5.心配なのは大切だから
心の中にもやもやしたものを抱えたまま、そんなのに気づかないふりをして毎日を過ごすけど、どうやら近くにいる友達には、バレてるらしい。私と仲の良い真由美も香苗も千佳も、さり気なく私を気遣ってくれるし、さり気なくいろいろ質問して何か聞きだそうとするし、かと思えば何も言わずにただ一緒に居るだけってこともある。
彼女らが優しいってことはわかってる。でも私はお願いだからいつもどおりにしてほしいんだ。じゃないといつもどおりの私を保てない。
もう少し待って。もう少ししたら私も落ち着いて、元に戻る。こんなのただの一時の気の迷いだから。そのうち忘れるから。そしたら元の私に戻るから、それまで少し待っててくれないかな。それまでは普段どおりを演じていればいい。
***
この日の4時限目は体育。女子は体育館でバレー。男子はグラウンドでサッカーだった。自分のチームの試合が終わって、コートを見渡すと、どうやら人がやたら少なくなっていることに気づいた。どうしたんだろう、と思う間もなく、体育館のすぐ外で「きゃーーーーーっ!!」という女子集団の歓声が聞こえて、ああナルホドね、と納得した。
体育は3組と4組合同で行われるから、当然穂坂君も入ってる。目当ては穂坂君だけじゃないとしても、男子の試合を見てるんだろうな、みんな。「穂坂君カッコイイ!」「頑張れ!」そんな声も聞こえる。
そっか。サッカー部のレギュラーだもんね。今頃活躍してるんだろうな。ミッドフィルター?だったっけ?サッカーのことには詳しくない……というか全然知らないから、さっぱりわからない。前に、「サッカーって9人でやるんだっけ」って香苗に聞いたら呆れられた。9人でやるのは野球で、サッカーは11人でやるものらしい。知ってたよ、その時は忘れてただけで。
女の子達の歓声につられて、ふとグラウンドのほうを見る。ちょうど、ボールを追って穂坂君が走ってるところが見えた。
胸の辺りがきゅっと縮まる錯覚を覚えて、ついその姿を目で追ってしまったことに気づく。なんか悔しくなって目を逸らすと、逸らした先には、いつの間に側に着たのか千佳が居て、ものすごく心配している目で見られて動揺した。
「どしたの、千佳」
問いかけると、千佳はにこっと笑って、明るく話し出した。
「やー、唯子がぼーっとしてたから、どーしたのかなー、と思って」
私の気分を明るくさせようと気遣っているのが丸分かりの、作られた明るさだった。
「なーによ。私がぼーっとしてるのなんていつものことじゃん」
私は軽く言い返す。いつもどおりを装って。でも千佳には通用しない。
「でも、いつものぼんやりとはちょっと違うよ?」
「そっかな。特に何も変わんないけどなぁ」
「でも、あたし、唯子がこっち向く前から何回か呼んでたんだよ。でも唯子気づかなくて」
「あ、ごめん。寝てたかも」
通用しないってわかってるのに、私はこんなことしか言えない。
「あはは。何それ。いや、あたしの気のせいならいいんだけどさー、何かもしかして唯子悩んじゃってたりするんじゃないかなーって気になったから。ちょっと聞いてみただけ」
「悩みー?別に無いよー」
「ほら、あたしはいっつも、唯子に話聞いてもらうじゃん?でも唯子からそういう話されたことないからさー。あ、あたしでよければ、何でも、いつでも話聞くし。そりゃ、あたし唯子みたいに頭良くないし、香苗みたいにしっかりしてないし、真由美みたいに上手い励まし方とか知らないけど。でもほら、話すだけでもなんか、こう、スッキリしたりすることってあるじゃん。あたしもなんか、力になれたらいいな、と思ったりして。で、唯子、最近ちょっと様子おかしいってかいつもと違うし。だから、どうかしたのかなって気になったって言うか……」
千佳が一生懸命言葉を選んでくれてるのがわかる。何かすごく申し訳無い気になってきた。
「ありがと、千佳。でも大丈夫だよ?ほんと、気にしないで」
それでも私は、私が元通りになれば、早く日常に帰れば、それで全部解決するんだって浅はかなことを思ってて。こういう言葉を繰り返すばっかりだった。
そんな私に、千佳は訴えかける。
「でもね!唯子、自分じゃ気づいてないかもしれないけど、最近、こう……下向いて。俯いてること、多いんだよ。口数減ったし。それで、だから…………心配、なんだよ」
最後のほうは消え入りそうな声だった。千佳は私が意地っ張りなことはよく知ってる。だから「心配だ」なんていったら素直に話さないだろうと思って、言わないように気をつけてたんだ。
こんなに千佳に気を遣わせて。こんなに心配させるなんて。千佳はいつもはすごく明るくて、よく笑う子なのに。
友達にこんなに心配かける自分に対して自己嫌悪。早く元に戻らなきゃってすごく焦った。いつもの千佳に戻ってもらうためにも、私がいつもの私に戻らなきゃ。
この心の中のぐるぐるの正体を、認めちゃいけない。何も無かったことにして、忘れなきゃいけない。そうしないと日常に戻れない。だから、早く、早く。消さなきゃ。
「たとえば、好きな人ができたとか――――」
千佳がそんなことまで言い出すから、余計焦った。
「は?違う違う。そんなんじゃないって」
軽く笑い飛ばす。なんか段々いらいらしてきた。多分、自分自身に対して。
それがさっき感じた悔しさや、今感じてる焦りや、ここ最近のもやもやなんかと一緒になって、少しずつふくらんでいく。それと同時に私の口調もきつくなっていった。
そして。
「じゃあ、唯子――――」
「ほんとに何でもないんだってば!」
言い募る千佳をさえぎって、きつく言い放つ。耳に届いたその自分の声が、思いのほか強すぎて、自分でも驚いた。
「あ、ごめん。千佳。こんな言いかたして。でもほんと大丈夫だから気にしないで。ほら、もう行こ?授業終わるよ」
とにかく元に戻せばいい。って、そればっかり考えてた。
千佳を促そうとして顔を見て、自分がとんでもない失敗をしでかしたことにやっと気がついた。
「うん、ごめんね?唯子。変なこと言って。忘れていいよ」
そこにあったのは、私の言葉や私の態度にすごく傷ついて、それでもそれを押し隠そうと微笑んでいる友達の姿。




