病弱だったお姫様が完治したら、俺にだけ重すぎる愛を向けてくる件
俺の通う学校には、“お姫様”と呼ばれている少女がいる。
小柄な体に、銀色の髪。そして紫色の瞳。
どこにいても視線を集める、異様なほど清らかな雰囲気の少女。
女子は憧れ、男子は遠くから眺めるだけの存在。
──月城紫乃。
そして彼女は、俺の幼馴染だ。
紫乃は昔から体が弱かった。
起立性頻脈症候群(POTS)。
立ち上がるだけで心拍が跳ね上がり、めまいや頭痛に襲われる。
ひどい時には、そのまま意識を失うこともあった。
中学の頃はほとんど学校に来られず、通信制に近い生活をしていた。
だから今、同じ高校に通えていること自体が、奇跡みたいなものだ。
一時間目の前の教室。
俺は席に座り、適当にラブコメ漫画を読んでいた。
その時だった。
「ミナト! おはよう!」
教室のドアが開き、紫乃が入ってくる。
いつも通り、空気を一瞬で変える存在感。
整った制服、そして場違いなほど明るい笑顔。
「……おはよう、紫乃」
「ちゃんと寝た?」
「普通」
「また夜更かしでしょ」
「してない」
紫乃は小さく笑って、当然のように言う。
「決めた」
「何を」
「毎朝モーニングコールしてあげる」
「いらない」
「え〜? 美少女に起こされるんだよ?」
「別に嬉しくない」
周囲の視線は昔から慣れている。
それでも紫乃は気にしない。
むしろ一度、俺のことを悪く言った生徒が、翌日から口を閉ざしたことがある。
理由は聞かない方がいいやつだ。
「ミナト」
「何だ」
紫乃が少しだけ真面目な目をする。
「私はね、どう思われてもいいの」
「急にどうした」
「でも一つだけは譲れない」
一拍置いて、はっきりと言った。
「ミナトのことを悪く言うのは、絶対に許さない」
教室の空気が一瞬だけ止まる。
だが紫乃は何事もなかったように微笑んだ。
「ミナトは、いい人だから」
昼休み。
俺がパンを持って席に戻ると、そこにはすでに紫乃が座っていた。
正確には、俺の隣の席に。
「……そこ、別のやつの席だろ」
「今日は借りてる」
「許可は?」
「もらった」
当然のように紫乃は弁当箱を取り出す。
「これ、ミナトの分」
「いらないって言ってるだろ」
「パンばっかりだと体に悪いよ」
「お前は俺の母親か」
「違うよ」
少しだけ笑って、紫乃は箸を差し出してくる。
「幼馴染」
周囲の視線が一気に集まる。
学校の“お姫様”が、地味な俺の隣で弁当を広げている。
異常な光景だった。
「月城さん、一緒に食べない?」
男子生徒が恐る恐る声をかける。
紫乃はそちらを見て、柔らかく微笑んだ。
「ごめんなさい」
「私はミナトと食べるので」
空気が固まる。
「……いや、俺は別に了承してないけど」
「でも一緒に食べてるよ?」
「強制だろそれ」
「うん」
即答だった。
紫乃は満足そうに頷き、俺のパンを取り上げる。
「没収。代わりに卵焼き食べて」
「なんでだよ」
「健康管理」
「お前絶対母親だろ」
「違うってば」
紫乃は少しだけ頬を膨らませた。
そして小さく呟く。
「明日はお弁当、私が作ってあげる」
「今日のは何だったんだよ」
「練習」
紫乃は俺を見て、静かに笑った。
「大丈夫。拒否されないようにするから」
その瞬間、気づいた。
もう彼女は、昔のように守られるだけの少女じゃない。
身体は治った。
けれど──
愛情だけは、むしろ手のつけられない方向に育っていた。




