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クローバー(3)  作者: ディライト
第3章
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第3章

 夏の切ない旅行を終えてからの翌日。

 俺は群れから置いてきぼりを喰らったアザラシのような気分で、ショッピングモール花岡三階の小さな本屋にいた。

 昨夜、アパート住民で花岡小学校PTA主催の夏祭りに行くという一大イベントが企画されたことで、碧原三姉妹と花咲の浴衣を買いに行こうというおばちゃんの立案の元、俺達は朝早くからアパート前で勢揃いを決め込んだ。

 一葉たちの浴衣姿が見れるとあって、代金は全て俺が持ってやるなんて調子に乗ってしまったのだが、おばちゃんいわく浴衣選びは男子禁制という意味不明な理由によって、

「ハルキは三階の本屋さんで雑誌でも読んでて!」

 と俺は早々に浴衣コーナーから立ち退きを要求されたのだった。

 勿論我が家のお財布は一葉に押収されましたよ。うん、泣いていいよね俺。まぁ明日のお祭りまでの楽しみとして取って置きますかね。

 そう自分を納得させて、俺は漫画週刊誌を手に取り、三人が立ち読みしている列に肖って並んだ。

 パラパラと週刊誌を弾いて、お目当ての漫画を探し当てる。

 ……「最終話」って嘘だろ!?

 タイトルの表題に眼をやると、兼ねてから楽しみにしていたラブコメ漫画は無情な三文字によって終わりを告げられている。

 なんで急に舞台が三年後に移り変わってんだよ!? 張るに張られてた伏線の数々はいずこ!? っていうかライバルの娘はどこに消えたんだよ?

 細かいことは気にするなと諭されているように、最後は強引に主人公とヒロインがハッピーエンドを迎えていた。読者的には全くハッピーじゃないんですけど。

 深く溜息をついて、最近の人気の出ない漫画はすぐに打ち切る漫画編集部に悪態をつくように、雑誌を元のところに放り投げた。

 他に興味の引く雑誌もなく、手持ち無沙汰になった俺は、ふと隣で熱心に雑誌を眺めているかなりでかい男に眼を移した。

 読んでいるのはサーフィンの雑誌か。なんか隣で立ち読みしてる人がどんな本を読んでるかって妙に気になるよな。……俺だけ?

 それにしてもこの人でかいな。俺の目線がこの人の肩くらいだ。

 どうにも気になった俺は、ちらりとその大男の顔を覗き見た。

「って、店長じゃん!?」

「のおお!? 草野くん!?」

 でかい図体に似合わない声を上げて、読んでいたサーフィン雑誌を落としたのは、このショッピングモール花岡の向かいの小さなスーパー南田の店長だった。長老のような長い黒顎髭が特徴的なファンキーな三十路である。

「店長なんで花岡にいるんすか!?」

「いや! いやいやいや、草野くん! これには色々と思惑があってだな……!」

 店長はエアコンの効きまくってるこのフロアで、だらだらと汗を垂らしている。何を隠そうこの店長、大規模ショッピングモールに大多数の客を取られ、ショッピングモール花岡を敵視しているのだ。

「店長、今日スーパーはどうしたんすか?」

「…………て、定休日だよ」

 俺から眼を逸らして明らかにやましいことがあるような表情を浮かべる。

「ただでさえ花岡に客とられてるのに、よりによって敵地でのんびり雑誌読んでていいんすか!?」

「だからこれは敵情視察というやつであって、決して毎週通ってクーポン券とか貰ったりタイムセールスに参加してるわけでは断じてないんだぞ!?」

「随分有意義な花岡ライフを堪能してますね!?」

 もはや常連じゃないか!

「くう! いいじゃないか! 僕だって夏休みくらいほしいんだ! オシャレなショッピングモールでお買い物とかしたいんだ!」

 欲求に正直な子供のように振る舞う髭の濃いオヤジ。もはやただの駄々っ子である。

「その点草野くんはいいよね〜……。夏休みがじゃんじゃんあるんだからさ……。お詫びにうちの野菜もじゃんじゃん買い占めていってくれないかなぁ」

「お詫びって俺なんもしてないっすよね!? っていうか店長にも学生時代があったんだからいいでしょ!」

「……草野くん、大人になるとね、なんで夏休みをもっと有効に使わなかったんだろうって思うものなんだよ」

 店長は昔を懐かしむように、ちょうど通り掛かった学生らしき集団を遠い眼で見つめる。

「だからね草野くん。君も夏休みに一人で立ち読みなんかしてないで――」

「おーい! ハルキハルキー!」

 店長が何やら非常に面倒臭いことを口にしようとしたと同時に、二葉が綿毛のようなステップで意気揚々とこちらやってくる。

 後ろには、そんな元気一杯の二葉に優しい笑顔を送っている一葉に花咲、おばちゃんの姿も見える。

 ていうかやべぇ! 店長に一葉たちのことなんて説明すんだ!?

「おぉ!? このおっきい人はだれだ!?」

 滑り込むように俺の前に来た二葉が、すぐに俺の隣にいた店長に眼を向ける。二葉が衝撃波を受けたように面食らっている間に、一葉たちも店長の存在に気付いた。

「あれ? ハルキのお知り合いの方ですか?」

 一葉がかくんと首を傾げて、疑問の声をあげる。

「……!? ちょちょちょ草野くん!」

「どわ!」

 すると店長は慌てたように俺の袖辺りを千切れそうなほどに引っ張って、一葉たち御一行から距離を置いた。

「な、なんすか!?」

「草野くん!? 君というやつはまた……! 美人さんをあんなに侍らせて、ハーレムサマーバケーションかい!? 尚且つ上から下まで年の差がありすぎじゃないか!?」

「あんた勘違いレベルが宇宙の果てだな!?」

 ハーレムサマーバケーションってなんだよ!? ああもうこの人の話を聞いていたら、疲れる一方だ。

「それより店長悪いすけど、店長が南田の店長で、俺も行きつけで知り合いだってこと黙っておいてほしいんですよ」

「僕と知り合いだと草野くんの尊厳が傷つくだって!?」

「そんなことは一言も言ってない!?」

 ネガティブすぎるだろ! 花岡ができる前はこんな弱気な人じゃなかったんだけどなあ。

「色々事情があるんですけど今は……。と、とにかく俺に話をあわせてください!」

 俺と店長が知り合いだとわかれば、一葉は今後我が家の買い物は南田にしようなんて言い兼ねない。そうなれば、葵がアルバイトをしていることがバレてしまう。理由は今だにわからないが、約束した手前、例え一葉にでも話すことは憚られるからな。

「報酬は?」

「学生相手に報酬求めんな!?」

「だって、あんな美人な娘たちいっぱい連れて、なんか負けた気分だもーん」

 店長は髭だらけの顔に全くそぐわない、口をつーんと尖らせて見せる。完全に子供だな。

「わかりましたよ……じゃあ花岡の割引券あげますよ……」

「よし乗った」

 安い! この人安い!

「なにこそこそしてるの?」

 二人で非常に馬鹿らしい交渉を締結していると、いつの間にか一葉たちが後ろにいた。

「いや! なんでもないよ! あ、紹介が遅れたけど、この人は近所の仲良いおじさんだ。よく散歩してると会うんだよ」

 大変微妙なごまかしであるが、なんとかこれで通すしかない。葵がアルバイトをしていることを隠すにはどうしても必要なことなのだ。同居が店長にバレてもそれはそれで面倒だしな。

「どうも、草野くんの徘徊友達の北村です」

 妙にワイルドな声質で髭を撫でながら答える自称北村さん。

 ていうか徘徊友達とかいうな! 人聞きの悪い。

「ハルちゃん、町をうろうろしてると怪しい人に見られるよ〜?」

 おばちゃんがとても困った人を見るような眼を向けてくる。

「いやまぁ散歩友達だから……」

「草野くん、こちらの方々は?」

 店長が肘で俺の肩を突きながら、何かを企んだようなやらしい笑みと眼を向けてくる。

 まさか紹介しろってことか!

 しかもその眼がすぐに一葉たちの一団に向き直ると、心なしかその視線はおばちゃんを射止めているような……。

 おばちゃんだけは駄目だ! 人妻だぞ!? ……まぁ、一葉や花咲狙いでもそれはそれでアウトだが。

「……北村さん紹介します。こちら俺の住むアパートの大家さんです。そんで、こっちの栗色の髪の娘と黒髪の軽くパーマかけた娘が俺のクラスメイトで、栗色髪の元気な娘が栗色髪の娘の妹さんです」

「何よその適当な紹介は……」

 先ほどから何やら考えるように戦況を見つめていた花咲が、よく効く薬を飲んだような顔をして、大きく溜息をつく。

「初めまして、草野くんのクラスメイトの花咲嘉穂と申します。以後お見知り置きを」

 丁寧にお辞儀をしてから、凜とした顔をあげる花咲。京都で若女将とかやってそうな礼儀正しさに、店長も圧倒されたのか「あ、こ、こちらこそどうも」とかどもりながら腰を低くしている。

「本当に草野くんと同い年かい?」

「どういう意味すかそれ」

 そんな俺達の様子を見て、妖艶に喉を鳴らす花咲。

 その大人をも惑わすその顔はまさか演技じゃあるまいな?

 花咲の自己紹介が終わると、続いておばちゃんも前に出てくる。

「こんにちは〜、ハルちゃんの住んでるアパートで大家さんやってる――」

「すばらしい!」

 しかし、名乗る前に店長はおばちゃんの手を両手で握りしめて、今にも口づけしそうなくらいに近づく。そして、きょとんとしてされるがままになっているおばちゃんに、店長はナルシストな王子様のような表情で言った。

「今度お食事でもどうですか?」

「ご遠慮します〜」

 ふやっと生カステラのような笑顔でやんわり且きっぱりと断るおばちゃん。

 そんなおばちゃんの言葉に店長は、建物の崩壊音が聞こえてきそうなくらいに崩れさって、床のリノリウムに這いつくばる。

「おばさん、結構残酷ですね……」

 一葉が苦笑いを浮かべて、おばちゃんに言う。

「え〜、なんかダメだったかなぁ?」

 よくわかってないような表情で眉を八の字にしているおばちゃんがだんだん小悪魔に見えてきた。小悪魔系主婦恐るべし。

「キタムラげんきだしなよ!」

 やっぱり呼び捨てな二葉が、どん底にいる店長の肩に手を置く。

「君は……?」

「二葉だよ〜! よろしくおねがいしま〜す!」

 ぺこりと可愛いらしくお辞儀をする二葉に、店長は救世主を目撃したような表情で何やら「おぉぉぉぉ…………」とか唸っている。

「天使って……実在したのか……!」

「北村さん、そろそろ現実に眼を向けましょうよ」

 なんかもう色々ショックで店長の脳はキャパシティオーバーのようだ。

 そんな店長を見て頭の上にハテナを浮かべている二葉。

 うん、店長には二度と会わせないほうがいいな。二葉に悪影響は与えたくないしな。

「そして、二葉の姉の碧原一葉です。ハルキとは……学校で仲良くさせてもらってます」

 二葉の頭を撫でるように手を置いて、森の妖精のような笑顔を向ける一葉。

 ああ一葉、名前と俺との関係に笑顔までサービスしちまって……。これ以上の刺激は致死量に達してしまうぞ。

「ま〜す!」

 二葉が擽ったそうな表情を浮かべながら、右手をあげて語尾だけ繰り返す。

 そんな二葉や一葉に、店長はまた訳のわからないことを言い出すと思ったが、俺の予想は外れていた。

 店長は一葉一点を、眼を見開き凝視していた。おばちゃんの時や二葉の時のように、ふざけた表情では決してなく、本当に驚いているような、そんな表情をしていた。

「どうしたんすか?」

「……え、あ、いや……」

 気になって問い掛けてみても、煮え切らない答えが帰ってくるだけだ。

「ってあれ? そういえば三葉は?」

 一葉の後ろにでも隠れているのかと思っていたが、三葉の姿はこの場になかった。

「三葉ね、学校の友達と午後から約束があるからって、浴衣選んだらすぐに学校に遊びに行っちゃったよ?」

「あ、そうなのか?」

 学校の友達というと、多分風間(かざま)希望(のぞむ)くんのことだろう。以前三葉の忘れ物を取りに二人で花岡小に行ったとき、滑り台下の砂場で遊んでいた同学年の男の子だ。四年生にして礼儀正しくとても良い子だが、どこか変わった雰囲気のする子だった。少し不思議な感じがする辺り、三葉ともウマが合うのかもしれない。それにしても、いつの間にか学校以外でも遊ぶ仲になってたとはな。

「でも安心したよ〜。三葉全然そういう話なかったから、なんかすごく嬉しくってさ」

 一葉が胸に手を当てながら、心から安心しているような笑顔を向ける。

「五時になったらチャリで迎えに行ってみるか」

「草野くんって過保護ね」

 花咲が悪戯な笑みを向けて、ここぞとばかりに茶化してくる。

「う、うるさいなぁ。なんかあってからじゃ遅いんだからな」

「ハルキは三葉のこと心配しすぎだよ〜」

 一葉も可笑しそうに俺の腕を叩いてくる。

「そうだそうだ! ミツバばっかりずるいぞ〜!」

 二葉も負けじと応戦する。

「もちろんフタバが出掛けても迎えに行くぞ?」

「ホントか! やったーゼッタイだぞー!」

 カンガルーのように喜びを表現する二葉。

「でも、三葉ちゃん喜ぶと思うよ〜」

 三方向から不利に挟まれてた俺に、おばちゃんが助けの手を差し延べてくれる。

 おばちゃんがそう言うんだから間違いない。ってやべ、店長のいる前でこんないかにも家族みたいな会話してたら怪しまれるじゃんか!

 そう思って、慌てて店長の方へ振り向くと、

「…………ああ、なるほど、そういうこと……か……」

 何やらボーッと物思いに耽けながら、そんな事を呟いた。

「店……じゃなくて北村さん?」

「……へ? ああいや、草野くん。僕はそろそろおいとまさせてもらうよ」

「ああ、そうですか? どうもでした。この恩は必ず」

「うん。では皆さんまた会いましょう!」

 最後はにこやかに右手をあげて去って行った。

「バイバーイ! キタムラー!」

 二葉が両手をぶんぶんと振り回して叫ぶと、にへらと幸せそうな顔で手を振った後、その後は振り返らずそのまま出口の自動ドアを抜けて見えなくなった。

 ……なんか妙に様子が変だったな。いつもの店長らしくもない。

「キタムラさん、どうかしたのかな……?」

 一葉も様子がおかしいのに気づいていたらしい。

「さ、さあ……。おばちゃんに振られたのがよっぽどショックだったんじゃないか?」

「えぇ〜!? やっぱりあれ本気だったのかなぁ〜?」

 バツが悪そうに頬をかくおばちゃん。

「大丈夫っすよ、基本ネガティブだけど、一日経てばすぐ忘れちゃうような人だから」

「そうなの……? なんか悪いことしちゃったかなぁ」

 本当に申し訳なさそうに目線を落とす。

 人妻口説こうとする方が悪いんです。

「それよりも草野くんがいつも町を徘徊してるとはね」

「いつもはしてねぇ!?」

変なイメージついちゃったじゃんか!

「『く散歩』って題名でテレビ番組作れるんじゃないかしら」

「さぁ、散歩に出掛けましょう! ってやるか!」



 ◇◇◇



 それからも花岡でちょこちょこ買い物を済ませて、二時過ぎに我が家に帰宅。買ってきた浴衣はすぐに隠されて、拝むことはできなかった。まぁ明日になれば見れることだろう。

 その後はお茶を啜りながら、二時間ほど三人で仲良くWeeをプレイした。

 やっぱり家はいいよな。旅行中は楽しいのに、帰ってくるとやっぱり我が家のほうが落ち着くってのはなんでだろうな。

「さてと、んじゃいっちょ三葉を迎えに行ってくるわ〜」

「うん、気をつけてね〜」

 今日の夕食当番の一葉が、エプロンを結びながら答えてくれる。

「ハルキ、アイス買ってきてアイス!」

 畳に足を伸ばして、夕方のアニメを見ていた二葉が足をぱたぱた声を大にする。

「昼にも21アイスクリームで食ったろ?」

「だって暑いんだもん!」

「しょうがねえなぁ。一個だけだからな?」

「やったー! バニラね!」

 どうにも俺は断れないらしい。これじゃあ将来何でも買ってあげちゃうダメパパになっちまう。

「私、チョコチップ……ね?」

 一葉もご飯を欲しがる猫のような上目遣いを向けてくる。

 ……まぁダメパパでもいいか。


 アパート住人兼用の倉庫からボロチャリを引っ張り出して、ストッパーを蹴る。サドルに跨がって、ペダルを漕ぎ出すと、まるで暖房のような風が肌を撫でていく。直ぐに下り坂に差し掛かると、日陰の道路をざわざわとした草木の擦れる音をBGMに猛スピードで下っていく。麓まで一気にタイヤを転がして、俺の通う花岡高校とは逆方向へハンドルを切る。そのままたんぼに囲まれた道を真っ直ぐ行くと、以前俺もお世話になった学舎まなびや、花岡小学校にたどり着く。

 ただ、今はもう思い出の校舎は鉄製の骨組みに囲まれてビニールシートで覆われていた。

 明日の夏祭りが終わると同時に、本格的に改装工事が施されるらしい。

 俺は学校の駐輪場に自転車を置いて、時の移り変わりを眼で感じながら、まだ足が感触を覚えている校庭に足を踏み入れた。

「おーい、ミツバ〜」

 校舎を中心にしてジオラマのように広がる校庭の片隅に、申し訳程度に設置されている滑り台と砂場。そこだけ他の遊具と離れていて、敷地の外に並べられている木々が、日傘の役割をするように日陰になっている。

 そこに急な突風が吹き抜けた。

 一瞬眼が嫌がって意志に反して閉じる。

 直ぐに風は止んで眼を開けると、三葉と風間希望くんはそこにいた。

「……あ、ハルキ……」

 砂場に近づいていくと、三葉は砂場を形成する沿石に座っていた。三葉は直ぐに俺に気付いたようで、肩に下げたおさげを揺らして振り返った。

「ほら、三葉ちゃん。言ったとおりだ」

 それと同時に、滑り台の終わりに足を伸ばして座っていた希望くんが、すくっと立ち上がって俺の元に近づいてきた。

「こんにちは、ハルキさん。あ、まだ陽が長いけど、五時過ぎならこんばんはですか?」

 希望くんはトレードマークの茶色いキャスケットの影から無垢な瞳を向けて、世間で非常に曖昧な質問をぶつけてくる。

「やぁ、希望くん。うーんどうだろうな。感じる度合いなんて人それぞれだから、思ったことを口にすればいいんじゃないか?」

「そうですよね。だってさ、三葉ちゃん?」

 俺の答えに唐突に後ろの三葉に話を振る希望くん。急に話を振られた三葉は何故だか、前髪に重なる眼がじとっとして、心なしか頬を膨らませている。

「……希望くん、いじわる……」

「ごめんごめん、嘘だよ三葉ちゃん」

 いまいち二人の会話の意味がわからない。それより随分距離が縮まってるな!

 希望くんはカラっと笑って、座っていた三葉の手を取って立たせると、その三葉の手を俺の右手に握らせてきた。

「ささ、三葉ちゃんお兄さんに身を任せて!」

「もう! 希望くん!」

 おぉ……、三葉が二葉以外にも大声を……。

「ハルキさん」

 俺が何やら真っ赤になって叫んでいる三葉に驚いていると、希望くんが俺の名前を呼んだ。

「ん?」

「その手、離さないであげてくださいね」

 その言葉を零した希望くんの表情はどこか寂しそうで、まるで泣きそうなのを堪えるように笑みを浮かべていた。いきなりそんなことを言われたもんだから、俺は面喰って直ぐに答えを返せなかった。

「希望くん! いいから!」

「わかったわかったごめんごめん!」

 その隙に再び激高した三葉。それと同時に握りなおすように三葉の手にぎゅっと力が入るのがわかった。

「離さないよ、絶対」

 それに応える様に俺も三葉の手に力を籠めて、そう強く宣言した。こんなに小さくてか弱い手を、俺は絶対に離さないと心に誓って、強い意志を込めるように希望くんを見た。

「……なら、安心ですね」

 希望くんは静かに笑った。

 同時にまた一つ、強く生温い風が吹き付けた。




 第3章――完

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