ているのか分からない手甲で刀を弾き返し士官の首を掴んだ。残りの士官二人は、イビルニア人に取り押さえられている。
「一つ聞く、お前は練気を扱えるか?」
「ぐっ…れ、練気?な、何の事か?」
と、この士官は、知らないそぶりを見せた。本当は、マルスの案でジャンパール陸軍に練気部隊を作ろうとしている事を知っていた。
「ふん、まぁ良いとにかく艦をジャンパールの港まで着けろ」
と、ソーマンは言って士官の額に指を二本当てた。すると士官の様子が見る見る変わって来た。白目をむき全身をガクガクと震わせた。
「き、貴様何をしたんだ、止めろ!」
と、取り押さえられている他の士官が言った。ソーマンは、ニヤリと笑って言った。
「心配はいらん、言う事を聞くようにしただけだ、ククク」
ソーマンの手から離れた士官は、無言で艦を動かし始めた。海上には、他の艦も浮かんでいるがソーマン達に乗っ取られている事に気付かない。艦は、どんどん港に向けて航行していた、そんな時操舵室の魔導無線が鳴った。ソーマン達イビルニア人には、何の音なのか分からない。
「何の音だこれは?早く止めろ」
そう言うとソーマンに操られている士官が魔導無線を取り答えた。
「持ち場を離れてどこに行く気だ、戻らんか」
「何レもない艦ニ異常がレたので港ニ向かっていル、以上」
そう言って魔導無線を切った。イビルニア人達に取り押さえられている士官二人は、猿ぐつわをされ何も言えなかった。艦は、堂々と港に着いた。辺りは、街灯の明かりがポツポツとあるだけだ。
「ご苦労、もう良い死ね」
と、ソーマンは、そう言うと士官達を殺した。そして、ソーマン率いるイビルニア人達は、夜の闇に紛れて厳戒態勢の都に向かった。
翌朝、港で艦が発見されて大騒ぎになっていた。乗組員全員が殺されている。
「大尉、マルス殿下に報告した方が良さそうですね、これは何か異常ですよ」
「うむ、そうだな早速報告に行こう、君達は遺体を病院に運んでくれ」
「ははっ」
大尉と呼ばれた男は、直ぐにジャンパール城に参内しマルスに面会を請うた。ほどなくして侍従が来てマルスが居る部屋へと大尉を案内した。
「殿下、今朝方妙な事が起こりご報告に来ました」
「何だよ妙な事って?イビルニア人でも出たのか?」
「いえまだ何とも言えませんが、昨夜海上警備に就いていたはずの艦が港で発見され乗っていた艦長以下全員が殺されていました」
それを聞いてマルスの目が光った。
「どういう事だ?どんな殺され方をしていた?」
大尉は、見たままを説明した。マルスは、顎に手をやり聞いている。
「ううむ、それだけで奴らとは決めつけられんな…海上には何か残ってなかったのか?例えば真っ黒い船とか」
「いいえ、何も聴いておりません、ただ夜に艦を目撃し魔導無線を飛ばした者の話しによると応答した者のろれつが回っていなかったそうです、艦に異常が出たので港に向かっていると言っていたそうです」
「ろれつが?臭いな…上位者の中には人を操れる者も居たしな」
と、マルスは、グライヤーとアルカトを思い出して言った。その時、マルスはハッとした。
「やばい、侵入されてるぞ」
「ええ?!そ、それでは今どこに…」
と、大尉は、驚いて言った。マルスは、大尉にイビルニア人の目的が自分の殺害にあると話した。大尉は、気を失わんばかりに驚いている。
「そ、それでは殿下が一番危ないじゃないですか、警戒を強めねば、れ、練気部隊は?」
「まだまだ使えないよ、まぁ奴らの狙いがはっきりと分かっているぶん戦いやすいさ、ただ父上達の守りを強化するだけで良い」
マルスは、軍部に行き城の内外の警備を強めるよう言い渡した。城内は、物々しい雰囲気に包まれた。
「一体何事なんだマルス」
と、父イザヤ皇帝がマルスに聞いた。マルスは、自分が生き残ったイビルニア人に狙われている事を正直に話した。
「俺は戦えるが父上達が心配だから、当分は窮屈かも知れないが我慢してくれ」
アリの子一匹入る隙が無いほど警備を固めた。これで自分の家族が被害に遭う事は無いと確信したマルスだったが、念のためカレンに夜は、イザヤ皇帝達と一緒に居るよう言った。
「嫌です、私はマルス様のお側に居ます」
「駄目だ、危ないそれにお前が居たら戦い難いんだよ」
そう言われてカレンは、ふくれっ面を見せたが渋々マルスに従う事にした。
厳戒態勢を執ってから三日目の夜、ジャンパール城外近くの空き家にソーマン達の姿があった。この空き家は、ある貴族の屋敷で当主が病気がちで田舎でのんびりと療養したいと田舎に引っ越していた。
「こんな城の近くに丁度良い空き家があって助かったわ、さてあの厳戒態勢の中どうやって城に忍び込むかククク」
と、ソーマンは、楽しんでいる様子だった。どんなに厳戒態勢を執ろうが夜のイビルニア人にとっては、忍び込む事は容易い。しかし、下位中位のイビルニア人が待つ独特の雰囲気や気配は消せない。それによって直ぐに気付かれてしまう。ソーマンは、下位中位の者達を囮と考えていた。
「俺はマルス・カムイに集中出来る、必ず仕留めてやるぞ」
ソーマン達イビルニア人が音も無く屋敷から出た。そして、暗闇に紛れてジャンパール城裏を目指す。この辺りまで来ると警戒に当たっている兵士が目立って来た。ソーマンは、中位のイビルニア人に殺れと合図を送った。中位のイビルニア人は、音を立てず素早く兵士に近付くと一瞬で兵士の喉を掻っ切った。それを見届けたソーマン達イビルニア人は、ジャンパール城のお堀を一足飛びで飛び越え壁に張り付いた。暗闇で真っ黒いフード付きのマントを纏っているイビルニア人達を見つけるのは、困難を極めた。ソーマン達は、壁をするすると登り城内に侵入した。その時、喉を掻き切られた兵士を発見した他の兵士の叫び声が聞こえた。城の外が騒然とした。直ぐに城内の警備兵やマルスの耳に入った。
「首を切られて死んでいる?場所はどこだ?」
「はい、お城の裏側です」
と、マルスに伝えに来た兵士が答えた。
「不味いな、もう侵入されてるかも知れん警戒を強め…」
と、マルスが言いかけた時、別の兵士が大慌てで知らせに来た。
「殿下、大変です、イビルニア人達が現れました」
「何?数は?」
「十人です、今アンドリエ大佐の部隊が押さえてます」
「俺も行く」
と、マルスは、叢雲を引っ掴み現場に駆け付けた。マルスは、そこに名のあるイビルニア人は、居ないと直ぐに分かった。
「ちっ、下位や中位の連中だな、おらぁぁぁぁ」
と、マルスは、抜き打ちで真空斬を放ちイビルニア人を三人まとめて始末した。子爵アンドリエ大佐の凄まじい気合が聞こえる。アンドリエ大佐は、エレナの友人ユリヤ・アンドリエの父である。
「殿下ぁ、ここは我々で大丈夫です、お上をお守り下さい」
「頼んだぜ大佐ぁ」
と、マルスは、叫んでイザヤ達が居る部屋に向かった。ここにもイビルニア人が現れていて警備兵と交戦中だった。マルスは、走りながらイビルニア人の首を刎ね飛ばした。
「ここも下位の連中ばかりか…おかしいな」
と、マルスは、ラーズが言っていた上位者が居ない事に益々おかしいと思った。




