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第16章「ゼーム来臨」

 空を飛んできたとはいえ、バギル達が鵬の神殿に着い

たのはシーボームを出て一時間以上してからだった。

 こうしている間にも、ゼームは何処で何をしているの

か・・。バギル達は焦りながらも、神殿の砂利敷きの敷

地の上に降り立った。

「留守なのか?」

 漠然とした焦燥感に駆られながら、ティラルは辺りを

見回した。

「鵬の奴、神官は置いてねえんだっけか?」

 自分だけ館の屋根程の高さに留まり、レックスは飛翔

板の上で腕を組んだまま敷地の内を睥睨していた。

 神殿の敷地に人影は無く、ただ風にそよぐ木の葉の音

だけがバギル達の耳に届いていた。

「お前だって置いてないじゃないか。」

 バギルは呆れた様に息を吐き、飛翔板から下りた。

「・・誰もいない様だな・・。」

 ティラルとバギルは手分けして神殿のそれぞれの館の

玄関を叩いて回った。

 中から応答する者も無く、神殿には誰も居ない様だっ

た。

「やはり留守だな・・。」

 険しい顔付きで、ティラルは足早にレックスの浮かん

でいる辺りへと戻ってきた。

 「神々の森」の秩序を守る鵬が、今神殿にいない事の

意味・・。ティラルの焦りと不安は次第に色濃くなって

いった。

「もう、ゼームを迎え撃ちに行ったってのか?」

 飛翔板を地面へと降下させ、レックスはティラルの不

安を苛立たしげに口にした。

 これからどうしたものか、三神が押し黙ったまま顔を

見合わせたところへ、奥の館の前に何かの落下した音が

響いた。

 それからすぐに誰かの倒れ込む様な音がして、何事か

とバギル達が顔を向けると・・そこには、肩から血を流

して小雪が砂利の上にへたり込んでいた。

「小雪!?」

「どうした、その怪我は!?」

 バギル達が駆け寄ると、小雪の方も、見知った神国の

戦神達の姿に安堵の微笑みを浮かべたのだった。

「・・鵬は、・・。」

 鵬やゼームの事を尋ねようとするバギルとレックスを

手で制し、ティラルは館の前の石段に小雪を座らせた。

「とにかく手当てをしよう。この神殿にも、薬はあるだ

ろう?」

 ティラルの問いに小雪が息を切らしながら頷き、薬箱

の所在を教えるとすぐに、バギルは飛ぶ様な勢いで館の

中に駆け込んだ。

 バギルが取って来た薬箱を受け取ると、ティラルは小

雪の手当てを始めた。戦闘による負傷など、全て自分で

応急手当をしてきた経験から、ティラルは手早く正確に

止血や消毒を行っていった。

 その間に、小雪も少し落ち着きを取り戻していた。

 先刻の、途中でティラルに封じられたバギル達の問い

に対し、痛みに眉をしかめつつ答え始めた。

「・・レイライン集束点の、結界門の所に、恐ろしい魔

物がやって来たのです……。鵬様は邪神と呼んでいまし

た。・・鵬様は自分だけで、今、その邪神と戦っている

のです……。」

 怪我の痛みや邪神への恐ろしさではなく、鵬の命が危

うい事に小雪は涙ぐみ、震えていた。

 鵬に庇われて逃げる際に、邪神の吐き出した熱線に小

雪は肩を焼かれてしまったのだった。

 それでも何とか飛翔板にしがみつく様にして神殿迄戻

って来たのだった。

「邪神が来たのか。」

 バギルはそう言いながら、手当てを終えて残った薬と

包帯を箱に納めた。

 小雪の話が終わり、俄に辺りの空気に熱がこもり始め

た事をティラルとバギルは感じた。

「・・許せねぇなっ!ゼームの奴!!邪神を使ってテメ

ェは楽するハラかよっ!!」

 歯噛みするレックスの怒りが空気を焼いた。

挿絵(By みてみん)

 逃げていく小雪を邪神が襲った事も、先に露払いとし

て凶暴な邪神を派遣した事も、全てレックスの気に入ら

ない卑怯な事ばかりだった。

 弱い者への手加減や、逃げる敵への容赦。それに何よ

り・・、敵との戦いは自らの手で、相対して正々堂々と

行う。

 それが、レックスの戦いの哲学だった。

「そんな筈は無い!!」

 意外な者が声を荒げ、レックスだけでなくバギルや小

雪迄もが驚きに顔を上げた。

「ゼームが森を破壊する様な邪神を使う訳が無い!」

 ティラルは、珍しく厳しい表情でレックスを睨み付け

た。

 彼もまたラノと同様に、今でもゼームを大事な友とし

て想い、信じていた。

「じゃあ、何で邪神がゼームの動きに合わせてやって来

たんだ!?」

 レックスも怯まずティラルを睨み返した。

 風と炎が瞬時、二神の間で荒れ狂ったかの様だった。

「落ち着けよ、お前ら。・・とにかく、その、何とかっ

て点に急ごう!鵬が危ない。」

 見かねたバギルが間に割って入り、二神の苛立ちをな

だめた。

「・・案内を頼むよ。」

 ゼームの事を案じ、表情に固い翳りを残しながら、テ

ィラルは小雪へと声を掛けた。

「はい、こちらこそお願いします。どうか、鵬様を助け

て下さい……。」

 小雪は痛みをおして立ち上がると、飛翔板の上に立っ

た。

            ◆

 結界門を背にして、鵬は長い時間邪神と対峙し続けて

いた。

 鵬の投げる羽根によって生じる爆炎も、邪神の再生力

の前には殆ど役には立たなかった。

 それに何より、強烈な爆炎を放てば森が破壊されてし

まう為、思い切った攻撃も出来ずにいた。

 初めは、ゼームの姿が見えない事に疑問を抱いていた

が、既にそんな余裕も無かった。

「!」

 何処から音声を出しているのか、唸る様な一声を発す

ると、邪神は再び鵬へと、四枚の翼を広げて襲いかかっ

てきた。

 鵬の頭上の虹色の羽根が防御壁を展開し、邪神の拳が

鵬に触れる事は無かった。

 が、鵬自身を傷付ける事は出来なくても、長期戦に持

ち込まれ、その体力や精神力はじわじわと削り取られて

いた。

「!!」

 再び唸り声を上げ、邪神は鵬へと拳を叩きつけた。

 拳は防御壁と正面からぶつかり合い、その衝撃に火花

が周囲に飛び散った。

 広場の砂利が、火花に黒く焦げていた。

 既に周囲の動物や虫などは、邪神の垂れ流す邪悪な気

配に怯えて早々に逃げ出していた。

 しかし、「神々の森」の管理者として、鵬は逃げる訳

にはいかなかった。

 鵬は錫杖を振り翳し、邪神へと光球を叩きつけた。

 邪神はよけもせずにその直撃を受け、爆炎の中にその

身を晒していた。

 次々と起こる爆発に、邪神の表面は砕けて焼け崩れて

いったが、爆発の治まった後には既に回復してしまって

いる姿があった。

 邪神の眼球がぎょろぎょろと動き、身を屈めると・・

敏捷な動きで鵬へと飛び掛かってきた。

 防御壁が展開されるが、邪神はそれごと、圧倒的な腕

力で鵬を真横へと薙ぎ払った。

 激しい衝撃と火花に邪神の腕は粉々に消し飛んだが、

鵬もまた門柱から離れた砂利敷きの地面に叩きつけられ

てしまった。

 邪神は、鵬との対決を後回しにして、結界門の前に迫

った。

 鵬を薙ぎ払って消し飛んだ片腕が再生する迄の間、邪

神はその太い尾に力を込めて、結界門を叩いた。

 強烈な力を以って尾は叩きつけられた筈だったが、重

い音が轟くばかりで、門柱は微動だにしなかった。

 今度は無傷の方の片腕を振り上げ、門柱を引き抜くべ

く邪神は片方の柱に近寄った。

挿絵(By みてみん)

 しかし・・結界は門柱を中心に、不可視の障壁として

延々と張り巡らされている為に、邪神は門柱の一部に触

れる事は出来ても、腕を回して柱を抱えあげる事は出来

なかった。

「・・そこから離れろ!!」

 息を切らして立ち上がり、叩きつけられた痛みに気に

する間も無く、鵬は再び錫杖を構えた。

 邪神は鵬の声に振り返りもせず、再生したばかりの腕

を振り上げると、腕から無数の光弾を放った。

「ぐっ……!!」

 鵬の体に直接は当たりはしなかったが、光弾の嵐は防

御壁毎鵬を吹き飛ばした。

 鵬は、広場の近くに聳える巨樹の根元へと叩きつけら

れた。

 鵬が叩きつけられた衝撃に飛散する苔や枯れ葉、生木

の破片が、倒れた鵬の体の上にばさばさと降り積もって

いった。

 鵬を門柱から離れた場所に退けると、邪神は一度動き

を止めて結界門を凝視した。

 胸部の眼球が上下に激しく動き、ラデュレーに居るレ

ウ・ファーへと情報を送り始めた。

 何秒か経ち何事かの計算を終えると、邪神は今度はそ

の尾を門柱の間の空間へと叩きつけた。

 何も無い筈の空間は、尾の内部への侵入を食い止め、

門柱の寸前の空間に押し留めていた。

 邪神の尾が軽く震えると、その先端はみるみる膨れ上

がり、そのあちこちに甲殻を思わせる瘤が出現した。

 瘤の隙間からは、細い管状の薄紅色の触手が瞬く間に

溢れ出し、不可視の障壁のある空間に貼り付いた。

 そこから更に触手が伸び、門柱の根元へとたかってい

った。

 触手は無機物の石材に穴を開けて潜り込み、次第に邪

神と同じ様な質感を持つ物質へと変化させていった。

 邪神からの情報を基に、レウ・ファーは結界門の攻略

法を破壊から融合へと変えたのだった。

 結界門の門柱は、出入口と言うよりもむしろ、結界の

発生装置と呼ぶべきものだった。

 レウ・ファーは装置と邪神を融合させ、結界を破壊す

る事で内部への侵入を成功させようとしていた。

「・・くっ。」

 苔や木屑を払いのけるのももどかしく、鵬は錫杖を突

いてよろめきながらも立ち上がった。

 再び邪神へと立ち向かうべく、鵬が錫杖を振り翳そう

としたところへ・・天から無数の火炎弾が、邪神目がけ

て降り注いだ。

「鵬!無事か!?」

 レックスの声が頭上から降って来た。

 鵬が何事かと見上げると、四つの飛翔板の影が枝葉の

生い茂る森の天蓋をくぐって降下してきた。

「君達は・・!」

 ティラル、バギル、レックス・・見知った神国の戦神

達の姿に、鵬は安堵の笑みを浮かべた。

 バギル達の飛翔板は音も無く鵬の側に降り立った。

「鵬様・・!無事で良かった……!」

 飛翔板から降り立ち、小雪は目に涙を浮かべて鵬へと

駆け寄った。

「ゼームがいない様だが……?」

 辺りを見回し、ティラルが鵬と同じ疑問を口にした。

 その問いに、鵬は力無く頭を振って答えた。

「分からない……。まだ、来ていないのかも知れないが

・・・。」

 鵬の答えに構わず、レックスは火炎弾の直撃を受けて

も平然と浮かぶ邪神を睨み据えた。

「まあ、ゼームの事は後でいい!・・あいつは俺様に任

せなっっ!!」

 ゼームの事は一先ず忘れ、レックスは目の前の邪神を

倒そうと闘志に目を輝かせた。

 愛剣・炎熱剣を抜くと、鵬の事はティラル達に任せ、

レックスは門柱の前で侵食を続ける邪神目がけて突進し

ていった。

「おい!レックス!」

 バギルもまた、邪神へと飛び掛かるレックスの後に続

いた。

 レックスは俊敏な動きで地面を蹴り、邪神の繰り出す

拳を躱して邪神の尾の付け根に斬撃を浴びせた。

 尾の切り口から赤い炎が噴き上がり、尾は瞬く間に焼

き切れた。

「さぁて!次は本体のお前だぜっ!」

 溢れる闘志に歯を剥いて笑い、レックスは邪神に向け

た剣を握る手に力を込めた。

 新たな敵の出現に、邪神もまた怒りに翼を広げ、身を

屈め、戦闘態勢を取った。

「・・何だって!?」

 そこに突然上げられたティラルの驚きの声に、レック

スとバギルは緊張感を崩されてしまった。

 二神は一瞬ティラルへと目を向け、再び邪神へと戻し

た。

「どうしたってんだよ、ティラル!」

 邪神を睨み据えたままレックスは問い掛けた。

 ティラルはすぐにはその問いに答えず、剣を抜いた。

「レックス!その邪神を柱から引き離しておいてくれ。

・・バギル、すまないが鵬と小雪を頼む。」

 ティラルの頼みにバギルはすぐさま後退して鵬と小雪

の立つ場所へと戻った。

「何だか知らねぇが、分かったぜ!」

 レックスは請け合うとすぐに、再び邪神へと突進して

いった。

 ティラルには劣るものの、瞬速の剣さばきで邪神の翼

や手足を斬りつけていった。炎の刃が舞い、焼き切られ

た邪神の手足が、地面に落ちては燃えていった。

 とどめとレックスの繰り出す剣を邪神は寸前でよけ、

門柱から大きく離れた場所に跳ねた。

 レックスが追い掛けようとする僅かの間に、邪神の体

内から薄紅の触手が溢れ・・無数の粘液状の肉片を分泌

し、粘土細工を高速でこね回す様な動きを見せた後、邪

神の体はすっかり再生されてしまっていた。

 剣を構えて突っ込んでくるレックスへと、邪神はすぐ

に光弾を放って反撃に転じた。

 流れ弾や炎の巻き添えから鵬と小雪を守り、バギルは

二神を邪神から離れた場所へと誘導した。

「ここで暫く休んでるんだ。」

「ああ、すまない・・。」

 バギルの言葉に、鵬は何処か、悔しげな顔付きで答え

た。森への被害を最小限に留める戦い方はレックスに望

むべくもなかった。その事が気掛かりだったのだろう。

 バギルは鵬の気持ちを感じ取り、

「すぐに決着をつけるよ。」

 そう言い置いてレックスの助太刀に駆け出した。

 途中、ティラルが何度か門柱の肉塊に剣を振るい、青

ざめた様子でいるのがバギルの視界を掠めた。

「どうしたんだ?」

 派手に炎をまき散らして邪神と戦うレックスの様子を

気にしながらも、ティラルの様子にただならない予感を

感じ、バギルは急いでティラルの所に走った。

 門柱は既に、その半分が汚怪な甲殻と触手の塊と化し

ていた。

「・・邪神の組織の侵食が止まっていないんだ。」

 ティラルの答えに、バギルは門柱を覗き込んだ。

「何だって!?」

 一見何も無い様に見える空中に、電子回路の様な模様

の走る甲殻と赤黒い肉塊が貼り付いていた。

 それは不可視の障壁を覆い、薄紅色の触手をざわざわ

と動かして広がりつつあった。

 それらは邪神本体からレックスによって切り離された

後も触手を盛んに伸ばし、呼吸とおぼしい収縮を繰り返

していた。

「そんな筈は……。」

 バギルは試しに、手近な肉塊に小さな火球を一つ叩き

つけた。

 炭化した破片をばらまいて、それは簡単に焼け崩れた

が、その周囲からすぐに触手がたかり、邪神本体と同じ

様に肉片を分泌して再生を始めた。

「新しい、強力な型の邪神かも知れない。」

 ティラルは険しい表情で、肉塊の再生の様子を眺めて

いた。

 今迄の神国の調査で、邪神の再生能力や侵食能力につ

いてはある程度明らかになりつつあった。

 レウ・ファーの細胞は無限にも近い分裂を繰り返し、

凄まじい再生能力を有していた。

 そんな野放図な侵食と再生を制御する為なのか、邪神

の再生や侵食については一つの法則が見られた。

 邪神本体とのつながりを切断された部分は、短時間の

内に死滅してしまうのだった。

 侵食した物の質量が邪神本体よりどれ程大きいとして

も、幻獣の本体を持つ核とでも呼ぶべき体から切り離さ

れれば、その組織はたちどころに死に絶えてしまうのだ

った。

 これは幻獣本体の核にも当てはまり、無限の再生を繰

り返す邪神の体も、核となる幻獣の体が破壊されれば邪

神はすぐに消滅するのだった。

「おい!よけろ!」

 不意にレックスの怒鳴り声がバギルとティラルの耳を

打った。

 何事かと確かめる間も殆ど無く、でたらめに襲い来る

光弾にバギルとティラルは、それぞれ反射的に炎と風と

で防御壁を作り出した。

 邪神が所構わず射出した光弾は、広場の砂利を抉り、

その周囲の巨樹の根や枝を砕いていった。

 爆煙を上げて木々の破片が吹き飛び、腐葉土と苔とが

爆風と共に土砂降りの様に広場に降り注いだ。

 鵬達の無事を気遣い、バギルは鵬達の居る場所へと目

を走らせた。

 鵬達もまた、羽根の作り出した防御壁によって無事の

様だった。

「・・クソ、全然こたえてねぇな!!」

 レックスが忌々しげに呟いた。

 そうする内にも、門柱にはびこった邪神の組織塊は成

長を続け、既に門柱の殆どは不気味な甲殻と肉の塊に変

わり果てていた。

 バギル達を取り敢えず安心させたのは、組織片の貼り

付いた結界の壁の向こう側にはまだ、侵食が行われてい

ないという事だった。

 圧倒的なエネルギーの壁が、邪神の侵入を拒み続けて

いた様だった。

「クソ……。幻獣の本体は何処に隠れてやがる!」

 レックスは炎熱剣を持つ手に力を込めた。灼熱の輝き

を放って、刃からは炎がちらちらと燃え上がった。

 バギルもまた、レックスの助太刀の為にその近くにや

って来ると、拳を握りしめて身構えた。バギルの精神集

中に反応して、拳には灼熱の紅気が宿り始めていた。

 どちらも、邪神の体内に炎を注ぎ込んで幻獣本体を破

壊する戦法を取るつもりだった。

 二神に対峙して身構える姿勢を取った邪神の眼球が見

開かれ、何事かの計算が行われた。

「・・しまった!!」

 ティラルの叫びより早く、邪神の黒い羽ばたきは小雪

の眼前へと肉薄した。

「小雪!!」

 邪神へと向けられた鵬の錫杖も、光弾を放つべく発動

する直前に、邪神の腕の一振りで鵬の体ごと弾き飛ばさ

れた。

 小雪を盾に他の者の動きを封じる・・邪神はその計算

を実行すべく、小雪へと手を伸ばした。

「!!」

 小雪は自らに迫る邪神の手を恐怖に凝視し、もはや悲

鳴を上げる事すら出来なかった。

 間に合わない・・と、その場の誰もが絶望に凍りつい

たその時。

 ・・……。

 懐かしく、そして恐るべき、あのざわめきが大地から

湧き起こった。

 ・・来た。

 ・・やっと着いたのか。

 鵬やバギル達の耳に、風に乗って樹神達の囁きが届い

た。

 広場の砂利敷きの下から、突如幾本もの若木が出現し

・・小雪へと迫る邪神の体を串刺しにした。

 尚も邪神はもがき、体を貫く木々を纏ったまま歩みを

止めようとはしなかった。

「・・まだ動くか。」

 低く深い響きを持つ女の声が聞こえると同時に、巨樹

の重なる彼方から一本の蔓草のうねりが到来した。

 邪神の体はその一閃によって縦に裂かれ、やっと動き

を止めた。

 小雪はその場に座り込んだまま、身動き一つ出来なか

った。

 大地からのざわめきはまだ続いていた。

 その場に立ち尽くす神々は、そのざわめきをもたらし

て歩み来る者が誰なのかを知っていた。


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