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4.まず最初に変わるのは、心よりも先に、耳

 ――――続いていくはずだった、のに。


 いつもと変わらないはずの世界に、不純物が混ざってるのがわかる。

 不純物の正体?それは私自身だ。でもそれを取り除くことはできない。数日前の私に戻ることも――――なんでだろう。できないんだ。そもそも、明確な違いなんてわからなくて。

 ああもう、嫌だ。混乱してるんだ私。ここんとこずっともやもやそわそわしてる。

 何が違うのかって、自分の心を見つめてみても、自分でも何がどうなってるのかわからない。


 ただ、いつもとはっきり違うって言えるのは――――。

 この、耳。



 ……下世話な噂話なんて嫌い、って言ってたくせに。


「……この間、バレー部の一年が穂坂君に告ったんだって」

「うそ、どうだったの?」

「フラれたって。泣きじゃくって大変だったってバレー部の友達が言ってたー」

「うわー、かわいそー」

 教室のどこかから聞こえてくる“そういう話”に、つい耳をそばだててしまう。そして特定の名前が出てくると、いつも何故だか緊張してしまうんだ。こんなのおかしい。


 おかしいことはほかにもある。



「ほさかこうきーーーーーー!!」

 廊下から聞こえてくる大声に、つい反応して肩がぴくって動いた。

「恒輝!おはよう!お前を待ってたんだよ!」

「おはよう、彰典。朝からうるせえ。廊下で叫ぶな」

「なあなあ、数学の宿題見せてくんねえ?」

「嫌だ。あ、高村。おはよう」

「おっす、恒輝」

「瞬殺!?おいコラ恒輝、せめてこっち向いて言えよー!」

「だから耳元で喚くなって!」

「こーうきー。ちょっとマジ、俺今日絶対当たるんだって……」

「自分でやれよ」

「穂坂君、おはよう」

「おはよう柿原さん」

 特定の名前とか、何よりも特定の声に、ついつい耳が反応してしまう。私の意志に反して、意識がそっちに持っていかれてしまう。

「そんなつれねーこと言うなよ恒輝ー。俺とお前の仲だろー」

「どんな仲だよ」

「照れんなって!ほら、チョコやるから!な?」

「いらねえよ」

「なんでだよ!お前甘いもん好きだろ!」

「好きだけど、釣られねえぞ」

「たぁのむよぉぉぉぉぉ!!」


 ……そっか、甘い物好きなんだ。

 そして、こうやって無意識のうちに情報集めてる。




   ***




 2年4組26番。穂坂恒輝。17歳。5月生まれ。

 定期考査では常に成績上位者として20番以内をキープ。サッカー部では主力選手として活躍。

 交友関係は広く、男女問わず人気がある。よく一緒に居るのは、同じく4組の三池彰典みいけ あきのり。他クラスにも友人が多く、引退したサッカー部の先輩達とも親しくしているし、後輩にも慕われているし、先生方の覚えもいい。1年に、同じサッカー部に所属する弟が居るらしい。

 女友達も結構居る。告白は頻繁にされるらしいけど、彼女は、居ない。


 こうやって少しずつ、穂坂君に関する情報が蓄積されていく。でもこういうことをどれだけ積み重ねても、それは穂坂君にはならない。

 私にとっては、情報なんかよりも、あの日の穂坂君の声だとか、仕草だとか笑顔だとか、確かにあの時隣に居た穂坂恒輝っていう存在そのものが絶大な威力を持っていて。だから私に向けて発したわけじゃない声にも、私に伝えたわけじゃない情報にも、私が反応する必要は無いし、私が覚える必要も無い。それなのにこの耳は、いちいち勝手に拾ってしまう。


 彼が一緒に過ごしたのは、ほんの数分。それなのに、思い出してる時間はずっと長くて、まるであの日の出来事が、思い出した分だけ引き伸ばされていくみたい。そしてそれがだんだん心を埋め尽くしていくみたいだった。


 最近の私はおかしいと思う。

 こんな自分は、嫌だ。

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