6.再び、遭遇
授業が終わって着替えて、いつものように四人で机を並べてお弁当を食べる。
重たい空気が流れてて、折角のお弁当の味もわからない。
私たちのやり取りを知らない香苗も真由美も、私たちの間で何かがあったことは察してるみたい。何も言わないけど、たまに訴えかけるような目で見られる。
私は自分が原因だってことはわかってるんだけど、どうすればいいのかわからない。
味がわからないままお弁当を食べ終えて、席を立つ。
「購買でお茶買ってくるね」
要するに、逃げた。
***
ああもう、泣きそう。
とぼとぼ歩きながら思う。でもむしろ泣きそうだったのは千佳のほうであって、千佳をあんなに傷つけた私には泣く資格なんて無いっていうか何て言うか、とにかく。今私が泣くのは卑怯な気がした。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ」
深ーく溜め息をつく。自己嫌悪でいっぱいだった。もうこのまま埋まってしまいたい。
購買には人がたくさん居て、とてもじゃないけど今はあの中に入っていけるような気分じゃない。別にそれほどお茶が飲みたいってわけじゃなくて、あの場から逃げるためのただの口実だっただけなんだから、別に買わなくたって全然問題無いんだ。
進路変更して校舎の外に出る。頭を冷やすためにちょっと歩こう。
***
中庭にはちらほら人が居たけど、校舎裏は誰も居ないみたいで、静かだった。よし、このまま校舎の周りをぐるっと一周しよう。
歩きながらいろいろ考える。
千佳は、多分私に頼ってほしかったんだと思う。香苗も真由美も。それなのに私が明らかに「何かあった」って態度のくせに「何もない」って言い張ってたから、信用されてないって落ち込んで…………。
私、最低。ほんっと最低。やだ。三人とも大事な友達なのに。こんなことになって、どうすればいいんだろう。
俯いてとぼとぼ歩いてた私は、こっちを見てる人が居ることに気づかなかった。
「あ、江本さん」
「うわぁっ!?」
びっくりして、つい大声を出してしまった。
「そんなところで何やってんの?」
そこに居たのは。
「ほさかくん……?」
一階の社会資料室の窓から顔を出して、穂坂君は不思議そうにこちらを見ていた。
そう、そこに居たのは穂坂君。こんな時なのにドキドキしてしまう浅ましい自分が嫌になる。……は!?誰がドキドキしてるって!?違う違う、突然の登場にびっくりしてるだけ。
「私は、えーっと。散歩中、かな」
うまく言えなくて、適当に言葉を濁す。
「ふーん……」
うわぁ、この声。絶対納得してないよ。
「えっと、穂坂君こそ、何してるの?」
「俺?ちょっと避難中。ハサミを持った彰典に追いかけられてて」
嫌そうに顔をしかめて言う。その内容は意味がわからん。
「何それ、ホラー?」
「いや、ね。何人かで、髪型とか、美容室の話してたんだよ。そしたら彰典がさ、『一回、人の髪切ってみたかった』とか言い出してさ。『切らせろ!』って詰め寄ってきたから走って逃げてるところ」
ハサミを持った三池君と、走る穂坂君。想像してみるとちょっと笑える。一人は凶器(笑)を持っていて、もう一人は必死の形相で逃げるけど、きっとどちらも心の底では楽しんでるんだろう。
「俺にとってはホラーよりタチわりぃかも……」
穂坂君が実に嫌そうに言う。穂坂君には悪いけど、私はついくすくす笑ってしまった。
こんな時でも笑えるんだな、自分。
「……ほんと、仲良いよね、穂坂君と三池君」
ぼそっと呟いたそれには、ちょっと羨ましさが滲んでいたかもしれない。
「いや仲良いっていうか……。あー、まぁ、そうかもね。気ぃ合うし」
「ケンカとか、する?」
「そりゃ、するよ。ちっちぇえことで言い合ったりとか。さすがに殴り合いとかはしたことないけど」
そっか。でも二人のケンカは、お互いを信用し合ってることが前提なんだろうなぁ。
「いいね、そういう関係」
今度こそはっきりと羨んでいるような声に、穂坂君も何かを感じとってるんだろう。
「江本さんは?」
静かに、そう聞いてきた。でも私には最初、その意図がわからなくて。
「は?私?」
馬鹿みたいな顔で聞き返してしまった。
「友達とケンカとか、するのかな、と思って」
ああ、なるほど。
「……さっき、した。けんか」
言ってしまった。言ってしまった後で、急いで言い募る。
「あ、ちょっと待って。違う。ケンカじゃない。ケンカじゃなくて……私が一方的に相手を傷つけちゃっただけっていうか……」
言葉が尻すぼみになる。口に出すと、ますます自分が嫌になった。穂坂君は口を挟まない。でもちゃんと聞いてくれてるってのがわかる。聞き上手ってやつ?この人、どこまで紳士的なの。
「向こうは私を心配してくれてるのに、私が意地張っちゃって。張り続けて、こじれちゃって。そんな私の態度が、相手を傷つけた」
詳しくは話せないから、要約すると……こうだろうな。うん。私が意地張ったからこじれちゃったんだ。
「……で、現在、自己嫌悪中、というか。反省中」
恥ずかしくって穂坂君のほうを向けない。自分の上靴のつま先をじっと見ている。でも頭に浮かぶのは千佳達の顔。
ふーん、と穂坂君の呟きが聞こえた。
「道理で、何か悩んでるような難しい顔して歩いてたわけだ」
あ、バレバレだったんですか。
「で、どうすんの?」
穂坂君は普段どおりの声音で問う。
「……どうすんの、って?」
「これから、だよ。いろいろあるじゃん、これを機会に絶交とか、冷戦とか、開き直って向こうを責めるとか、何か貢いで許してもらうとか、素直に謝って仲直り、とか、なぁなぁで済ませてそのまま忘れてもらう、とか」
穂坂君はただこれからのことを話す。下手な慰めも無責任なアドバイスも無しに。実に合理的、というか建設的というか。淡白なようだけど……多分これは、彼の優しさなんだろうと思う。
わかりやすくて、すっきりしてていいな、と思った。
「絶交とか、冷戦とか……」
「方法の一つだって。本気にしなくていいから」
ここでやっと、少し笑えた。
「なぁなぁで済ますのもやだな」
きっとまた同じことを繰り返す。そしてきっと、私と彼女達との距離が少しずつ開いていくに違いない。
「じゃあ、江本さんがやることは?」
穂坂君が促す。
「……素直に謝ります。全面的に私が悪いんだから。許してもらうもらわないは別として、傷つけちゃったことに対する謝罪はちゃんとしなきゃ」
多分、最初から選択肢なんて無かった。ただうじうじしちゃってただけで。
「真面目だね、江本さん」
「そうかな」
「と、俺は思うけど」
「そうかな」
ちょっと気分が上向いてきました。一人で考えてても、最後にはきっとこの答えに行き着いてたんだろう。他に方法無いし、まじで。
でも、穂坂君に後押ししてもらったような形になってしまった。そのことがきっと……私は少し嬉しい。でもなんか後ろめたい。
「江本さん、ガム食う?」
穂坂君が、ポケットから取り出したミント味の板ガムを私に差し出していた。
「頭スッキリさせたいかな、と思って」
俺、眠気覚ましとかのために常備してるんだ、と言いながら、自分の分のガムの個包装を剥がして口に入れた。
その姿を見ながら、もう諦めることにした。何を諦めるかって、意地を張り続けることを。
もういいじゃない認めたって。悪あがきして、見ないふりをするほど、他の場所が崩れていく。もうどうしようもないんだ。この人には、引力がある。
「ありがとう。でも悪いけど、敵の情けは受けないから」
「はっ?敵って何?俺、江本さんになんかしたっけ?」
私の言うことが理解できないらしい穂坂君は焦っている。
でも敵だ。今ばかりは。私がおかしくなっちゃった原因は、目の前のこの人にある。まぁ、ただの責任転嫁なんだけど、そういうことにしてみよう。確かに今は、これ以上情けをかけられたくない気分だし。
「嘘だよ。でも遠慮します。話聞いてくれてありがとう」
やっとまともに微笑んだ私に安心したのか、じゃあ俺そろそろ行くわ、と彼は言った。
あ、そうか、逃げてる途中なんだった。でも私のために時間割いてくれてたんだね。
社会資料室から出て行くのを校舎裏から見届けて、ふうっと溜め息をついた。
認めてしまえば、案外楽になった気がする。自分の感情がすとん、と自分の中に戻ってきたような感じだ。
――――穂坂君が、好き。
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話が進んだような進んでないような……頑張ります。




