帰還
トランサー王国に向けテランジンの三隻の軍艦は、順調に進んでいた。途中、デ・ムーロ兄弟からイビルニア半島を包んでいた雲を消すための爆弾を受け取ったセパル島に寄港し食料を調達した。
「もうカイエンとシーナが食べ過ぎるから、お前達少しは控えろよ」
と、テランジンが渋い顔をして言った。シーナとカイエンは、ニタニタ笑っていた。そんな様子をレンは、微笑ましく見ていた。レン達人間と若い獣人兵達三人は、艦を降りたが、アストレアとアンドロス、番獣ヴェルヘルムは、艦に残った。あまり人間に姿を見せたくなかったのだろう。レン達は、セパル島の守備隊長から挨拶を受けていた。
「此度の勝利、祝着至極に存じます、これで我々も安心して元の生活に戻れますなぁ」
と、守備隊長は、笑顔で言った。レン達が雑談をしていると兵士が血相を変えてやって来た。
「たた、大変です隊長、イイ、イビルニア人が出ました!」
「はぁ?」
「何?」
セパル島にイビルニア人の生き残りが居た。レン達が急いで現場に駆け付けると兵士が数名傷を負っていた。イビルニア人は、上位者で相当の手練れの様だった。
「キキキ、さぁどうしたかかって来ないのか?一人一人なぶり殺しにしてやる」
「おい、貴様上位者だな、知らないのか?もうイビルニア半島は海の底に落ちた事を」
「黒流穴に落とした」
とマルスとレンが言うと上位のイビルニア人は、馬鹿にしたように笑い言った。
「ケケケ、何をほざくか半島をどうやって沈めると言うのだベルゼブ様が居る限り我々は不滅だ」
と、このイビルニア人は、何も知らないようだった。マルスは、やれやれといった顔をして言った。
「ベルゼブは俺とこいつとでやっつけた、まぁ正しくはベアド大帝が暗黒の世界に連れて行ったんだがな」
「何を訳の分からぬ事を言っている」
「ふん、死ねばわかるさ」
と、ラーズが真空斬を放ちイビルニア人の首を刎ねた。怪我を負った兵士達をシーナとカイエンが治療している間、レンとマルス、ラーズ、テランジンが辺りを警戒した。
「う~む、もうここには居ないようだが世界中のどこかに連中の生き残りがいるな、こりゃあ帰ったらイビルニア人狩りで忙しくなるな」
と、マルスが言った。レンは、急に不安になって来た。
「早く帰ろう」
「ん?どうしたんだよ?」
「イビルニア人がまだ残ってたなんて考えもしなかったから…ちょっと不安になっただけだよ」
と、レンは、マルスに言った。マルスもそうだなと言いレン達は、艦に戻った。そして、アストレアとアンドロスにこの島にイビルニア人が出た事を話した。
「ヘブンリーは大丈夫なんですか?女王様」
「ええ、私達がヘブンリーを出発する時に結界を張ってますから…でも迷いの森はどうかしら?」
「他の者が始末してるでしょう、帰ったら私とヴェルヘルムで森を見ましょう」
と、アストレアとアンドロスが言った。セパル島から出港したレン達は、一路トランサーを目指した。セパル島に設置してあった魔導話で既にトランサーのヨーゼフには、いついつ帰国すると連絡してある。レン達は、ヨーゼフがどんな出迎えをするのか楽しみだった。途中、大時化に遭ったが潜水してやり過ごし予定通り艦は、トランサー領海内に到着した。トランサー海軍の監視塔からテランジンの三隻の軍艦を確認した兵士が直ぐにヨーゼフに連絡した。
「閣下、レオニール様御一行が無事帰還されました」
その知らせを受けヨーゼフは、直ぐにエレナに報告し慌てて出迎えの準備を始めた。
「急げ、レオニール様達の御帰還じゃ、皆準備を急げ、早くしろ、ミトラ、クラウドはエレナ様をお連れ致せ良いな」
「ははっ!」
と、近衛師団隊長のミトラとクラウドに言ったヨーゼフは、先に港に向かった。港には、レン達がいつ帰って来ても良い様に既に準備はしてあった。ヨーゼフが港に居た兵士や民衆に王子が帰って来ると告げると皆は、大喜びで出迎えの準備に取り掛かった。音楽隊なども揃った。ミトラとクラウドがエレナを護衛しながら連れて来た。
「ヨーゼフさん、レンは、レンはどこに居るのですか?」
と、エレナは、海を見回した。
「まだこの先の沖合でござろう、エレナ様はあちらのお椅子にお座り下さい」
と、ヨーゼフが豪華に飾られた台を指差した。エレナは、あの派手な台に設置された椅子に座るのは嫌だと言ったが、ヨーゼフは、将来のトランサー王妃が臣下や平民と同じ地面に立つ事は良くないと言い張り無理やり台の上の椅子に座らせた。当然、ミトラとクラウドの護衛付きである。台の周りにも近衛兵達が警護に就いた。エレナは、恥ずかしさの余り顔を真っ赤にしてうつむいて座っていた。
「おおテランジンの艦が見えましたぞ」
と、ヨーゼフは、レン達がようやく港から見える位置まで来た事をエレナに伝えた。エレナは、自分を見ている民衆が気になり艦を確認出来なかった。
「おおぉやっと港が見えたな、えらい人だかりだな、あははは…ヨーゼフだ、隣はリリーさんかな?ん?何だあの派手な台は?あっエレナが座ってるな、ははは、あれじゃあまるでさらし者だな、あははは」
と、艦の甲板で望遠鏡を覗いていたマルスが言った。エレナと聞いて傍に居たレンは、マルスから望遠鏡を引っ手繰るとどこに居るのだと望遠鏡を覗いた。
「ああ…エレナ…ほんとに心が戻ったんだね、ミトラとクラウドが物凄い顔で立ってるな、あれじゃあ誰も近寄れないよ、あははは」
と、レンは、エレナの顔を見てホッとしたのか急に甲板にへたり込んだ。
「若、どうしたのです」
と、テランジンが慌てて駆け寄った。
「エレナの顔を見たら安心したのかな、急に力が抜けちゃって、ははは僕達帰って来たんだねトランサーに」
「はい、若、無事に帰還しました」
テランジンの三隻の軍艦がゆっくりと港に入ると大歓声が沸き起こり音楽隊が演奏を始めた。艦が港に着くと階段が掛けられ最初にマルスとラーズが降りた。ジャンパール大使とランドール大使が二人を出迎えヨーゼフ達トランサー王国の役人達の前まで連れて行った。マルスとラーズは、ヨーゼフと固い握手を交わした。
「よう無事に戻られました、本当にご苦労様でした」
と、ヨーゼフは、二人を労った。マルスにとってヨーゼフは、フウガ同様に特別な存在である。マルスは、ヨーゼフの顔を見ると涙が溢れた。ラーズも同じだった。父インギと親子二代に渡ってヨーゼフには世話になった。
「ヨーゼフさん、俺も練気が出来る様になったんだよ」
「はい、聞き及んでござる、お父上も体得されたそうで、このヨーゼフ誠に嬉しゅうございます」
と、ヨーゼフが話しているとマルスがきょろきょろしながら傍に居た役人に聞いた。
「妹と俺の女はどこだ?」
「はい、コノハ皇女とカレン様は五日前にジャンパールにお帰りになられました」
「何だ、帰ったのか残念だな」
と、マルスは、少し寂しそうに言った。続いて艦から降りて来たのは、シーナとカイエンだった。二人は、ヨーゼフが出迎えた。
「じいちゃん」
「旦那ぁ」
と、シーナとカイエンは、ヨーゼフに抱き付きおいおい泣いた。そして、最後にレンが姿を現した。港に集まっていたトランサー国民から大歓声が沸き起こった。
「レオニール様万歳!トランサー王国万歳!」
大歓声の中レンが艦から降り始めるとアストレアとアンドロス、三人の若い獣人兵が現れレンに続いて降りた。一緒に居るヴェルヘルムは、艦から飛び降りた。民衆は、初めて見るエンジェリア人に見とれた。
「何て美しいの」
「まさに天の使いだなぁ」
などと口々に言っている。
「それにしてもでっかい犬だな、角が生えてるぞ」
と、ヴェルヘルムを大きな犬と思っている者も居た。艦から降りたレンは、ヨーゼフに抱き付き泣いた。
「ヨーゼフただいま、帰って来たよ、ベルゼブを倒したよ、話す事が一杯あるんだ」
「お帰りなさいませ若、お話しはゆっくりお聞かせ願いましょう、その前に」
と、ヨーゼフは、エレナが座っている台に目をやった。レンも台を見た。エレナは、椅子から立ち上がりこちらを見つめている。レンは、堪らなくなりエレナに向かって走り出した。エレナも台から駆け下りレンに向かって走り出した。そして、抱き締め合い熱い口づけを交わした。そんな二人をトランサー国民は、温かな目で見た。
「お帰りレン」
「ただいま、エレナ…心は無事に戻ったんだね」
「ええ」
ヨーゼフは、若い二人を微笑ましく見ていた。皆を降ろしたテランジンは、軍艦を海軍の港に泊めて来ると言い軍港に向かった。レン達は、城に戻る事にした。魔導車や馬車で城に向かっていると人々がレン達に手を振っている。レン達もそれに応え手を振った。城に到着するとレンは、大いに驚いた。ザマロが支配していた面影は、全く消えトランサー城本来の姿に戻っていたのだ。あの陰鬱としていた中庭の花壇には、草花が咲き乱れ明るさを取り戻していた。そして、大きなラダムの木の前の女神像の顔も元の通りに復元されていた。
「ヨーゼフ…」
「はい、これが本来のトランサー城でござるぞ若」
レンは、感激した。レンは、エレナと二人で女神像を眺めた。
「ミストレア…」
と、後ろに居たアストレアが妹の名を呟いた。女神像は、アストレアの妹ミストレアの姿を模して造られたのである。レン達は、疲れもありこの日は、大人しく寝る事にした。明日の夜に戦勝祝いをする事になった。マルス、ラーズ、シーナ、カイエンそしてアストレアとアンドロスにそれぞれ部屋が用意された。
レンは、久しぶりに帰って来た自分の部屋の匂いに酔いしれていた。
「本当に帰って来たんだ僕」
と、大きなベッドに仰向けになり呟いた。エレナは、机の上に置かれた斬鉄剣と不死鳥に剣に目をやった。どちらも血で汚れている。エレナは、レン達がイビルニアから世界を救うため命を懸けて戦って来たのだと改めて思った。
「斬鉄剣、折れちゃったんだ、それと不死鳥の剣を抜いてごらん」
と、剣を見つめるエレナに気付いたレンが言った。エレナは、不慣れな手つきで不死鳥の剣を鞘から抜いた。
「あれ?刀身が無いわ、どうして?」
「うん、それはね」
と、レンは、自分が一度死んだ事を話した。エレナの白く美しい顔が青ざめた。
「この世とあの世の狭間の空間でベルゼブに暗黒の世界に連れて行かれそうになった時、龍神様とコルベ爺が来て僕を助けようとしてくれたんだけど苦戦してね、そんな時どこからともなく真空斬が飛んで来て僕を掴むベルゼブの腕を斬り飛ばしたんだ、飛んで来た方を見るとおじいさんとシドゥが居たんだ」
「フウガおじい様とシドゥさんが」
「うん、それでおじいさんとシドゥがベルゼブを滅多切りにしたんだけどなかなか暗黒の世界に落ちなくてね、そんな時に誰が来たと思う?」
と、レンは、エレナに問いかけた。エレナは、分からないと素直に言った。
「何と、君の心を奪ったアルカトが現れてベルゼブを暗黒の世界に連れて行ったんだよ」
「ええ?アルカトがなぜ?」
「彼は実はベルゼブの息子だったんだ、でもベルゼブは息子と認めていなくてあくまで自分の家来だと言っていた、アルカトはずっと愛に飢えていたんだよ、本当の息子なのに息子と認めてもらえず…君の心を奪ったのも僕を試すためだったんだよ、僕のエレナに対する愛が本物なら必ず自分は倒されると、愛とは何かを知るためにね、そして僕は勝った、アルカトは愛の力を知ったんだよ、おじいさんと戦った時も愛とは何かと質問したそうだよ」
「そうだったの…私イビルニア人ってそう言う事に一切興味を示さないと思っていたわ」
と、エレナは言うと柄だけの不死鳥の剣をそっと置きレンの隣りに座った。レンは、エレナの手をそっと握りながら話した。
「アルカトは暗黒の世界でベルゼブと静かに暮らしたかったんだと思うよ、ベルゼブに愛を説けばきっと自分を息子と認めてくれると思ってたんだろう…だけどベルゼブには通用しなかった、あいつはリヴァーヤの力を使って暗黒の世界から抜け出してもう一度僕達の目の前に現れたんだ」
そう言うとレンは、手を震わせ涙を堪えながら話した。
「首だけになったアルカトを僕に投げ付けた…可哀想なアルカト…僕にはどうする事も出来なかった、半島を沈ませまいと現れたベルゼブを最後はベアド大帝が家来二人と共にベルゼブを氷で固めて暗黒の世界に連れて行ったんだよ」
「えっ?じゃあベアド大帝は居ないの?」
「うん…でもこの世には戻れないけどベアド大帝達は暗黒の世界から抜け出せる方法があるから大丈夫だって言ってたよ、おじいさん達が居るあの世に行けるんだって」
と、レンは話し天井を見上げた。今頃、ベルゼブを暗黒の世界へ連れて行き無事に抜け出しフウガ達と再会しているのか心配だった。
「レンはどうやってこの世に戻って来れたの?」
と、エレナが天井を見つめるレンに聞いた。
「不死鳥ラムールが僕をこの世に連れ戻してくれたんだ、ラムールはティアック家の守り神って言うのかな…普段は剣の中に居てね死ぬ運命ではない者が死ぬとあの世の手前まで来て連れ戻してくれるんだよ、ただし器、身体の事だけど身体が無ければ駄目だけどね、それとあの世に渡る川を越えてしまうと駄目らしいよ」
「そうなんだ、じゃあレンのご先祖のロックウェルもその時は死ぬ運命じゃなかったのね」
「うん」
と、レンは、返事をしてエレナを抱き締めベッドに倒した。そして、シドゥはあの時死ぬ運命だったのかと思うと涙が溢れた。いやシドゥだけではない。今回の戦争で何人もの命が犠牲になった。それら全てが死ぬ運命だったのかと思うと人は、何のために生まれて来るのだろう。そう思うと虚しくなって来た。レンは、その虚しさをかき消すかの様にエレナの身体を求めた。エレナもレンの求めに応じた。今まで離れ離れになっていた時間を埋めるかのように互いに愛撫し合った。いつの間にか二人は、眠っていた。窓から差し込む朝の光りで目を覚ました二人は、着替えを済ませ皆が集まってる大広間へと向かった。




