第15章「鳥神の森」
神国・・神州大陸の北方に広がる「神々の森」。
地平の果て迄もが全て緑に埋め尽くされたかの様な大
地には、多くの動植物、神々や精霊達が生きていた。
そんな森の中は、外部の何者をも寄せつけないかの様
に巨樹が繁茂していたが、その中にも幾つかの道が通っ
ていた。
川や泉といった水の道、獣道、渡り鳥の通路・・それ
に人間や町の神々の為の小さな道も勿論あった。
神国神殿からの連絡を取る都合上、鳥神・鵬の神殿は
神や人間の為に作られた道の奥に建てられていた。
昼尚薄暗い巨樹の茂みの間に、一本のささやかな砂利
敷きの小道が伸びていた。白い小石を敷き詰められたそ
の道だけには、人の歩みを妨げない様に草も殆ど生えて
はいなかった。
そんな小道の果てに、木造の小さな館が建ち並ぶ場所
があった。
鬱蒼と生い茂る巨樹の下にあって、そこだけが深みの
ある翳りを含んだ銀光を放っていた。
砂利道の終点に、形ばかり、神殿の入り口を示す二本
の石柱が聳えていた。
石柱の間には、光沢のある白い生地で作られた符を縫
い付けた縄が巡らされ、そこから奥が神域である事が示
されていた。
石柱の門をくぐると、手前から奥へと四つの小さな木
造の館が並んでいた。
ささやかな木漏れ日に薄い銀の輝きを返す砂利が、そ
れ迄の小道と同じ様に神殿の敷地には敷き詰められてい
た。
神殿の建物を形作る木材もまた、古びて白くくすんだ
銀灰色に染まっていた。
他神の神殿と比べて、彫像や置物、石材や木材への彫
刻すら無いこの神殿は、一切の装飾を拒否して、ただ慎
ましやかな銀の輝きの中に沈んでいた。
鵬の姿は、一番奥の寝所として使われている建物の中
にあった。
木戸を開け放した、しっとりとした湿り気と木々の爽
やかな香りを帯びた微風の流れ込む板敷きの広間で、鵬
は厳重に封印されていた幾つかの木箱を紐解いていた。
「・・鵬様、どうしても行かれるのですか?」
鵬の背に、ひっそりと問い掛ける可憐な女神の声があ
った。
短く切り揃えられた銀髪は、鵬と同じ様に細くさらさ
らと微風に揺れていた。
肌は雪の様に白く、蒼く澄んだ瞳の奥には、白銀の光
の粒が揺れている様な輝きが潜んでいた。
鵬の背後にひっそりと佇む姿は、儚く可憐な氷雪の花
を思わせた。
氷華神・小雪・・白銀の氷雪を司るこの女神は、鵬と
生涯の愛を誓い合い、「神々の森」で最近になって共に
暮らし始めていたのだった。
「ああ……。まさか、これを使う事があるとは、思って
もいなかったよ……。」
眉をひそめ、悲痛な表情で鵬は、傍らに立つ氷雪の女
神に答えた。
姿勢を正して座る鵬の前には、木箱から取り出された
色とりどりの鳥の羽が広げられた。
互いにつなぎ合わされた首飾りや、大小の宝玉の付い
た髪飾りなど、それらは装飾品としても通用する美しい
輝きを放っていたが・・、これらもまた、シーボームで
ランタが使っていた様な、強力な神霊力を封じ込めた霊
具の類だった。
一本の美しく輝く羽根が、万軍の敵を切り刻む刃を生
み出し、また町一つ吹き飛ばす程の突風や爆炎をもたら
す恐るべき武器となるのだった。
鵬や小雪にとってはそれらは関わりたくもない、恐怖
と嫌悪を催すだけのものでしかなかった。
しかし、この羽根の形をした霊具は、戦神ではない鵬
が「神々の森」の管理者としてその任を果たす為に神国
神殿から、身を守り、外敵を排除する様にと与えられた
ものだった。
鵬は沈痛な面持ちで唇を噛みしめながら、羽飾りの全
てを身に着けていった。
その様子は、死地に赴く者の死装束を小雪に連想させ
た。
鵬は、心配げに自らを見守る小雪へと顔を向けて、呟
く様に言葉を漏らした。
「あの神が・・、ロウ・ゼームが、「神々の森」にやっ
て来る……。」
鵬の悲痛な表情や口調と、その武装した姿がどうして
も頭の中で結び付かず、小雪は困惑の表情を浮かべて首
をかしげた。
ロウ・ゼームと言えば、知らぬ者の無い、植物を育て
森林を育む事を行っている神。鵬の任されている「神々
の森」にもまた、百二十年前に彼女によって再生された
場所があると、小雪は聞いた事があった。
「神々の森」にとっても、大きな恩のある神・・その
神の訪れに対し、武器を持って迎えるというのはどうい
う事なのか……。
小雪の疑問に満ちた眼差しを感じ取り、鵬は悲しげに
目を伏せて答えた。
「この……「神々の森」にあるレイライン集束点を占拠
しに、ロウ・ゼームがやって来るそうだ。どんな神であ
ろうと、集束点を侵す者を許してはならない・・それが
私に与えられた役目なんだ……。」
口では決然と言いながらも、やはり鵬の胸中にも、小
雪と同じ様に困惑と疑問が渦巻いていた。
「神々の森」にとって恩のあるゼームが、何故今回は
森を滅ぼしに来る様な真似をするのか。植物の繁茂こそ
がゼームの唯一至上の価値観ではなかったのか……。
・・レイライン集束点を占拠するという事は、「神々
の森」に生きる命の全てを死滅させる危険性を孕んでい
るというのに。
「小雪・・。お前は、ここに残るんだ。私の留守を頼む
……。」
鵬は優しく小雪に声を掛けたが、その表情も口調も、
固く沈んだものとなってしまった。
小雪は努めて明るく朗らかに鵬に応えた。
「嫌だわ、鵬様ったら……!まるで、もう帰って来ない
様な言い方なんかして!」
「小雪……!」
鵬は唇を噛み、生真面目な表情で小雪を見た。
「すまない……。折角、共に暮らしていけるところに。
・・あの、ロウ・ゼームが相手では、生きて帰ってこれ
ないかも知れない。」
その言葉を、小雪はうっすらと涙を滲ませて、叫ぶ様
な声を上げて否定した。
「おかしいです、そんなの!ロウ・ゼームがどうして、
そんな恐ろしい事をするんですか!する訳ないじゃない
ですか……。」
小雪の剣幕に押され、鵬は一瞬言葉に詰まった。
そんなやり取りの内にも、鵬は腕輪や首飾り、髪飾り
を全て身に着け終わり、床から立ち上がった。
開け放した戸口から、廊下へと足を踏み出そうとした
鵬に、小雪はそっと手を伸ばし・・その翼へと触れた。
「私も一緒に参ります……。鵬様おひとりを、危険な所
には行かせません……!」
儚げな口調の中にも、小雪の確固とした決意が滲んで
いた。
鵬は仕方無く頷いた。
鵬は、この儚げな氷雪の女神の、強い芯の通った気性
を知り尽くしていた。一度こうと決めた事は、必ず成し
遂げようとする強い決心・・鵬がどれ程説得しても、聞
き入れはしないだろう。
鵬は振り返り、そっと小雪の肩へと手を伸ばした。
「・・分かった。集束点を守る結界の門へと急ごう。秘
密の場所の筈だが、ロウ・ゼームならば必ず探し当てる
だろう……。」
◆
巨木の生い茂るすぐ上の高さを鵬と小雪は飛び、結界
の門へと急いだ。
普段ならば、小雪は鵬に手を取ってもらって飛ぶのだ
ったが、今回は神国神殿から支給されていた飛翔板に乗
っていた。
これは、鵬の足手まといにならない為の、小雪の決意
の現れでもあった。
何処をどういう道順で飛んだのか、長い時間をかけて
二神は、「神々の森」の奥地へと入っていった。
空からの眺めは殆ど変わらず、彼等のすぐ足元には風
にそよぐ木々の枝葉がこんもりと繁っていた。
時折、雲の切れ間の様に茂みの薄くなっている所から
垣間見える地面の遠さに、小雪は足元の巨樹が、高層建
築にも劣らぬ高さで聳えている事を思い知るのだった。
「何度来ても、体が震えるよ……。」
白銀の翼をきらめかせて飛翔する鵬の言葉を、小雪は
俄には理解しかねた。
鵬は緊張や畏れの為に、何処と無く強張っている様に
も小雪には見えた。
眼下の樹海から響いてきた声に、小雪はその理由をす
ぐに理解した。
「・・鳥の神よ。主ゃあ、随分と物騒な飾りを付けてお
るねゃ。」
柔らかな響きを持つ声が、下方の樹海の何処からか響
いた。
「……はい……。まさか、これを身に纏う日が来るとは
思いもしませんでした。」
空中で静止し、鵬は悲しげに俯いた。
一体誰からの問い掛けなのか・・。小雪が首をかしげ
る間に、鵬は足下の茂みの中に降下していった。
小雪も慌ててその後に続き・・茂みの下に広がる光景
に息を呑んだ。
木々の茂み越しに眼下を眺めていたので、はっきりと
は分かってはいなかったが、木の根が大蛇の様に太く長
く這い回っている地面は、遙かな遙かな下方だった。
神国神殿の本殿にも劣らない高さで全ての木々が聳え
立ち、森の中は柔らかに濾過された木漏れ日の薄い緑の
光と、樹自身から立ち上る湿り気に満たされていた。
「この辺りから、「神々の森」の深部だ。お前をここに
連れて来るのは初めてだな……。」
聳える木々の圧倒的な高さと質量とに呆然とする小雪
の側に寄り添い、鵬は森の様子を説明した。
きめの細かい絨毯を思わせる厚い苔を幹のあちこちに
纏い、その枝も根も蛇や竜を思わせる程に太く長く、大
地と空とにうねり広がっていた。
羽虫の一団が鵬と小雪の頬を掠め飛んだ様だった。
それを追って小鳥が飛び、その小鳥の巣らしきものが
太い木の枝の小さなうろにあるのが小雪の視界の隅に映
った。
むせ返る様な木と腐葉土と苔の、濃く湿った香りが辺
りに満ち溢れていた。
「神々の森」はその奥地に至る程、古い時代を経た木
々が生きていた。そこにはもはや人間は近づく事も許さ
れず、神国神殿の神々も訪れる事はまず無かった。
「・・そっちゃは、お前の連れ合いかのう?」
背後からの声に小雪が振り返ると、巨大な人の顔の浮
き出た樹があった。
よく見ると、小雪の浮かぶ辺りの木々には、全てに人
や獣らしい顔が浮かび上がっていた。
「神々の森」の深部・・ここは、年を経た古樹がその
まま神と化し、また或いは神や精霊を産み落とす霊木と
化す場所でもあった。
「はい。小雪という名です。」
人面の樹神の傍らの枝に舞い降り、鵬は小雪を紹介し
た。
「しかし、新婚旅行にしては、随分と物騒な格好じゃな
いのかい?」
別の、女の顔を連想する人面の樹神が、鵬へとからか
う様な声を掛けた。
彼等は、鵬の身に着けた羽飾りが武器である事を知っ
ていたのだった。
「ロウ・ゼームという幻神が、レイライン集束点に侵入
して来るのです。・・それに備えて結界門へと向かって
いるのです。」
女の顔の樹神は、鵬の言葉に暫くの間瞑目し、ゆっく
りと目を開いた。
「ああ、シエゾで生まれたというあの幻神か・・。」
また別の方向から、別の樹神達の声が響いた。
「愛しい子、ロウ・ゼーム……。あの子の事はよく知っ
ておる。そうか・・集束点に来るのか。」
「集束点の事は、本来あの子にとってはどうでもいい事
の筈じゃ。・・ああ、確かレウ・ファーとかいう虚空の
神が狙っておるのじゃったな。」
「虚しく昏い暗黒の沈み行く深淵から生まれ来た、あの
脳髄か・・?あ奴の事も知っておる。」
「ダイナ山脈の北の外れで生まれおったわね。あの時は
ゴレミカ様が・・。」
鵬や小雪には意味の分かりかねる話にひとしきりざわ
めいた後、樹神達は鵬に声を掛けた。
「あの子の考えは分からぬでもない……。わしらにあの
子を止める事は出来ぬ。・・じゃが、レウ・ファーの差
し金で集束点が侵されるのは許してはおけぬ。」
「鳥の神よ、集束点を頼むぞ・・。」
樹神達のざわめきが去って、森の中に再び静謐が戻る
と、鵬は樹神達に頭を下げて再び飛び立った。
途中にも、無数の樹神達と鵬は挨拶を交わし、ようや
く彼等は小さな広場のある場所へとやって来た。
周囲の木々の巨大な連なりと比べると、針程にも満た
ない大きさの一対の石柱が、広場の中央に立っていた。
針と言っても、鵬と小雪がその前に舞い降りると、や
はりその柱もまた、天を衝くかの様に隆々と聳え立って
いたのだった。
「ここが、集束点……?」
小雪が飛翔板から降り立ち、文字の様な彫刻の施され
た石柱の表面を見上げた。
石柱や木々を呆然と仰ぎ見る小雪に、鵬は優しく答え
た。
「いや。それを取り巻く結界の・・一番外側の部分。そ
の結界の門だ……。」
レイライン集束点は、「神々の森」の場合、三重の結
界壁が張り巡らされていた。それは地下からも空からも
内部への侵入を阻む鉄壁の防御を形成していた。
「どうやら、ロウ・ゼームはまだ来ていない様だな。」
鵬は安心した様に息を吐いた。
もっとも、既に侵入して来ているのであれば、途中で
会った樹神達が教える筈だった。植物に関わりの深いゼ
ームが彼等の知覚を逃れて「神々の森」の深部に迄侵入
して来る事はあり得なかった。
「少し休んでいるといい。疲れただろう・・。」
「ええ、少し。」
小雪は微笑んで、石柱の側の適当な場所に座った。
広場は丁度円形に作られ、鵬の神殿と同じ様に砂利が
敷き詰められていた。
ただ、鵬の所とは違って砂利は粒も小さく、白い色に
統一されていた。
二本の石柱の向こうにも、今迄の道のりと全く変わり
の無い巨樹の連なる森の風景が続いていた。
だが、その向こうには何者も進む事は出来なかった。
「・・小雪。」
石柱の向こうをぼんやりと眺めていた小雪に、鵬の厳
しい声が掛けられた。
小雪が振り向くと、鵬は小雪の足元に置かれていた飛
翔板を指差し、
「・・その飛翔板には、神殿からここ迄の道のりが記録
されている。道が分からなくても心配は無い。……もし
もの時は、それに乗ってすぐに逃げるんだ。いいな?」
共に居ると主張したかったが、小雪の言葉は鵬の厳し
い表情の前に呑み込まれてしまった。
◆
空中城塞都市ラデュレー・・。大広間に座すレウ・フ
ァーの仮面の前に、「神々の森」の立体地図が映し出さ
れ、その上を赤い光点が移動していた。
赤い点を追う矢印の上には、鵬の姿と名前とが立体映
像として浮かんでいた。
「・・ふっ。神霊力の波動ならば、結界に遮られる事も
無かったな。」
レウ・ファーは満足げに仮面の顔を上下させた。
鵬が小雪と共に自分の神殿から飛び立って、集束点の
結界門へ行く迄を、レウ・ファーはずっと監視していた
のだった。
レイライン集束点の内、小さな流れや点ならば、自ら
が融合したコンピュータの内部に作り上げたセンサーで
大まかな検討を付ける事は出来た。
ドミュスティルなどに今迄示威用にばらまいた数体の
邪神は全て、そうした小さなレイラインを目標として降
下させたものだった。
しかし、鵬の様な管理者が置かれている程の大規模な
集束点ともなると、探査を妨げる結界や防御壁が張り巡
らされていた。
これでは集束点の位置も特定出来なかった。
そこで、レウ・ファーは、管理者である鵬の動きを探
り、その移動する場所を追跡して結界門の場所を探し当
てたのだった。
・・邪神への、鵬の固有神霊波動の記憶の焼付。
白磁の仮面の前に映写される文章の表示が次のものに
切り替わった。
・・邪神射出準備。
「ロウ・ゼームには、お膳立てに役立ってもらったとい
う訳だね。」
侮蔑する様な薄笑いを浮かべ、ザードは立体映像の中
に現れた卵状の邪神を見上げた。
全ては、ゼームにレイライン集束点を占拠させるので
はなく、ゼームが騒ぎを起こす事で鵬が動く事を見越し
てのレウ・ファーの計算だった。
「・・ロウ・ゼームに今回の事は任せるのではなかった
の?」
パラは不審げに眉根を寄せて、レウ・ファーへと問い
掛けた。
ゼームはパラにとっては気に入らない者ではあったの
だが、任せると言った以上は、ゼームが最後迄活動を行
うものだとパラは思っていた。
ザードの薄笑いや、レウ・ファーの早々とした邪神の
射出準備は、パラにとって納得のいかないものだった。
「・・射出を。」
パラの様子を一顧だにせず、レウ・ファーはコンピュ
ータに音声で命令を送った。
空中の映像がラデュレーの基底部へと切り替わり、底
の石材の一部に唇の様な亀裂が生まれた様子が映し出さ
れた。
その中から、卵状に丸まった邪神が「神々の森」へと
向けて打ち出されていった。
「・・今日中にも、集束点は確保されるでのしょうネ…
…。」
ゼームへの約束が守られない事に首をかしげるパラへ
何処か哀れみにも似た視線を送り、ファイオは小さく呟
いた。
レウ・ファーは、あの白磁の仮面の下で一体何を見て
いるのか・・。ファイオは、自分達がレウ・ファーの足
下を這う小さな虫か何かの様に感じていた。
◆
飛行する邪神の巻き起こす突風よりも、その邪気に震
えおののく木々のざわめきの方が遙に早く鵬と小雪の所
に届いた。
ごうごうと吹きすさぶ風を纏い、卵状の邪神は門柱の
聳える広場へと降下してきた。
「・・来たのか?」
遠くから聞こえる樹神達の敵意と嫌悪に満ちたざわめ
きから、鵬は目の前の卵状の物体が敵と理解した。
「……ゼームが来るんじゃなかったのか?」
異形の敵の出現への驚きと、ゼームが来なかった事へ
の安堵を交互に感じながら、鵬は疑問を口に上らせた。
卵は地面から数メートルの空中に留まると、すぐにそ
の輪郭を崩し・・象程もある巨体を現した。
こうもりを思わせる大きな四枚の翼はびっしりと牡蠣
殻の様な鱗で覆われ、人間の様な四肢はあるものの・・
首は無く、肩から胸にかけては電子回路の様な模様の浮
きでた甲殻に覆われていた。
腹部やそこから伸びた手足は、ゴムを連想させる滑ら
かな灰色の皮膚に包まれていた。
邪神にはどれ程の知能があるのか、胸部に浮き出た一
つの眼球が、仮そめにも意志あるものの様に鵬と小雪と
を見つめていた。
・・邪神だ!邪神が来た!
・・ゼーム……。あの子は来ていないぞ!
樹神達のおののき、騒ぎ立てる声を耳にしながら、鵬
は身に着けた羽根飾りの神霊力を発動させた。
一枚の虹色の羽根が鵬の頭上に浮かび上がり、ランタ
の使った水晶玉の様に、鵬の周囲を堅固な防御壁で包み
込んだ。
「小雪!お前は逃げるんだ!」
「え……?で、でも……。」
鵬は、邪神の姿に戸惑う小雪の足下にある飛翔板を取
り上げ、すぐに飛び立てる様に広げた。
「ロウ・ゼームが相手なら、まだお前だけは助かると思
っていた……。だが、この邪神が相手では・・!」
鵬は小雪の腕を引き寄せて飛翔板の上に立たせると、
未だ辺りを見回す様にゆらゆらとその場で浮遊している
邪神へと向き直った。
「私が戦っている内に逃げるんだ!」
懐から色とりどりの羽飾りの付いた小さな錫杖を取り
出し、鵬は邪神へと立ち向かっていった。




