表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

プロローグ1

大観衆で満席の闘技場の中心で、白い甲冑に身を包んだ銀色の真っ直ぐな髪をたなびかせた秀麗な男は大きな剣を携えて仁王立ちをしており、その足元には首の無い漆黒の甲冑の巨漢の死体が倒れていた。地面にはドクドクと血が流れ赤黒いしみを広げていて、死んで間もない様子。


落とされた首は遠くに転がっているが人形のように無機質で苦悶の表情は無かった。


しかし、観衆はそんな残酷な様子を気にする事無く沸き立ち歓声をあげる。


「勝者はエトムフォンだ」


「エトムフォン様ーーーーーー!」


全員が勝者の名を呼び祝福し熱狂していた。






ここは天帝が治める四神国の一つ鳳凰国の王都。百年に一度催される祭事で代々執り行われている闘技大会。勝者には英雄として称えられ、朱雀王から一つだけ己の望みが叶えられる。その中には王の伴侶を望む者も大勢いたが、王が気に入ればの話で、大概は他の望みを叶えられる。だが今回に限り王は勝者を伴侶に迎えると実しやかに噂が流れていた。


鳳凰国の現朱雀王は八百九十歳の女王。紅蓮の巻き毛に金の瞳と妖艶な肢体の魅惑的な美女だった。この世界では天帝を頂点に神が支配する世界で、神々の住まう崋山がそびえ立つ天領区を中心に、鳳凰国、青龍国、玄武国、白虎国の四つの国が花弁のように広がり、それぞれの神族が国を治めている。


各国の王の選定は天帝が行うのだが、その国を治める神族の中で一番神力の強い者が玉座に就かせていた。よって朱雀王は見かけは妖艶な美女だが絶大な神力をようし、誰も逆らう事が出来ず、国を思うがままに支配していた。王としての能力は悪くはなかったが、享楽と色を好む女王は、豪華な衣装と宝石を買いあさり、後宮には気に入った男を囲って毎夜快楽を貪るなが常だった。


しかし女王は一度も懐妊したことが無い。


何故なら神力の高い神族ほど子が成すのが難しく、鳳凰族の平均寿命は千年前後と長寿。生涯で女は二人産めばいい方であった。だが女王程の高位の神族になると二千年以上の寿命を持ち、実年齢は九百歳近いが、見かけは二十代後半の若さ。恋多き女王だったが、そろそろ年齢的に子を望むようになった。


しかし、毎夜励んでもなかなか出来ず、仕方なく人間の男とも交わってみたが無駄だった。神族と人間の間は子が成しやすいのだが、必ずしも神族が生まれる訳では無い。男の場合は人間の美しい女を何人も愛人として囲っていたが、女の場合は人間の男を受け入れるのは稀な事なのだ。


それでも子を諦めきれない女王は天帝から授かった契約の指輪を用いて伴侶を迎える決心をしてしまう。この指輪により伴侶との間に子を成しやすくする神具。だが問題もある――伴侶と命が結ばれる意味とは命を等しく分けあう命の契約が結ばれてしまうのだ。それは女王の重い命が削られる事を意味しており、若さと寿命を惜しんでいたので生涯伴侶を持たないと決めていた意思を曲げる。


それ程に子を望んでいた。女として生まれたからには、高い神力を持つ子を産み、我子を王位に就ける母親としての幸せを味わいたい。


そこで今回の闘技大会に優勝した者を気に入れば伴侶に迎えようと考えていた。


大会には人間も参加できるが決勝戦に残るのは鳳凰族しかいない。そもそも人間が神に敵うはずがないのだ。神力は封じ剣技だけの戦いだが、身体能力も人間を大きくうわまった存在。人間の全てが鳳凰族と対戦し敗れ去っていた。


そして勝ち残って来たのが鳳凰族の男二人。


一人は軍の若き大将軍ディートハルトフォン。紺の髪に赤い瞳を持った屈強な美丈夫で神力も申し分もなく、女王も内心まんざらではない相手だった。


対戦する相手は番狂わせの鳳凰族の無名の若者だった。銀の髪に青い瞳の鋭い眼光の精悍な顔つきだが、ディートハルトフォンより一回りも小さく、均整の取れたしなやかな体で頼りなく見えて、誰もが決勝戦はこの男の首が王に捧げられるのを確信していた。


敗者の首を王に捧げるのが仕来りだった。


その哀れな供物になる予定の男の名はエトムフォン。玄武国と隣接する州の若者で州軍の小隊長の職に就いていたが、ディートハルトフォンと比べて格下で神力も並だったが、剣技に長けていていた。


その上に明らかに格下の相手に油断していたディートハルトフォン。


勝負が始まると共に、先に剣を抜いたエトムフォンの一刀のもとに首を落としてしまったのだ。落とされた本人も斬られた事すら気付かずに絶命し、会場も波を打ったように静まり返ていたが、その体がどさりと倒れると共に壮絶な歓声が沸き上がったのだった。







「まさか、あの者が勝者など思いもよらなかったの…」


会場に設けられた貴賓席に座る朱雀王は、敗者の首を拾い此方に歩み寄ってくる男を眺めながら憮然と呟く。


「はい陛下。如何いたします」


側近にそう聞かれ一考する事無く言い捨てる。


「吾の夫にするには値しない。他の褒美を取らそう」


「御意に」


朱雀王は立ち上がり、バルコニーに出て観衆の前に姿を現す。


人々はその美しさに更に熱狂する。


高く結われた紅蓮の髪にはダイヤを散りばめた大きな王冠が輝き、精緻な美しい顔に嵌る煌めく金の瞳は全ての者を魅了した。天帝の姿は金色の髪に目の男神で金の色は天帝色とも言われ、高い神力の表れでもある。その色を有するだけで神族の多くが魅了される傾向にあった。


そして纏う衣装も煌びやかで、金のマントを羽織り、胸が大きく開いた純白のドレスは腰の括れを強調し、大きく裾の広がるスカートには沢山のダイヤが縫い付けられていた。神々しい姿はまさに女王として相応しく、男たちはその美貌にも屈してしまうのだった。


勝者であるエトムフォンは朱雀王の下に跪くと、勝利の証である対戦相手の首を差し出す。


「朱雀王陛下に、この首を捧げます」


恭しく首を持つ男を冷めた目で一瞥してから声を掛ける。


「見事ディートハルトフォンの首を討ち取った。そなたを勝者と認めよう。」


「有難きお言葉、謹んでお受けいたします」


敗者の首は空中に浮きあがると女王の神力で発火し太陽のように発光して消え去った。


「敗者の首と共にこの国の穢れが祓われた。――それで褒美にそなたは何を望む」


誰もが女王の伴侶を望むと思っていた。それは女王自身も疑うことなくその言葉を待つ。


「恐れながら私の愛する者との婚姻をお許しください」


女王は矢張りと思ったが名を一応は訊ねる。


「その者の名を申すがよい」


「はい。私が愛する者の名はカチャ。人間の娘です」


「!!」


女王は我耳を疑ったが、周囲のどよめきに違うと分かると瞬時に血が上る。目の前のたかが一介の鳳凰族の男に王と女としての両方の矜持を損ねられたのだ。


しかも自分より人間の女を選ぶなど有り得ない。


神力で切り刻んでやろうかと殺意が起こるが、国中の鳳凰族や国民の前で更なる恥を掻くことになる。始祖朱雀王の時代から行われてきた歴史ある武闘大会は国の穢れを払う神聖なもので、王として勝利者の望みは叶えるのが習わし。 私情でこの男を殺せば恥部として歴代の朱雀王に語り継がれるのは更に恥辱。


鳳凰族と人間の婚姻は王の許しがあれば、命の契約を結んで長い時を連れ添う事が可能だが、男の望む願いは聞き入れることは出来ない。


女としての部分が許せないのだ。



「それは出来ぬ。代わりの望みを言うがいい」


それは女王としての譲歩だった。


「この大会の勝者の望みはどのような事でも確約されているはずです。どうかもう一度ご再考を!」


エトムフォンはこの大会で優勝すれば娘と婚姻が結べると信じて疑っていなかったので、必死に女王に訴えた。


まだ年若い鳳凰族の男はその場の空気を読めていなかった為に、更に事態が悪化する。


「無礼者! 私の言葉を問い返すなど許さぬ!」


女王が激昂すると共に、屈強な衛兵二人ががどこからともなく現れ、エトムフォンの肩を押さえて地面に取り押さえた。


「非礼は、お詫び申し上げます朱雀王陛下。 ただ私は愛するカチャと生涯を共に生きたいのです。このままでは人間のカチャを後四十年で失い、私の生きていく糧をも失います…どうかご慈悲を陛下!」


最後は泣き叫んで訴える様子に女王は少し心が動く。


自分の命を半分失ってでも愛する娘と添い遂げたいと言う男の愛に触れて女心が疼いたのだ。


こんな純粋な愛情を欲しいと思ってしまった。


今までの男たちは自分の容姿と地位に寄ってくる男ばかり。自分も愛を囁く極上な男たちとの情事を楽しみ享楽的な愛しかしてこなかった。その所為か愛人とは長続きせず、最近は体は満たされても何処か心が飢えていた。この男に愛されれば心が満たされる気がした。


――殺すのは惜しい。


「その者を離すがよい」


女王の命令で衛兵はエトムフォンから身を引く。


「今の狼藉はそなたの勝利に免じ許そう。早々にこの場を立ち去るがよい」


「!?」


極刑を覚悟していたエトムフォンは驚くが、女王の言葉に頷く事も出来ない。このまま州に戻っても英雄として賛美されるどころか、朱雀王の悋気をかった男として誹られる。それには耐えられるが愛する女を失い、長い生を生きる事の方が耐えがたく、この場で死ぬ方がマシだと考えてしまった。


なおも食い下がろうと口を開こうとすると


「あまり見苦しい事をするならば、その娘共々この世から消えてもらうことになるぞ」


女王の牽制の言葉に項垂れるしかない。


愛する娘を殺させるのは、わが身を引き裂かれるよりも苦痛。


もう婚姻は諦めるしかないと唇を噛む。


「くぅ……朱雀王陛下の温情に感謝いたしますが……生涯お恨み申し上げます……」


その言葉に衛兵は再び取り押さえようとするが女王は手で制する。


「よかろう。その恨みを百年後まで楽しみに待っていよう」


嫣然と笑いながらエトムフォンを見下ろした。


口惜しいが朱雀王に敵う神力も無く、その場を無言で立ち上がりその場を逃げるように立ち去る。


それを静寂で見守っていた観衆たちは、エトムフォンの姿が消えると徐々にどよめきが起こり始めるが、女王はひらりとバルコニーから闘技場に舞い降りる。


「此度の格闘大会は異例の事態で凶事を招くかもしれぬ。 故に吾が鳳凰となり王都を清め穢れを払おう」


そう高らかに宣言すると女王のいた場所に巨大な光の柱が立ち上がる。あまりの眩さに皆が目を閉じ、次に目を開けると上空には紅蓮の炎を身に纏う巨大な鳳凰が王都の周りを旋回している。大きな羽を羽ばたかせる度に火の粉のような赤い光が王都に降り注ぐ。


その神秘的な姿に殆どの者が見惚れてしまい、我を忘れて歓喜するのだった。






それから間もなくして鳳凰族の若者と人間の娘が姿を消すが、誰も気にする事は無いのだった。


しかし朱雀王だけは百年後に復讐しに現れる男を想いながら待ち焦がれるのだった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ