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第17章「古命の体現」

「ゼーム……。」

 砂利を踏みしめて広場に現れたゼームへ、ティラルは

何処かほっとした様に呟いた。

 邪神をゼームが自ら攻撃したという事は、邪神の行動

はゼームと関わりの無い事なのだろう。

「あっ!」

 既に邪神の側から離れていた小雪は、再び息を呑んで

立ち尽くした。

 切り裂かれた邪神は再び傷口をつなぎ合わせ、体に突

き刺さった木々をも同化させて動き始めた。

 反射的に小雪を抱き寄せて、鵬が錫杖を構えるより早

く、ゼームの力を受けた蔓草が砂利敷きの下から現れ、

邪神を捕縛した。

「・・一体どういう事だ!この邪神は!!」

 ゼームは珍しく、明らかに不愉快そうな表情を浮かべ

て、門柱に向かって叫んだ。

 邪神は尚も、蔓草を引きちぎろうともがいていた。

 この女神が声を荒らげる事があるとは。バギル達は驚

きを感じながらも、ただゼームの様子を見つめるばかり

だった。

 門柱に誰かが居るのかと、レックスは振り返って見た

が、そこには、未だ増殖を続ける肉塊が蠢いているだけ

で何者の姿も無かった。

「邪神は最後に派遣するという約束だったではないか!

それを破り、更に森を傷付けるとは……!!」

 バギル達には理解出来ない何者かに向け、ゼームは怒

りを露にした。

「・・別に、後でお前が再生すりゃいいんじゃねえのか

?」

 何気無くレックスの口にした言葉に、ゼームは凄まじ

い光を宿した目を向けた。

 レウ・ファーすら圧倒するゼームの眼力に、流石のレ

ックスも気圧されてしまった。

 邪神に僅かとはいえ森を・・しかも、「神々の森」の

深部を荒された事が、ゼームは余程頭に来ている様だっ

た。

 蔓草の中でもがき続ける邪神に冷たい一瞥を与え、ゼ

ームは苛立たしげにレックスや他の者達に言った。

「私の力で成長した木は、本質的には見せ掛けだけだ…

…。促成栽培と変わりが無い。・・千年万年の年月を経

た命を持つ森は、私も作り出す事は出来ない……。」

 自らの限界を謙虚に語るゼームの言葉は、ティラルに

軽い衝撃を与えた。

 地上の全てを森に静めると宣言したゼームの、一見傲

慢とも思える心の中にこそ、太古からの永い歳月を生き

る古樹の命への畏敬があったのだった。

「・・「神々の森」の真の奥地・・。こここそ、神国神

殿にも勝る神域だ。ここに存在する神々を産み出す程の

樹など、私が作れる訳が無い……。」

 神域と畏れ敬いながらも、その中にあるレイライン集

束点を侵そうとするゼームの思考は、やはりバギル達の

理解を越えていた。

 ゼームはただ立ち尽くして話を聞いていたバギル達に

は構わず、肩の葉を一枚ちぎり取ると一本の長剣へと変

えた。

 冷厳な表情のまま、鋭い眼差しを門柱へと向け、

「千年万年の歳月を経た樹々を損なうなど、狼藉も甚だ

しいぞ・・!」

 鋭い音が空を裂いてバギル達の横を掠め、不可視の壁

に貼り付いた肉塊に葉の剣が突き刺さった。

「・・それはそれは、失礼な事をした。」

 何処か嘲笑の響きを含んだ、傲慢な返事が肉塊から発

せられた。

 その声に驚き、バギル達は結界門へと顔を向けた。

「結界門の位置が確定出来たので、先に邪神を送り込ん

だ迄だ・・。」

 肉塊の一部がざわざわと蠢き始め、突き刺さった剣を

ぷっ、と吐き出した。

 緑の剣は、金属質の音を立てて砂利の上に転がった。

 それからすぐに、肉塊の傷口は塞がり、傷口のあった

場所が盛り上がり始めた。

 その部分は丸い瘤の様に少し膨れ上がると、体液に濡

れた赤黒い肉の色から、白く硬質の光沢を放つものへと

変化していった。

 蠢く肉塊と甲殻の上に、この場の誰もが見知った白磁

の仮面が出現した。

「・・レウ・ファー……っ!」

 レックスが忌々しげにその名を口にし、炎熱剣を構え

直した。

「そうか……。邪神の尾に、レウ・デアの体を潜り込ま

せていたのか!」

 レウ・デアの出現に、ティラルは切り離された邪神の

組織片の増殖の理由を納得した。

 ゼームは暫くレウ・デアの仮面を冷たく睨んだ後、門

柱から離れた場所に立って硬い表情で成り行きを見守っ

ている鵬と小雪へと目を向けた。

 鵬の身に纏った色鮮やかな羽飾りが霊具である事を、

ゼームも知っていた。

 結界門に霊具で武装した鵬が待ち受けている事は、シ

ーボームでの鵬との対話でゼームも予想していた。

「成程・・。ここに来る鵬の動きを追跡したのか。」

 ゼームは自嘲気味に呟いた。

 自分が「神々の森」の集束点を侵すとなれば、それを

迎え撃つ為に管理者たる鵬も結界門に動く・・。

 ゼームの行動も、レウ・ファーにいいように利用され

た訳だった。

 しかし、ゼームはそうしたレウ・ファーの思惑をも承

知の上で、レウ・ファーの所に参じていたのだった。

 欺きや裏切りを、いちいちゼームは気にしてはいなか

った。ただ、森を損なわれる事への怒りを除いては。

「・・さて。」

 何の表情も映し出さずに、蠢く肉塊に貼り付いている

白磁の仮面が戦神達の方を向いた。

「お前達にはここで死んでもらおう。後々、邪魔をされ

ると困るのでな。」

 レウ・デアの言葉が終わるや否や、邪神は体に絡まる

蔓草を侵食し・・自らの体と同化させた。

 その同化させた部分を無理矢理引きちぎり、邪神は蔓

草の捕縛から逃れて羽ばたいた。

 俊敏に地面を蹴って飛び跳ね、邪神はバギル達に光弾

を叩きつけてきた。

「面白ぇっ!殺せるもんなら殺してみな!」

 レックスは迫り来る光弾を剣で叩き落としながら、バ

ギルと共に邪神へと接近した。

 レックスとバギルに邪神の注意が向いた隙を突いて、

その背後からティラルが神速の剣撃を浴びせかけた。

 風の刃に切り裂かれ、邪神の背中の肉が吹き飛び、そ

の体内が露出するが・・ティラルが幻獣の本体を探し出

す間も、それに追撃を与える間も無く、傷口は触手に覆

われつながってしまった。

 邪神は戦神達から少し距離を置き、尾をくねらせて次

の攻撃に移るべく身を屈めた。

 そうする内にも、結界門の方では、レウ・デアの凄ま

じい速度での障壁の侵食が行われていた。

 仮面の顔の浮き出た真裏で、障壁のミクロ単位の一点

に向けてレウ・デアのエネルギーは集中していた。

 門柱の殆どがレウ・デアの組織に侵食され同化した為

に、少しずつではあったが、障壁のエネルギーは乱れ始

めていた。

 レウ・デアはその僅かな乱れに乗じて、自らの細胞の

一部を障壁の向こうへと押し出そうとしていた。

 邪神に注意を引き付けられ、この場の誰もが、微小な

単位の世界で行われている結界への侵入に気付いてはい

なかった。

「レウ・ファーめ……。自分が至高の神にでもなったつ

もりか……!」

 バギル達と邪神の戦いを眺めながら、ゼームは静かな

口調で・・だが、忌々しげに吐き捨てた。

 ゼームの力を受けて四方から立ち上がってうねる蔓草

が、邪神の放つ光弾をかいくぐって迫った。

「!」

 ティラルはゼームが蔓草を放った事を知り、咄嗟に剣

を振り下ろして真空の刃を邪神に叩きつけた。

 邪神はティラルへと体を向け、猛々しく四枚の翼を震

わせて、ティラルに光弾を放とうと拳を振り上げた。

 光と熱が拳に溜められたところに、ゼームの操る蔓草

が邪神に襲いかかった。

「・・ッ……!!」

 激しい唸り声を上げ、邪神は蔓草の中でもがいた。

 邪神の渾身の力を以ってしても蔓草は一本たりともち

ぎれず、すぐに邪神は抵抗をやめた。

 邪神は再び、自らの皮膚に接触している部分から、絡

みつく蔓草を同化し始めた。

「そうはさせるか!」

 邪神の様子に気付いたレックスが、まだ動きを封じら

れている内にカタを付けようと炎熱剣を振り上げた。

 それに加勢するべく、バギルは拳を灼熱の紅気に輝か

せ、ティラルも剣を振りかぶった。

 三神がそれぞれに地を蹴り、邪神へと躍りかかった。

「・・駄目だ。」

 ゼームの冷やかな声と、別の地面から出現した蔓草の

束によって、彼等の動きは止められてしまった。

「おいっ!ゼーム!一体何しやがる!!」

 レックスは怒りを剥き出しに吠えかかった。

 炎熱剣を握るレックスの手は、何処からとも無く伸び

てきた蔓草によって、厳重にくくり付けられてしまって

いた。

「炎を司るお前では、余計な火事を起こしかねない。」

 穏やかにそう言い放ち、ゼームが肩の葉へ手を伸ばし

かけたところで・・蔓草を自らの肉管へと変貌させて引

きちぎった邪神が、両手に光弾を溜めてゼームへと襲い

かかってきた。

「ほら見ろ!お前が止めなけりゃあ!」

 レックスの吠える声を涼やかに受け流し、ゼームは邪

神の襲来を静かに待ち受けていた。

 邪神が地面を蹴り、ゼームへと光弾を叩きつけようと

した寸前・・一本の蔓草が鞭と化して邪神へと振り下ろ

された。

 重い物が大地へとめり込む様な音が森の中に響き渡っ

た。僅かな瞬間、誰もの足下が大きく震えた。

 背中の翼をもがれ、背中の肉は鞭の衝撃で深々と裂け

ていた。邪神は半ば体の形を潰されて砂利敷きの上に這

いつくばっていた。

 勿論、這いつくばった姿勢のまま、邪神は体内から触

手を噴き出す様にして再生を始めていた。

挿絵(By みてみん)

 ゼームは悠然と邪神のすぐ間近に歩み寄り、冷やかに

その様子を見下ろした。

「今度は、森の木がお前を侵食しよう・・。」

 その言葉に、何処か残酷で楽しげな響きがあると、バ

ギル達は何故か感じてしまったのだった。

 意に反して森を荒された事への怒りが、ゼームの体か

ら鬼火の様に立ち上っていた。

 ゼームは肩の葉を一枚ちぎり取り、もう一度長剣を作

り出した。いつの間に拾っていたものか、もう片方の手

には、この辺りに生えている木の種子が一つ握られてい

た。

 ゼームの、この場の何もかもを圧倒する様な気配に、

小雪は呆然と震えていた。

 その肩を抱き寄せ、鵬もまた、ゼームの力の発現を戦

慄を抱きながら見守っていた。

 ゼームは剣の先端に種子を付着させ、足下に未だ這い

続けている邪神の頭部へと無造作に剣を突き立てた。

 邪神の再生力にも劣らない程の勢いで、忽ち発芽した

種子は、邪神の体内に根を張り巡らせていった。

 邪神の体から枝葉が伸び、根もまた体からはみ出して

地面へと下りていった。

 ゼームはその様子を眺めながら、ゆっくりと後退して

いった。

 木は成長するにつれ、邪神の体内を完全に破壊し尽く

していった。

 二、三度邪神は手足をばたつかせ、苦悶の痙攣を起こ

したが・・砂利敷きの広場に、一本の若木が枝葉を四方

に広げて立つ頃には、だらしなく体を弛緩させてその木

に絡み付く幾片かの肉塊に変わり果てたのだった。

 それから何秒も経たない内に、幻獣の本体が破壊され

た証拠として、若木に絡み付く肉塊は見る間に腐敗を始

め・・灰塵と化して、巨樹の足下を吹き抜ける微風の中

に消え去っていった。

「やったか……。」

 活躍の場をゼームに取られてしまったレックスが残念

そうに呟き・・、誰にも気付かれない様に、レウ・デア

もまた、内心ほくそ笑んで同じ言葉を発した。

 邪神の体が核である幻獣を破壊されて崩れ落ちていく

その時、レウ・デアは結界の障壁の向こうに、一片の埃

にも満たない微小な細胞の塊を射出する事に成功したの

だった。

 勿論、この場の誰も・・ゼームすらも、レウ・デアに

よるレイライン集束点の占拠が半ば成功した事に気付い

てはいなかった。

「・・お前も目障りだ。」

 ゼームは若木の幹に突き刺さっていた剣を引き抜き、

新しい種子を付着させると、無造作にレウ・デアの仮面

へと向けて投げつけた。

「ふふ……。」

 微かな嘲笑を残して、白磁の仮面は額の部分に剣先を

食い込ませて砕け散った。

 剣の突き刺さった箇所からは、邪神の触手の広がる勢

いに劣らない速度で、蔓草が溢れ出した。

 レウ・デアの細胞の再生力については明らかではなか

ったが、やはり邪神に準じているらしく、溢れる蔓草が

肉塊を覆い尽くしていくにつれ、壊死を始めていった。

 最後に森の香気を汚そうとするかの様に、汚泥や汚物

の様な腐敗臭をまき散らして、レウ・デアの組織塊は腐

り落ちていった。


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