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クローバー(3)  作者: ディライト
第4章
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第4章―(2)

 俺達の視線の先に、三葉の姿はなかった。

 突如、俺らの前に吹き荒れた突風に連れ去られてしまったかのように。

 暫く呆然と立ち尽くしていると、三葉の立っていたその場所は、人混みに紛れてしまって、三葉の消失を強く感じさせた。

「ミ、ミツバ? ミツバは!?」

 第一声は二葉だった。

 三葉が居たであろう場所まで駆け出して、きょろきょろと視線を左右に向けている。

 その二葉の珍しい焦り交じりの声に、俺達はようやく今の状況を把握した。

「ミツバー! 近くにいたら返事してー!!」

 一葉が精一杯の大声を張り上げる。しかし無情にも騒がしい祭の喧騒に掻き消されてしまう。

「ど、どうしよ〜! まず117に……! ってあれ? 119だっけ!?」

「落ち着いてくださいおばさん。まずはPTAの本部に放送を流して貰うことが先決です」

「そ、そっか!」

「母ちゃん、俺も行くよ!」

 おばちゃんと花咲が何か話し合っている。そこに雄太も加わって、三人は慌ててどこかへ走っていったのが眼の端で見えたが、今はそんなことはどうでもよかった。

 俺は自分の手を恨めしく睨む。

 どうして、どうして離してしまったのだろう。

 これではあの時と、何も変わらないじゃないか……!

 あの時も、俺は……!


 ――『逃げて……春樹……早く…………!!』

『母さん諦めんなって! まだ大丈夫……絶対助けがくるから……!』

 徐々に燃え広がる慣れ親しんだ一軒家。

 目の前には壁が崩れて下敷きになった母さんの姿が。


 真夏の深夜のことだった。

 毎度帰りが遅い親父を待たずに、既に深い眠りについていた俺と母さんは、一階のリビング付近から火が上がっていることに気がつかなかった。これは後でわかったことであるが、放火だったらしい。

 二階で寝ていた俺は、異常な暑さに眼を醒ますと、目の前には残酷な世界が広がっていた。幸い、二階にはまだ大きく燃え広がっていなかったため、直ちに俺は避難し、一階の寝室で寝ているだろう母さんの部屋へと向かった。しかし一階はかなりの規模で燃え広がっており、既に煙で息苦しくなってくるほどだった。

 俺は母さんの名を呼んだ。既に避難してくれていることを願って。今から考えれば、一人息子の俺を置いて単身逃げてしまう白状な親ではないことは重々わかっていたのだが。

 すぐに寝室から、うめき声にも似た俺の名を呼ぶ声が届いた。

 俺は火の粉をかい潜り、熱された寝室のドアノブを火傷しながらも回した。


 それからは前述の通り、母さんは俯せで下敷きにされた状態で、床に投げ出されていた。

 俺はすぐに駆け寄って、母さんの上で横たわる巨大な壁片の除去を試みるが、俺一人の力では到底無理なことだった。

 仕方ないから、せめて助けが来るまで、元気付けてあげようと思った。手を握って、寄り添っていようと思った。例え助けが来なくても、この手は絶対離すまいと心に決めていた。

 なのに――――


「――――キ……、ハルキってば!!」

「――っ!? え、あ、一……葉……?」

 思い出したくない思い出から、引っ張り出される。

「……大丈夫だよ、きっと」

 一葉が両手で俺の両手を包んでくる。

「私たちは四つ葉のクローバー……でしょ?」

 その天使のような笑顔によって、俺の心のもやは 一瞬の内に消し飛んでしまった。

 ……そう、三枚の葉じゃ駄目なんだ。

 四枚揃って初めて幸せが訪れるんだ。

 家族としての誓いを交わしたあの夜に、自ら宣言したことだ。

「……そうだな。そうだよな。ごめん、ボーッとしてて」

 一葉が決意の表情で頷く。

「よし、二手に分かれて探そう。一葉と二葉で正門辺りを探してきてくれ。俺は校舎内みてくるから」

「うん、わかった! 二葉、行こっ!」

 一葉が二葉に声をかける。しかし二葉は目に見えて肩を落とし、落胆の色を表情に張り付かせていた。

「あたしが……、ミツバをバカにするようなこと言ったからだ……」

 いつもの快活な声もどこかに置き忘れてきたように呟く。二葉の言っているのは先ほどの金魚掬いのことだろう。

「そんなことない、そんなことないよ……! いつもの冗談だってこと、三葉だってわかってる」

 と一葉。

「でもミツバはいなくなったんだよっ! ……どうしよう。ミツバがこのまま帰ってこなかったら……」

「そんなことあるはずねえ!」

 知らぬ間に口から声が出ていた。

「そんなことは…………もう(・・)させねえ」

「ハルキ……」

 もう後悔はしたくない。あの時あーしていたら、こーしていればなんて、ただひたすら何の意味も持たない非情なものだから。

 俺は整えられた二葉のショートカットを少し乱暴に撫でてやる。

「絶対、四人で帰れるさ」

 下の瞼に涙を溜めて、下唇を噛んでいる二葉は、ぼさぼさになったショートカットを振り回しながら、大きく二度頷いた。

「よし、じゃあ手分けして探そう。連絡はケータイで。二葉も一葉の手、離すなよ?」

 俺達は頷き合って、その場を後にした。



 ◇◇◇



 暫くの間、視線をさ迷わせながら走り回った。夜の残暑が俺の体力を奪っていく。もうシャツはびしょびしょだ。時には道行く人達や的屋のオヤジに聞き込みをしたりもしたが、有力な情報は聞き出せなかった。途中でPTAの放送も流れたが、見つかったという続報は届かない。

 まさか誘拐とかに遭ったんじゃ。

 そんな嫌な予感も過ぎるが、かぶりを振ってマイナスの思考を散らす。

 じゃあ家に戻ったのでは?

 そう思って、家の電話を鳴らすが、留守電が作動するだけだった。

 校内は一通り走り回って、俺は一葉のケータイに電話を掛ける。

『もしもし? 見つかったか?』

『ダメ、正門の辺りと外の方も見たんだけどいなかった……。ハルキの方は?』

『校庭一通り探したけどこっちもダメだ。聞き込みもしてみたんだけど、手応えはなかった』

 一葉が「そっか……」と漏らした後、会話が止まる。受話器の遠くのほうで、二葉が必死に三葉を呼んでいる声が聞こえる。

『おばちゃん達の方にも電話してみるよ』

 そう言って俺は電話を切り、今度は花咲の携帯番号を表示させて、通話ボタンを押す。ちなみにおばちゃんは携帯を持っていない。

『草野くん? 三葉ちゃん見つかったの?』

『いやまだだ……。花咲達はPTAのテントにいるのか?』

『私も辺りを探してるわ。テントにはおばさんに残ってもらって、PTAの人達も一緒に探してもらってたの』

『たの、って事は今は?』

『もうすぐ、花火を上げる時間だからって、用意に向かったわ。職人さんに頼んでいるから、ないがしろにするわけにもいかないって』

 ……花火?

『PTAの人達にも事情があると思って、後は私たちで探しますってことになったのだけれど……』

 下り坂での三葉の言葉が頭を駆け巡る。


 ――――……ハルキ

 ん?

 ……あの、ね。最後……

 最後?

 ……花火、あるでしょ……?

 おー、そうだな。昔見たなぁあれ。懐かしいなぁ。ちっちゃいもんだけど、あれはあれで結構綺麗なんだよな

 ……その花火、ね、学校の裏山で見ると、もっと綺麗なんだって……

 裏山? あの冒険コースまだあるんだ?

 ……終わりごろになったら、……裏山、いかない?

 おおいいなそれ! ――――


『……草野くん?』

『――――裏山だ』

『え?』

『三葉は裏山に行ったんだ!』

「どういうこと?」という花咲の言葉を聞く前に、俺は通話を切った。そして直ぐさま一葉にメールを送る。送信完了の表示を確認して、俺は再び走り出した。


 いつだって三葉は健気だ。

 あまり変化のない表情と、極度の羞恥心、口下手で、不器用で、自分を出すのにいつも苦労しているのだろう。

 それでも、三葉は想いを伝えようとする。一生懸命に、勇気を持って、示してくる。


 夜、布団の中で話したこと。

 遊園地でのこと。

 学校で苦労しているということ。

 旅行に行ってもいいと言ってくれたこと。

 祭に行きたいと言ったこと。

 そして、花火のことも。


 それら総てに三葉の“キモチ”が含まれているなら、俺達にはそれを感じとってやる責任がある。

 家族であるなら当然だ。

 もう中途半端になんてしない。

 三葉の想いも俺達の想いも、総て共有するには、ぶつけ合うしか道はないのだ。


 人工的に作られた山頂へ続く幅の広い階段を、落ち葉や小枝を踏み締めながら駆け上がっていく。緩やかに思えるが、走りながらだと意外ときつい。夜になると明かりもなく、下から漏れ射す提灯の明かりなどが唯一の便りだ。くねる道をひたすら上へと登って行く。この裏山の山頂はちょっとした草原広場になっており、特大の滑り台のスタートが設置してある他、複数のベンチが置いてあり、校庭や周りの町並みを一望できるようになっている。


 そこに三葉の姿はあった。


 最初は叫ぼうと思ってた。勝手に姿を消したことを咎めて叱ろうと思っていた。

 しかし備え付けのベンチに腰掛け、小刻みに肩を揺らし、背中を丸めている三葉を見てしまったら、そんな気持ちは直ぐに消え去ってしまった。

「……っ……三葉」

 俺は近づいて行って、三葉のすぐ隣に腰を下ろした。

「――! ハ、ハルキ……どうして……?」

 ここがわかったのか。そう問いだしたいように、三葉は真っ赤に腫れ上がった眼を見開く。

「どうして、勝手にいなくなったりしたんだ? ここにだって、花火の時間になったら一緒に来ようって言ってたじゃないか」

 俺の言葉に三葉は眼を擦りながらそっぽを向く。

「ここ最近もよくボーッとしてることが多かったじゃんか。何かあるなら話してくれよ?」

「…………何も、ない……」

「そんなことないだろ? じゃなきゃ突然いなくなって、こんな所で一人で泣いてるのはおかしいだろ?」

 三葉は俺の言葉に眼を合わせず更に俯く。

「一葉も二葉も俺も、それにおばちゃんや花咲、雄太だって、皆心配してたんだぞ?」

「――ッ! そんなの嘘だもん!」

 刹那、三葉は勢いよく立ち上がって、悲痛な表情で叫んだ。

「一葉も二葉もハルキも! みんな……! みんな私のことなんてどうでもいいんだもん!」

 小さな両手は固く握られ、堰を切ったように言葉を吐く。

「な……そんなわけないだろ! どうしてそうなるんだよ!」

「だって…………だもん」

「え?」

「怖かったんだもん!」

 ぶつけるような三葉の叫び声。一つ鼻を啜った。

「みんないつか離れて行っちゃうんじゃないかって……怖かったんだもん…………」

「どうしてそんな……」

「一葉とハルキは……学校も一緒だし、カホさんともすごく楽しそう……。二葉だって、最近は雄太くんばっかりで…………。……みんなその内、離れていってしまう気がして……」

「――……っ!」

 三葉はすとんとまたベンチに腰を下ろして、膝元で固く拳を握った。

 そんな想いを吐露した三葉に、俺は返す言葉もなかった。今の自分をハンマーでぶん殴ってやりたい。散々家族だなんだと喚き散らしてきて、結局根本では何もわかっていなかった。わかっている気でいた。

 まだ俺達は家族にはなりきれていなかったのだ。いや、語弊があるな。

 三葉だけが、本当の本当に、家族になろうとしてくれていた。それなのに、そんな三葉の切なる願いにも気付かずに、俺達は自分の満足いく日常にひたすら溺れていただけ。散々三葉が言葉足らずながらも示してくれていたのにだ。

 観覧車のときもそう。

 旅行のこともそう。

 この祭りのことも、花火のこともそうだ。

 引っ込み思案で人見知りな三葉だからこそ、心許せる家族の存在が、とても大きかったのだというのに。

「……ごめん、ごめんな三葉……。独りに、しちまって……」

 気付けば俺は三葉を抱き寄せていた。三葉は俺の胸におでこを付けて寄り添いながら、嗚咽を漏らしている。

 こんなことが贖罪になるとは思っていない。三葉の孤独だった時間は消えないのだから。でも、だからこそ、一人じゃないということを伝えたかった。俺はここにいる。絶対に離れないからと。言葉だけでは、伝わらないってことは、もう十分身に染みたから。

「でもな、三葉……」

 俺は三葉の頭を胸から離させて、涙で張り付いた前髪を梳いてやる。

「俺達が三葉を心配してたって気持ちは断じて嘘なんかじゃないんだぞ?」

「……え?」

 俺は振り向いて元来た道を視線で示してやる。三葉も俺の指し示す先に眼を移す。その先には、一葉と二葉が息を荒げながら、心配そうな表情を浮かべて立っていた。綺麗な栗色髪は、暗闇でもしっかりと確認できた。

「ミツバ!」

 一足先に二葉がこちらに全速力で向かってくる。歩きにくい下駄や浴衣など何のそのだ。そして、ぽかんと口を開けて呆然としている三葉に、一発げんこつを放った。それはいつもの小突き合いではない、振りかぶった本気の一発だった。

「……っった……!?」

「なんで! なんで勝手にいなくなったりしたんだっ!」

 二葉は三葉の肩を掴み、三葉を真っ直ぐと見据えて叫ぶ。

「ほんとーに、しんぱいしてしんぱいしてしんぱいして……ミツバがいなくなっちゃったら、どうしようって! すごくすごくすごーく不安だったんだからなっ!」

「……ぅ…………」

 今までにない剣幕と、二葉の直球な言葉に気圧され、三葉はまた抑えきれずに泣き出した。

「な、なんだよお……いつもみたいに反撃してきなよ……、じゃないと……!」

 ひたすら「ごめんなさい」と謝りながら嗚咽を漏らしている三葉を見ながら、二葉も下唇を噛み、転んだ幼稚園児みたいな顔で、瞳に涙を蓄えている。

 そこに遅れて一葉が後ろから歩いてくる。

「二葉だって、泣いていいんだよ? こんなときくらい……」

 一葉は優しく、二葉のショートカットに手を置く。

「……うぅ…………うわーん! って泣かないよ!」

 少しムッと膨れて、一葉の手を払う。

「ちょ、なんでよ!? 今の流れは一緒に泣くところじゃないの!?」

 一葉が納得いかない様に眉を顰める。

「泣くのはダメダメ! だって、あたしは三葉のお姉ちゃんなんだからっ!」

 二葉は腰に手をやりえっへん。それでも瞳は薄っすらと濡れている。

「三葉がもうどこにもいかないように、ずっと見ててあげなきゃいけないんだからなっ!」

 快活に笑う二葉のその言葉に、泣いていた三葉の表情は大輪の花を咲かせたように明るくなった。


「わぁ!」

 それと同時だった。笛のような音に続く破裂音と共に、俺達の目線のすぐ先で特大の綺麗な花火が打ちあがった。後に続くように、色とりどりの花火が夜空を虹色に彩っていく。

「すごーい、きれー……」

 一葉は心の底から感嘆の声を漏らす。

「ああ、すっげーな……」

 嫌な事全てを洗い流してくれそうなその花火は、自然と俺達に笑顔をもたらしてくれる。

「ミツバみろー! 変な形の花火もあるぞー!!」

「……うん……うんっ……!」

 二葉は三葉の手を取り、ベンチにそのまま土足で立つ。それに連れられながら、三葉はただひたすら嬉しそうに頷いている。そんな二人の耳元に添えられているお揃いの大きな赤い花が、左右対称で笑い合っているように見えた。

 俺は心安らぐ花火と、三葉の笑顔を見ながら思った。


 きっと、三葉が見たかったのは、これなんだろう。

 大好きな人が、一緒のことを共有して、一緒に笑っていてくれる。そんな風景が――――



 ――――気付くと俺達は一つのベンチで寄り添いながら、眠りこけていた。

 先ほどまで華やかな迫力満点の花火を見ていた筈なのに、四人揃って居眠りとはどういう訳だろうか。

「なんか、知らぬ間に寝ちゃってたんだよね……」

 と、一葉。

「うーなんかボーッとするー」

 二葉もこめかみを押さえながら呻く。

 しかし三葉は、

「……ねぇ、ハルキ、……何か、忘れてる気がするんだけど……」

 と、どこか煮え切らない表情で、俺の裾を掴んでくる。

 かく言う俺も同じ気持ちだった。何か重要なことを忘れてしまったような、そんなふわりと宙に浮いたような気分だった。テストの空欄がどうしても埋められないのと同じ感じだ。

「……なんだろうな。まぁいっか! よし、三葉おぶってってやるから掴まれー!」

 いつまでも答えの無いものを考えていても仕方が無い。俺はしゃがんで三葉の前に背中を差し出すと、直ぐに俺の首に三葉の腕が絡まってきた。

「あー! 三葉だけずるい……っ、と思ったけどそんなこともないかなぁ~……!!」

 二葉は一瞬頬を膨らませたが、すぐに割って後頭部で手を組みながら、鳴ってない口笛を鳴らす。

 お姉ちゃん発言してしまった手前、我慢の心が働いたらしい。

「じゃ、二葉は私と手つなごっ?」

 見かねた一葉が手を差し出す。

「それでなっとくしよーじゃないかっ!」

「なんか失礼ね……」

 二葉は少々納得のいっていない一葉の手を取り、ぶんぶんと手を振り回しながら、意気揚々と幅の広い階段を下りていく。

「…………ありがと」

 その時ふと、三葉が呟いた。

「どうした?」

「……うん、なんか……そう言わなきゃ、いけない気がして……」

 それは俺への言葉でも、一葉や二葉に向けての言葉ではない。

 それでも、どこかで俺達の絆を強く結びつけてくれた何かがあった気がしてならない。

「うん、そうだな……。きっとそうだ」

 俺はふと木々の隙間から夜空を見上げた。

 満点の星空が俺達を優しく見下ろしている。

「「……ありがと」」

 合わせたつもりのないユニゾンが響いたと同時に、一つ撫でるような優しい風が吹き抜けた。



 ◇◇◇



「お疲れ様~。でも三葉ちゃんが何もなくって本当に良かったねぇ~」

 夏祭りも終わりを告げ、俺達はきつい帰りの上り坂を登って、遊び疲れた足でようやくアパート前までたどり着いた。もう午後九時を回っている。

 その別れ際、おばちゃんはほんわりとした表情で帰宅の音頭をとる。

「いやぁ~、本当に良かったッス! 二葉さんの悲しい顔は見たくないっすからね!」

 雄太もそんなことを言うが、二葉へのアピールも忘れない。

 以外に狡猾なヤツだ。ただ前と違うのは、さっきから雄太が二葉の話をすると、三葉が二葉の手を掴んで、口を一文字に雄太を睨みつけるのだ。

 そんな可愛らしい蛇に睨まれた蛙は、

「お義姉さ~ん、三葉さんが怖いっす!」

 と、姉蛇に取り入ろうとするが、

「お義姉さんいうなっ!」

 と、チョップを喰らわせられて一蹴させられるのが先ほどからのオチである。

 これで二葉が雄太から離れてくれれば、お父さんとても安心だな、うん。

「じゃ、おやすみなさ~い」

 おばちゃんはしつこい雄太の耳を引っ張って、部屋に引っ込んでいった。

「んじゃあ、花咲もおやすみ、次は学校で、かな?」

 俺が片手を上げて、ボロ階段を上がろうとすると、

「く、草野くん……!!」

 花咲が珍しくも焦ったような仕草で俺を呼び止めてきた。

「ん、どした?」

「あ、あの…………っ」

 少し俯き加減で眼を泳がせ、口許に波を形成している花咲。一葉も珍しいものを見るように、頭の上にハテナを浮かべている。

 二葉と三葉はカンカンと音を立てて、先に二階に上っていってしまった。

「どうしたの、カホ?」

 一葉も見かねて声を掛けるが、胸元で指先を絡ませている花咲にいつもの冷静さは無い。

「あの、その……ご、ごめんなさい!」

「「えぇ!?」」

 花咲はそう言い捨てて、逃げるように自分の部屋へと入っていった。

 勢いよくドアの閉まる音に肩をびくつかせた後、俺達はお互いのハテナ顔を見合って首を傾げたのだった。

 何か謝られることされたっけ? そんなことを考えながら、俺は自分の部屋の鍵を開けると、ジーパンのポケットで携帯電話ががなり立てた。

「ん? この着信音は電話か? わるい一葉、先部屋入っててくれ」

「うん、わかった」

 一葉は先に部屋に引っ込み、俺は部屋の前で携帯電話を開いた。

「佐久間? 珍しいな電話なんて」

 珍しい名前を表示している携帯電話の通話ボタンを押して、受話口に耳を付ける。

「もしもし? どした、こんな時間に」

『…………なぁハルキ、今家か?』

「ん? ああ、まぁ家と言えば家だな」

 部屋の前だけど。

『……いるんだろ?』

「あ? 何が?」

『そこに、碧原が』

「…………え?」




 クローバー(3)――――完

 (4)につづく

ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました!ディライトです!ようやく(3)も完結を迎えることができました。まさか4ヶ月超もかかるとは思ってもいなかったですが……。こんな遅筆な小説ですが、お気に入り登録してくれた方、感想くれた方、評価してくださった方、には本当に頭が上がらない思いです。

さて今回(3)では話がだいぶ動いてまいりました。恋愛の方はすこぶる順調にわちゃわちゃし始めましたね。一方もう一つの主軸であった三葉の話。これは(1)(2)でも溜めに溜めて書いたお話だったので、上手く書けているか心配です。

では(4)はと言いますと、かなり恋愛寄りに書いていくと思います。この次も読んで下さると嬉しい限りです!

あと、完結扱いにしていますが、この後に三葉視点での夏休みショートストーリーを上げる予定なので、良ければそちらも見てやってください。

ではまたクローバー(4)でお会いしましょう。

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