14.ホリデー
私は今、なかなかに気分がいいらしい。
ちょうど美容室から出てきたところ。千佳達の意見も聞いて、美容師さんのアドバイスも取り入れて、もうここはすっぱりざっくり切っちゃおう、ということになって。肩に少しかかるくらい、まで切った。毛先が首元でさらさら揺れる、軽い仕上がり。
自分でも結構似合ってるんじゃないかって思ってる。この髪型。今まではただストーーンと降ろしただけのストレートばっかりだったから、形が変わっただけでもなんかちょっとうきうきしたりして。
プロがブローした後だから、髪はきれいに整えられてる。もしかしたら、こんなに軽くしたら明日の朝の寝ぐせがひどいんじゃないか、と不安になるけど、今だけはきれいな形を保っている。
それが嬉しくて足取りも軽い。何となく、このまま帰ってしまうのが勿体無いな。買い物するっていう手もあるけど、せっかくだから友達と遊びたい。
できれば千佳達に新しい髪型を見せて、一緒に買い物したりカラオケ行ったりぶらぶらしたりしたいんだけど。残念ながら千佳は親戚の家だし香苗はデートだし真由美はバイト。髪切ったら写メ送って!って言われてたけど、そんなことはしない。自分撮りって、そういえばしたことないなぁ。
誰かほかに、休日に突然誘って遊んでくれる人がいればいいんだけど、私は本当に交友関係が狭くて、こういう時のちょうどいい相手も思い浮かばな――――――。
そこでふと頭に浮かんだのは、短いウルフカットの後姿。そういえば結局、全然連絡してないな。
別に誰もいないから誘うってわけでもないんだけど、せっかくアドレス聞いたのにメールしないってのも何だし。メールだけでも送ってみようかな。無難に、今何してる?くらいでいいかな。
なんて考えて、とりあえず携帯を取り出す。そこにかけられる声。
「……ねえ、もしかして、唯子?」
顔を上げた先にいたのは、今まさに頭に浮かべていた人だった。驚いて、私は目を見開く。
「サクじゃん、なんでいるの」
「うわっ、髪切ったんだー。かわいー。一瞬誰かわかんなかったよマジで。ちょっとちょっと、よく見せて。後ろも。わー、結構バッサリいったねー。よく似合ってるよホントかわいい。……え?なんでそんなびっくりしてんの」
驚いている私を差し置いて、サクはわいわいと褒めてくれる。でもさすがに無反応の私をいぶかしんで、そう聞いてくれた。
「あ……いや、今ちょうどね。サクにメールしようとしてたところ。それで名前呼ばれてそっちみたら本人がいるんだもん。びっくりするよ。まさかこんなところで会うなんて思わないじゃん。……あぁびっくりした」
ふー、と気持ちを落ち着けていると、サクがにやにやしながらずいっと顔を近づけてきた。
「へー?あたしにメール?なになに、何か用だったの?でも超タイミングいいよね?これって運命?」
おどけて言うサクの後ろには、どういう表情してここにいればいいのかわかんないんだけどー、といった困惑が透けて見えるような女の子がいた。サクの連れだろうな。
「ほら、サク。友達がびっくりしてるよ」
「あたしの話はスルーすんの?もー、唯子ってばクールビューティー」
「はいはい」
意味わからん。なんでこの子はこんなにハイなの。
「えっとね、こっちは桑野えりっていって、あたしの友達。えり、こっちは唯子。西高の子だよ」
「よろしくー」
桑野さんは朗らかに笑って手をひらひらと振った。やっぱりサクの友達だけあって社交的なのかな。対する私はちょっとぎこちなく笑って、よろしく、と言うだけだった。
「で、唯子はなんでここにいたの?」
「ちょうど美容院から出てきたところ」
「マジで!?じゃあこれ、切ったばっかりなんだ!もしかしてこれ見たの私が第一号?」
「うん」
「うっわー、得したー。ほんと似合ってるよ唯子」
「ありがと」
ちょっと照れくさいな。えへへ、とはにかんでおいた。褒め上手だな、サクは!でもサクの言葉には媚とか全然無いから、褒められると素直に嬉しい。
「そんで、あたしにメールしようとしてたのはなんで?」
「んー、別に用事があったわけじゃないんだけどね。そういえばメールしてなかったなぁ、と思って」
「ふーん……。ねえ唯子、これからヒマ?」
「私?超ヒマ。美容院行ったから、ミッションコンプリートだし」
「じゃあさ、じゃあさ!あたし達と一緒に遊ばない?」
「は?」
「だってせっかく会ったんだし!この前から唯子とゆっくり遊びたいなって思ってたし!唯子予定無いんだし!せっかく会ったんだし!だめ?」
「だめ、じゃない……けど、」
お連れさんに相談も無くそんなこと勝手に言っちゃっていいの、この子。ちらっと桑野さんのほうを見ると、サクが意味を察したのか、桑野さんのほうを振り返る。
「えり、どう?唯子も巻き込んでいい?」
「全然オッケー。あたしも唯子ちゃんと仲良くなりたーい」
ちょっと、巻き込むってどういう意味だ。そして桑野さんは即効オッケー出しちゃって、やっぱサクの友達だなぁ。
「いいって。あとね、あたし達だけじゃなくて、まだあと何人かいるんだ。みんな同じ中学だった人たちで、みんないいヤツだから。もともと大所帯だし、唯子一人が紛れ込んだくらいじゃ何も問題無い」
「ええ……?でも中学からの友達でしょ?なんか私すごい場違いじゃん」
「だぁーいじょうぶだって。あたしがあと四人くらいいると思えば」
「いや、それってすごい濃いメンバーだと思うよ」
私のツッコミは桑野さんにウケたらしく、超笑ってくれてる。
「ほら、唯子のキャラはえりのツボにハマったらしいよ。この調子」
どんな調子だ。なんでサクはこんなに私を誘いたがるんだろ。嬉しいけど、でも初対面の人ばっかりっていうのは、ちょっと気が重いよなぁ。私は人見知りしがちだし。うーん、でもせっかくここまで言ってくれてるんだし、私だってサクと遊びたいし、そもそもさっきまではこのまま帰っちゃうのは勿体無いって、誰かと遊びたいって思ってたくらいなんだし。うーん。
「唯子がどーしてもやだってんならいいけど。でもせっかくだしさー」
「うーん……」
迷う。迷う迷う迷う。
それでも最終的に頷いてしまったのは、多分髪切ったばっかりで浮かれてたのと、まぁサクの友達なら大丈夫でしょ、という楽観。
「やった!じゃあ、待ち合わせしてるのもうちょっと向こうだから、行こ」
「う、うん」
「唯子ちゃん、西高なんだよね?あたしはサクと同じとこだけど、西高の人もいるよ。唯子ちゃんの知ってる人かはわかんないけど」
話しながら待ち合わせ場所らしき方へ向かう。へえ、西高の人もいるのか。誰だろ、知ってる人だったらいいなぁ。でも私、西高でも交友関係狭いからなぁ。
「あ、もうみんな来てるねー」
桑野さんが指差した方向を見る。そこには人影が四つ。って、そんな。
「え!?男子もいるの!?」
聞いてない!女子ばっかりだと思ってた!男子らしき影が三つもある!
「あれ、言ってなかったっけ」
あっけからんとサクが言う。言ってないよ!だまされた!
「でもまぁいいじゃん」
「うう……私、男友達いないし。こうやって男子と遊んだこと、ないもん……」
「そんなに気負うことないから。行こ?」
桑野さんが優しく促してくれる。うう……今日はずっとサクの後ろに隠れていよう……。
「もう来てるのー?早いじゃーん。優秀優秀ー」
サクが明るく声をかけながら、その集団に近づいていく。それに気づいた人達が次々に振り返る。
そこに知った顔を見つけて、私はつい足を止めた。
「うそ……」
なんで。嘘でしょ。
「唯子ちゃん?どうかした?」
桑野さんが心配して顔を覗き込んでくる。一足早く集団のところに辿り着いたサクが、友達見つけて連れて来ちゃったけど、いいでしょ?と彼らに説明している。そのうちの一人が、驚いた顔でこちらを見た。
「江本さん?」
何、知り合い?と周りの人が聞く。彼は、うん同じ高校だし、と答えてる。彼はこっちを見て少し笑ってくれたけど、私はどういう顔をすればいいのか、何と声をかければいいのかわからない。
なんで、穂坂くんが、ここにいるの。




