12.サク
彼女は名前を、萩尾桜子、と言った。
「サクって呼んで。桜の子、なんてガラじゃないから」
そう言っておどける彼女は、市内の商業高校の二年生だった。やっぱり同い年なんだ。さっぱりした雰囲気は、確かに桜っていうよりは……竹、とか、そんな感じ?竹を割ったような、ってよく言うように。真っ直ぐで、裏表が無さそうで、話していて気持ちがいい。
「私は、江本唯子。西高の二年」
「ゆいこ?」
「唯一の唯に、子供の子」
かわいー名前、とサクが微笑む。そうかな?なんか照れくさいな。桜子って名前こそ可愛いよなぁ。でもサクって呼んだらなんかかっこいいよなぁ。
「唯子って呼んでいい?」
「もちろん」
「えーっと、唯子、この後なんか予定ある?」
「無いけど?」
「そっかぁ、それならせっかくだからお茶でもしたかったけど。あたしこれからバイト行かなきゃなんないんだよねぇ」
「ばいと……」
「うん、フツーにコンビニ。唯子はなんかバイトしてる?」
「ううん」
「じゃあ部活とかは?」
「英語部の幽霊部員なんだ。サクは?」
「あたしは帰宅部。バイトあるしね」
「そっか」
「あー、残念だなぁ。ね、今度さ、時間ある時に会おーよ。あたし唯子ともっと話してみたいなぁ。なんか気ぃ合いそうな気がするんだよね」
「そ、そう?」
「うん。あ、ごめん。あたし馴れ馴れしすぎ?だいたいいっつもこんななんだけどさ。さっきからちょっとうるさいかな」
「いやそんなことないよ!ごめん私ちょっと人見知りする性質で!上手く受け答えできてなくてごめんけど、えっと、サクがそう言ってくれて嬉しいし、うんそうだね、また会ってゆっくりおしゃべりしたいかも」
私が必死に言葉を募らせていると、サクはくすくすと笑った。個人的な意見だけどサクは結構美人だと思う。ショートカットとメガネがよく似合う。
「じゃあさ、ケータイのアドレスと番号、交換しよ」
「あ、うん。そうだね。……あ、ごめん、先に言っとくけど私あんまりマメにメールしない」
「あたしも。自分から送ることはほとんどない」
「私はたまに返信後回しにして忘れちゃうんだよね」
「実はあたし、未だに絵文字の使い方があんまりわからない」
「う、さすがにそれはない」
「男子のメールより殺風景ってよく言われる」
「うわぁ……」
小さく笑い合いながら番号とアドレスを交換した。さっき出会ったばかりなのが嘘みたいに、サクは気安い。サクのサバサバした態度は、こちらのガードを崩してしまうみたいだ。自分でも意外なほど、当然のようにサクに好感を抱いていることに気づく。この様子だと、きっと友達が多いんだろうな。性別とか年齢に関わりなく、するっと懐に入っていくんだろう。私には無い要素だから、素直に少しうらやましい。
「もう行かなきゃ」
「うん。バイバイ。気が向いたらメールしてね」
「唯子が返信忘れないんならね」
「善処する」
「約束はしてくれないんだ」
「サクに一回言われたくらいで直るなら、とっくに直ってる」
「あははっ!なるほど」
じゃーね、ばいばい。サクは笑って手を振った。細身の黒縁メガネの奥の猫目が細められる。私も手を振って、バイトに向かうサクを見送った。
小さくなっていくサクの後姿、毛先を遊ばせてるおしゃれなショートカットの頭を見ながら、カバンの中の雑誌の存在を思い出した。
……やっぱり次の休み、美容室の予約入れよっかなぁ。
サクはまたそのうち出てきます。




