18.届け物
週明けの学校では、千佳たちに休日の出来事を報告した。私の新しい髪型は概ね好評。普段あんまりしゃべらないクラスメイトにも、なんか雰囲気が明るくなったねって言われた。そうなのかなぁ。自分ではそういうのあんまりわからないんだけど。
それ以外は特に何も変わることなく、数日が過ぎた。
今は放課後、提出をギリギリまで待ってもらった世界史の課題を持って、職員室に向かってるところ。
「おっ、頑張ったな~。間に合ってよかった」
「はい……すいません、遅くなって」
「大丈夫大丈夫。江本は信用あるから」
「はぁ、どうも……」
「でさぁ、信用あるついでに、頼まれてくれない?これ、今日の四組の授業で、こいつのだけ返すの忘れてたんだよなぁ、ノート」
「え、私、三組ですけど」
「ああ、そうだっけ。まぁ隣だし。いいだろ」
「よくないですよ。もう放課後ですよ。みんな帰っちゃってますよ」
「多分部活に行ってるから大丈夫だ。これがないと宿題できなくて困ると思うんだよ。かわいそうだろ?」
「……でも私、関係ありませんよね……」
「そうだなぁ。どうだろうなぁ。課題の提出は今日の昼休み中にって言っておいたのに、放課後まで待ってくださいって頼む生徒が居たからなぁ、今日は……。俺だって生徒を甘やかしちゃイカンと思うんだが、どうしてもと言われて仕方なく、なぁ。苦渋の選択だったんだよ。それでそのことについて悩みすぎて、迂闊にもノートを一冊だけ忘れてしまったんだと思、」
「わぁかりましたっ!持って行きますっ!」
何なんだ、この教師は!絶対うっかり忘れちゃっただけだ!
「ありがとう、江本ならそう言ってくれると思ってた」
世界史の先生はにっこり笑う。ほんっと調子いいんだから。まぁ、私も締め切りを延ばしてもらった以上、あんまり強いことは言えない。
「じゃ、これ頼むな。確かサッカー部だから、今頃グラウンドにいるんじゃないか?」
サッカー部?うわ、男子か。知ってる人だといいけどなぁ。あれ、サッカー部で四組って……。いや、まさか。そんな偶然があるわけがない。
と思ってたのに。
はい、と渡されたノートには、「2-4-26 穂坂恒輝」と書かれていた。
うわ。
この瞬間に思ったのは、これは果たしてラッキーなのかアンラッキーなのかってこと。
「穂坂。知ってるか?なんか女子には人気あるらしいんだけど。江本はそういうの興味なさそうだよなー」
いや、興味なくはないですけど。っていうか今まさにその人に片想い中ですけど。
「あー、何回か、しゃべったことはあります」
「あ、友達か。ならよかった。サッカー部だったよな?」
「友達っていうか……あ、はい、サッカー部」
友達?なの?どうなんだろ。何回か話したし、一緒に遊んだりもしたし、友達なのかな?でもあれは成り行きだし、うーん……。わからない。
「いやー、助かったよ。じゃあよろしく頼むな」
「はぁーい……」
まぁ、とりあえず、これを私が持って行かなきゃいけないことは確定らしい。あーあ、あれ以来、会ってない。どういう顔すればいいんだろう。
どうせ、こんなことで悩んでるのは私だけなんだろうけど。
***
帰り支度をして、サッカー部が活動をしているグラウンドへ。辿り着くまでに、いろんなユニフォームの生徒とすれ違った。なんかすっごく「運動部」っていう感じの空気が流れてる。運動が苦手で、今までずっと文化部だった私には馴染みのない空気。
ランニングする集団の掛け声、野球部のバットの音、ボールを蹴る音。体育館のほうでは、また違う音が鳴り響いてるんだろう。
邪魔にならないようにこそこそと移動し、サッカー部の人たちが集まっているところに行く。どうか穂坂くんがそこに居ますように!せめて知ってる人が居ますように!知ってる人なんてあんまり居ないけど、せめて二年生!
と願ってたけど。どうやら知らない人ばっかりみたいだ。穂坂くんはどこだろう。
あ、もしかしてあっちでパス練習してる二人組みの、こっちに背中向けてるほうじゃないかな。うわ、声掛けられるわけない。邪魔できない。どうしろっていうの。
もうちょっとしたら、休憩とかしないかな。そしたら声掛けられるのに。
…………。
あ、ダメだダメだ。様子見るためにそっちのほうに目を向けてたら、いつの間にか見惚れてたかもしれない。
だって、だってだって。かっこいいだもん!しょうがないじゃん!と誰にともなく言い訳してみる。
真剣だけど、すごく楽しそうだ。あの広いグラウンドの中で、誰よりも自由に見える。誰にもとらわれないようなその姿が、誰よりも私をとらえて放さない。
そう思った瞬間、胸の辺りがぐっと縮まったような感じがした。
あの表情を、近くで見たい。浮かびかけた感情を急いで掻き消す。抑えておかないと、どこまでも強欲になりそう。私にそんな権利は無い。最近話すようになって、一緒に遊んだりもして、調子に乗ってんじゃないの、私。自惚れちゃダメ。穂坂くんは誰にだって優しいんだ!
視線を半ば無理矢理、穂坂くんから外す。どうやらまだまだパス練習は終わらない。諦めて、あの集団の誰かに預けよう。うわ、知ってる人が一人も居ない……。声掛けづらいなぁ。どうしよう。
そうやってうじうじ考えている時だった。横から声を掛けられたのは。
「あのー……恒輝になんか用っすか?」
全然気がつかなかったけど、そこに居たのはサッカー部員と思しき、背の高い男子生徒。もちろん私の知らない人。
こちらを訝しげに見ている、というかむしろこれは睨んでる?
少なくとも、彼は私の存在を快く思っていないみたい。
さて、どうしましょう?




