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16.ガター日和

「嘘だ…………」

 がっくりと肩を落としてつぶやく。さっきどうにかこうにか上昇した気分が、また下がった。あああ、そんな。嘘だ。


「私、ボウリングほんと苦手なんだよ……」




   ***



 集団の後方を、サクと穂坂くんとぽつぽつ会話しながら進んだ。どこに行くのかなんて知らなかったけど、彼らについて行けばいいんだ、と特に気にもしていなかった。それがそもそもの間違いだったらしい。


 着いた先はボウリング場。見紛うことなきボウリング場。看板にもろにボウリングのピンが書いてあるよ!


 今までに、ボウリングをやったことは二回。その二回とも、私はガターしか出せなかった。それですっかり苦手意識が根付いてしまって、今やボウリング場は、できれば行きたくない場所の一つ。


 楽しそうに入ろうとする皆とは対照的に、顔を引きつらせて足を止めた私に、まず気づいたのは穂坂くんだった。

「江本ー。どうしたー」

 さっきまでの会話で、いつの間にか“さん”が消えていた。苗字呼び捨てだよ!ちょっと距離が縮まったってことかな。うわ、顔赤くなりそう!

 じゃなくて!

 

「ん?唯子?」

 穂坂くんの声に気づいたサクも、こっちを振り返る。

 その時の私は、かなり情けない顔をしていたみたい。


「「…………」」


 嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁ。




   ***




「あははー。えもっちゃん顔色悪ーい。ボウリング嫌いってほんとなんだー」

「半田さん……」

 結局、中に入っちゃった。

 このまま帰らせてもらおうかとも考えたんだけど、サクと穂坂くんに有無を言わせない笑顔で押し切られてしまったんだ。うう、見学とかできないかな。


「だぁーからぁー、そんな他人行儀な呼び方なんてしないでー、コトりんとかー、コトコトとかー、なんかもっと可愛い呼び方があるじゃん?」

 コトコトっていう呼び方は果たして可愛いの!?ってか「えもっちゃん」ってなんだ!?

「ほらほら、えもっちゃん、あんまりそんな嫌そうな顔してると、ドSなえりりんが喜ぶからやめて」

 え?ドS?嘘だ、あんなにお人好しっぽい顔して……。

 恐る恐る桑野さんのほうを振り返ると、なんかすごい優しく微笑まれた。その微笑が逆にコワイ。

「サクにゃんはああ見えて、むしろMだからね」

 えええー。サクは、じゃんけんで負けて森くんと一緒に飲み物を買いに行ったので、事実確認はできない。いや、そもそもしようとも思わないけど!

「あ、あたしはー、どっちでもイケるかな!」

 どういう意味だ!

 楽しそうに半田さんは話すけど、ノーマルな私はついていけません!

「森くんはね、人当たりいいんだけど、びみょーに腹黒いところがあるってあたしは読んでるんだよね。カネゴンは、あの目つきの悪さにも関わらず、完全に純情ヘタレ。穂坂っちはー、実は不憫属性だと思う!器用貧乏の苦労性、みたいな?で、肝心なところでヘタレ!」

 ああ、なんか理解できる気がする。半田さんの考察、かなり鋭いんじゃないの……。

「ね?えもっちゃんはどう思う?」

 キラッキラな笑顔で促されてもね……。ってかこの人、全然声潜めてないから、みんなに丸聞こえだから。金子くんは怒ってるし、穂坂くんは疲れた顔で遠くを見てるし、桑野さんはお腹を押さえて笑いを堪えてて苦しそうだ。サクと森くんはまだ帰ってきてないからわかんないけど、森くん腹黒説って本当なのかな。ちょっと気になる。

「えーっと、森くんだけは呼び方が普通なんだね」

 まさか人物考察についてまともに感想は返せないので、当たり障りのないことを聞いておいた。

「前に『森っぺ☆』って読んでみたらシカトされた挙句、宿題見せてもらえなくなったから、それからは危険を冒さないようにしてんだ。安全第一。賢明じゃん?」

「……そうだね」

 それは、地味に痛手だな。

「じゃあオレも普通に呼べよー」

 数メートル向こうから、金子くんが話しかける。

「カネゴンの不興を買っても、私に被害は無ーい」

 半田さんはそちらを見もせずにバッサリ。


「こら、半ダコ。唯子が困ってるから変な話題ばっかり振るのやめなさい」

 いつの間にか戻ってきていたサクが、半田さんに頭突きをかます。まさかの頭突き。女の子がそんなことしちゃだめだよ、しかも女の子相手に。飲み物持ってて両手ふさがってるから仕方ないと言えば仕方ないんだけど。

「痛っ。サクにゃん、その呼び方はやめて。可愛くない」

「そんなことないよ?可愛いよ?あたしタコ好きだよ。美味しいじゃん」

「あたしとどっちが好き?」

「タコ」

「……じゃあ駄目」

 そういう問題?

「おいお前ら、ゲーム始めんぞー」

 どこまでも横に滑っていきそうな会話を、金子くんが無理やり終わらせてくれた。


 うん、やっぱり濃いメンバーだと思う。




   ***



「唯子ちゃん、大丈夫ー?」

 桑野さんが何故かとても嬉しそうに私の苦ーい顔を覗き込む。

 ちょうど1ゲーム終わったところ。私の戦績はというと、結局やっぱりガターばっかりで、たまにまぐれで数本ピンが倒れてくれる程度。みんながやってるのを見るのは好きなんだけど、自分でやるのはどうも好きになれない。得意だというサクや金子くんがいろいろ教えてくれるんだけど、さっぱり振るわない。

「大丈夫じゃないよー。もう私やらないからね!次は見るだけ!絶対見るだけ!」

「えー?私は唯子ちゃんが頑張ってるのを見るのが好きなんだけどな?」

「や、やだよ!なんでそんなに桑野さん嬉しそうなの!?」

「そんなことないよ?」

 いやいや、その笑顔が怖いっ!

「はいはい、桑野。江本いじめんな。お前らがあんまりアレだと、桂木中出身は変なやつばっかりって思われて、俺らまでとばっちり食らうから」

「桑野怖いよ?そんなんだから彼氏できない上に、レズ疑惑がいつまでも消えないんだよ」

 仲裁に入ってくれたのは穂坂くんと森くん……ぇえ!?森くん、さらっとすごい発言しませんでした!?レズ疑惑って何!

「あ、その噂、まだあるの?やだなー、私はフツーに男の子が好きですけど?ただ、いじめるなら可愛い女の子がいいなってだけで」

「それが怖ぇんだよ!」

「ごめんね、江本さん。俺以外、変なやつらばっかりで」

「オイ修也、さり気なく俺とこいつらを一緒にするな!江本はちゃんとわかってるよな。この中で一番付き合い長いの俺だし」

「は?何それ穂坂、唯子ちゃんと仲良しアピール?何様のつもり?」

「なんでそこでキレるんだよ……」

 穂坂くんはうんざりって顔してる。けど私は今、それどころじゃない。「一番付き合い長いの俺だし」だって。穂坂くんと話すようになったのは最近のことなのに。なんか、深い意味は無いってわかってるけど、すごく嬉しい。

「桑野は放っておくとしてさ、江本、次、休むよね?ちょっと疲れたろ?」

「えー、まだ始まったばっかりだよー?」

「桑野とか半田とか萩尾の相手って相当疲れるだろ、わかるわかる」

「金子、殴られたいの?」

「ちょ、ちげえよ!殴んな!」

「私は唯子ちゃんのへろへろフォームが見たいだけなのに……」

「失礼だろ」

「だから桑野はドSって言われるんだよ……」

 へろへろフォーム……そんなに私はへろへろなのかな……ちょっと傷つく。

 でも、穂坂くんが休んでいいって言ってくれてるし!休憩させてもらいます!

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