第10章「夜の鳥」
星々の瞬きが、薄曇りの夜空の雲の隙間から見えてい
た。その内の一点が、次第に輝きを増してシーボームの
上空へと近付きつつあった。
「・・やはり、夜になってしまったな……。」
ささやかな星の明かりを受けて白銀の輝きを放つ羽ば
たきが、シーボームの町の上に差しかかった。
鵬は、ぽつぽつとまばらに灯る町の灯を見下ろしなが
ら、小さな溜め息をついた。
神国本部にシーボームの乱開発を訴え出ると息巻いた
ものの、鵬の決心は揺れ動いていた。神国本部が介入し
て事が大きくなると、一つ間違えれば土地神や町の人間
達と、「神々の森」の神々や精霊達との全面的な対立に
なる恐れもあった。
鵬は、出来る限り自分と土地神との話し合いで解決し
たいという思いも捨てきれないでいた。
今一度だけ、ランタに最後の申し入れを行い・・それ
で駄目ならば、今度こそ、その足で神国本部へと向かお
うと決心したのだった。
「ん!?」
民家の建ち並ぶ小さな通りに鵬が目を落とすと、多く
の人間達が幾つもの荷物を抱えて、慌ただしく行き交っ
ていた。
田舎町の夜は早い。日が沈んで僅かの内にも、人々が
寝静まってしまう事も珍しくはなかった。
それが今日に限って、町中の人間が起きているかの様
にも思える程の、多くの数の人間達が通りに溢れ返って
いた。
「何だ、一体?」
不審に思いながら、鵬は暫くの間、町の上空を回って
いたが、港近くの公園に差しかかり、二柱の神の気配を
感知したのだった。
一つはランタの気配だった。花時計の前で、夜目にも
はっきりと顔を赤くさせて怒鳴り、何かを罵っている様
な様子が見て取れた。
その近くに、二人の人間と共に公園の出口に向かおう
としている神の姿があった。
何が起こっているのかと、鵬はランタの近くへと降下
した。
鵬の羽音に気付き、ランタは怒鳴るのをやめて振り返
った。ランタの体からは、風に乗って僅かに酒の匂いが
漂っていた。
「土地神殿。一体こんな時間にどうしたんですか?・・
あの神は?」
ランタに問い掛けながら、鵬は白々とした電灯の光の
下に照らし出されている女神の後ろ姿を目で追った。
拳程もある左肩の蕾、そして細い剣の様にそこから伸
びる幾枚かの葉・・。
「ロウ・ゼーム……?シーボームに、いつ戻っていたの
ですか?」
背後からの鵬の呼び掛けに、ゼームはあるか無きかの
微かな笑みを浮かべながら振り返った。
「久しいな、鳥の神よ。」
何気無いその微笑みにすら、見る者を射抜くかの様な
・・鋭い神気とでも言う様なものを感じ取り、鵬は俄に
声を出す事も出来なかった。
今迄神国で何度かゼームと顔を合わせた時とは明らか
に違う、圧倒される様な感覚を鵬は抱いた。
私利私欲にとらわれているランタには理解出来なかっ
たゼームのその様子を、鵬は正しく理解した。
・・ゼームは、植物に属するその本性を、包み隠さず
露にしていたのだった。
自然物を司る神々は、人間やそれに近しいものを司る
神々にとって、決して美しい景色や豊かな恵みをもたら
すだけの存在ではなかった。
時には、荒ぶる力を以って命や生活を脅かす事もあっ
た。また、自然物の神々の営みが人間やそれを守護する
神々の営みと衝突する事も珍しい事ではなかった。
植物の本性・・その命の営みもまた、人間の日々の生
活とは隔たった地平にあった。
「……久し振りですね。」
鵬は緊張に表情を硬くし、ゆっくりと頭を下げた。
細い銀髪の幾筋かが頬へと被さり、ささやかなきらめ
きを返した。
「挨拶はいい。……お前にも言っておこう。・・明日の
昼過ぎには、この町を含む、この土地一帯が森林に没す
る。・・その後で、私は「神々の森」へと行く。」
鵬の視界の一隅に、ぶつぶつとゼームへの悪口を尚も
呟きながら、部下を蔓草から助け出しているランタの様
子があった。
それを横目で見ながら、ゼームからの言葉に、鵬は訝
しげな表情を浮かべた。
「「神々の森」へ?」
鵬のそんな表情は、ゼームの次の言葉に凍り付いた。
「私は、「神々の森」にあるというレイライン集束点を
占拠する。」
鵬は、背筋が冷たくなり、自らの翼が緊張に小さく折
り畳まれていくのを感じた。
離れた所から成行を見守っているセデトやヒロト達の
目にも明らかに、鵬は全身が緊張に震え出していた。
「集束点と、言ったのですか・・?」
鵬は、大きく息を吸った。
レイラインに関する全ての知識は厳重に管理されてい
た。その集束点の内、重要な地点については、特に選出
された神々が管理者として監視していたのだった。
鵬もまた・・「神々の森」のレイライン集束点の監視
者としてその名を連ねていた。
「二人共待たせたな。」
ゼームは震える鵬の様子には構わずに、セデトとヒロ
トを促した。
セデトには、レイライン集束点についての二神の会話
の内容は理解出来なかったが、全ての鳥の守護神たる鵬
が青ざめ緊張している様子に、ただならない不安感を抱
いた。
「待って下さい!何故その様な……!!あなたが一体何
を考えているのか分からない!!」
足を踏み出したゼームの前に立ち塞がり、鵬は激しい
剣幕でゼームの歩みを押しとどめた。
「同じ様な事を、チェルロの水神にも言われたな。」
何を考えているのか分からない・・悲しみに翳るラノ
の白い貌を、ゼームは懐かしさと、微かな心の痛みを伴
って思い返していた。
「お前の方が、むしろ分かるかも知れないと思うのだが
……。」
ゼームは左肩の蕾に目を落とし、そこから長く伸びる
濃緑の葉をそっと撫でた。
「お前もまた、人間の守護神ではないのだろう?・・お
前が、鳥の命の理の下で生きている様に、私は私の従う
べきものに従っているに過ぎない……。」
ゼームの言う通り、鵬もまた、人間やそれに近しい神
々の暮らす世界とは、一線を画した場所で生きている神
だった。
「しかし……。」
鵬の表情は困惑の色に染められた。
「お前も私も、他の神や、ましてや人間の営みの内で生
きている訳では、決してない……。」
鵬を見ていながらも、ゼームは何処か、遙か彼方の場
所を見つめているかの様な眼差しをしていた。
その様子に、鵬は何故か、ゼームの背後に果てし無く
連なる巨樹の密林を見た様な気になった。
鵬は眼を伏せ、長い溜め息をついた。
緑濃き森林、碧緑にきらめく大海、そこで生きる諸々
の生き物と神々と・・。
それらは決して、人間やそれに近しい神々にとって都
合のいい隣人ではなかった。
自然豊かな美しい風景の中に生きてはいても、それを
司る神々は、人間達の営みから遙か遠くに隔てられた地
平で生きているのだった。
「・・さあ、行こうか。」
再びヒロトとセデトを促し、ゼームは何事も無かった
かの様に鵬へと背を向けた。
途中、ランタが何言か捨て台詞らしいものを叫びなが
ら、部下を引きずる様にして去って行ったが、ゼームは
気付いていない様だった。
「ロウ・ゼーム……。」
植え込みの側でセデトがリヤカーを引き始め、その横
に立ったゼームに、鵬は絞り出す様に声を発した。
「あなたが「神々の森」・・いや、レイライン集束点に
侵入して来るのならば……、私は、あなたを力ずくで排
除しなければなりません……。」
鵬は握り締めた拳を震わせ、悲痛な表情でゼームを見
据えた。
この星の生命力を形作る根源的なエネルギーの流れ、
レイライン集束点は扱いを間違えれば、この地上の世界
そのものを破滅させる危険性を秘めていた。
レイライン集束点を侵す者は、何者であっても排除し
なければならない・・それが、監視者たる鵬に課せられ
た使命だった。
「・・そうか。」
ゼームはやはり、何事も無かったかの様に穏やかな声
を返した。
「・・残念です……。」
限り無い無念さと、戸惑いの感情の溢れる言葉を漏ら
し、鵬の拳は力無く下ろされた。
監視者の任に就いた時から、魔物や魔神との戦いは覚
悟していた。だが、「神々の森」を初め、世界各地の森
林にとって大恩あるゼームを敵として迎え撃たなければ
ならない時が来るとは、鵬も予想だにしていなかった。
そして同時に、緊張ではなく・・怯えの感情に体が震
え出している事も、鵬は内心認めていた。
鵬程度の力で、対抗出来るのだろうか?・・「神々の
森」の十分の一を焼き払い、神国からの戦神達を大いに
苦しめたという魔物を、独力で倒し得たという恐るべき
神霊力を誇る女神に……。
公園から出て行くゼームとセデト達に背を向けると、
鵬は「神々の森」にある自らの神殿を目指して飛び立っ
た。
ゼームと戦わなければならない事態への悲しみに、そ
の羽ばたきは力強さを失い、白銀の翼の輝きもまた色褪
せたかの様だった。
◆
ゼーム達が家に辿り着いたのは、もう夜中という時刻
だった。
リヤカーを玄関前に放り出したまま家に入り、セデト
は疲れ切ったヒロトを寝かしつけた。
足腰に鈍い痛みとだるさを感じながらも、セデトはそ
のまま眠る気にもなれず、裏庭に出て茶を飲んでいた。
明日、シーボームの全てが森の中に沈む・・その事を
考えると、仲々寝つけずにいたのだった。
「・・まだ、起きていたのか……。お前は、逃げないの
か?」
裏口を開けて、ゼームが裏庭へとやって来た。
三つの月の光に照らされて、裏庭に並べられた鉢植え
やプランターの植物も、濡れた様な光沢を夜の闇の中に
放っていた。
セデトは、植木鉢の並ぶ古い木製の台の上に湯飲みを
置き、ゼームを振り返った。
奔放に生い茂る庭木の抱く影に見え隠れしながら近付
き、ゼームは音も無くセデトの傍らに立った。
セデトは長い溜め息を漏らし、何処か寂しげな笑みを
浮かべて答えた。
「わしには大して行く場所もありませんしな。それに、
昔からここでずっと暮らしておったので、愛着もありま
すのじゃ。」
慈しむ様な視線を闇に沈む庭中の草木に注ぎ、セデト
は夜空を見上げた。
「シーボームの村の最期を……。いや、それに新しく生
まれる森の始まりを、わしはこの目で見届けたいのです
じゃ。」
地上へと視線を戻し、セデトは夜の暗い帳の彼方に、
思い出の中の小さな村を見ていた。
シーボームが村から町へと、土地神ランタの手によっ
て作り変えられてしまった時に、セデトの心の中でシー
ボームは滅ぼされ、遠い思い出の中のものとなってしま
った。
そうして、今度はゼームの手によって、シーボームは
この地上から跡形も無く葬られる事となった・・。
「お前は、私のしようとしている事を分かっているのだ
な……。私が、ある意味、あの土地神と同じ事をしよう
としている事を……。」
セデトの傍らで、夜の暗闇に溶け込んでひっそりと佇
んでいるゼームから、意外な言葉が発せられた。
ゼームは鉢植えの一つに、ふと手を伸ばした。
小さな芽吹きは、瞬時に鉢から溢れ出る緑の葉の塊と
化した。
明日、セデトの丹精したこの裏庭の鉢植えの全てが、
窮屈な鉢を割って庭中に溢れ出るのだろう。
セデトは、ゼームの言葉を引き継ぐ様に口を開いた。
「森の再生と言えば、聞こえはいいですじゃ。しかし、
大地の全てを機械で覆うか、建物を建てるか・・或いは
……草木で覆うか……。それだけの違いでしかないです
のう。」
「そうだ。・・私は、だから草木で覆う事にした。」
町の全てが深い森に没する明日を空想しつつ、ゼーム
は何処か楽しげに・・そして、次の瞬間には悲しげに呟
いた。
大地の全てが深い森林・・いや、密林に埋もれる事を
望んではいても、それによって住処を追われる生き物達
への哀れみはゼームの心の中にもあったのだった。
過剰な量の植物は、却って他の生き物が住めない空間
を作り出してしまう。
「・・あなたはまるで、明日、シーボームが荒野になる
かの様な言い方をしますのう。」
セデトはふっと静かな笑いを漏らし、再び湯飲みへと
手を伸ばした。茶は幾分冷えてしまっていた。
荒野・・緑の荒野。老学者は、ゼームの作り出す森の
姿の見当を漠然と付けていた。
数種類の耐陰性のある巨樹だけが密に生い茂る、鬱蒼
とした深い森。日の光を妨げられ、他の草や低木が殆ど
育たない・・生き物の動く気配も無い、沈黙の支配する
森林・・。
「そうだな・・。」
否定もせず、ゼームは呟いた。
セデトは茶を飲み干し、微かな笑みを浮かべた。
「・・それでも、やがては、また動物や虫が新しい森に
も戻って来る筈ですじゃ。・・他の命を育み、生かさず
にはおれない・・。機械やコンクリートの大地では出来
ない、木々の命の在り方ですじゃ。」
やがて作り上げられていく筈の、新しい森の姿を思い
浮かべながら、セデトは満足そうに笑みを浮かべた。
それからすぐに、気恥ずかしそうに頭を掻き、
「はは……。ゼーム様に説教染みた事を言うとは、わし
も耄碌したものじゃ。・・年寄りの戯言、どうかお許し
下され。」
頭を下げるセデトに、ゼームは全く気分を害した様子
も無かった。
「いや……。気にせずともいい。・・人間にしては、色
々と面白い事を言うな……。」
ゆっくりとゼームは頷いた。
ゼームが創ろうとしている緑の世界・・町も、砂漠も
山も、大地の全てが巨樹の森林に没する風景。
その深い森の中にも、やがてはセデトの言う様に虫や
鳥、その他の動物達が戻って来るのだろうか・・。
「……それでは、わしはもう寝ますじゃ。やはり、無理
にでも寝ておかんと、明日は大変ですからのう。」
セデトは頭を下げ、空になった湯飲みを手にして裏口
から家の中に入って行った。
「・・ああ、お休み。……明日は夜明けに出発する。ま
だこの時間ならば充分眠れるだろう。」
裏口の戸が閉じられ、セデトは家の中に姿を消した。
ゼームはまだ眠るでもなく、裏庭に出しっ放しの古び
た小さな木の椅子に腰を下ろした。
そのまま何をするでもなく、月明かりと裏の戸口のさ
さやかな照明だけに照らされる裏庭で、しっとりとした
夜の冷気にその身を晒していた。
暫くして、そのまま眠りとも瞑想ともつかない微睡に
ゼームは陥っていた。
「!」
うつらうつらと椅子の上で揺れていたゼームの体は、
不意に起き上がり、星の輝きが雲の中に呑まれてしまっ
た夜空を見上げた。
「・・何の用だ?」
黒いマントの羽ばたきが、裏庭へと降り立った。
ゼームは、マントの羽ばたきに目を覚ましたのではな
かった。
薄曇りの夜空の下に、無制限に垂れ流される悪意。触
れる物全てを蝕むかの様な邪気に、裏庭の木々も鉢植え
も急速に萎えしおれていくかの様だった。
ゼームは半身を起こし、鋭い眼光を夜の闇の中に放っ
た。
星と月の光を呑み込み、そこだけが暗黒の深みに続い
ている穴の様に昏かった。一片の光も纏わない黒いマン
トが頂いている白磁の仮面は、それ自体が鬼火の様に輝
いている様に見えた。
「無用の寄り道をしている様だからな。」
レウ・デアは黒いマントを揺らめかせてゼームへと近
付いて来た。
「一体何をぐずぐずしているのかと思ったのよ。」
黒衣の背後で、縮れた赤い髪が揺れた。
パラもまた、レウ・デアに付いて辺境の町までやって
来たのだった。
「わざわざこんな田舎に来るとは。・・ラデュレーは今
ハブリット海の上空だろう?遠路御苦労な事だ……。」
小さな溜め息をつき、ゼームは間近に寄った二神を見
上げた。
「レウ・ファーは早くレイライン集束点を確保しろと言
っているのよ。」
掴み所の無い冷たさと静けさとを相変わらず湛えてい
るゼームを見下ろし、パラは苛々と言った。
パラの横に立ち、レウ・デアはマントの中から一本の
触手をゼームに差し出した。
「お前がここでこうしているのなら、それはそれで構わ
ない。・・だが、「神々の森」には、代わりにミウ・パ
ラを行かせる事にする。」
「・・供に邪神を大勢引き連れて行くと言うのか。」
ゼームは椅子に腰を掛けたまま、立ち上がりもせずに
レウ・デアとパラとを睨め上げた。
眼力とでも言うのだろうか・・。夜の闇の中で互いの
顔もはっきりとは分かりにくいというのに、パラはそれ
だけで立ちすくんでしまった。
「余計な事はするな。明日には確かに「神々の森」へと
行く。」
冷厳な口調でゼームは二神に言い渡した。
その言葉にパラには反論の余地は無かった。
その間、レウ・デアの仮面とゼームとは互いに向き合
っていた。パラが横から見ると、それは睨み合っている
様でもあった。
互いに表情一つ変えずに居る二神の間には、火花が散
っているかの様にパラは錯覚した。
「・・そこ迄言うのなら。今少し、お前に任せるとしよ
うか・・。」
ゼームの視線に仮面を固定したまま、レウ・デアは言
葉を発した。
ゼームに気圧されたのか、それとも余裕からの言葉な
のか、無表情の仮面と機械の合成音からは何一つ読み取
る事は出来なかった。
「パラよ。それで構わないな?」
自らに向けられたレウ・デアの言葉に、パラははっと
我に返った。
「はい。それで。」
不服そうに唇を噛みながらも、パラは頷いた。
「それでは明日。お前の働きを期待しているぞ。」
黒いマントを翻し、レウ・デアはゼームへと背を向け
た。
パラが、レウ・デアから差し出された触手を手に取る
と、レウ・デアの背からは二本の赤い触手に挟まれた皮
膜が現れた。
微細な振動がそこから生まれ、二神の体はゆっくりと
宙に浮かび上がった。
しばらく浮揚し、地上から幾らか離れた所で、レウ・
デアは速度を増して飛び立った。
その寸前、パラはゼームをちらりと見下ろしたが、既
にゼームはパラ達を見てはいなかった。
椅子から立ち上がり、裏庭の木々を見て回るゼームの
姿が、そこから遠ざかり行くパラの視界を掠めた。
ゼームが何を望み、何を考えているのか・・。彼女が
愛着を持つ植物の価値も、その命の在り方や理法も・・
何もかも、パラには理解出来ない事ばかりだった。
◆
「・・全く扱いにくい幻神め……。」
空中城塞都市ラデュレー。レウ・デアを通じて知覚し
たゼームの様子に、レウ・ファーは忌々しげに呟いた。
「パラやファイオの様に大人しく命令に従っていればい
いものを……!」
誰も居ない広間で、レウ・ファーは僅かに仮面を下げ
て、ゆっくりとその巨体を揺らした。体を取り囲む肉の
花弁がばさばさと揺れ、金属質の光沢を放つ無数のパイ
プがぎちぎちと音を立てて擦れ合った。
それは、溜め息をついた様にも見える動作だった。
ラデュレーへと向かっているレウ・デアとパラの現在
位置をコンピュータで確認する一方で、レウ・ファーは
ラデュレーの内部に保管されている邪神の資料を呼び出
した。
「・・これが適当か。」
四十メートル級の巨体を持つ型の邪神が、レウ・ファ
ーの仮面のすぐ前に映し出された。
岩状の殻でその体を覆われ、卵の様な姿で邪神はうず
くまっていた。
「射出先の設定」「神州大陸地図」・・そんな文章の
表示と共に、様々な計算や「神々の森」の地図などが邪
神の立体映像の上に被さった。
レウ・ファーは、大まかな目標を「神々の森」に設定
し、集束点の位置が確定されればいつでも邪神を射出出
来る様に準備を整えた。
「この邪神ならば、集束点の確保に一体だけで充分だろ
う・・。」
臓腑の内側の様な質感に作り変えられてしまったラデ
ュレーの内部で、邪神は出番が近付いた事を知らされ、
次第に呼吸とおぼしい収縮を繰り返し始めた。




