中編
「……ど、どうしたの?」
いつもの砂場で、希望は人の気配を察知して振り向くと、ほっぺを風船が割れる寸前のように膨らませ、怒っているような泣いているような、なんとも形容しがたい表情で、立ち尽くしている三葉を見つけた。
寂しくなったらおいで……なんて、つい生意気なことを言ってしまったが、まさかこんな表情で、しかも二日後に再びやって来るとは流石に予想外だったようで、思わず苦笑いを浮かべてしまう。
そんな希望を余所に三葉はふぐのような表情のまま、希望の隣にどっかりと腰を下ろした。
中
春樹と一葉が旅行へと出向いてから今日で三日目。つまり今日は二人が帰ってくる日だ。
おばちゃん宅最終日を迎えた三葉の気分はすこぶる快晴だった。
逆に二日目はとにかく最悪だった。
一昨日の夜ごろに突如発生した台風が、日本列島を覆うように、一日中居座っていた。余りの暴風と豪雨に、三葉はこの木造アパートは身ぐるみ剥がされてしまうんじゃないかと思ったほどだ。
そんな天気だったから、外に出ることもままならなかった三葉は、相変わらずべったりな二葉と雄太の三文芝居を眺めるハメになってしまった。それだけならまだしも、二葉は時たま思い出したようにちょっかいを出してくる。そういえば、みたいな態度がすごくカンに障る。
だから三葉は、以前のように売り言葉に買い言葉で言い返したりするのやめた。
もうこんなやり取りに意味なんてない。今の二葉にとって、自分との馴れ合いは箸休めみたいなものなんだから。そして箸休めの漬物が食べられまいと無言を貫いていれば、二葉の主食であるところの雄太はどこか申し訳なさそうな、曖昧な笑みで三葉を見てくる。
そんな同情の眼がもっと不愉快だった。
雄太に悪気なんてものはない。いや、むしろ心配してくれているのかもしれない。おちゃらけているようでも、もう立派な中学生なのだ。そんなことは三葉だって十分わかってる。
でもそれは、二葉の妹としてだからでしょ。だから心配してるフリをしてるんでしょ。
三葉はそんなことを思ってしまう自分を蹴りたいと思った。
そんなこんなで、二日目はとにかく居心地の悪かった大家宅で、三葉は借りてきた猫のように隅のほうで縮こまっていた。
しかし、今日は春樹と一葉が帰ってくる日である。二人が買ってくるお土産が楽しみだ、ということではない。勿論二人に会えるということ、そして、また四人での生活が戻ってくるということに心を踊らせているのだ。
胸の高揚に思わず鼻歌も混じってくる。台風一過の空のように心が晴れ晴れとしている。自然と笑顔も浮かんでくる。
三葉は昼食のそうめんを啜りながら、ようやく舞い戻ってくるだろう居心地のいい空間に想いを馳せていた。
そんなとき雄太が一つ口を開いた。
「今日の夕方には、ハル兄とお義姉さん帰ってくるんだよねえ」
「そうねえ〜」
箸の先をくわえながら視線を落としている雄太の様子を見て、おばちゃんものほほんとした口調ながら、少し寂しそうな笑顔を浮かべる。
「すごく賑やかだったから、また三人に戻るのはちょっと寂しいね〜」
寂しさを飲み込むように、おばちゃんはそうめんを啜る。
ちなみに、夜になると雄太の父兼おばちゃんの夫がいつも酔っ払って帰ってくる。といっても悪酔いして暴力を振るうなんてことは全くなく、陽気にどこかで買ってくる寿司を手土産に、アパート一階大家宅のボロドアを開くのだ。
そんな雄太父兼おばちゃん夫も、二葉と三葉にはとても寛容だった。
「うちは女のコがいないから華やかになっていいなぁ」
なんて言うと、おばちゃんは「え〜わたしも女のコだよ〜!?」なんて言ってぽかぽかと腕を叩きながら頬を膨らませたりする、ごく普通の幸せ家庭だ。
だから三葉は、そんな家族を羨ましく思った。ぽかぽかと心が満たされるような幸せそうな様子だったから。でも一方で、そんな家庭を持ちながら寂しくなるなんて言って欲しくなかった自分がいるのもわかっていた。
そんなことを聞いてしまったら、また二葉は調子に乗って……、
「あたしはこの家の子になってもいいぞー!」
三葉が懸念していたことと全く同じことを二葉は口にした。
「おおマジっすか! じゃあ俺と結婚を前提に考えてくれてるってことでいいんすよね!」
「それは違うぞー」
「かなりの棒読みで振られた!?」
雄太は大袈裟に頭を抱えながらも、どこか嬉しそうに笑っている。
おばちゃんもまた、そんな二葉の言葉にほんわかした笑顔を浮かべている。
「なーミツバ? こんなに毎日わいわいしてるなら、ぜんぜんいいよなー?」
二葉は唐突に三葉へと意見を求める。
――――いいわけない。
「――――もん」
「え? なんだー?」
「やだもん!」
三葉はぱちんと音を立てて、テーブルに箸をたたき付けた。
皿に入っているめんつゆが揺れる。
「み、三葉さん!?」
「三葉ちゃん、どうしたの?」
少し険悪な三葉の様子に、雄太とおばちゃんも慌てて持っていためんつゆを置いた。
「な、なんでだー!? こんな楽しいところなら、ずっといたっていいじゃんか?」
「…………フタバのバカ」
「あー! またバカって言ったな! バカっていうほうが――」
「うるさいうるさいっ! フタバなんてフタバなんて……!」
三葉は立ち上がり、下唇を噛み、悔しそうに顔を歪ませ、涙で潤ませた眼で二葉を睨み付ける。そして、
「この家の娘になっちゃえばいいんだっ!」
と捨て台詞を残して、三葉は脱兎の如く部屋から逃げ出した。
「だからなってもいいっていってるだろー!?」
ドアを開けて大家宅を飛び出すまでに、二葉の言葉が耳に入ってきたが、生憎それは三葉の逃げ足を更に速くさせるものだった――――
「――――……というわけ、です」
三葉は少し気まずそうに口を尖らせ、怖ず怖ずと希望の顔を伺うと、
「あっはははは!」
希望は朗らかに笑っていた。
「も、もう! 笑い事じゃないもん!」
「あはは、ごめんごめん! 三葉ちゃんはそのお姉さんのことも大好きなんだなぁって思ってさ」
「……なんでそれで笑うの。……それに、べつに好きじゃない」
三葉が恥ずかしそうにそう言って、そっぽを向くのを見て、希望は再び吹き出した。
「あはははは、素直じゃないなぁ。三葉ちゃんはすっごく家族想い、それでいいじゃない?」
「……うぅ、そんなんじゃ……ないもん」
「でも春樹さんのこと、好きでしょ?」
何の気なしにそう聞くと、三葉は顔を真っ赤にしながら垂れてた頭を急上昇させた。
「もうっ! 希望くんのいじわる!」
三葉は希望の肩を小突く。
「いててて、ごめんごめん! でも、それでまた僕のとこに来てくれたのはすごくうれしいなぁ」
「……そうなの?」
希望が素直にそう零すと、三葉は窺うような上目遣いで見る。
「そうだよ。だって僕も寂しがり屋だから」
「……希望くんは、そうは見えない」
「強がってるだけだよ」
希望はそう言って立ち上がると、三葉に手を差し出して真夏の太陽に負けない笑顔を向けた。
「いいところがあるんだ。三葉ちゃんに見せたい」
ほらっと反応の鈍かった三葉を立たせて、希望は手を握ったまま歩きだした。引っ張られるままに、三葉はよろめきながらも希望の後に続く。
キャスケットから流れる襟足が揺れ、自分より少し大きな背中を眺める。
触れ合う手に少し力を入れてみると、包み込むように握り返してくれる。
三葉は今、自分は一人じゃないと感じている。その手の温もりは、曇天模様の心を浄化してくれているようだった。
「さすがに夏に手を繋ぐと暑いね」
校舎の裏手から出て、人工的に作られた裏山へと続く階段を、汗水垂らしながら二人で登って行く。
希望はちょっと困ったように笑って、少し汗ばんでいた手を離した。
すると三葉は、再び捕まえるように手を握り返す。
「……そんなことない」
「そう? でも僕の手、汗かいてるから気持ち悪くない?」
「……大丈夫。繋いでて」
そう言って、三葉は握る手を強めた。
今の三葉にとって、この手は唯一の拠所であるのだ。
だから一度でも離してしまえば、暗い落とし穴に落ちていって、もう戻っては来れなくなってしまう気がする。
それが三葉にはとても恐ろしいことなのだ。
結局草葉が落ちるくねった坂道を二人は手を取り合いながら歩いた。
「ついたよ」
木々に囲まれた道を抜けると、そこはちょっとした広場になっていた。
目線の先にベンチが数個置いてあり、さらにその先には細い丸木で作られた柵で、下へ落ちないようにと施されている。ここに簡易望遠鏡でもあればレジャー施設にでもなろう場所だ。
「――……わぁ」
三葉は目の前に広がった透き通るような青空と、地平線まで広がる景色に眼を輝かせた。
拙い足取りで柵へと走り出し、希望はその背中を追った。
「……学校にこんなとこ、あったんだぁ」
「ここの裏山は休み時間、生徒の遊び場みたいになってるんだよ」
希望は後ろを指差して、大型滑り台の存在も示す。
「……ぜんぜんしらなかった」
「そうなの?」
「……休み時間は……本とか読んでるから……」
希望がしまったと思った時には、三葉の視線は下がっていた。
「あ、えと、ふ、二葉さんは教えてくれなかったの? 確か六年生だったよね?」
慌てて取り繕うと話題を逸らすと、三葉は膨れっ面に変わった。
「……二葉なんて知らないもん」
「う……なんかごめん」
希望は気まずい雰囲気にしてしまったことを素直に謝ると、三葉は首だけ横に振って、ベンチに腰掛けた。
「……二葉はきっと、もう忘れちゃってるんだ」
三葉が腰掛けたのを見て、希望もその隣に座る。その際、三葉が何かを漏らしたが希望の耳には入らなかった。
遠い眼で空を眺める三葉の横顔を見ながら希望は思う。
三葉ちゃんを助けたい。
彼女は唯一僕を見てくれた人なんだ。
だからきっと、皆が幸せになれる方法があるはずなんだ。
三葉ちゃんが、春樹さんが、三葉ちゃんのお姉さんが、最後には皆が笑っていられるように。
きっと僕の使命はそれだったんだ。
だから僕はずっと砂場にいたのかもしれない。
すべては彼女に出会うために。
ねぇ、そうでしょ?
希望は空を見上げて、そう呟いた。
刹那、温かい風がうねりをあげて吹き荒れた。
三葉は大きく揺れるおさげを押さえ眼をつむる。
そして希望は口許を薄くつり上げ、眼を閉じて、茶色いキャスケットを押さえながらしっかりとその風を受けた。
「ねぇ三葉ちゃん、明後日花岡小でお祭りをやるの知ってる?」
「……うん。みんなで行く約束してる」
「そっか。じゃあ話が早いね」
「……どういうこと?」
三葉が首を傾げると、希望は立ち上がって三葉の前に立ち、目一杯手を広げた。
「最後の花火、ここに皆を連れてきてあげなよ! すっごく大きく花火が見れて、特等席なんだよ!」
「……そうなんだ」
三葉は頬を緩めて眼を輝かせている。
「今日春樹さん帰ってくるんでしょ? ぜひそのことを言ってみて。本当に感動するほど綺麗だから!」
希望の力説に、三葉はこくこくと頷いた。
「………あの、じゃあ、希望くんも一緒に……」
「僕はいいんだ」
勇気を振り絞った三葉の誘いを希望はすぐに断った。
三葉の肩がびくつく。
「……僕が見たいのは、花火じゃないから。家族水入らずで楽しんで」
そう言って、希望は優しく微笑んだ。
三葉は少し残念そうに肩を落としたが、嫌われたのではないとわかり、またすぐにぎこちない笑顔を返した。
◇◇◇
「……ただいま」
帰ってきたのは五時半過ぎだった。
自分でも言葉になっていないとわかる事を叫んで出てきてしまった手前、戸を叩くのは大変憂鬱だった。
しかし、もうすぐ二人が帰ってくるのだ。
弱気なところは見られたくないし、見せたくない。
旅行を薦めたのはあくまで自分である。
その張本人が心配の種になってしまうのは憚られたから、三葉は決死の覚悟でドアノブを回し、声をかけた。
すると、おばちゃんはあたかも玄関先で待っていたかのように立っていて、不安の色を浮かべる三葉に、ホイップクリームのような笑顔を向けた。
「おかえり〜。もうすぐハルちゃんたち帰ってくるから、ごはんの前に先にお風呂にはいっちゃう?」
三葉は胸を撫で下ろしたのと同時に、昼間の件について何も咎めないおばちゃんの気遣いがとても心を温めた。
「……はいります」
真夏で汗だくだったのもあるし、苦い想いを洗い流して、真っさらな状態で二人に会いたかったから、三葉は首を縦に振った。
しかしやはりおばちゃんはどこか抜けている。
「じゃあ二葉ちゃんと入ってきてね〜」
と言って、おばちゃんはタオルを持たせて洗面所へと背中を押した。
三葉は急な方向転換に頭の回転が追いつかず、されるがままに洗面所へと入ってしまった。
洗面所内にはすでに服を脱いだ二葉がいて、ちょうど浴室に入ろうかという所だった。
「おかえりー」
「……ただいま」
とても気まずい空間だ。どこよりも清潔な空間のはずなのに、今はえらく空気が悪い。
「三葉もはいるのかー?」
「……うん」
「じゃあさきはいってるぞー」
「……うん」
一言二言交わして、二葉は浴室へ消えていった。
シャワーの音が聞こえてきたのを皮切りに、三葉も服に手を掛ける。
思わず溜息が零れる。まさか最後の最後にこんな仕打ちが残されていたなんて。
そう思う三葉の動きは重い。脱ごうとしている服が何倍にも感じる。
やっとの思いで着ていた衣服を剥ぎ取ると、少し緊張しながら浴室の扉を開けた。
一面に湯気が立ち込める。
眼が慣れてくると、二葉はいつの間にか浴槽に浸かっていた。
顔だけ出して浴槽の縁に顎だけ乗せながらこちらを見ている。
三葉はよく真夏にお湯に浸かっていられるものだと突っ込んでやりたかったが、そんな軽口を言えるほど今の三葉に余裕はない。
半眼の二葉から眼を逸らして、三葉は風呂椅子に座りシャワーの蛇口を捻った。
飛び出してくる温めの雨が心地良い。
「なぁー」
そこで二葉が声を掛けてきた。
三葉は返事をせずに恐る恐る目線だけ向ける。
「なんか二人きりってひさびさだなー」
シャワーの音と二葉の声とが共鳴する。
それもそうだ。夏休みが始まってから暫くは、一葉か春樹が一緒であったし、二人が旅行へ行ってからは雄太やおばちゃんが常時ついている状態だった。
二葉と二人きりになる機会はそうそうなかった。
「……うん」
シャワーの音に紛れるほどの声で肯定した。
二葉はその声に気づいたのか否か、そのまま話を続ける。
「一葉と春樹、もうすぐ帰ってくるんだよな〜。待ちきれないよ〜」
と言って、腕に顎を乗っけて左右に顔を揺らす。
「……別に雄太くんがいるんだから、いいじゃん」
「む、そんなことないぞっ! っていうか三葉、最近よく雄太が雄太がって言うけど、雄太はただのトモダチだぞ?」
湯舟から立ち上がって、風呂に波を作りながら立ち上がって主張する二葉。その嘘偽りない真っ直ぐな瞳に、少し雄太に同情したくもなる。
しかし三葉にとって、雄太が二葉とどうなろうとどうでもいいことだ。
「……そういうことじゃない」
「じゃあなにさー?」
「……二葉は…………この家のコになりたいんでしょ……?」
窺うようにそう漏らすと、二葉は豆鉄砲を喰らったような顔をして、それから大笑いし始めた。
「……なんで笑うの」
「あっはははは! だってさー三葉おっかしーんだもん!」
風呂の中で水しぶきを上げながら笑い転げる二葉に、三葉は半眼で睨んだ。
「そんなの気にしてたのかー? たとえばなしにきまってるじゃん! ――いまも、これからも、あたしのウチは一つだけだよ」
二葉は手招いて、三葉に湯舟に入れと促す。
誘われるままお湯に足を入れ、そのまま浴槽にしゃがみ込む。
「春樹に連れられていったあの日の夜、三人で約束したことじゃんか」
二葉は優しくはにかんで、三葉の頭を撫でる。
くしゃっと顔を歪めて、されるがままの三葉。
覚えていてくれた。あの日三人でした約束を。
それがわかった瞬間、胸につかえてたものが外れた気がして、三葉は思わず俯いた。
「よしっ! というわけで、二人が帰ってきたらいい子にしてたっていうんだぞー? 二人に心配はかけないのだっ!」
「……うん、わかった」
二葉が胸の前で二つ握りこぶしを作った。そんな二葉に三葉は顔を伏せたままこくりと頷いた。
それからまた二葉は三葉の頭に手を乗っけて、暫く柔らかな髪を撫でていた。
◇◇◇
お風呂から上がり、髪の毛を乾かしてから、暫く夕方のアニメを雄太と二葉と三葉の三人で見ていた。
相変わらず二葉は雄太とくだらないことで笑いあっているが、今はそれがそんなに嫌なことではなくなった。
二葉は今もここにいて、これからもずっと一緒にいる。そう言ってくれたことで、三葉の心は軽くなったのだ。
一体何をそんなに意固持になっていたのだろう。
そう胸に問い掛けてみても答えてはくれない。しかし、それでもまだ心配性な自分は何かに怯えている気がする。今の三葉には、それが何なのかはまだわからない。
そんな事を考えながら、ボーッとテレビ画面を眺めていると、部屋にアヒルが首を絞められたような音が鳴り響く。
台所で夕飯の支度していたおばちゃんは「はぁ〜い」とのほほんとした声で返事をして玄関へと向かった。
「もしかしてハル兄とお義姉さんじゃない?」
「あら、おかえりなさい二人とも! フタバちゃん、ミツバちゃん〜、ハルちゃんとヒトハちゃん帰ってきたよ!」
雄太がそう言ったのと同時に、おばちゃんが玄関で二人を呼んだ。
その声に反応して、二葉が一目散に駆け出す。三葉も負けじとその後に続く。
「おおおお! ヒトハ、ハルキおかえりー!」
「……ぉ、おかえりなさい……」
二人で元気よく出迎えると、春樹は嬉しそうに笑って二つの形の異なった頭に手を載せた。
「おう、ただいまフタバ、ミツバ」
「ただいま! 二人ともいい子にしてた?」
一葉が優しくそう問い掛けると、二葉はいの一番に用意していたであろう答えを披露する。
「おお、してたぞ! なぁミツバ?」
「……フタバはうるさかった……」
「ミツバこらー! 二人に心配かけないようにしてたって言う約束だったろー!?」
「……そんなこと言ってない……」
「ミツバだってよくわからないこと何度も叫んでたじゃんか!」
「フ、フタバがうるさかったからだもん!」
そんな二人の小突き合いに、春樹と一葉は顔を見合わせてホッとしたような表情を見せた。
三葉は二葉とぽかぽか小突き合いをしながら思う。
やっぱりいい。もうこれじゃなきゃ、自分はダメなんだ。二葉がくだらないちょっかいをだしてきて、一葉が困ったように宥めてくれて、春樹が優しく見守ってくれる。
そんな些細な温もりがこんなにも心を満たしてくれる。
これからもずっと続けばいい。
そうだ、希望くんに教えてもらったあの場所に四人で行こう。
きっとみんなも喜んでくれるはず。
大きな花火を目の前で見たら、きっと気持ちが良いんだろうなぁ。
三葉は今ある幸せを噛み締めながら、そう心に決めた。




