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20.詫びと衝撃

 そんな事件(?)があったのが先週のこと。


 穂坂くんとは、顔を合わせてみると意外とフツーだった。その時の私の心拍数とかも。

 今や、登校時や下校時に会えばおはよう、とかバイバイくらいは言う間柄。

 そういう当たり前の挨拶がやけに嬉しい。穂坂くんは交友関係が広いから、女子に挨拶するなんて珍しくも何ともないんだけど、でも「江本、おはよう」って言ってくれる時だけは、私だけを見てくれるから。それだけで気持ちが温かくなる。


 あれから何回か会ったけど、特にノートのことは何も言わなかった。多分あのサッカー部の一年生は私のことは何も言わずにノートを渡してくれたんだろうと思う。私のことを言おうにも、私は名乗らなかったから穂坂くんには伝えようがないんだけど。容姿で説明しようにも、私の容姿にはわかりやすい特徴も無いしねぇ……。




   ***




 今は昼休み中。私はものっっっすごく久しぶりに、一応所属している英語部に顔を出した。英語部は活動がいい加減で、幽霊部員がたくさんいることで有名。それでも文化祭にはそれなりに展示なんかやっちゃうものだから、そういう時だけは幽霊部員の一人である私だって働きます。

 というわけで、さっきまでそのための話し合いがあっていたんだけど……なんと私はジャンケンで負けて、文化祭二日目の午後という、一番盛り上がる時間帯に、恐らく閑散としているであろう展示室で留守番しなきゃいけない羽目になった。信じられない。なんでこんなに運が無いんだろう。


 ……なんであの時チョキなんて出しちゃったんだろう。ほんと信じられない。


 過ぎちゃったことはしょうがない。せめて少しでも自分を慰めるために、温かいミルクティーでも買いましょうかね……。と、学食の外にある自販機に向かってとぼとぼ歩く。

 俯いて歩いてたから気が付かなかったけど、別の方向からも誰かが自販機に近づいてきていることを、私は近くまで来てようやく知った。その男子生徒のものらしき大きめの足が視界に入って、ぶつかったらだめだな、とのろのろ顔を上げる。


「「あ……」」


 同時に相手もこっちに顔を向けていて、同時に声を漏らす。多分、ちょっと気まずい顔になったのも同時。


 細身で背が高くて吊り目がち。短い髪をつんつん立ててる。私と違って容姿にわかりやすい特徴があるから、これらに加えてサッカー部の一年生っていう情報を付け足せば、知ってる人には通じるんじゃないかと思わせる。


 あの時の失礼な一年生が、そこに居た。




   ***



「あ」

 我に返るのは、相手の方が早かった。片手に持ってた財布から素早く小銭を出して、自販機に投入する。いや、そんなに急がなくてもいいじゃないガキじゃないんだから、私は割り込まないよ……と思ってると、彼はすっと脇に移動して、気まずげな表情のまま、横目で私を見た。

「……どうぞ」

「は?」

 え、何。何?理解できずに私がぽかんとしていると、彼は実に言いにくそうに答えた。

「こないだの詫びです。奢りますから、好きなの買ってください」

 へ?詫び?奢り?…………ぇえ!?

「いや意味わかんない!何の詫び!?そんなの知らないし、いらない!」

「こないだ俺、先輩の事情も知らないくせにいろいろ失礼なこと言ったじゃないっすか。その詫びです」

「別に気にしてないよ!だから詫びなんていらないよ!」

 気にしてないのは嘘だけど。詫びはいらない!


「俺が気になるんすよ。いいからボタン押してください」

「いやいやいや、いいって。いらないってば!」

「早くしてくださいよ俺が買えないじゃないっすか」

「だからいらないから!さっさと自分の分を買えばいいじゃない!」

 何こいつ。さっきまで気まずそうな顔してたくせに。もう飄々としてる。


「先輩が買ったら俺も自分の買いますから」

「私だって自分のは自分で買うよ!」

「いいからさっさと押してくださいよ」

「だから私のはいいから自分の買えばいいじゃん!」

「しつこいっすよね先輩は。俺の気が済まないからさっさと買ってください」

「しつこいのはあんたでしょ!?ほんっと失礼だよね!」

「そうっすよね。だから奢るから許してください」

「それがいらないんだってば!」

「まー何でもいいんで早くして下さい。周りに迷惑かかりますよ」

「くっ…………!!」

 確かに自販機の前で言い合いしてたら周囲に迷惑がかかる。でも原因はこいつ自身なんだからこいつが引き下がれば解決すると思うんだけど……。


 あ、後でお金返せばいいんだ。そういうことにして、私はミルクティーのボタンを押した。ゴトン、とそれが落ちてくると、意外と気が利くらしい彼が取り出して渡してくれた。ありがとう、という言葉に彼からの返事は無く、彼は淡々と新たな小銭を入れて、自分の分らしきホットの緑茶を買う。


 ちょっといいっすか、と言うだけ言ってさっさと歩きだすので、仕方なくついていく。人気の無い所に行くのは嫌だな、と思ってたけど、自販機から数メートル離れただけだった。


「この間はマジで、すいませんでした」

 そう言って、ぺこっと頭を下げる。確かに申し訳なさそうな顔をしているので、反省してるのは嘘じゃないんだろうな、と思う。うーん、こういう時は何て言えばいいんだろう。

「あー、……はい」

 あれから考えたけど、彼にもそれなりに事情があったんだろう。あの時はすごく苛々してるみたいだったし。今まで穂坂くん関係で問題があったりして、サッカー部に近づく女子生徒には神経過敏になっていたのかもしれない。だから別に彼の言ったことには、もう怒ってない。ただ言い方はすごく失礼だったと思うから、その謝罪は受けよう。お金は後で返すけど!

「でも、だいじょうぶ。ほんと気にしてないから」

「でも俺、すっげー失礼なこと言ってましたよね……」

「あー、うん。それは否定できないけど」

「ですよね……。俺、後ですっげー反省して」

 片手を額に当てて、彼は本当に困り顔だ。嫌味ばっかり言うやつかと思ってたら、一応ちゃんとしてるらしい。


「でもホント、気にしないでいいから。やっぱり……サッカー部も大変なんでしょ?後で友達にも聞いてみたんだけど、勝手にグラウンドに入り込んだり、部活中に呼び出して告白したり、差し入れって言ってお菓子とか持ち込んだり……いろいろあったらしいじゃん。だからサッカー部の人たちが、女子を警戒するのも無理ないっていうか。しょうがないって思ってるから」

「はぁ、そうなんすけど。でも先輩は」

「いいってば。ちゃんとノートは渡してくれたんでしょ?」

「はい。その日のうちに」

「じゃあ問題ないじゃん?私の目的はそれだったんだし」

「いいんですか、それで」

「私がいいって言ってるんだよ」

「……先輩、心が広いっすよねー」

「そうでしょー?」

 あはは、と笑って返すと、彼もやっとちょっと笑った。うん、私の方が年上だからね!年下には寛容にならなきゃね!


 それにしても、笑った顔、どっかで見たことあるっていうか、誰かに似てるような……うーん?誰だろ……。

「あ、名前聞いていいっすか」

「ん?ああ、江本。江本唯子」

 考えてる途中で聞かれたので、反射的に返した。そういえばこの前は「教えない」って言ってたんだっけ。

 えもとせんぱい、と彼は小さく呟いて、また口を開いた。

「……穂坂です」

「へ?」

 穂坂?なんでここで穂坂くんの名前が?いや確かに騒動の発端は穂坂くんだけど、今は関係無くない?

 意味がわからない、という心の声が表情にも表れていたらしく、彼はそんな私を見て少し苦い表情をした。

「あー、だから俺……あー」

 これ自分で言うの嫌なんだよなぁ、とぼやいて、観念したようにこちらを見た。

「俺の名前です。穂坂芳樹(よしき)

「……は?」

 まだ理解できない私に対して、彼は実に嫌そうに言った。


「穂坂恒輝の、弟です」


 …………まじで?



ヤツの正体発覚!ああ、こいつが出てくるまで長かった!

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