海獣王リヴァーヤ
レン達は、海岸まで移動する事にした。レンは、リヴァーヤに一体何をさせる気なのか考えながら歩いていると石につまずき倒れそうになった。
「いってっ!」
「きゃはははは、鈍臭いなぁ殿様ぁ」
シーナは、何がそんなにおかしかったのか倒れそうになったレンを見て大笑いした。
「疲れてるんだよ、そんなに笑う事ないだろ」
と、レンは、少し恥ずかしがりながら言った。テランジンは、レンにラーズの父インギ王が残していった軍用魔導車に乗るよう進言したが、そこには半島を切り離すのに力を使って疲れ果てたマルスやベアド大帝が乗っていて、ぐうぐう寝息を立てて寝ているのでそっとしてやりたいと思い断った。
「いいよ、マルスやベアド大帝が寝てるし、僕が乗って起こしたら悪いだろ?」
「若」
「大丈夫さ、テランジンこそ大丈夫なのかい?」
「私は何ともありませんよ」
と、テランジンは、明るく言ったが本当は疲れ果てていた。そんな時、テランジンが持つ小型魔導無線にルークから連絡が入った。テランジンは、海岸に向かう前に元海賊のルーク達にテランジンが自慢の軍艦三隻を目的地の海岸まで回すよう言ってあった。
「どうした?ルーク」
「兄貴、今潜水して半島の下を見てるんだがスゲェぜ!完全に半島が浮いてるよ」
「ほほぅそうか、動かせそうなのか?」
「ああ、何かスゲェ力で引っ張ったり押したりすれば何とかなるかも知れませんぜ」
と、ルークは、少し興奮気味に言った。レンとテランジンは、リヴァーヤに半島を引っ張らせるつもりなのかと思った。
「分かった、では海岸に向かってくれ」
そう言ってテランジンは、魔導無線を切った。そして、しばらく歩いていると海岸線が見え始めた。初めてイビルニアの海を見た時は、何か暗い感じがしたが、ベルゼブを倒した今の海は、とても美しく見えた。
「この辺りで良いでしょう」
と、アストレアは言い海に向かって話し始めた。
「リヴァーヤ、ヘブンリーのアストレアです、姿を見せて」
レン達は、じっと海を見つめた。何の変化も無い。ラーズが痺れを切らし何か言おうとした時、シーナとカイエンが気付いた。
「あっ?!来た来た」
「来たぜぇ」
ドーンと目の前に大きな水柱が立った。そして、水柱が消えるとリヴァーヤの姿が現れた。気が付くとそこら中に海獣達が集まっていて海面を飛んだり跳ねたりしている。その度に大きな水しぶきが上がった。レン達が居る海岸付近まで艦を回して来たルーク達も驚いていた。
「どうなってんだ?こんな数の海獣見た事ねぇぜ」
レン達にとって懐かしい海獣も居た。黒い身体の通称ブラッキーである。メタルニアに向かう途中イビルニアの戦艦に遭い戦闘になっていた所をブラッキー達海獣に助太刀された事があった。ブラッキーは、シーナと何か話しをしているようだった。レンは、気になってシーナに聞いてみた。
「ねぇシーナ、何を言ってるの?」
「うん、ブラッキーがねリヴァーヤ様を助けてくれてありがとうって言ってるよ」
「へへぇそうなんだ」
と、レンは、ブラッキーが泳ぎ回る姿を見た。気持ち良さそうに泳いでいる気がした。そして、レン達の頭の中に聞いた事のない深みのある声が聞こえた。
「アストレア女王、久しぶりだね、元気にしてたかね?」
「ええ、お久しぶりね、私は元気にしてたわ、今日はあなたにお願いがあって呼んだの」
「私に願い?何だね?」
と、リヴァーヤは、水面から大きな身体を少し出して聞いた。
「このイビルニア半島を海に沈めて欲しいの、出来るかしら?」
「この穢れた半島を海にかね、うぅぅむ」
と、リヴァーヤは、少し考えている様子だった。そこへ魔導車の中で眠っていたマルスとベアド大帝が出て来た。
「ああ~良く寝た…どうしたんだよレン?ん?うわぁぁリ、リヴァーヤか?」
「おお、リヴァーヤ久しぶりじゃな」
と、マルスは驚きベアドは、懐かしがった。レンは、マルスとベアドにアストレアが今リヴァーヤに半島を海に沈めてくれるよう頼んでいる所だと説明した。
「なるほど、リヴァーヤ達海獣に半島を動かしてもらうんだな」
と、マルスは、納得した。なかなか返事をしないリヴァーヤにアストレアは、もう一度言った。
「お願い、この半島を海の底深くに沈めてちょうだい」
「この半島を沈めれば我々が住まう海が穢れる…どうしたものか」
と、言うリヴァーヤにマルスが思い出した様に言った。
「ああ、そうだリヴァーヤ、あんたが海の底で檻に入れられてたのを助けたのは俺達だ、あの時必ず恩は返すと言ったよな、頼むよどこか沈めても良い場所とか無いのかよ?」
「ああそうであった、確かに君達人間に私は助けられた」
と、リヴァーヤが言った時、ブラッキーと話しをしていたシーナがリヴァーヤに質問した。
「ねぇブラッキーがね、黒い穴に落とせばって言ってるけど、黒い穴って何?」
と、シーナに聞かれたリヴァーヤは、突然笑い出した。皆がびっくりしてリヴァーヤを見た。
「あははは、そうであった忘れていた、ふふふふ…そうだ黒流穴があったな、カイトはよく覚えていたね」
と、リヴァーヤは、ブラッキーをカイトと呼んだ。ブラッキーとは、テランジンが海賊の頭をやっていた時に付けたあだ名だった。本名があった事にテランジンは、驚いていた。
「しかし、この半島をどうやって動かすんだよ」
と、マルスが頭を掻きながら言うとリヴァーヤは、一度海に潜って行った。しばらくしてまたレン達の目の前に現れた。
「綺麗に切り離されている、これなら簡単に移動出来るよ我々海獣の力を見せてやろう」
そう言ってリヴァーヤが北に向くとそこら中で海面から飛び上がったり跳ねたりしていた海獣達も一斉に北を向いた。すると艦の甲板に出ていたルークが叫んだ。
「殿様ぁ兄貴ぃ、は、半島が動いてるぜ!」
ゆっくりだがイビルニア半島が動き出したのである。シーナとカイエンは、龍の姿に変身して空を飛び上空から半島を見た。ゆっくりとサウズ大陸から離れている事が確認出来た。
「ホントだっ!間違いねぇ、半島が動いてらぁな」
と、カイエンが上空から叫んだ。そして、今や浮島となったイビルニア半島は、北へと向かって行った。レン達は、リヴァーヤが言った黒流穴の事が気になり聞いてみた。
「リヴァーヤ、黒流穴って何?」
「ふふふ、黒流穴とはこの世界のあらゆるものを吸い込んでしまう穴だよ、この先の海底深くにあってね、我々海獣は滅多に近寄らない場所なんだよ」
「へぇ…そんなのが海底にあったんだ」
と、ラーズが感心して言った。黒流穴がある海に到着するには、三日ほど掛かるとリヴァーヤに言われレン達は、浮島になったイビルニア半島でのんびり過ごす事にした。ベルゼブを倒した事によって半島全体を包んでいたあの嫌な空気は消えてレン達は、清々しく過ごす事が出来た。一日が過ぎ二日目の夜、大海原を行くイビルニア半島の石ころだらけの浜でレンは、星空を眺めていた。考える事と言えばエレナの事である。この半島を沈めてしまえばやっとトランサーに帰る事が出来る。レンは、早くエレナを抱き締めたいと思った。同時に皆とも別れる事にもなると思うと寂しくも感じた。
「レオニール、眠れないの?」
と、いつの間に現れたのかアストレアがレンの少し後ろに立って居た。立ち上がろうとしたレンを手で制しアストレアは、レンの隣りに腰を下ろし二人で肩を並べて星空を見上げた。
「イビルニアでこんな綺麗な星空を見れるなんて考えもしなかったわ」
「はい、女王様、ところで女王様は黒流穴の事を知ってたんですか?」
「ええ、もちろん知ってたわ、リヴァーヤはちょっと忘れっぽいのよ、うふふふ」
と、アストレアは言い微笑んだ。レンは、小石を一つ海に投げ込んだ。
「明日には黒流穴のある海域に到着するでしょう、それで全てが終わるわ」
「はい、でもどうやってこの半島を沈めるのでしょう?いくら海獣が大きいからって」
「ふふふ、大丈夫よリヴァーヤ達海獣の力はあなた達人間の想像を遥かに超えてるのよ」
「そうなんですか…はは、楽しみだな」
「さぁもう休みましょう」
そう言ってアストレアは、立ち上がり寝床に向かって行った。レンは、まだ眠れず浜辺で仰向けになり星空を眺めた。そして、いつの間にか寝入ってしまい気付けば朝になりマルスとラーズがレンを覗き込んで見ていた。
「おっ!起きたか、何やってんだお前こんな所で寝ちまって、早く朝飯食えよ」
「早く食わねぇとシーナとカイエンに全部食われちまうぞ」
と、マルスとラーズに言われレンは、朝食を取るため皆が集まっている場所まで行った。
「ええ?もうほとんど残ってないじゃないかぁ」
「すいません若、止めたのですが…」
と、テランジンが申し訳なさそうに言いシーナとカイエンを見た。二人は、満足気にお茶を飲んでいた。
「酷いなぁ」
と、言いながらレンは、残った食べ物を寄せ集めて食べた。レンが最後の干し肉を食べようと手を伸ばした時、シーナが素早く取り口に入れた。
「いい加減にしろ!」
と、テランジンに頭を叩かれたシーナは、悪びれる事無くへらへら笑って干し肉を食べた。こんな事もレンにとっては、微笑ましい事であった。ヨーゼフ、シドゥ、テランジンを探すためマルスと二人でジャンパール出てサイファ国に渡りヨーゼフに会い、ドラクーンに渡りシーナとカイエンや龍神達と出会い、ランドールに渡りラーズと再会し、ラーズの恋人であったソフィアの死を見届け、ヘブンリーに行きシドゥやアストレア、アンドロスに出会い、海賊になったテランジンに会うためデスプル島に渡りテランジンとその海賊達を仲間に迎え入れ、メタルニアに渡り海賊船を軍艦に改造している間にロギリア帝国に渡りベアド大帝と再会しジャンパールに帰国した。そこで初めてレンは、世界に自分がトランサー王国の本当の王子である事を発表し国を奪還すると宣言した。メタルニアで海賊船から軍艦になったテランジンの三隻の艦でトランサーに潜入し両親の敵であるザマロ・シェボットを見事討ち取り国を奪還した。そして、ザマロの背景にあったイビルニア国を滅ぼすため戦争を起こし悪の根源サターニャ・ベルゼブを倒した。レンの頭の中で今までの思い出が走馬灯の様に流れ涙が溢れ出した。
「ど、どうしたの殿様、そんなに干し肉食べたかったの?」
と、シーナがびっくりして言った。レンは、首を横に振り涙を手で払いながら言った。
「違うんだ、今までの事を思い出してさ…辛い事もあったけど楽しかった事も当然あった、ベルゼブを倒してこうやって皆で食事を取るのも半島を沈めてしまえば出来なくなると思うと、何だか寂しくなって…」
「レン…お前」
と、マルスもレンの言葉を聞いて泣きそう顔をした。この場に居た全員が急に寂しさを感じた。カイエンに至っては、涙と鼻水で顔がくしゃくしゃになっていた。
「殿様ぁひでぇじゃねぇか、お、俺っちもう我慢出来ねぇぜぇ」
と、カイエンは言い人目も憚らず泣き出してしまった。それを見たベアド大帝も堪え切れず涙を流した。シーナは、泣きながらカイエンをなだめていた。そんな様子をアストレアとアンドロスが呆れたように見て言った。
「あなた達、死に別れるんじゃないんだから」
「いつでも会えるだろう」
やれやれといった顔をしてアストレアとアンドロスは、皆を見た。そんな中リヴァーヤの声が皆の頭の中に響いた。
「もうそろそろ黒流穴がある海域に到着するよ」
レン達は、食卓を片付けテランジンの軍艦に乗り込む準備を始めた。そして丁度、黒流穴の真上に位置する場所まで来た時、異変が起きた。