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第18章「海と森の町」

「・・さてと。」

 ゼームが蔓草を緩め、解放されたばかりのレックスが

再び炎熱剣を構え、挑発的にゼームを見据えた。

「お前はこの結界の先へ進むのか?」

 邪神とレウ・デアが滅びても、決してこの場から結界

を侵される驚異が消えた訳ではない事を、レックスは知

っていた。

「レックス……。」

 よさないか、とティラルは言いかけて口をつぐんだ。

 自ら邪神を倒したとはいえ、ゼームがこの結界を越え

ようとしている事実には変わりが無かった。

 ゼームとも戦わなければならないのか・・ラノの悲し

く曇る表情を思い出し、ティラルは胸が痛んだ。

 これからまた、新たな・・先刻の邪神とは比べものに

ならない強大な敵を相手に戦いが繰り広げられるのか。

 鵬と小雪は、固唾を呑んで成り行きを見守るしかなか

った。

「もう・・、やめだ。」

 しかし、その場に高まりつつあった緊張感は、ゼーム

のあっさりとした一言に破られた。

「これ以上進む気にはなれない・・。」

 ゼームは簡単にレウ・ファーからの任務を放棄した。

 レックスはともかくとして、この場の全ての者がゼー

ムとの戦いが回避された事を喜んだ。

 ゼームは彼等の喜びと安堵をよそに、

「・・それでは、私はもう帰る事にしよう。」

「何だって!?」

 バギル達に背を向けて歩き出そうとしたゼームに、テ

ィラルは驚きの声を上げた。

「レウ・ファーに利用されていると知りながら、この上

何故ラデュレーに戻ると言うんだ!?」

 行く手を遮る様に、ティラルはゼームの前へと回り込

んだ。

 ティラルを見るゼームの瞳は、相変わらず、その真意

を窺い知る事の出来ない静けさを湛えていた。

「ラノもチェルロで待っている。また、皆で前の様に過

ごそう……!」

 ゼームの前に立ちはだかって訴えかけるティラルの姿

に、バギルの胸もまた痛みを感じていた。

 また前の様に・・。バギルの叫びは、ザードに通じる

のだろうか。

 ゼームはただ、穏やかに、懐かしい友神の一柱に向け

て答えた。

「私は、自分の願いを叶える為にラノの所を離れたのだ

……。もう、何処にも戻るつもりは無い……。」

 この地上の全てを、深き緑に沈める為に・・。

 ゼームは、別れ際にラノへと告げた言葉を思い出して

いた。

 ゼームの願いは、共に森を育んできたティラルにも理

解の及ばない事だった。

「・・だったら!俺もラデュレーに連れてってくれ!」

 ゼームとティラルの間に、バギルが割って入った。

 ゼームはバギルの顔を見、僅かの間、考え込む様に微

かに眉を寄せた。

「・・確か、ヒウ・ザードの事だったな。」

 ゼームの言葉に、バギルは力強く頷いた。

「ザードを連れ戻し、レウ・ファーの洗脳を解きたいん

だ!」

 真っ直ぐに見つめるバギルの視線を受け止め、ゼーム

は静かに息を吐いた。

「洗脳、か……。」

 静かな吐息と共に、微かな笑みがゼームの口許に浮か

べられた。それは嘲りの笑いではなく、むしろ哀れみが

込められている様だった。

 ザードの変貌は洗脳ではなく、むしろザードが自ら望

んだ事だとバギルが知った時、バギルは変わらずに友を

想い、慈しむ事は出来るのだろうか・・。

「ラデュレーへお前が来れば、レウ・ファーも黙っては

いないだろう。生かしては帰さないだろうし・・それに

何より、ザードは今、お前への憎しみで凝り固まってい

る様だ……。」

 バギルの受けるであろう衝撃には構わず、ゼームは冷

やかに恐ろしい言葉を言い放った。

「ザードが自ら、助けに来た筈のお前を殺すだろう。」

 容赦無く発せられるゼームの言葉にも、バギルの熱い

決意は揺るぎはしなかった。

 バギルの紅い瞳は、変わらずに真っ直ぐゼームを見つ

めていた。

「そんな事にはさせない。・・俺は、ザードをぶっ倒し

てでも連れ帰って、元に戻してみせる!」

 余りにも真っ直ぐに言い放つバギルの姿に、流石のゼ

ームも呆気に取られ・・次いで、あるか無きかの柔和な

笑みを浮かべた。

「・・とにかく、おまえをふん捕まえてラデュレーに乗

り込み、レウ・ファーの本体をぶっ倒せば万事解決って

訳だっ!!」

 未だ剣を収めずに、レックスは鼻息も荒く三神の間に

割り込んで来た。

 レックスの勢いを受けて、バギルもまた素早く体を引

いて身構えた。

 無益な戦いだと、諌める視線を送るティラルや鵬、小

雪達の姿はこの二神には映ってはいない様だった。

「不本意だけど、こればっかりは、レックスと同じ考え

だ……。」

 邪神と対峙した時と同じバギルの険しい表情は、ゼー

ムに本気で立ち向かう意志をはっきりと表していた。

 強敵との戦いを楽しんでいる風もあるレックスはとも

かくとして、果してバギルの力がゼームに通用するのか

・・一抹の不安が、バギルの表情を一層険しく翳らせた

のだった。

「そこ迄して、ザードを連れ戻したいのか……?」

 レックスとバギルの闘志を全く気にした様子も無く、

ゼームは相変わらず穏やかに問い掛けた。

 バギルもまた、その問いに対し、相変わらずの力強い

調子で答えた。

「当たり前だ!友達じゃないか!」

「友達・・か……。」

 バギルの言葉に、ゼームは懐かしそうに目を細め、テ

ィラルへと顔を向けた。

 ティラルも、チェルロに居るラノも、ゼームの事を変

わらずに友と呼んでいた。ゼームが神国に敵対している

今となっても・・。

 人間や他の神々の常識や理法には属さない身であって

も、友を想う時の胸の温もりは、ゼームも同じだった。

「・・ラデュレーは今、ハブリット海上空に留まってい

る。いつ迄そこにいるのかは分からないが、来たければ

来るといい……。」

 それだけを気紛れに言い置いて、ゼームはバギル達か

ら離れて歩きだした。

 片手を挙げて幻獣タウ・レーアを召喚し、幻獣が出現

するとすぐ腰を下ろしてゼームは瞬く間に飛び立ってい

った。

「ゼーム!待ってくれ!」

 ティラルが呼び掛けるより早く、ゼームの姿は生い茂

る巨樹の枝葉の天蓋を突き破り、空高く消え去ってしま

った。

「……終わったのですか?鵬様……。」

 小雪は大きく息をつき、身体中の力が抜けた様に、鵬

の腕へと倒れかかった。

「そうだな・・。取り敢えずは……。」

 鵬もまた、緊張からの解放に体の力が抜けながらも、

そっと小雪の手を握った。

 ゼームを連れ戻す事が出来ずに気落ちしながらも、テ

ィラルは努めて平静に鵬達の所に歩いてきた。

「邪神の再来に備えて神国本部と掛け合おう。今回は失

敗したのだからな……。また、次の邪神が送り込まれる

恐れもあるし・・。」

 バギルとレックスは、暫くの間、ゼームが飛び去った

辺りを見上げていた。

「ハブリット海か・・。」

 どちらからともなくそう呟き、今すぐにでもラデュレ

ーに乗り込むかの様な勢いを内に秘めて、二神は視線を

地上に戻した。

            ◆

 ゼームがラデュレーの広間に戻ってきた時、そこには

レウ・ファーの他にはザードしか居なかった。

 ザードは、扉を開けて足を踏み入れるゼームに、冷酷

な侮蔑の眼差しを無遠慮に浴びせかけた。

「よくまあ戻ってきたものだね。大事な邪神を壊してお

いてさ!」

 細い目を一層細め、ザードは嘲笑う様な声をゼームに

かけた。

 そんなザードの様子に何も感情を表す事も無く、ゼー

ムは穏やかにザードを見た。

 その眼差しには、あるか無きかの微かな哀れみの感情

が混じっていた様だった。

「取り敢えずは、寝泊まりする場所が必要だからな。」

 ゼームは答えながら、バギルの真摯な紅い瞳を思い出

していた。

 バギルは果してザードを本当に元に戻せるのだろうか

……。恐らくは、繰り広げられるであろう親友同士の悲

惨な死闘を想い、ゼームは微かに表情を曇らせた。

「・・御苦労であったな、ロウ・ゼームよ。」

 そこに、何の抑揚も無い電子の合成音がゼームの頭上

へと降ってきた。

 ゼームはその声に、険しく厳しい顔を上げ、レウ・フ

ァーの座す祭壇へと歩み寄った。

 既に、直前迄のザードへの哀れみも忘れ去ったかの様

だった。

「苦労とはよく言ったものだ。愚かな機械神よ。」

 広間の中央に奇怪な姿を晒して座すレウ・ファーを真

っ向から睨み据え、ゼームは相変わらずの穏やかな調子

で口を開いた。

「お前が何を企んでいるのかは知らないが、いずれ貴様

は神国の神々に滅ぼされるだろう・・。でなければ、私

が滅ぼしてもいい。」

 この場でレウ・ファーとの対決も引き起こしかねない

暴言を、ゼームは平然と放った。

「せいぜい、それ迄至高の全知全能の神を気取っている

がいい・・。」

 ゼームの暴言に立腹する様子も無く、反論をする訳で

も無く、レウ・ファーはただ何も答えずに祭壇からゼー

ムを見下ろしていた。

 広間を睥睨する無表情の白磁の仮面からは、何の感情

も意志も読み取る事は出来なかった。

 レウ・ファーの反応を待たず、ゼームは左肩から伸び

た葉をさわさわと翻して扉へと足を向けた。

 薄紅の蕾と共に揺れる長い葉は、二枚だけがその付け

根から失われていた。

            ◆

 自分の部屋へと続く回廊の途中で、ゼームは行く手を

阻む様に佇む赤茶けたローブ姿に気が付いた。

 構わずにすれ違おうとゼームが近付いたところで、ゼ

ズは悲しげに溜め息をついて目を伏せた。

「私は、君が羨ましい・・。」

「?」

 突然のゼズの言葉に、ゼームは訝しげにゼズを振り返

った。

 ゼズは半ば一方的に、自分の言いたい事をまくし立て

ていった。

「あのレウ・ファーと対等に渡り合い、何者にも屈する

事の無い力と自由とを持っている・・。それに、シーボ

ームの人間達。幻神である君を蔑むどころか敬っている

・・。私には、とても真似出来ない事だ……。」

 ゼズはラデュレーに来て、随分と葛藤を繰り返してい

たのだった。

 妹達を人質に取られた事への自分への不甲斐無さや、

レウ・ファーの与える幻獣の知識を喜ぶ自分の浅ましさ

への嫌悪感・・。

 そして、シーボームでのゼームの様子を共に見ていた

ファイオやパラ・・そして恐らくザードも感じていた、

ゼームへの羨望と嫉妬・・。

 自分達がレウ・ファーに誘われ、或いは付け込まれた

のは、幻神である故に受けてきた蔑視や差別という要素

がある為だった。だが・・ゼームは、蔑視どころか、人

間や精霊からは尊崇の対象とされていたのだった。

 レウ・ファーに脅迫された訳でも、誘惑された訳でも

なかった。

 同じ幻神の筈なのに、何故ゼームだけが・・。

 ファイオ達と同じ嫉妬を抱いているのを感じ、ゼズは

またも自らへの嫌悪感に気持ちが暗く沈んでしまうのだ

った。

「……そうか。」

 ゼームはただそれだけを答えた。

 ゼズ達の嫉妬も羨望も、ゼームには全く関係の無い事

でしかなかった。

 ゼズはゼームの無反応ぶりに、尚も何か言い募ろうと

口を開きかけた。が、ただ静けさを映し出すばかりのゼ

ームの瞳の前に、何の言葉も出てこなかった。

 ゼームに向けて何を言おうとしているのか・・。言っ

たところでどうなるというのか・・。

 ゼズは唇を噛み、立ち尽くしたまま言うべき言葉を失

った。

 ゼームもまた、それ以上ゼズに対して言葉をかける訳

でもなく、穏やかな眼差しを一度ゼズに向けたきり、再

び廊下を歩き始めた。

 遠ざかるゼームの背を見送るゼズの耳に、ゼームの肩

で揺れる葉の音がいつ迄も残っていた。

            ◆

 鵬と小雪を鵬の神殿に送り届け、ティラル達は二神の

応急手当を行った。

「大した怪我も無くて良かったよ。」

 手当を終えて薬と包帯を片付けながら、ティラルはほ

っとした様に言った。

「・・少し通信球を借りたいのだが。」

 片付けて来ようと言う小雪に薬箱を渡し、ティラルは

鵬に通信球の場所を尋ねた。

「ああ、それなら向こうの部屋に・・。」

 体の痛みに多少顔をしかめながら、鵬は指を差して答

えた。

「ありがとう……。」

 今すぐにでもラデュレーへと乗り込もうと、そわそわ

と落ち着かないレックスとバギルの様子を気にしながら

も、ティラルは居間を出た。

 ティラルの連絡する先は二つあった。

 最初に護法庁の紫昏へと、今回の事を報告すると、

「・・分かった。そのランタという土地神の逮捕に部下

を行かせよう。こちらでも色々とシーボームの事を調べ

てみる。」

「お願いするよ。」

 せわしげに席を立ち上がる途中で、紫昏の立体映像は

消滅した。

 護法庁への連絡を終えると、ティラルは一つ溜め息を

つき・・気を取り直して次の連絡先へと通信球を操作し

た。

 通信球の色の変化に回線の接続が示され、空中に少し

疲れた様なラノの姿が映し出された。

「ラノ・・。」

 戸惑いがちなティラルの呼び掛けに、ラノは微かな笑

みを返した。

「すまない……。結局ゼームを連れ戻す事が出来なかっ

たよ……。」

 声も表情も沈みがちになるティラルの様子に比べ、ラ

ノは努めて明るく言葉を返した。

「仕方無いわ、ティラル……。最初から分かっていた事

だもの……。」

 レウ・デアと共にゼームが立ち去ったあの日に、ラノ

は思い知っていた。ゼームは決していつ迄も自分の側に

は居続ける事の出来ない者なのだと・・。

「・・神国に戻ったら、バギルやレックスとすぐラデュ

レーに乗り込む用意をするよ。ラデュレーが今、ハブリ

ット海上空にあるとゼームが教えてくれたんだ……。当

分、そっちには行けそうにないよ・・。」

 当分会えないというティラルの言葉に、ラノは何処と

なくほっとしている様だった。

 だが、ゼームとの再会を諦めている心の何処かで、ラ

ノは今も、ティラルがゼームを連れ帰り・・また以前の

様な共に過ごす生活を送る事を望んでもいたのだった。

「・・じゃあ、気を付けてね、ティラル。また、連絡を

頂戴・・。」

 ティラルに向けられたラノの笑みは、悲しみと疲労の

色に翳っていた。

 そこには、いつもの優雅でたおやかな輝きはいささか

も留められてはいなかった。

 通信を終えると、暗く沈むラノの様子に心を残しなが

らもティラルは部屋を後にした。

 居間で一息ついている鵬に対して、レックスとバギル

はラデュレーに乗り込むべく、息巻いて待っている筈だ

った。

            ◆

 護法庁の長官執務室で、紫昏は部下からの通信を聞い

ていた。

「行方不明か・・。分かった。御苦労だったな。」

 紫昏は椅子に深く腰を掛け、厳しい表情のまま腕を組

んだ。

 シーボームに到着した部下から送られてきた情報は、

余り良いものではなかった。

 シーボームは既に、その全ての地区が森林と化し、そ

の住人の全てが他の町や村に避難し終えていた。

 勿論、役場や警察機関などにも人間は残ってはいなか

った。

 土地神ランタも既に行方不明となっていたのだった。

 部下にランタの捜索の指示を出しながらも、もしかし

たらもう見つからないかも知れないと、紫昏の直感は叫

んでいた。

 神国神殿の復旧したばかりの、地方の都市や町村の情

報を管理するコンピュータにランタに関する情報を問い

合わせたものの、そこにはランタの情報は殆ど入っては

いなかった。

 表向きは、レウ・ファーが神国神殿脱出時に侵入した

際に、コンピュータの情報が幾らか破壊されてしまった

という事にはなっていたが。

「・・やれやれ、これは先手を打たれたか……。」

 部下からの通信を切り、紫昏は溜め息をつきながら椅

子にもたれかかった。

 紫昏は、ランタを逮捕すれば幾らか新しい情報を聞き

出せると考えていた。

 保護管理下にあるシエゾ地方の森林を爆破した罪で逮

捕自体は出来たし、また、シーボームの開発工事を進め

る際に工事業者とランタの間で巨額の金が動いたという

証拠も紫昏は掴みかけていた。

 ランタが自分の力だけで、保護管理下の地域の工事許

可を取れる訳も無かったし、工事にかかった費用はラン

タの方から出ていた様だった。むしろ賄賂的な金はラン

タの方から業者に出ていたらしかった。

 ランタは何の目的で動いていたのか・・。

 ランタの背後に何者が居るのか。

 紫昏はそれを突き止める狙いがあったのだが、ランタ

の行方不明により、その操作の糸は途切れてしまった。

「口封じか、逃亡か・・。全く手際のいい事だ……。」

 もう一度紫昏は溜め息をつき、データカードを「未整

理書類」と札を貼った箱の中に放り込んだ。

            ◆

 奥の院・・。いつもの集会用の地下の大広間に、院の

者達は非常召集を掛けられて集まっていた。

 床の上に広がる瞳と六枚の花弁の紋章の上に立つ、青

いマントの神は空中に浮かんでいる神々に向けて言葉を

発した。

「君達も知っている通り、「神々の森」のレイライン集

束点はレウ・ファーによって占拠された。・・今回の件

は既に知っているだろうが、「奥の院」の者が差し向け

た土地神の活動と衝突し、我々の事が外部へと漏れる恐

れもあった・・。」

 その言葉に、部屋の片隅で浮かんでいるゼバエノが小

さく身を震わせた。

「各自の活動や研究について、レウ・ファーの行動と重

なる様な場合は、全てにおいてレウ・ファーの方を尊重

する様に。今や、レウ・ファーは神国の多くの神々から

注目されている。我々の秘密を守る為に、各自注意を怠

らない様に・・。」

 居並ぶ神々は一斉に頭を下げ、青いマントの神に対し

て黙礼した。

 その神の言葉は、絶対の命令として彼等の間に響き渡

っていった。

 最後に、青い神影からゼバエノに向けて視線が注がれ

た。

「ゼバエノよ。「神々の森」へはこれ以降、手出しはす

るな。レウ・ファーには集束点の莫大なエネルギーが必

要なのだ。もう、レイラインを乱す事は許さん・・。」

 自分の研究への余りにも一方的な中止命令に、ゼバエ

ノは内心反発を抱いたが、元より青いマントの神に逆ら

える筈も無かった。

「しかし……。確保と申しましても……レウ・ファーめ

の送った邪神は破壊されてしまった様ですじゃが。」

 反発心を含むゼバエノの問いに、青いマントの神は嘲

笑う様に答えた。

「後、二、三日の内に、結界の中心にレウ・ファーの細

胞は到達する筈だ。見ているがいい・・。」

            ◆

 幻神達が全てそれぞれの自室へと戻っていった後、レ

ウ・ファーは「神々の森」から送られて来る情報を空中

に映し出した。

 結界の内部は、レイラインに関するどの様なセンサー

も受け付けはしなかったが、自身の細胞であるレウ・デ

アから放たれる微弱な神霊力を、辛うじて捕捉する事は

出来た。

 微細な埃にも満たない大きさの細胞の粒は、その大き

さに比べて凄まじい速度で、結界内の森を横切っていっ

た。

 二つ目の結界門を、鵬達との戦いの時の様に侵食し、

また同じ様に細胞の粒を内部へと侵入させたのだった。

 ・・全三つの結界門の内、二つを通過完了。現在位置

は……。

 レウ・ファーの神経につながっているコンピュータか

ら、現在位置の表示や集束点占拠迄の時間の予測が伝え

られてきた。

 ・・三日後には集束点占拠完了。

 コンピュータの一部にそのままレウ・デアの細胞の監

視を続けさせて、レウ・ファーは次の作業へと移る事に

した。

「・・さて。次の集束点の位置は・・。」

 空中の立体映像が切り替わり、世界地図と次の集束点

に関する情報が呼び出された。

            ◆

 戦神達が最後の船便でシーボームの港を出発するのを

見送り、セデトは港の待合室のある建物へと入っていっ

た。

挿絵(By みてみん)

 ゼームの力によって港やその付近も、かなりの背丈の

草木の海に没していたが、港の建物などは辛うじて原形

を保っていた。

 町の住人も全て無事に他の町や村に避難したと、セデ

トは最後の船の船員から教えられた。

 しかし、その大部分の者は、もうシーボームへは戻っ

て来るつもりは無い・・という話があるという事も、船

員は教えた。

 その理由はセデトにも察しが付いていた。

 身の程をわきまえない森林の破壊への神の怒りによっ

て、シーボームは人間の手から取り上げられ、森林の姿

へと返された・・。

 長い歳月を森林と、そこに住む神々や精霊達を敬って

生きてきた人間達の感情や考え方からすれば、そんな風

に考えるのも当然の事だった。

 恐らく、復旧の計画が立ったとしても、神への畏れの

為に殆どの人間はここへは戻っては来ないだろう。

 シーボームの人間達にとっては、町を滅茶苦茶にした

ランタには怨みを、ゼームには畏敬の感情を抱く対象だ

った。

「さてさて、明日からは忙しくなるのう。」

 待合室を仮の住居と定め、ランタは古びたプラスチッ

クの椅子に腰を下ろした。

 既にセデトの頭の中では、ゼームの神霊力の影響を受

けて植物がどの様な成長を遂げ、どの様な分布をしてい

るのかを調べる段取りが考えられていた。

 森の精霊達も、暫くはセデトとヒロトに付き合う事に

決め、待合室の住民となっていた。

 形はどうあれ森林が戻った事で、精霊達の体力や精神

力も少しずつ回復を始めていた様だった。

「食べ物が無くなったらどうするの?」

 ヒロトの心配そうな問いに、セデトは笑って答えた。

「食べられる草は沢山生えておる。それに飢えてしまう

迄ここに居る事はせんよ。一通りの調査が終わったら、

近くの町の知り合いの所へ行く事にしよう。」

 港の待合室の売店には食べ物がそのままに放置されて

いたし、喫茶店の厨房も充分使えると分かっていた。

 そうしたものを利用すれば、当初のセデトの予想より

もずっと長くここで滞在出来る筈だった。

 ここを出発する時には、植物園の古い友人達が助けを

よこしてくれると請け合ってくれていた。

「神国からの復旧工事が始まる迄には調べ上げんとなあ

・・。」

 待合室の窓から草木に没した町並みを眺めながら、セ

デトは若い頃の様に胸が高鳴るのを感じていた。

 若い頃、密林や高山の調査隊に加わった時も、こんな

風な快い緊張感に身が包まれていた・・。

 傍らに立つヒロトの頭を撫で、

「まるで千百年前に戻った様じゃのう……。」

 セデトはまた、ヒロトの様に幼かった時代も思い起こ

し、懐かしさに目を細めた。

「千百年前って?」

 近くにいた緑の精霊がセデトに尋ねると、ヒロトは胸

を張ってセデトの代わりに答えた。

 それは、何度も祖父から聞かされたシーボームの開拓

譚だった。

「千百年前、嵐で船が難破した花の神様と風の神様が、

この港のあった辺りに流れ着いたんだ。その頃、ここは

深い森林で・・。」

 セデトもまた、昔々、自分の父や祖父からこの話を聞

いて育ったのだった。

 やがて、ヒロトもまた大人になった時に、自分や他の

者の子供達に話して聞かせる日が来るのだろう。

 セデトの聞かせた話や、今回自分達の体験した話を昔

語りとして・・。

 土地神の横暴で村が町に変えられた事、緑の幻神が町

に帰って来て、その怒りで町を千百年前の様な姿に戻し

た事などを……。

 その幻神は左肩に花の蕾を抱き、剣の様な細い緑の葉

が肩から溢れていた・・。

 セデトのそんな感慨を知らず、精霊達に話し終えたヒ

ロトはセデトを見上げて問い掛けた。

「ねえ、爺ちゃんは、植物の事は何でも知ってるんだよ

ねえ?」

「ああ……。何じゃね?」

 セデトは椅子に腰を下ろし、ヒロトを見た。

「ゼーム様の肩にあった花・・あれは、どんな花が咲く

の?ゼーム様が怖くて訊けなかったけど……。」

 人間の拳程の大きさの固く閉ざされた蕾。セデトの脳

裏に、蕾に薄く差した紅の色が甦っていた。

 精霊達も、ヒロトの問い掛けを興味深げに見守ってい

た。

「ああ……。あの花か……。」

 神の肩に宿る花の姿を想い、セデトは柔らかな光をそ

の瞳に湛えて微笑んだ。

「あの花はな・・。」

 こうして花の名を孫に教える祖父の姿もまた、孫やそ

の子供達の間で繰り返されていくのだろう。

 自らは見る事の無いその光景を想像し、セデトはまた

微笑み、ヒロトの顔を見つめた。

 深遠な智慧の啓示を受ける哲学者の様に、注意深く耳

を澄まし、ヒロトは祖父の告げる神の花の名前を待って

いた。


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