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2.遭遇

「最っ悪……」

 すっかりうっかり忘れてたけど、どうやら今日私は日直だったらしい。しかも運の悪いことに相方の宇野は病欠だった。そんな日に限って担任の現国教師は「日直はこの間提出したノートを職員室に取りに来てくれー」なんて言うからたまったもんじゃない。

 クラス全員分じゃないらしいし、どうせ薄い大学ノートだし、とか高をくくってた私の馬鹿。「手伝おっか?」って言ってくれた優しい友達に「大丈夫!」とか返しちゃった私の馬鹿。

 最初はこのくらい余裕!って感じで運んでたけど、どうやら三十冊はあるらしいノートは正直重い。すでに腕が疲れた。次の日直の時は、全部宇野に仕事押し付けてやる……と心に誓いながら、階段に足をかけようとしたその時。


 私が抱えてるノートの山の頂上に、白い紙の束が置かれた。


 はぁぁぁぁぁあ!?

 と思ってると、すぐにそれらが全部取り上げられる。


 ぇええええええ!?


「俺が持つよ」

 斜め上からの声に顔を上げると、そこに居たのは。


「……穂坂君?」

 え、なんで?

「うん。あ、ゴメン、江本さん。このプリントだけ持ってくれない?落ちそう」

「あ、はい」

 最初に載せられたプリントの束を私が取ると、穂坂君が階段を上り始めた。つられて私も上る。

 これで、私と穂坂君が持ち物を交換したことになる。

 ……あれ?なんで?

「え、ちょっと待って待って。なんで?」

「何が?」

「なんで私と穂坂君が取り換えっこしてんの?」

 やばい、混乱してる。「取り換えっこ」って。どこの子供だよ。

「なんでって言われても……。だって、俺のは軽いし江本さんの重そうだし。どうせ同じ方向に行くんだから俺が重い方持ったほうが自然じゃない?」

 何、この人。自然か不自然かでこういうことするの?

 私は結構驚いていた。ええと、こういう人、何て言うんだっけ。

「……ジェントルマン?」

 そうそう、ジェントルマン。日本語で言うなら紳士!

 納得している私に対して、穂坂君は苦笑中。

「大げさだって。こんくらいフツー」

 謙虚だなぁ。こういうことをフツーにサラッとできるって、すごいことだと私は思うんだけど。

 ……あれ?待てよ。そういえば。

「え?ってかなんで私の名前知ってるの?」

 挨拶すら交わしたことないよ。クラス違うし。一年の時だって違ったし。

「いや、隣のクラスだし、名前くらい覚えるって」

 そんな風に言われると、隣のクラスでも接点無い人は全然覚えてない私がすごく馬鹿みたいじゃない?実は同じクラスでも未だに顔と名前が一致しない人が居る、なんてことは絶対言えないなぁ。

「それにホラ、江本さんとは、選択授業が一緒」

 うわ、知ってたんだ。

「そう言う江本さんだって俺の名前知ってんじゃん」

 穂坂君が私を知ってるのと、私が穂坂君を知ってるのとでは、持つ意味が随分違う。

「それは……。穂坂君は、目立つから」

 穂坂君を知らない人なんて、少なくともこの学年には居ないと思う。女子は特に。一年や三年の間でも人気あるらしいし。

 私とは役者が違うのだ。

「ええー?俺、そんなに騒がしいっけ?」

 そういう意味じゃないっ!ってか、自覚無いわけ?意外と天然なのかな……。

「俺なんかより、アキノリとかのほうがずっと騒いでると思うけどなぁ」

 アキノリ?ああ、三池彰典か。穂坂君とよく一緒に居る男子。確かに騒がしいから、さすがの私でも知ってる。

「あー、確かに。なんかお祭り男!って感じじゃない?」

「そうそれ!あいつイベント事とか大好きでさー。この前の体育祭のハリキリようはすごかったよ?あいつスポーツ得意だし好きだから、一人で五種目くらい出て。実行委員はやるわ応援団には入るわ色々手ぇ出しすぎて回らなくなって、最終的に何故か俺が委員会の雑用させられるハメになったくらい!」

「あはは!何それ!」

「そしてキッチリ最後はイイとこ取りで、リレーのアンカーで一位になっちまうんだからなぁ。それで俺達優勝できたからいいんだけど」

「赤組すごかったよねー。おめでとう」

 そしてそう言ってる穂坂君だって、体育祭ではかなり活躍したらしい。女の子がすごく騒いでた。

「アイツ多分文化祭でもやりたい放題するつもりなんだろうなぁ。俺、逃げる準備しとかなきゃ」

「危ないね。気をつけてね」

「ありがとー、俺がんばる」

 笑いながらそんなことを言い合っているうちに、そろそろ私の所属する2年3組の教室の前まで来た。穂坂君の教室は、そのもう一つ奥。

「穂坂君、ありがとう。もう3組着くよ。ノートちょうだい」

 穂坂君が最初に持っていたプリントの束をノートの一番上に置いて、それらを受け取ろうとする。けど、穂坂君は渡してくれない。

「え、俺、中まで持っていこっか?」

 おお、どこまでもジェントルマンなんだなぁ。感心してしまう。

「大丈夫だよ。別にか弱いレディってわけでもないし?」

 冗談めかして言うと、穂坂君も「いやいや、そんな」と笑いながら、やっと渡してくれた。それを抱えて、穂坂君を見上げる。

「マジでありがとね。助かった」

「いーえー、どーいたしましてー」

 大きな手が、私の目の前を通過して、プリントの束を攫っていった。その動きをうっかり目で追いながら、ふいに、骨格フェチの友人が「穂坂君って手の骨格までカッコイイよね!あのゴツゴツの手、超好み!」と騒いでいたのを思い出す。

 じゃあね、とにっこり微笑んで、穂坂君は背中を向けた。私はくぐるべきドアの前で少し立ち止まり、遠ざかる背中を数秒だけ見つめた。


 ちょっと気分が浮かれていたのは、ちゃんと自覚していた。

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