1.いつもの朝
いつもと変わらない朝。いつもと変わらない私。そうやって始まった平凡な一日は、いつもと変わらない終わりを迎えるはずだった。
私は後に気づくことになる。
日常を変えるきっかけは、日常の中に潜んでるってこと。
***
ショートホームルームの前の騒がしい時間。私はこの時間が結構好きで、クラスメイト達の話し声をBGMにぼんやりするのが朝の日課と言っても過言じゃない。
「おはよ、唯子」
いつものようにぼーっとしてたら、仲の良い真由美から話しかけられた。
「おはよー。今日、早いじゃん」
「うん、いつもより一本早い電車に乗れたんだぁ」
真由美は私の前、主が未だ不在の席に、体をこちらに向けて腰掛けた。
「聞いてよー、あたし昨日さぁ」
「うん?」
何か話したいことがあるらしい。目がきらきらしてる。
「告白現場に遭遇しちゃってさぁ!」
……朝からそういう話かよ、と思ったけど、女子高生のおしゃべりに規則なんて無い。特に恋愛にまつわる話は。
「遭遇したっていうか、たまたま目撃しちゃっただけなんだけどー。なんかこっちまでドキドキしちゃった」
「それ、学校での話?」
「うん。昨日の放課後。渡り廊下歩いてたら見えたんだ、部室棟の裏」
「告白スポットだもんね」
「そうなのよ。声は聞こえなかったんだけどさー、見てるだけで“そういう空気”ってのが伝わってきて……!」
「で、ドキドキが伝染しちゃったわけ?」
「無関係なのにね(笑)」
「そしてそのドキドキを誰かに伝えたかったわけ?」
「そう(笑)ご静聴ありがとう」
「どういたしまして」
二人で顔を見合わせて笑い合う。私も真由美も彼氏はおろか好きな人さえ居ないから、恋バナがしたかったら他人の話題を引っ張り出すしかない。華の17歳なのに、なんて寂しいこと。
「で、その当事者ってのがー」
あ、まだ話は続くんだ。
「顔、見えたの?」
「いや、顔はあんまりみえないんだけど、シルエットで何となく。告白してた方はわからなかったけど、されてたのは、あれ4組の穂坂君だよ。あの抜群のスタイルは間違いない!」
「ああ……西高の王子様」
何となく納得。
「何その“王子様”って」
と真由美は笑う。
「だってそんな感じじゃん?顔良くて頭良くてスポーツできて。性格もいいんでしょ?優しいって良く聞くけど。そんなにいろいろ条件が揃った人を王子様と呼ばずして何と呼ぶの」
接点が無いから本人のことは良く知らないけど、私の中にはそんなイメージがあるんだ。
でも真由美はあんまり納得がいかないらしい。
「うーん?でも王子様って言うと、なんか高嶺の花っていうかさ、近寄りがたいイメージ無い?穂坂君はそんなんじゃなくて、もっと親しみやすい感じがするけど」
近寄りがたいのか親しみやすいのか。近寄ったことのない私にはわからない。別に関わりの無い相手なら知らなくても問題無いし。
「で、どうだったの?結果は」
脱線した話を戻して、真由美に促す。
「結果?告白の?」
「うん」
ちょっと気になったから聞いてみただけだけど。
「んー、それが、わかんないんだよね。声聞こえなかったし。最後まで見なかったし」
「見なかったの?」
「見れるわけないじゃん!ってか一瞬で立ち去ったし!」
「ええ!?根性無し!」
「何それ!」
「野次馬根性が足りないよ!」
「いやあんたそれ人としてヒドイから!」
「あはははは!」
「唯子だって、同じ状況なら絶対逃げるくせに……。ってか唯子は、見なかったフリしてどっか行くよ、絶対」
「まーね」
さすが友達。わかってらっしゃる。私は他人の告白シーンを覗く趣味は無い。度胸も無い。
「全く……。まぁ、もしその二人が付き合うことになったら絶対ウワサになるだろうからさー、それが無いってことは、フッたんじゃない?」
「はぁ?その告白って昨日の放課後でしょ?付き合うことになったとしても、そんなに早く広まるわけないじゃん」
「甘いなー、唯子は!女子の情報網ナメんなよ!?」
「そういうもんなの?」
「そういうもんなの。唯子みたいな、俗世にまみれてないお嬢様にはわかんないかもしれないけど」
え、何か理解不能な言葉が聞こえた。
「何、そのお嬢様っての」
「そういうイメージがあるらしいよ?深窓の令嬢、みたいな」
何だそれ、呆れてしまう。真由美もそう思ってるみたいで……っていうか、このニヤケた顔……。さては面白がってるな。
恐らく、私のあまりの交友関係の狭さから、勝手にそういうイメージ持たれちゃったんじゃないかな。
「実際は超庶民ですけど。俗世にまみれまくってますけど」
そう言うと、知ってる、と返された。
「ってか話戻すけど、穂坂君に関しては特にね、ウワサ広まるの早いから。彼女なんてできた日にはファンクラブの女の子達が黙ってないだろうし」
「え、ファンクラブとかあんの!?」
恐るべし、王子様。
「いや、ファンクラブってわけじゃないけど。追っかけ、みたいな?そんな感じの子達が居るじゃん。穂坂君サッカー部なんだけど、部活中にフェンスの向こうでずっと見てたりとかさ。イベントの時は、写真撮られまくったり」
「…………」
「どーしたの」
「なんか……別世界だな、と思って。やっぱ王子様は違うね」
感心してたら呆れられた。
「あんただって勝手なイメージ作ってんじゃん」
あ、ほんとだ。いけない。でもどんな人か知らないし……。
まぁ、いっか。学校一のモテ男のことなんか知らなくても。どうせ関わることなんて無いんだし。
ちょうどその時担任が教室に入ってきたので、そこで話は終わって、真由美は自分の席に戻って行った。




