弐。
弐。
弟:「兄さん」
兄モノローグ:――そこには、無邪気な弟の笑顔があった。
弟は、私の顔の鼻先に、ぬっと手を突き出して微笑んでいる。
手のひらには、一匹の油蝉の抜け殻があった。
弟「兄さん、見て見て。これ、蝉の抜け殻なんだよ。ね?まるで生きているみたいでしょ?何から何まで本物そっくりなんだよ」
兄「そりゃそうさ。抜け殻なんだから。本体が抜け出すついこの前までは、ちゃんと命があって、本物だったんだからな」
弟「クスッ。そうだよね。でも、こうしてみると、
本当は中身の入ってない只の抜け殻だなんて、とても思えないよ。まるでまだ命が宿ってるみたいだ」
兄「どんなに本物のように見えても、所詮、偽物は偽物さ。こうして握りつぶしたら……」
【SE】兄、手にとって 抜け殻を握りつぶす音
兄「ほら、こんなにあっけなく 粉々になって消えてしまう……」
弟「……」
兄「蝉はね、卵から幼虫、成虫へと不完全変態する虫なんだよ。
つまり、本当の姿になるまでに、長い長い時間をかけて、何度も姿を変えながら、時が来るのを待ち続けるんだ。
だから当の蝉、本人にしてみれば、
こんな抜け殻なんて、嫌な思い出しかない、できればさっさと忘れてしまいたいだけの過去にしかすぎないのさ。
文字通り、これは中身のない只の抜け殻……。
何の意味も持たない。つまりは、用済みってことさ」
弟「へぇ……そうなんだぁ。兄さんは何でも知っていて、本当にすごいよ。
やっぱり兄さんは、僕の思った通りの人だ!」
兄モノローグ:――そう言って弟はまた、無邪気な笑顔を私に向けた。




